157 冬の華 3
翌朝から、氷雪蘭の捜索が始まった。
仮拠点はこのままで充分だと言われたし、頑張って探すぞ!
森の奥、人目に付かない場所にひっそり生えていると言われる氷雪蘭。
そう簡単に見つかるとは思えない。
三手に分かれて探す事になった。
一組目はエレオノーレさんとジャックのオシドリ夫婦。
二組目がオーランドとデイジー。
そして三組目が俺とヤンスさんだ。
見張りのツーマンセルと同じ組み合わせだが、能力値別に分けるとどうしてもそうなるのだ。
回復魔法使える人間が三人いるのはパーティ的には心強いよね。
お互いに目印が混線してしまうといけないので、ヤンスさんの提案でそれぞれ結び方を変える事にした。
オーランド達はそのまま今まで通り、エレオノーレさん達は三角に折って対角線を結ぶ形、俺達は中央に一度結び目を付けてから結ぶ形だ。
丁度崖があるので、仮拠点を中心に三方向に向かって探索する。
俺たちは崖に向かって左側、上り坂になっている場所を調べる事になっている。
視界に二つ前の印が見える様に、こまめに結んで進んでいく。
結び終えると、その目印が見える場所まで進んで、花を探す。
エレオノーレさんから、「目印が見えない場所には行かない、パートナーの位置はこまめに確認すること」と繰り返し指示される。
氷雪蘭を探すついでに見つけた薬草を採取したり、魔物を狩ったりする事は良いのだそうだ。
この時期しか採れない薬草は大変良いお値段で売れるらしい。
薬草、といっても緑の葉っぱでは無い。
トゲトゲしたアカシアの枝みたいな茶色い葉っぱだ。
枯れ草や枯れ枝にそっくりで見分けるのがとても難しい。
【鑑定】さんが大活躍である。
他にもわかりやすい葉や蔓を見つけて葛根や自然薯を掘ったり、むかごを取ったり。
おや?目的はなんだっただろうか?
ムカゴは蒸したり揚げたり炒ったりして塩を振ればたまらない美味さである。
おつまみにも最適だ。
採らないという選択肢はない。
はー……葛餅食べてー。
「キリトちゃん、ここに何探しに来てるか覚えてるか?」
両手いっぱいに抱えた採取物に視線を走らせて呆れた様に笑うヤンスさん。
ですよね、途中で自分でもそう思いました。
でも、ムカゴと葛粉の説明をしたらヤンスさんも目の色を変えて集め出したし、同罪同罪。
お酒と甘い物はジャスティス。
途中、相変わらずぬかるみに足を取られ、何度も転んだ。
泥はすぐに魔法で落とせるが、それを見るたびにヤンスさんは爆笑している。
悔しい。
でも注意すればするほど転ぶのはなんでだ?!
「でもいい加減転ばない様に気を付けろよ?大分暗くなってきたし、雪や枯れ草で段差が見え辛くなって滑落するぞ?」
「ひぃぃっ!き、気をつけます!」
はじめにも言われていたが、転んだ回数が二桁を越えたあたりで再度注意される。
今日はどうにも足を取られるのだ。
本当に気をつけなければ。
そう思いながら雪の積もった枯れ草を避けていく。
この辺は背の高い木が多く、雪は地面まで届いていない。
稀に枝が折れてドサっと雪が落ちて来る事があるので、そちらも要注意だ。
「お、あれ、雪平茸じゃん!」
少し先にある倒木に真っ白な傘のキノコが群生していた。
日本ではスギヒラタケと言われているちょっと危険なキノコに激似の雪平茸。
キノコの傘が重なり合う様に生えているのが特徴だ。
スギヒラタケは脳症を引き起こすとかなんとかで食べちゃダメと言われているらしいけど、この世界の雪平茸は食べても大丈夫。
ちゃんと【鑑定】して食べられて、毒性がない事を確認済みである。
香りが良く、味しみの良い雪平茸はこの時期しか採れず、とても美味しいので大人気のキノコだ。
歯応えはくんにゃりコリっとしていて独特な食べ応え。
きっとデイジーやジャックが喜んでくれるだろう。
チラリと目印を目視して、許容範囲内であることを確認する。
念の為、自分から雪平茸まで積もっている雪を取り払う。
よいしょ、と手を伸ばして採取しようとした途端ーーー視界がブレた。
「うわあああっ!!」
ヤンスさんに言われた側から滑落したようだ。
