149 孤児 4
翌朝目が覚めた時、少し混乱した。
真っ暗な中で、弱い灯りの魔法を使って起きようとすると、そこは全く見覚えの無い家の中だったからだ。
更に言えば、両脇に子供が一人ずつ貼り付いていて動けない。
混乱しない方がおかしいと思う。
俺は何か無意識のうちに犯罪に手を染めてしまったのだろうかと自分を疑った。
必死に何があったか考えて、次第に昨日のアレコレを思い出す。
「そっか、昨日……」
溜息と共に独りごちる。
背伸びをしたいが、両腕にがっちりとしがみつかれているので、身動きできない。
無理に引き抜けば子供達を起こしてしまいそうだったので我慢した。
左側に張り付いているのはテオ、右側がリーゼだ。
あれ?
確か俺は端っこで寝ていたはずなんだけどな?
手が動かせない為、リーゼのオデコに頬を当てると、まだ少し熱がある。
昨日の燃え上がる様な熱さではなく、微熱程度であった。
「んむ……ぅ」
身じろぎしたせいで目が覚めたのかリーゼがむくりと起き上がる。
ボサボサの長い髪が一房顔に掛かった。
寝ぼけ眼でぼんやり中空を眺め、目を擦る。
「……?」
見覚えのない場所で目覚めたからだろう、キョロキョロと周りを見回していて、最後に俺に目を留めた。
そして無言で見つめ合う。
いや、ぶっちゃけリーゼからすれば「誰こいつ」状態だし、かと言って「君を治したのは俺だよ」なんて言ったら怪しいなんてものじゃない。
俺の左腕をホールドしているテオに紹介してもらって初めて信用を得る事が出来る状況だろう。
「……」
「……?」
俺はテオを起こさない様に寝転がったままである。
そこそこ長い時間見つめ合い、本格的に俺が困り果てた頃、その小さな口を開いた。
「ああ、天使様!良かった!昨日の事は夢じゃなかったのね!」
「ふぁっ?!」
女児らしい高く通る声で放たれたその言葉にテオが跳ね起きる。
キョロキョロ周りを見回した後、俺に抱きつくリーゼを見て、安堵した表情で力を抜いていた。
いやそれより助けて……。
力の限り抱きついてくる、衰弱しきった女児の引き剥がし方なんて、俺知らない。
実家の妹みたいに雑に扱ったらすぐに死んでしまいそうで怖い。
なんとか言葉を尽くしてリーゼに離れてもらった俺は、暖炉に新たな火を入れる。
夜の間に熾火になっていたそこに、乾燥させた針葉樹の葉を乗せ、火を大きくして、小枝や細めの薪などを組み上げていくと立派な光源になる。
この世界ではまだ窓ガラスはほとんど使われていない為、窓を閉めると部屋が真っ暗なのだ。
窓の外は快晴の様で、夜の間に積もった雪が太陽を照り返し、目に痛いくらいだった。
寒いけれど、空気の入れ替えだと言い聞かせて約五分我慢する。
まだ早い時間の様で、水を汲む奥さんらしき人たちが井戸の周りに数人立っているだけだった。
窓を閉めると、魔法の灯りを動かして、キッチンに向かう。
子供達二人も連れて行き、流し台に水球を出して顔を洗わせる。
俺が寒くて耐えられなかったので水球は三十八度のお湯である。
テオは魔法に驚き、恐る恐る指先で触れ、お湯である事にも驚いて飛び跳ね、何度かちょんちょんと触る。
その姿は警戒する子猫の様でとても可愛かった。
少し弟の小さい頃を思い出した。
リーゼは濡れタオルで拭いてやろうと思っていたが、思いの外しっかりと歩けていたので自分でやってもらう。
魔法に緊張する兄とは違い、俺の動きを真似る様にざぶざぶと顔を洗っていた。
キッチンにあったテーブルはガタ付きが酷く、虫食いも進んでいたので、後で解体して薪にしよう。
キッチンは寒いし暗い為、暖炉の部屋に戻って朝食を摂る事にした。
朝食には、昨日の薄めたパン粥をお玉二杯分に増やし、ホットサイダーを付けた。
野営で使う作業台と椅子を出して、座らせると皿とスプーンを並べていく。
本当はもっと沢山食べさせてあげたいのだけど、一気に食べるとお腹が痛くなるだろうし、何より消化できる程の体力があるとは思えない。
それでも二人とも満面の笑顔でお礼を口にして、食べ始めた。
食べながらポツポツと自分達にあったことを話し始める。
ーーー事の起こりは去年の冬、彼等が流行病に掛かった事からだった。
冬の初めに子供達二人が罹り、看病する両親にうつってしまったのだとか。
子供二人の症状は比較的軽く、すぐに治ったが、両親は重篤で、あっという間に悪化し、そしてあっけなく亡くなってしまった。
兄のテオが十歳、妹のリーゼが九歳の時だ。
冬の間は両親が用意した冬支度でなんとか乗り越える事が出来たが、寝室には二人の亡骸がずっとあったという。
子供二人で寄り添いながら冬を越し、春を迎えた。
葬式をあげることも出来ず、勿論家賃を払う事なども出来るわけもなく、二人はすぐに家を追い出された。
それから一年、初めのうちは市場で手伝いなどをしてお金や食料をどうにか手に入れていたが、身なりが崩れ始めた夏の終わり頃から誰も雇ってくれなくなった。
それからは、残飯を漁ったり、いけない事だと理解しつつも畑から盗んだりしてなんとか食い繋いできた。
街の外に出れば中には戻れないと知っていたので、森に食料を採りに行くことも出来なかったんだとか。
孤児の間にも“ナワバリ”があり、新人孤児(なんとも微妙な呼び方だ)である兄妹が手に入れられる食料はとても少なかった。
他の孤児の目を盗み、残飯を漁り、外で寝る生活は簡単に二人の心を荒ませていった。
