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158 冬の華 4


 鑑定結果には少し気になる事が書いてあったし、火を近づけると溶けて消えてしまうと言っていたから、採取は後に回してこの場所からできるだけ離れた位置に火を焚こう。

 いい加減、もう寒さが限界だ!

 収納した雪を使ってカマクラを作り、外気から身を守る。

 カマクラの中で改めて天幕を張り、焚き火をしながら毛布を被って温かいお茶や、シリアルバーを齧り、体温を上げる。

 お高い蒸留酒もちょっぴり飲む。

 喉が焼ける様に熱くなり、身体の奥からじわじわと温かくなってくる。


「さて、ちょっと整理してみようかな」


 まずは状況。

 氷雪蘭を探しに森に入り滑落。

 滑落した場所の近くまで目印は付いているし、詳しい場所はヤンスさんが知っていて、ヤンスさんは仮拠点に戻っただろう。

 途中変な事が起きなければ明日には迎えに来てくれるはずだ。

 探索魔法の結果、近くに魔物も生き物もいない事がわかっている。

 いや、崖の上や崖の下になら魔物も動物もいっぱい居るよ?

 ただ、ここまで来る生き物がいないだけで。

 なので一晩凍死しない様に過ごせば命に関してはクリアだ。

 きっと明日助かる。


 次はクエストの方。

 怪我の功名というか、不幸中の幸いというか、無事氷雪蘭は見つかった。

 あとはこれをクラーラ様の元まで枯らしたり溶かしたりせずに運べればクエストクリアだ。

 その辺は【アイテムボックス】に入れたら問題ないと思う。

 問題は氷雪蘭の鑑定結果だ。

 内容はこんな感じ。


 氷雪蘭

  しっかり雪の降る環境であれば咲く事が出来る

  が、自分だけでは発芽できない。

  雪の精霊が魔力を注ぎ、約五年の歳月を掛けて

  育てる為、人の踏み入らない山の奥地にしか咲

  かない。

  火や熱に弱く、人里に持ち込めば一日と保たな

  い。

  また、『不幸を招く花』と呼ばれる事もある。

  貴族に好まれるので一攫千金を夢見る者達が探 

  し求めるが、実際に採取した者は近日中に亡く

  なっている。

  実際には大切に育てた花を盗まれた精霊の仕返

  しである。


 つまりここに沢山氷雪蘭があるという事は、コレを育てた雪の精霊がいるという事では?

 花を盗まれた仕返し、という事は許可を得て採取したら仕返しされないのでは?

