160 春に向けて 1
氷雪蘭の納品が終わり、約半月が経った。
日々、生活を整えて、勉強をして、朝のトレーニングを俺と一緒にこなす為、冬の中頃にはだいたい何でもできるハイスペックな子供達が出来上がっていた。
小学校レベルの勉強でも、本人達のやる気が違う為、ぐんぐん先に進む。
積極的に取り組み、わかるのが楽しい!と子供の頃の俺が見たら「そんな奴いねーよ!」と叫ぶレベルで先を争う様にして学んでいる。
現在簡単な四則演算は完璧で、得意な子に至っては二次方程式まで解ける。
今はやりたい子にだけ文章題や、二桁以上の計算を教えているところだ。
読み書きも、大人でも識字率?なにそれ美味しいの?って感じのこの世界で、この孤児院は先生二人を含めて、識字率百パーセントである。
難しい文章や単語はまだ無理でも生活する分には問題ないレベルになっている。
字自体はまだ下手くそだけど、ちゃんと書けているし、きちんと読める。
紙芝居や簡易絵本のおかげだ。
裁縫や編み物は必要に駆られてではあるものの、全員が自分の分くらいは一人で作れるって、結構すごいことだと思う。
あと料理も簡単なスープや野菜炒めなんかは全員が作れる。
俺よりも包丁の扱いが上手い子の多い事……ぐすん。
勿論掃除は当番制で色々やっているのでよっぽど変なやり方をしていない限りはどこでも通用するだろう。
つまり、読み書き計算、簡単な料理に裁縫、編み物に織物、掃除に洗濯、荷運び、雑用。
孤児院にいる子供達は、これらが最低限の技能だ。
子供によって得意不得意があるにしても、この世界の同年代の子供と比べたら雲泥の差である。
ベンヤミンさんが言うには、全員が貴族のお屋敷のメイド見習いや使用人見習いに、すぐになれるレベルだそうだ。
一部の子供はそれに加えて戦闘まで出来る。
ハンターとしての常識なんかも、下手すると俺よりあるし、エルマーやラルフと手合わせしたら、三回に一回は負けてしまうくらいに強い。
既に魔法なしで戦うと俺では勝てないくらいヴィムが強くなっていて、こっそり自主練の時間を増やしたのは内緒である。
ひとえに『絆』やオーランドの教育の賜物だ。
『絆』にいたっては、ここ最近昼食目当てで、ほぼ毎日教えに来ている。
宿では朝晩しか食事が出ないもんな。
でも少しは遠慮しようぜキミタチ。
おかわりするなとは言わないけどさ、三杯目は流石に……ちょっともにょる。
それとこれとは別にして、『絆』の魔法使いリーヌスは、ちょいちょい俺に魔法について聞いてくるので、結構仲良くなった。
【鑑定】で詳しく調べた結果、ラーラ、ユッテ、メラニー、トーマス、ラップスが魔法を使えそうだったので、彼と一緒に練習している。
妖精さんの魔法は、エレオノーレさんの言葉もあり、教えていない。
常識の範囲内でリーヌスが教えている。
俺は、時折属性魔力を流してやる程度だ。
とりあえず、飲み水の魔法と、着火の魔法、灯火、洗浄、浄化、ヒールだけはクオリティは別として五人とも使える様になった。
ハンターになるとしても、ならないとしても、これだけ覚えておけば大抵の場合生き残れるだろう。
生活する上でも便利だしね。
それを知ったリーヌスから、自分も教えて欲しいと熱烈に願い出られたが、流石にそれはお金を貰う事になるだろう。
ヤンスさんにお手伝いいただき、適正価格で契約し、ギルド内で秘密裏に教える事になった。
カイル達からは「たっっっかっ!」と言われたけど、魔法の属性が増えるのはすごい価値があるんだよね。
適正価格だよ。
……多分。
知らんけど。
報酬は割り勘でした。
もう慣れた。
読み書き計算が出来て、戦闘ができたり、魔法が使えたりと、これだけ何でも出来れば、雇う側からするとかなりお買い得(雇い得?)だと言わざるを得ない。
しかし、やはり孤児という事で、通常雇用は難しいそうだ。
かなり安い給料での契約からスタートになりそうなのだとか。
一応全員うちの店で雇うつもりで育ててはいるが、良い条件で引き取りを希望されるような事があれば、本人の意思を尊重しようとは思っている。
勉強が一段落つき、手隙の時間には俺がクロスワードやナンプレの問題を作って、彼等に複製してもらう事にした。
所謂、内職というヤツである。
マスを書く担当、黒で埋める担当、文字や数字を入れる担当、問題文を書く担当……と仕事を振り分ける。
定規を使って美しい線を引き、正しいマス目を書くのは中々難易度が高く、数人の年長者(テオ、テレーゼ、ヴィムの三人)しか書けなかった。
他の子達は、定規の下にインクが入り込んでビャッとなっちゃうんだよね。
わかるわかる。
俺も付けペン使い初めの頃よくそうなってた。
