154 孤児 9
バルバラ達含め全員がこの生活に慣れ始めた頃には、皆同じものが食べられる様になった。
普通に屋台の串焼きや、硬く焼いたパンなども大丈夫である。
量も普通の子供くらいは食べられる様になっている。
通常食になった初めの頃は「たくさん食べるぞ!」と意気込んで、お皿にいっぱい盛ったのに、胃が小さくなっていて、全然食べられず、沢山残してしまい泣き出す子までいたのだ。
ゆっくり食べて、しっかり動いて、沢山眠ればすぐ沢山食べられる様になると言い聞かせて宥めたのだけれど、何故かもっと泣かれてしまい、困惑したのも良い思い出だ。
食事に関しては全てバルバラ達に任せることにした。
正直俺の作る料理は贅沢過ぎるとお叱りを受けてしまったし、量の調節が下手すぎるらしい。
女の子達はバルバラ達が動き出すと、自発的にお手伝いを始め、野菜の皮剥きやテーブルを拭いたり、お皿を並べたりする。
とてもえらい。
ラップスの頭を撫でて褒めてやったら、撫でられ待ちの行列が出来ていた。
何故だ。
俺には味や量が物足りないのだけれど、そういう時はこっそり塩胡椒を追加したり、夜中にこっそり夜食を作って食べたりしている。
食事の他にも、先生二人には子供達の服を急いで作ってもらう事になった。
大量のオークの毛皮(なめし済み)と、安い麻布をたっぷり用意して、針と糸を渡す。
あと、安い毛糸(少しチクチクする)と編み棒を全員に渡して、靴下の編み方を子供達に教えてもらう。
自分で自分の靴下を編みなさい。
俺も一緒に習おうとしたら目を丸くされた。
腹巻きならすぐ作れるんだぜ?
そう話したら、先生二人から驚愕されてしまった。
普通の男は編み物なんかしないんだってさ。
うちのパーティの男どもは皆編めるぞ?
最近は食事と勉強の時間以外はほとんど編み物をみんなでやる時間になっている。
暖炉の前で半円状になって、他愛のない話をしたり、俺が昔話をしたりしながら自分の靴下を編む。
俺の分は結構簡単に編めてしまったので、良い毛糸に変えてマチルダさんやベンヤミンさんの分を編んでいる。
本当は子供達の分を編んでやりたいのだけど、子供達には編めないことになっているので仕方ない。
先日うっかりリーゼの腹巻きを作る、と約束したら子供達の間で大喧嘩になってしまい、ザーラから俺も含めてこってり叱られてしまったのだ。
そしてその時に俺は子供達の分は作らない、と子供達の前で誓わされた。
先に約束していたリーゼには作れないことを謝る他なかった。
絶望感に濡れる瞳に、罪悪感でいっぱいになった俺は、他の子がいないところでクッキーのカケラをリーゼの口に放り込むことしか出来なかった。
良い笑顔が返ってきたとだけ記しておこう。
オーランドやデイジーはちょくちょく顔を出してくれた。
屋台の食べ物や家具を持ってきてくれて、編み物を一緒にしたり、運動(剣や格闘の練習)をさせたり、勉強させたり、ご飯を作ったりして帰っていく。
帰る時に薪や食料を持って帰るのはお約束である。
子供達も一部を除き、二人に懐いていた。
時折ヤンスさんやエレオノーレさん、ジャックも顔を見せる。
最初に俺の家出について大変な苦情を頂いた。
冬支度の品物をほとんど持ったままだったからだ。
はじめの数日は近くの宿屋で食事を摂ったらしく、予定外の出費だと叱られた。
そして、勝手に子供達の面倒を見始めた事から、クラーラ様やマチルダさんを巻き込んだ事も咎められた。
自分が面倒を見れないのであれば手を出すべきではないと、コンコンと説教された。
オーランドとデイジーが助けてくれているから許されたと思ってはいけない、とジャックからも注意を受ける。
それでも、彼等は切なそうな、割り切れない表情で子供達と接してくれている。
エレオノーレさんは魔力のありそうなリーゼとラーラにちょっとだけ魔法を教えてくれるが、妖精さんの魔法は教えるな、と俺に釘を刺していった。
帝都とは違い、何かあった時にすぐには守る事が出来ないからと言われたらどうしようもない。
実際、リーゼもラーラも魔法にはあまり興味を持っていないようだった。
薪に火をつけるのとか、顔を洗う為の程よい温度の水球とかを扱えたらそれで良いそうだ。
ヤンスさんには子供達に見えない所で追加でこってりしぼられた。
今回はうまくいったかもしれないが、パーティ全体に迷惑を掛ける可能性や、悪人に騙される可能性、子供から恨まれる可能性など細かく指摘してくれた。