 身体が温まるまで湯たんぽを抱えながら色々考えてみたが、結局は精霊本人に聞くしかないと結論付けた。

 カマクラの外はびゅうびゅう吹雪いていた。


「さっむいけど、流石にここから声掛けても応じてくれないだろうな」


 あったかい所から顔だけ出して「貴方が大切に育てた花ちょーだい」と言われてもあげたくないだろう。

 俺だってやだ。

 襟元を締め直し、意を決して外に出る。


「ぐっわ、寒っ!いーーっ!顔いてぇっ!」


 雪が容赦なく叩きつけられる。

 トーチの魔法を使ってもなお薄暗い。

 雪の影がちらちらと灯りを遮る。

 瞬く間に身体に雪が積もっていく。

 目の前の雪を【アイテムボックス】にしまいながら氷雪蘭の咲いていた場所まで向かう。

 もう辺りは真っ暗である。

 転ばない様にゆっくり慎重に歩いて進む。

 氷雪蘭は吹雪の中、美しく咲いていた。

 雪が花を避ける様に積もり、ドーナツ状に盛り上がっていた。

 明らかに不自然な現象である。


「雪の精霊さん、雪の精霊さん、いらっしゃったら出てきてください」


 なんだろう、自分の呼び掛けだけど、コックリさんを思い出してしまった。

 胸中で自分自身にツッコんでいると、微かに何かがいる気配を感じた。

 環境魔素を感じる練習していた俺だからわかる程度。

 少しだけ魔素に似た何かが濃くなった。


「!」


 でも辺りを見回しても何もない。

 もう一度声を掛けてみるが、姿も無く、声も聞こえない。

 しかし、存在感だけはまた少し濃くなった。

 俺の勘違いでなければ、こちらを窺っている気がする。

 気配の濃い辺りに向かって「雪の精霊さん、そこにいらっしゃるのですか?」と声を掛けてみた。

 一瞬だけ狼狽する様な気配を感じたが、返答はない。


「雪の精霊さん、俺は秋山霧斗といいます。とある人の依頼でこの氷雪蘭を探しに来ました。一株分けては頂けませんか?」


 ーーーびゅうぅぅぅ。


 返答は無く、強い風の音が響くだけだ。

 雪は更に激しさを増し、バシバシとぶつかってくる。

 というか、これまた不自然な事に、俺の顔に集中的に雪が当たっている気がする。

 ふむ。

 一つ考えて、気配が濃い方に向かって大きな独り言を発した。


「うーん、これだけ声をかけても出て来てくれないのであれば本当は精霊なんていないんじゃないかな?この花を根こそぎ持って帰るしかないか」

「何しようとしてんのよ!」


 甲高い、アニメ声が夜の闇に響く。

 やっぱりいた。

 姿を現した精霊は、二十センチくらいの大きさで、翅は無いけど宙に浮いている。

 少し尖った耳と、白目の無い透き通った青の瞳に、お団子にまとめられた薄青い髪と、雪の様に白い肌。

 服はワンピースタイプのサンタコスっぽい。

 帽子は被っていないし、肩は剥き出し、スカートは短めだから余計そんな風に見える。


「やっぱりいらっしゃいましたね。出来たら一株分けて頂きたいんです。どうしたら良いでしょうか?」


 ニコリと微笑んで尋ねる。

 「勿論ただで下さい等とは言いません」と付け足すと、精霊の耳がぴくりと動いた。

 手持ちで精霊が好みそうな物を幾つか取り出して並べていく。

 この季節には咲かない花や、フルーツ、蜂蜜、ケーキ、ダンジョンで取れた宝石類、宝石で作った花、ガラス、手鏡、綺麗めな魔石、可愛らしい小物類、綺麗な布。

 精霊は何も口にしないが、目は釘付けである。


「いかがでしょう?そちらの美しい氷雪蘭一株とこちらの品々から一、二品を交換致しませんか?勿論枯らさぬよう努力致します」

「…………ぁ、甘い物を寄越しなさい。その味次第で考えてあげるわ」


 ちょろーーんっ!

 え?チョロすぎませんか精霊さん?

 なんか、変な効果音が聞こえましたけど?!

 心の中では盛大にツッコミつつ、表向きはにこやかに不要品になった品々を回収していく。

 蜂蜜やケーキ、砂糖に、フルーツ、夏楓のメープルシロップを一つ一つ説明しながら見せていく。


「嫌よ。それは全部食べた事あるもの。私は食べたことの無い甘い物が欲しいの」


 雪の精霊だから季節外のフルーツとか喜びそうだと思っていたのに残念ながら食べた事がある様だ。

 そうなると途端に厳しくなってくる。

 夏楓のメープルシロップでさえ食べた事があるなんて……。


「あ、じゃあこのシリアルバーはいかがですか?ナッツと穀物とドライフルーツと蜂蜜で作ってあるんです。個別では食べた事あっても料理として食べた事はないんじゃないですか?」