インクの量と、定規に当たる角度が悪いとそうなるんだよ。
そのほかにも、女の子達には将来の為に、刺繍を教える。
とはいえ、俺は教えられないので、エレオノーレ先生にお願いした。
簡易魔石の研究の為に、魔力を注ぐお手伝い三日間で手を打ってくれた。
エレオノーレさんは本当に欲望に忠実である。
ともあれ、貴族令嬢の嗜みとして、美しい刺繍を刺すエレオノーレさんは、とても丁寧に刺し方を教えてくれた。
俺も一緒に教えてもらって、幾つかの手法と図案を刺せる様になったが、俺には刺繍はちょっと向いてない気がする。
布に直接絵を描いて染める方が早いんじゃねー?ってなった。
ぎぶみー アクリル絵の具。
エレオノーレ先生目的に、刺繍をやりたがった男の子も数人いた。
折角なので彼等にも教え始めると、カイが思わぬ才能を発揮した。
本人は初めてやったというが、信じられないクオリティだった。
確かに針を持つ手は辿々しいし、練習を始めたばかりの時は目も荒かったりガタガタしていたりした。
しかし、すぐに真っ直ぐ縫えるようになり、縫い目が均一になり、あっという間にエレオノーレさんに追いついてしまった。
図案を起こすのが上手く、俺がデザインに悩んでいたらサラリとハイクオリティの図案を描いて寄越してくれた。
更にその後刺した刺繍自体も、息を飲む程に上手かった。
カイは普段とても落ち着きがない。
椅子に座っていてもソワソワそわそわして、手を無意味に握ったり開いたりするし、すぐに立ち上がってしまう。
勉強になると更に顕著だ。
すぐに騒ぎ出し、近くの子にちょっかいを出す。
ただ、刺繍になると無心でずっと刺している。
三十分過ぎても、一時間過ぎても同じ格好で、作品だけが仕上がっていく。
それこそ実の兄妹が驚く程だ。
本人も楽しい様で、全く辛そうにしてはいない。
食事の時間すらおとなしく座っていることすらできないのに、である。
是非とも将来、帝都の店で雇いたい。
刺繍担当として腕を奮ってもらいたいね。
カイの話をマチルダさんにウカポロしたら、いつの間にか先生方を通じて子供達に伝わり、他の子達も刺繍に超真剣に取り組み始めた。
「刺繍上手になったよ!」と仕上がった作品を見せに来る子も少なくない。
本気で驚くくらいの作品ばかりで、「よく出来たね」と心の底から言ってしまうほどである。
少し怖いくらいの信頼……ーーーむしろ信仰?執着?に背中が寒くなったのは気のせいだろう。
冬の終わりが近づく頃には、あの反抗期なイザークも丸くなっていた。
なんだったら俺に一番懐いているかもしれない。
テオやリーゼと競い合って俺の前にやって来る。
こうなるまでが大変だったが、全くとてもかわいいものだ。
三人の頭をぐりぐりと撫でながらイザークと話し合った時の事を思い出す。
クエストを終えて帰った日、子供達が寝静まった後、先生二人から報告と相談を受けた。
報告の内容は事務的な物で、何を教えたか、体調を崩す子供達は居なかったか、などの形式的な物で、比較的すぐに終わった。
しかし、その後の「相談」が中々の難題であった。
「勉強などは熱心に受けるものの、とても反抗的で乱暴なのです」
「気がつくと食べ物を隠し持ち、鞄の中やベッドの中でダメにしてしまって……」
目頭をハンカチで抑えた二人は、交互に問題行動の説明をしていく。
言わずと知れた、イザークのことである。
保存室の食料に手を付ける事はないが、食事に出た干し肉や、木の実、パンや芋等、保存出来そうな物が出ると食べずに隠し持つのだそう。
特にパンが顕著で、他の子が残した物も持っていこうとしてしまうのだとか。
また、兄妹に対してどうにも冷たい態度を取ってしまう傾向があるそうだ。
特に「兄」や「姉」に対してはそこまで無いのだが、「弟」「妹」が甘えようとすると冷たく辛辣な言葉を投げかけるらしい。
時には暴力を振るう事まであるそうだ。
なんとなく理由は判る気がするが、まずは本人に話を聞かなくてはなるまい。
他の子に訊かれるわけにはいかないので、お土産としてケーキやクッキーをたっぷりキッチンに用意し、俺達が降りてくるまで二階に上がってこない様に先生二人にお願いしておいた。
部屋の隅に座り込み、こちらを睨んでいるイザークに歩み寄り、にっこりと笑いかける。
「イザークは俺とちょっとお話ししようか」
「!!」
霧斗も知らない設定ですが、カイは軽度の多動です。
それでも霧斗に「勉強しよう」と言われたので頑張って頑張って席に座って、すごく頑張って授業を受けます。
でもやっぱり我慢できなくて立ったり座ったりします。
次回はイザークのお話です。




