150 孤児 5
昼過ぎにテオは帰ってきた。
彼が連れてきたのは九人。
十歳から十二歳くらいの子供ばかりだ。
もう少し大きな子達は、ハンターになってなんとか生活出来ているらしい。
あと、嫌だと拒絶した者達も何組かいたそうだが、それならそれは仕方ないとも思う。
無理に集めたい訳ではないのだ。
時期が悪く、小さい子供達は既に冷たくなってしまっていたそうだ。
テオが申し訳なさそうに話す姿に、何か重くて粘ついた感情が胸の中をぐるぐる回るが、何とか抑え込んだ。
「ありがとうな、テオ」
お礼を言って抱きしめると、弾かれた様にこちらを見て、ギュッとしがみついてくる。
多分一番辛いのはテオだ。
微かに震えていたテオが落ち着くまで待って、リーゼと一緒に部屋の中に行ってもらう事にした。
「待たせてごめんな、来てくれてありがとう」
目の前に並んで震える子供は、誰も彼もが汚れて真っ黒だった。
嫌な匂いが漂っている。
そのまま家に入れる訳にはいかず、以前の盗賊達の様にクリーン魔法の中を通って丸洗いさせてもらった。
「ここを通るだけで良いから。一瞬息を止めてパッと通ってきて」
「「「……」」」
最初の一人は寡黙そうな男の子で、周りを目で制して、意を決して飛び込んだ。
そこまで怖い事はないだろ、と思ったが、真冬に水に飛び込めと言われたら確かに死を覚悟するか。
水球から出てしまえば、乾いているので、ずぶ濡れで凍える事もなく、全身ピカピカの髪の毛サラサラになるだけである。
男の子はギュッと閉じた目を恐る恐る開けて、自分の手や服を見て、髪を触る。
驚いた様に、あちこちを確認するが、水滴の一つも付いてはいない。
それを見た女の子達は先を争い飛び込んで行った。
うん。
乙女心だね。
その後、おっかなびっくり残りの男の子達が入っていき、全員が綺麗になる。
全身ぼろぼろの服だけど、汚れ一つ無いという謎の状態になった所で、家の中に招き入れた。
洗浄の魔法に驚きはしているが、それ以上に食べ物を求める飢えた瞳がギラギラと俺を貫く。
凍えている子供達を暖炉の前へ案内し、固まっている数人にまとめて毛布を掛ける。
流石に全員分はないからな。
二、三人まとめてで許して欲しい。
薪を暖炉の横に積み、暖炉の前に新たにカーペットを敷いて、そこに子供達を座らせた。
それだけで泣きそうになっている子供もいた。
たったそれだけの事なのに。
悔しくて、悲しくて、俺まで泣きそうになる。
先程作った麦粥を配ろうと、鍋をリビングまで持って来た。
テオ兄妹は玉子入りなので、妙なやっかみ防止の為に、キッチンで別に食べてもらう事にした。
二人は今回も量は控えめで、お玉三杯分ずつである。
そろそろたっぷり食べさせてやりたいところだ。
今日来たばかりの子供達には「いきなりたくさん食べるとお腹を壊すから」とお玉一杯分の薄めた麦粥をお皿によそい、配り始める。
しかし、一皿目を手渡した瞬間、すぐに奪い合いを始めてしまった。
慌てて幼い頃の弟妹に言うように「人のご飯を盗る様な子にはご飯あげないよ」と口にすると、皆ピタリとおとなしくなり、一列に並んで受け取り始めた。
彼等は自分の分を受け取ると、皿を守るように抱え込んで、ひと匙ひと匙大切に大切に食べ始めた。
中には食べながら泣き出してしまう子まで居た。
泣きながらスプーンで麦粥を口に押し込んで、更に泣く。
どうしたらいいかわからないので、少しだけ背中をさすると、抱きついてわんわん泣き出してしまった。
膝に抱き上げて落ち着くまで背中を摩る。
涙が治まり、皿を差し出すと、またゆっくりと麦粥を食べ出したので、背中から手を離す。
「誰もお腹が痛くならなかったら夕飯はお玉二杯分食べようね」
返事はまばらに返ってきた。
小さな子達は笑顔で頷いていたが、大きな子達は「そんなに食べていいのか?」「何か裏があるのでは?」と不安そうにしていた。
そこまで警戒しなくては生きていけない彼等に、また泣きそうになったが、天を仰いでなんとか堪える。
そうして、子供達が麦粥を食べる姿を見続けた。