雨の日は雨宿りする軒先から追い出される事も少なくなかったらしい。
自分達二人以外は敵だと思いながら、支え合って生きてきたそうだ。
そして寒さが酷くなってくると、雨風を凌げる場所の奪い合いになる。
雨だけならば軒下でやり過ごせばどうにかなるが、寒さを凌げるとなれば、場所は限られる。
限られたその場所は例外なく誰かの「ナワバリ」で、一緒に過ごさせてくれる者はいなかった。
結果、二人が行き着いたのがあのゴミ捨て場である。
堆肥にする為にかき集められたゴミは臭いが温かく、二人が冬を越すことが出来そうなのはそこしか無かった。
はじめは辛かったが、臭いにはすぐに慣れた。
でも、やはり誰も使用していないことには理由があったのだ。
不衛生な場所での生活が安全なわけがない。
リーゼが体調を崩し、テオは妹の為に盗みを働き、失敗して制裁を受けた。
テオが言うには珍しい事ではないらしい。
昨日あの現場に俺が通り掛かったのは偶然だ。
そうでなければ二人は昨日の夜……恐らく天に召されていただろう。
「ぐすっ」
「なんで兄ちゃんが泣くんだよ」
「……ごめん」
謝っても俺の涙はしばらく止まらなかった。
二人が寄り添い、俺の頭や背中を撫でてくれる。
本当に、本当に良い子達だ。
自分達の方が辛いのに、泣いている俺をなぐさめてくれるのだ。
俺は二人を両腕に抱きしめる。
くすぐったそうに笑う二人は、本当にただの幼い子供で。
なんでこの二人がそんな苦労をしなくてはならないのか理解出来ない。
でも、俺はこの二人を今後どうしたらいいのか分かってはいない。
保護したし、それを途中で投げ出すつもりもない。
でも、それでも。
不安がないとは絶対に言えない。
何だったら不安しかない。
だけど。
彼等を助けた事が間違いだったとだけは絶対に思わない。
見捨てなかった事だけは、絶対に後悔しない。
グイッと涙を袖で拭うと、唇を噛み締めて顔を上げる。
「なあ、テオ。さっきナワバリがどうとか、先輩のプロ孤児がどうとか言ってたけど、他に孤児院に入れていない子供達を知らないか?」
この時期だ。
もしかしたらもう生きていないかもしれない。
でも、少しでも生き残っているのなら。
俺に出来る事があるのなら。
助けてあげたい。
この気持ちは同情なのかもしれない。
偽善なのかもしれない。
それでも、“やらない善よりやる偽善”と言うではないか。
たとえ一人でも、震える子供達を助けてあげたかった。
せめてこの冬の間くらいは。
食べ物だけならアホ程持っている。
雪や風邪などの寒さからなら、この家でしのげる。
テオは他の孤児を助ける事に少し渋っていたが、重ねてお願いすると折れてくれた。
知っている孤児に出来るだけ声を掛けてくる、と外に出て行った。
少しサイズが大きいが、物々交換で手に入れた擦り切れまくった厚手のコートを着せてやったら、真っ赤な顔で笑っていた。
「いってらっしゃい、頼んだよ」
「っ!〜〜っいってきます!」
とても嬉しそうに言って駆け出したテオに、また目頭が熱くなったが必死で堪えた。
テオが他の孤児を探してくれている間に家の中を生活ができる様に整えていく。
リーゼも手伝う、と言って聞かないので簡単な仕事を頼む事にした。
昨日の夜に丸洗いしているので、よっぽど密閉されていないかぎりは埃一つ無い。
最初にやることは、ぼろぼろになっている家具を【アイテムボックス】に収納していくだけの簡単なお仕事だ。
油の切れたランプに油を差し、使う頻度の高い場所に配置する。
ランプを配置した部屋から足りない物を書き出していく。
リーゼには何が足りないかピックアップしてもらう役を頼んだ。
使えそうな棚やテーブル、椅子はいくつかあるものの、やっぱり家具類が全然足りない。
当面は暖炉の部屋とキッチン、トイレや洗い場などの水回りがメインになるだろう。
二階にも部屋があるが、ベッドなどは何もなく、がらんとしていた。
恐らく以前住んでいた人が引っ越しで持ち出したのだと思う。
泥棒でないことを祈るばかりだ。
全室のチェックと使えない家具の収納&使えそうな家具の移動、プラス必要な品物のピックアップが終わる。
キッチンも片付け終わったので、今度はキッチンの竈門を使って麦粥を作った。
麦とスープストックを具が無くなるまで煮詰めて、薄めた物と、卵を落とした物を作る。
卵は栄養があるので積極的に摂らせたい食材だ。
俺の分は具が溶ける前の物を先に避けてある。
あとはテオが帰ってくるのを待つのみだ。
「テオ早く帰って来ないかな」
「兄さん早く帰って来ないかな?」
お互いにこぼした言葉がシンクロして、リーゼと顔を見合わせて微笑み合った。
何故!何故霧斗は自分から茨の道に進みたがる?!
というわけで孤児が増えそうです。
因みにテオ達二人が特別良い子だったわけではなく、自分達を保護してくれた霧斗に見捨てられない様に、必死でくらいついている状態です。
言ったら嫌われそう、捨てられそうなので言わなかっただけで、畑からの窃盗だけではなく、スリも店からの万引きも何度も行っています。
それをやらねば彼等はここまで生きてこれませんでしたから。
いつも俺不運を読んでいただきありがとうございます。
いいね、感想、ブックマーク、評価、誤字報告大変助かっております。
これからも霧斗の奮闘をどうぞよろしくお願いします。