「しりあ、るばー?」


 ぺりぺりとパッケージを剥いて差し出すと、スイッと近寄ってきてクンクン匂いを嗅ぐ。

 俺に持たせたまま一口齧りつくと、パッと奪い取り、抱きつく様な形で豪快に食べ始めた。

 人間で言うと、大きめな抱き枕に齧り付いている様な状態で、見ている分には可愛らしいけれど、ちょっと心配になる見た目だ。


「むちゃうま!これ最高じゃない!」


 口の周りにたくさんの食べカスを付けて、目を輝かせる精霊。

 シリアルバーを見つめて、ほんの少し逡巡するがこくりと頷き、こちらを見る。

 彼女が「一株だけなら許してあげるわ」と指を振ると、土ごと氷雪蘭がふわふわと飛んできた。

 お礼を言って、【アイテムボックス】から植木鉢を取り出して植え替える。

 周りにある雪を土の上に乗せて【アイテムボックス】にしまうと終了である。


「あら、ちゃんと世話の仕方解っているみたいね。絶対に雪を切らしては駄目よ?貴方が作ったあの雪の家に入れておけば人のいる街でも雪が溶けるまでは咲いていると思うわよ」


 俺の作業を見ていた精霊は微笑んで教えてくれた。

 ってちょっと待て。

 シリアルバーはどうした?

 手ぶらなんですけど?!

 は?食べ切った?!嘘でしょ?

 自分と同じ位の大きさだよ?!あ、精霊だからその身体は肉体では無いと。

 こちらの物質界で行動する為の魔素的な物だと。

 ふむ。

 ちょっと色々聞きたい事が出てきたけど、もう流石に寒いからカマクラに引っ込んでいいかな?

 お礼を再度言ってカマクラに向かうと精霊が付いてきた。


「雪の精霊さんは火とか大丈夫なんですか?」

「火の中に飛び込まなきゃ大丈夫よ。雪の精霊とはいえ、私は雪そのものでは無いからね」


 カマクラの入り口辺りに浮いてあちこちを興味深げに見ている。

 俺は寒いので天幕に入り毛布に包まってから熱いお茶を淹れた。

 一応飲むかと問えば飲むと応えが帰ってくる。

 精霊が飲めるサイズのコップが無いので土魔法で小さな耐熱ガラスのティーカップを作り、刻んだフルーツと蜂蜜を加えたフレーバーティーを作って渡す。

 それに大喜びして口を付けて、ご機嫌に飲む精霊。

 俺は蜂蜜無しのフレーバーティーである。

 実はあまり甘いお茶は得意では無いのだ。


「ていうか人間がなんでこんなとこにいるの?最近の人間は飛べるの?」

「いえ、この上から滑り落ちてまいりました」

「落っこちたの?お馬鹿ねぇ!」


 お茶受けで出したクッキー(彼女から見れば大楯サイズである)もサクサクと食べながら楽しそうに話をする精霊。

 そのお話を聞くと、最近の人間は精霊との付き合い方が下手くそになってきているそうだ。

 特にここ百年程は精霊の存在を忘れてしまったかの様な振る舞いで、俺の様にキチンと礼を尽くして対応する者は居なくなってしまった、と嘆いていた。

 多分それガチで忘れてるやつじゃ無いかな?

 魔法と一緒で精霊との交流も衰退してしまったとか大いにあり得る。

 そして、『精霊とは伝承上の存在で実在しない』と思われているやつ。


 頭を抱える俺にフレーバーティーとクッキーのおかわりを強請る精霊。

 素直に追加をしつつ、「正しい氷雪蘭の採取の仕方として氷雪蘭の前に最新スイーツを捧げて雪の精霊さんに許可を取る様に、と広めても良いですか?」と聞けば軽く「いいよー」と返ってきた。

 そのスイーツでいい時はスイーツが消え、駄目な時はスイーツが戻ってくる様に他の精霊に伝えておいてくれるそうだ。


「みんなに伝えておくからこのカップも頂戴!」

「そんな事で良いのなら幾らでもどうぞ」


 余程ガラスのティーカップが気に入ったのか「コレも欲しい」と強請(ねだ)られたので、折角だからとガラスのティーポットと追加の四脚のティーカップとソーサーも作ってプレゼントした。