そのどれもが俺には予想もつかない内容で、想像していた以上に危険な事をしていたのだと学んだ。
とはいえ、子供に罪はない、と彼等に勉強や気配察知、危ない大人からの逃げ方などを丁寧に教えてくれる。
言葉は雑で乱暴だけど、子供に対する細やかな気遣いが感じられた。
しかも具体例が本当に具体的で、俺以上に子供達は真剣に話を聞いていた。
ここで過ごしてもう二十日になる。
食事も、日中の過ごし方も、ある程度パターン化してきた。
俺がほんの少し家から出てもパニックにならなくなった。
その為、テオとリーゼを連れ、帝都で手に入れた菓子を持って商業ギルドに家のお礼を言いに行ったり、外で暮らしていた年長組を連れて、助けてあげられなかった冷たくなってしまった孤児達を探し、この街の共同墓地に弔ったりした。
抱き上げた子供達は皆とても軽くて冷たくて、もっと早く子供達に気づいていれば、と何度も何度も思った。
教会の共同墓地に埋葬し、デイジーが祝詞を唱え、子供達全員と固く目を閉じ、祈る。
アルマ女神様、どうかこの子達が来世では幸せに生きられますように、どうか、どうかよろしくお願いいたします。
「俺は一度借家に顔を出して泊まって来ようと思う」
とある日の昼食時にそう話すと、子供達が黙りこくる。
一応、先生達には二日前から話してある。
今俺が居なくなっても、食事も出てくるし、家からも追い出される事はない、と皆分かっている。
分かってはいるが、了承したくない、と全身で訴えている気がする。
とはいえ、流石にそろそろ俺がいないことに慣れてもらわないと春に安心して離れられない。
春には俺がいなくなる事は既に全員が知っている。
仲間の所で一泊したら明日また必ず帰って来るから、と約束して、俺はこの家を出た。
子供達はかなり不安そうにこちらを見ていたが、何も言わなかった。
うう、心が痛いヨゥ。
それでも心を鬼にして振り向かずに進む。
背中にブスブス視線が刺さっている気がする。
角を曲がると子供達が啜り泣く声と、先生二人が慰める声が聞こえてきて、かなり罪悪感を刺激された。
雪の降る昼下がり、俺は孤児院を出たその足でマチルダさんと領事館にお礼を言いに行った。
今回物凄く協力してくれたのだ。
何か形あるものでお礼がしたい。
そう言うと、こまめにマチルダさんに会いにくる様に、と誰もが口を揃えて言った。
どうやら俺が顔を出すとマチルダさんが張り切って仕事を片付けてくれるらしい。
それだけでは気が済まなかったので、以前マチルダさんに振る舞って好評だったプリン(女性陣用に大量に作っていた)をその場にいた人数分置いてきた。
マチルダさんが素早く手に取り、笑顔でお礼を言って食べ始めた。
ふるふるとふるえるプリンを口にして「本当にこれは甘くて美味しいねぇ」と呟いた瞬間、人数分だと言っているのに何故だか争奪戦が起きた。
ドン引きである。
受付の小動物みたいに可愛らしい小柄な女の子が、上司にとんでもない暴言を吐きながらプリンを両手に持って叫んでいる。
美人で虫も殺さないような経理の清楚なお姉さんがおっさんを踏みつけて彼のプリンを巻き上げていた。
…………よし、見なかった事にしよう。
ベンヤミンさんとクラーラ様にもお礼をしに行く。
急に行ってもすぐに会えるとは思っていなかったが、何と顔パスですぐにいつもの部屋まで通されてしまった。
ずっと孤児院に缶詰だったので知らなかったのだが、どうやら孤児院の件で街からクラーラ様は聖女様だと崇められているらしい。
街で悪さをしていた孤児がいなくなり、夫を失い路頭に迷う寡婦を雇う心優しき領主の娘。
万が一自分達に何かあってもきっと助けてくれるだろう、そんな素晴らしい聖女の如き御令嬢。
それは瞬く間に街中に広がったのだとか。
冬で娯楽の無い時期だったのも相まって、広がるのが早かったようだ。
なんとなくベンヤミンさんの暗躍を感じて、ちらりと視線を送れば、意味ありげなウインクが返ってきた。
心持ち“聖女”っぽさを出してツンとお澄まししているクラーラ様はとても可愛らしかった。
今回の後ろ楯のお礼にと、“永遠に枯れぬ感謝の花”をクラーラ様に贈った。
農村で去年一度やっただけのイベントであるにも関わらず、この場に居た全員がその存在を知っていて場が騒然とした。
花を見た人達が「すわ求婚か?!」と詰め寄って来るので「感謝の花ですから!求婚ではありませんから!」と何度も言う羽目になった。
なんでだか皆少し残念そうであった。
なんでだよ。