俺の麦粥も【アイテムボックス】に入っているけれど、何故だか胸がいっぱいで、何も喉を通りそうになかった。
「どこか痛い所とか辛い所とかない?」
食事が終わってから、一人一人に【鑑定】しつつ質問して確かめていく。
名前と歳を聞いて、具合の悪い場所を確認した。
風邪をひいている子や感染症を患っている子はキュアで回復させる。
基本的にどの子供もキュアで治る程度の病気しか罹っていない。
それでも、その“簡単な病”がいとも容易く彼等を死に向かわせる。
唇を噛み締めすぎて、血の味がした。
着の身着のまま生活なので、擦り傷・切り傷、打撲・骨折など生傷は驚く程に多かった。
明らかに暴行を受けた跡、何かを押し付けられて出来た火傷の跡や、刃物で傷つけられた跡のある子も居た。
そうでなくとも、傷口が膿んでいる子や、感染症で赤い発疹のある子も居た。
ノミやシラミの類はクリーン魔法で完璧に除去できているので「あれ?頭が痒くない」と不思議そうに言っていた。
九人のうち一人は腕を折っていて、変なくっつき方をしていたので、ヒールを掛けて整復し直した。
ぐにゃりと歪んでいた腕がみるみるまっすぐに戻って行くのを見た孤児達の目がまんまるになる。
全身の怪我や病気が消えて、少しでも安心して休んでほしい。
俺は必死にアルマ女神に祈った。
数人の子達は既に安心しきって俺に張り付いてくる。
膝の上や腕に掴まってうとうとと微睡んでいた。
まるで、目が覚めたら夢が終わってしまうと怯える様だった。
他の数人は信用したいけど、万が一を考えてしまう様で、ドアの近くに固まっていた。
何かあればすぐに逃げ出せる様にびくびくとしていて、小さな物音にも肩を跳ねさせている。
さらに他の数人は現状に困惑してか、部屋の中を落ち着きなくウロウロと歩き回っていた。
そして、最後の一人は、まだ俺を全く信用していない目をしていた。
俺から一番遠い壁にぺたりと張り付いて、絶対に座らず、ギラリと剣呑な光を宿した瞳で睨みつけられると、何も悪い事はしていないのに妙にドキッとする。
まあ、いきなり全幅の信頼を置かれるのもそれはそれで気持ち悪いし、普通に無理だと思う。
他の子だって多かれ少なかれまだ警戒はしているだろう。
それが正解だ。
俺は彼等に良からぬ考えを持っている訳ではないが、他の大人が皆俺と同じ様な考えを持っているわけではない。
身を守る為には警戒は必要だろうし、それが出来ていたからこそ、彼等はここまで生き延びてこれたのだ。
この家には盗られて困る物など何一つ置いていないから何かを盗まれる心配も無いし、飛び出ていくならそれはもう俺の責任を超えている。
無理矢理抑えつけて偽善の押し売りをするつもりはない。
この家を『雨風寒さを凌げてご飯をもらえる場所』程度に思ってもらえたら良い。
人は衣食住満ち足りて初めて礼節を知るのだ。
その全てが足りていない彼等に礼儀云々と言う方が間違っているだろう。
さて、現在食と住はギリギリクリアしている。
あとは衣、服だ。
ここまで来る途中に寄った様々な村で物々交換をしたり、市場でこっそり対応した中古服から子供達が着れそうな物を取り出す。
流石にまだ売れる物はアレなので、売る事ができない物、オマケでつけてあげる様な物がメインである。
どれも売り物には出来ないが、今着ているボロ布よりはマシだ。
キッチンでこちらを窺っていたテオ達も呼んで、色々服を当てる。
膝の上で爆睡している子がいるので俺の所まで来てもらうしかなかったけどね。
薄くてペラペラなものは重ね着をしてもらったり、穴が空いていたら別の布で塞いだりして一人一人整えていく。
暖炉があるとはいえ、他の部屋は寒いので、今着ている服の上から着てもらう形だ。
何人かサイズが大き過ぎる子もいたけれど、それは折り曲げたり、紐やベルトなどで調節した。
簡単に裾上げやお端折りしただけなので、そのうち当て布が目立たない様にしてやろうと思う。
刺繍とかやってみるか?
いや、自分で出来るようになってもらった方が良いのか?