 それを見て狂喜乱舞した雪の精霊が、俺を仲間(パーティ)の元に連れて行ってやると言い出した。

 慌てて天幕や焚き火台を収納して、カマクラを消そうとしたらそのままにしておけと言われ、消さずにその場を後にした。


「うふふ、今日は本当に気分が良いわ!折角だし、私も貴方に美しい物を見せてあげる」


 くるりくるりと宙を舞い、魔素を振り撒いてキラキラ輝く雪の精霊は本当に美しい。

 でも、彼女の言った「美しい物」は別の物だった。

 「こっちよ」と崖の方に飛んで行く雪の精霊を追うと、みるみるうちに崖に氷の階段が出来る。

 わあ!あれだ!氷の女王が引きこもるアレみたい!

 あの歌を口遊(くちずさ)みながら雪の精霊の後をついて登っていく。

 程よく霜が降ったような、滑り止めっぽくしてあるおかげで俺でも滑らずに簡単に登れる。

 階段の手すりに手を伸ばし、あえて魔素だけを振り撒くと、よりそれっぽい。

 精霊がその歌を気に入って、一緒に歌いながら登って行く。

 登り切った後には、道案内までしてくれた。

 雪は俺を避ける様に降り、積もった雪は【アイテムボックス】行きで大変に歩きやすい。

 あそこよ、と指差された先には俺の作った拠点とその前で見張りをするオーランドが居た。


「ありがとうございます!」

「私こそ楽しい時間と素敵な贈り物をありがとう。貴方ならこの花を咲かせる事が出来るでしょう。おまけよ」


 雪の精霊は悪戯に笑って氷雪蘭の種をくれた。

 氷のカケラの様に見える、アーモンドっぽい種。

 直接手に触れないように薄い氷の膜で覆ってある。

 至れり尽くせりじゃん!

 もうこの精霊、本当に大好きだ!

 後で絶対「氷雪蘭と雪の精霊」みたいな紙芝居を作ろう。

 先程見た神秘的でとても美しいダンスや、美しい氷の階段をきっちり後世に遺してやる。

 俺の気配に気づいたオーランドがこちらに歩いてくるので、大きく手を振る。

 それを訝しげに睨みつけた後、俺だと気付き駆け寄ってきた。


「キリト!」

「オーランドしーっ!みんな寝てるんだよ、しーっ!」


 大声をあげるオーランドに、口の前に人差し指を立てて静かにする様に訴える。

 オーランドは慌てて口を抑えるが、時すでに遅し。

 仮拠点から皆が出てきた。


「滑落したって聞いたが、無事だったんだな!」

「この雪の精霊が助けてくれたんだよ」


 雪の精霊を皆に紹介しようと思ったのに、振り返ると、彼女はどこにも居なかった。

 それから、俺の頭の心配もされたが、氷雪蘭を見せたら渋々信じてくれたようだ。

 エレオノーレさんは精霊が居るのは当然だとエルフの見解を語っていたが、実際に俺が会って話したと言うと「ずるいわ!」と叫び、またぷりぷり怒り出した。


「無事でよかった」


 ヤンスさんは俺の背中を叩き、小声で何か言ったが、皆の喜びの声で、よく聞き取れなかった。


 諸事情により「あれ」ばかり。

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― 新着の感想 ―
[一言] アレは良いものだ(by塩沢兼人) これで氷雪蘭の正しい採取方法が広まると犠牲者も出なくなるんですかね ギルドとしても広く知らしめるべき情報ですね
[一言] この場所であの歌を歌ったら合図代わりになるのかな
[良い点] 更新お疲れ様です。 >精霊信仰が廃れとる! エルフさん以外では、今回のキリトみたく『敬うべき存在』として腰を低くして接する人間がそもそも居なさそうだしなぁ…。今後のキリトの使命(?)に、…
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