幸い足から滑り落ちている、本能的に両手を交差して顔や頭を守り、体勢を維持する事に集中する。
すごい勢いで滑り落ち、雪や土、木の枝に小石なんかがビシバシと顔に当たっていく。
「キリトォッ!」
遠くでヤンスさんが俺の名前を呼ぶ声がするが、返事などできる状態ではない。
ガツン!と足裏に強い衝撃が走り、空中に放り出された。
勢い余ってぐるりと一回転した後、地面に背中から叩き付けられる。
「カハッ……ッぅ!?」
強く背中を打った事で、肺の中の空気が全て吐き出された。
痛すぎて声が出ない。
滑り落ちる音が止んだことで俺が落ち切ったとわかったのだろう。
また名前を呼ばれた。
何気にヤンスさんが俺の名前まともに呼ぶの初めてじゃね?などと現実逃避をしてみる。
まだ息が詰まる様な感じと激痛で返事は出来そうにない。
辺りは夕闇に染まっている。
今来たらヤンスさんまで危ない。
「くっそ、なんも見えねぇ。おいキリト!聞こえてるなら返事しろ!」
かなり切羽詰まった声が聞こえてくる。
このままでは一か八かで降りて来かねない。
どこを怪我しているかわからないが、全身にヒールを掛けて、返事をした。
「ぃ……生きて、ますっ。ちょっと背中を打った程度で大きな怪我はありません!ここを登るのは無理そうです!一晩くらいならやり過ごせると思いますっ!申し訳ないんですが、明日の朝、明るくなったら皆と助けに来てください」
「……っ!わかった!凍死するなよ!」
一息に言って、激しく咳き込む。
ヤバいナニコレめっちゃ痛いし苦しい。
自分を【鑑定】すれば、肋骨が折れているらしい。
真剣に集中して肋骨の整復をヒールで行う。
イェルンさんの治療の後から、骨折に関してはかなりスムーズに治療する事が出来る様になった。
以前パニックになった裂傷よりも骨折の方が冷静でいられるのは、血が出ていないからかもしれないし、怪我をするだろうという覚悟の差かもしれない。
どちらにしても、ゆっくり引いていく痛みに大きく息を吐き出した。
「はー……ヤバかったわー……」
両手で眼窩を押さえて天を仰ぐ。
今回は本気で死んだかもしれなかったのだ。
改めて冬の森の恐ろしさを思い知らされた。
今更になって心臓がドッドッドッと激しく胸を叩いている。
食べ物の採取ではしゃいだ数分前の自分を殴ってやりてぇ。
しばらくその姿勢で反省と後悔を続けたが、体の方が先に限界を訴える。
「さっみい!」
ガバッと起き上がって、積もり始めていた全身の雪を払い落とす。
ちらちらと降り始めていた雪は、次第に大きく重くなり、あとからあとから降って、新しい雪の層を作っていく。
足踏みしながら周りを確認すると、ここは崖の途中に突き出した場所の様だ。
俺が落ちた場所から縁まで多分一メートルもない。
もう少し勢い良く放り出されていたら、と考えるとゾッとした。
恐る恐る覗いた崖の下は、真っ暗で何にも見えなかった。
悲鳴の様な風の音だけが聞こえてくる。
風に煽られて落ちてはシャレにならないので、慌てて壁側に避難する。
広さは縦横五メートルずつくらいだ。
重さで足場が崩れてしまわぬ様、積もっていた雪は【アイテムボックス】へ収納する。
「アレ?取り残しがあるなんて珍しいな?」
ある一角にこんもりと雪が残っている。
不思議に思って覗きに行くと、それは雪ではなかった。
まるで雪が積もっているかの様に見えたそれは、雪と氷で出来た植物だった。
「なるほど魔法植物ね……」
確かにそう形容するのが正解だと思える神秘的さだ。
エレオノーレさんが言っていた通り、普通の蘭と同じ様に独特な花の形をしていて、その花弁が氷でできた様に透き通っていた。
葉は雪の様に白く冷たく、表面は少しでこぼこしていて、厚みがある。
これが雪の様に見えたのだ。
普通、蘭といえば胡蝶蘭をイメージするだろうが、どちらかといえばパンジーやカトレアの様に背の低い花で、重そうな氷の花が風に揺れている。
念の為【鑑定】をしてみたが、間違い無く氷雪蘭だった。
やったぜ怪我の功名じゃんよ!
いや、マジで怪我したけど。
うん。
超痛かった。