中古服を着た子供達はくるくると周り、他の子の服を見て嬉しそうに笑い合っている。
まだ警戒している子供達も、新しい服(中古だけど)は嬉しい様で、ジワっと微笑んでいるのがうれしい。
靴は流石に入っていないので木靴を買ってきたいのだが、俺が買い物に出掛けようとしたら子供達が一斉にパニックを起こしてしまった。
皆で泣きながら飛びついて来て、しがみつき、置いていかないで!と大合唱である。
正直びびった。
そこで初めて「これはちょっとやばいかもしれない」と思う。
とりあえず子供達に「置いていかないから安心しろ」と言い聞かせるが、全く効果がない。
ゾッと寒気が背中を走るが、頭を振って必死でその考えを振り払う。
暖炉の前に座り、これで動けないだろう?とやってみせてなんとか宥める事が出来た。
子供達は警戒して離れていた子達も含め、俺に乗ったり服を掴んだりしてぐすぐすと鼻を啜る。
今日は靴を買いに行くのを諦めるしかなかった。
とりあえず、しばらくはこの子供達の面倒を見るつもりではあるが、大きな問題が一つある。
俺はこの世界ではかなり幼く弱く見られるし、他の孤児達もガリガリでとても弱そうだ。
側から見れば子供だけで住んでいるなどと言われかねないし、それを知られれば、どんな奴らがどんな手を出してくるか、判らない。
俺がいれば魔法で対処も出来るだろうが、絡まれないに越したことはない。
なので、その辺に詳しくて強そうな人達に頼る事にした。
というより頼らざるを得なかった。
子供達を無責任に集めて勝手に過ごす訳にはいかないだろう。
多分何やら申請だっているはずである。
しかし、俺がそれを調べようと家を出ようものなら集団パニック必至だ。
飛び出してしまった手前、オーランドには相談しづらい。
少し考えた後に便箋を取り出し、クラーラ様の執事であるベンヤミンさんとマチルダさんにこの家の場所と、相談したい事があると内容を認めて、テオに手紙を託した。
何やら嬉しそうに頬を染めて「任せて!」とテオは飛び出して行った。
テオが出て行くのは平気な様で、リーゼと数人の子供がぐすぐすと鼻を啜りながら俺の服をしっかりと握りしめて引っ付いている。
リーゼは他の子達に俺を取られてしまいそうだと考えているらしく、膝の上に陣取って退かなかった。
子供達を宥める様に頭や背中を撫でていると、だんだんと、オーランドの言っていた事が分かってきた。
たとえ今、ここで命を繋いだとして、食い繋げたとして、この子達にはその先食べて行く手段を持たない。
見捨てるつもりはないが、俺に捨てられてしまえば『また誰かが助けてくれるかもしれない』という希望だけを与えられて、この寒空の中震えて生きるしかないのだ。
それはどんなに恐ろしく、また、残酷な事だろう。
人は知らない事なら耐えられる。
でも、知ってしまえば、そういうことがありうる、と期待してしまえば、きっと耐えられない。
『もう誰も助けてくれない』そう自分に言い聞かせたとしても、心は勝手に期待してしまうだろう。
今までは自分達の力だけで生き延びるしかないと思っていたから耐えられたのだ。
それは“本当に誰も助けてくれなかった”から。
でも今は、俺が、“全く知らない第三者が、助けてくれる事がある”と知ってしまった。
苦しみが大きければ大きいほど、その希望は綺羅星の様に彼等に幻想を見せるだろう。
そうして、誰も手を伸ばさない現実に、より深く絶望する。
ーーー途中から投げ出すのであれば、その子供の苦痛が長引くだけだ。
オーランドの言葉が頭の中でリフレインする。
その言葉の重さが今やっと理解できた。
この子達は普通の家の子であればそろそろ見習い仕事に出始める歳である。
孤児を積極的に雇う所なんて無い。
俺がこの子供達全員を食わせていける程稼げるだろうか?
いや、多分やろうと思えば今すぐ出来るだろう。
地図や保存食の権利で、俺個人の金はどんどん入ってきている。
今はパーティで過ごしやすくする為に色々使っているけれど、そのうち使い切れずに貯め込むだけになるだろう。
それを利用すればきっと彼等はここで生活できる。
でもそれは本当にこの子達の為になるのだろうか?
多分オーランドはそういう事も含め、よく考えてから手出ししろ、と言ったのだろう。
自分の考えの甘さに反吐が出る。
謝りたいけど、上手く謝れる自信が無い。
だって今でも俺は、彼等をここに集めた事に関しては、ちっとも後悔していないのだからーーー。
“ハンターになった”子達は、ハンターになったからといって生活出来ているわけではなく、高確率でクエスト中に魔物にやられて亡くなったり、出会った頃のデイジーの様に搾取されたりしています。
ハンターとは裸一貫で始められるけれど、生き延びられるとは言っていない、そんなお仕事ですから。
そんな中で亡くなったとしても、実力が足りず命を落とした、と処理されてしまうだけ。
本当に、本当に一握りのスキルとチャンスに恵まれた子であれば、もしかしたら、なんとか生きていけるかも、くらいの可能性です。
誘いを断った孤児もいますが、テオがあえて声を掛けなかった孤児も数人います。
断った子達は、悪い大人に兄弟や仲間を連れて行かれた者達で、声を掛けなかったのはテオとリーゼを積極的にいじめたり、他の幼く弱い孤児達から食料や布などを盗んだりする奴らです。
自分がナワバリを荒らしたために攻撃してきた人には一応声を掛けています。
さて、やっと自分のしでかした事に気付いた霧斗ですが、ベンヤミンさんとマチルダさんにヘルプを出しました。
此処が頼る事のできる人がいるアルスフィアットでよかったね。
お仕事を任されて、信用されてる!と喜ぶテオ。
頑張ってね。
読んでいただきありがとうございます。
いいね、感想、ブックマーク、評価、誤字報告いつもありがとうございます。
とても助かっています。
引き続き頑張って書きます。
ヤツのせいで頭はパッパラパーですが←