君らの大切なお嬢様に、こんなどこの馬の骨とも知らん男が手出ししたらヤバいでしょ。
何考えてるんだよ。
……迂闊な事はしたらいかんね。
そして久しぶりにパーティ全員で食事を摂り、孤児院の事を含め色々報告と謝罪をした。
「まあ、それがキリトだよな」と好意的に受け取ってくれ、春にはきちんと旅立てる様にしておけよ、と釘を刺されるのみで終了した。
ヤンスさんは言いたいことがいっぱいあるみたいだったが、むっつりと口を黙み、何も言わなかった。
久しぶりのジャックとデイジーの美味しい料理をお腹いっぱい食べ、取り留めのない話をしながら床につく。
三秒もしない内に夢の世界に落ちていった。
自覚は無かったけど、精神的に疲れていたんだろうな。
夢も見ないで、あっという間に朝だった。
翌日孤児院に行くと、子供達のボディアタックを連続で受け、ひっくり返った。
思いっきり地面で頭を打って、とても痛かった。
セルフヒールで事なきを得たが、普通の人は頭を打つと命が危ないからやってはいけないと説明したが、返事はなかった。
ちゃんと聞いてるのかわからないくらい必死にしがみついてぐすぐすと鼻を啜っている。
なんとイザークまで張り付いていて、内心めちゃくちゃ驚いた。
その日は子供達が不安定で、喧嘩したりすぐ泣いたりしてしまうので、みんなでのんびりと過ごす事にした。
暖炉の前で手遊びをしたり、紙芝居を読んだりする。
しかし、ユッテとラルフがなかなか泣き止んでくれず、膝に抱き上げて背中を撫でていたら、他の子供達もそれを要求する!と騒ぎ出し、時間制限をつけて順番に抱き上げていった。
そこまで俺に依存していないはずのメラニー達まで並んでしまい、とても大変だった。
腕と脚が痺れて暫く動けず、二人の先生には呆れられてしまった。
でも、ここでちゃんと不安を解消しておかないと、パニックになったり夜泣きしたりしそうなんだ、仕方ないよ。
うちの弟が結構パニックになりやすく、慣れない環境になる度に夜泣きしたものだ。
それから数日おきに帰ったり、戻ってあやしたりを繰り返して、俺が居なくても大丈夫な様に練習していく。
最近は雪がどかっと降ることも増えたので、朝イチで関係各所の雪下ろしをする様になった。
オーランドから借家の雪下ろしは自分達でやるから大丈夫だと言われたので、任せている。
これも鍛錬の一つだと言われたら仕方ないよね。
サクッと孤児院の屋根の上の雪を【アイテムボックス】に収納して終了である。
次はマチルダさんの家に向かう。
道中に積もっている雪は歩き辛いので、通り道だけ雪かきしながら進んでいく。
呼び鈴を鳴らす前に雪下ろしを終わらせて、マチルダさんに挨拶をする。
マーサさんも含め、体調を確認して、朝のお茶を一緒に頂くのが通例になってきた。
孤児院から出発する場合は漏れなく子供達が二、三人付いてくる。
マチルダさんは孤児達も可愛がってくれるので子供達も懐いているのだ。
まぁ、一番構われてるのは俺なんだけどね。
折角なので、帰り道は家の周りの雪かき、雪おろしを有料で請け負う。
【アイテムボックス】に放り込むだけの簡単なお仕事である。
子供達も手伝ってくれる。
希望者を募り、そちらに俺を誘導する仕事である。
主要道路の雪かきをボランティアでやりながら、声をかけられたらそちらに向かい、お金をいただいて雪を下ろしたり、指定の位置の雪かきをしたりする。
同時に声をかけられたらジジババ優先で作業をしながらぐるりと街を回る。
小一時間でそこそこの小金が稼げる。
気軽に利用できる様に中銅貨数枚の依頼料である。
来年もよろしくと言われたが、それはどうなるかわからないと答えている。
途中、『絆』のメンバーと会い、お互いの状況を話し込んだりして、子供達に叱られもした。
俺達は朝から何も食べていない。
話が長引けば長引くほど朝食は遠くなる。
そりゃ叱られもするわな。
『絆』達は春以降もしばらくはアルスフィアットを中心に活動していくらしく、子供達をそれとなく見守って欲しいと話すと快く受け入れてくれた。
たまに孤児院に顔を見せにきて、ハンター志望の子達に剣の振り方や苦労話を教えてくれている。
代わりに帝都に行った時には可愛い女の子を紹介する様に言われてしまったが、未婚のお針子さん達で大丈夫だろうか?
お見合いというか、合コンをセッティングしないとならないかもしれない。
彼等と話していると、高校の頃のノリを思い出してとても懐かしくなる。
そんなこんなで冬を半ばまで過ぎた頃、それは起こった。




