147 孤児 2
昼過ぎに降り出した雪が、その勢力を強め始めた。
ボタ雪がひっきりなしに落ちてくる。
冬なので、夕方の五時を過ぎると暗くなり始めるのは当たり前なのだが、分厚い雪雲のせいでもう夜だと言って良い程に暗い。
目の前に浮かせた魔法の灯りが雪の影でチラついている。
道行く家々はピッタリと扉を閉ざして、暖かな気配を溢していた。
まるで絵本の中の様である。
しかし、そんな雰囲気にそぐわぬ音が聞こえてきた。
「ぎゃっ!がぐ……っぅぐぅ」
「ーーーっ!ーーーーっ?!!」
何か路地の奥で騒いでる声と音だ。
誰かが怒鳴る声と、鈍く響く“何か”を殴る音と、苦痛に塗れた悲鳴の様な声。
大きな街なので、喧嘩や荒事などは日常茶飯事である。
しかし、あれはどう見ても小さな子供を五、六人の大人が蹴り付けている様にしか見えない。
小さく丸まっていた影は、複数の足に踏みつけられ、蹴られる度に小さく跳ねる。
既に抵抗する力も無いらしい。
為されるがままで、ボールの様に跳ね飛ぶ。
それを認識した時点で勝手に身体が動いた。
「ち、ちょっとまったーーーっ!」
「あ、オイッキリト待て……っ」
オーランドが俺を止めようとしたらしいが、少し遅かった。
俺は暴行の現場に滑り込む。
大人達は驚き、動きを止めた。
子供は小さく丸まって震え、時折血反吐を吐いてる。
その子を背に庇う様にして、大人達を眺めると、至って普通の平民だった。
飲んだくれている酔っ払いでも、冒険者崩れのならず者でも、触れるもの皆傷付ける様な不良でもなく、本当にただの一般人だ。
全員が三十以上の男性ばかりで、子供を訳もなく傷付ける様には見えない。
しかし、彼等の目は怒りに染まっている。
「あ、あの、急に部外者がすみません……。でも、こんな小さい子供に大人が数人掛りというのは……流石に見逃せません。あの、一体、何があったんでしょうか?」
大人達に質問しながら、こっそり子供にヒールを掛けていく。
後ろ向きなのでじわじわとしか使えないが、それでも救命には役立つだろう。
視界の端でオーランドが溜息を吐いている。
今日の商売の相棒は、ヤンスさんではなくオーランドだった。
珍しくよく晴れた日だったので、ヤンスさんが狩りに出て、代わりにオーランドと二人で店を出していたのだ。
多分一緒にいたのがヤンスさんだったら、俺は飛び出す前に肩を掴まれるなどして止められていただろう。
それが、運が良かったのか、悪かったのかはわからない。
けど、多分俺は記憶を持って時間が戻ったとしても、一緒にいたのが誰だったとしても、こうしたと思う。
五人いるうちの一人、もみあげとヒゲが一体化した職人っぽい男がジロリと俺を見て、吐き捨てる様に言う。
「そいつはオレらの家から薪と食料を盗んだ。この時期の盗みは鞭打ちで野晒しと決まっている。流石にそれは可哀想なんでな。俺達が代わりに躾をしていたところさ」
「そうだ、そうだ。関係ない奴は引っ込んでいろ」
「コイツらは一度だって許せば、何度でも繰り返すからな。街丸ごと冬を越せなくなっちまうぜ」
口々に子供が悪い、邪魔をするな、そこを退け、と言われる。
状況的にみても、この子供が盗みを働いたのは間違いないのだろう。
だが、今ここで引き渡せば、彼等はこの子供が死ぬまで暴行を加え続ける。
それだけは許せなかった。
「わかりました。確かにこの子供は良くない行いをしたのでしょう。ですが、もう充分ではありませんか?この子は歩く事も出来ないほどに痛めつけられています。このまま放置しておくだけでも、明日には死んでいるでしょう。俺が出すのもおかしな話ですが、これで怒りを治めて下さいませんか?」
二十本ほどの薪が束になった物を五つと、干し肉を五袋取り出し、彼等の前に並べる。
先程までは怒りに支配されていた様だが、俺という第三者が現れ、客観的に状況を説明をした事でだんだんと正気を取り戻してきたらしい。
怒りに任せてやり過ぎたかもしれない、と罪悪感を感じ始めてきた様だ。
恐らく、元々善良な人々なのだろう、気まずげな表情で、周りの人達と顔を見合わせながらおずおずと薪の束と袋に手を伸ばす。
間違いなく、そのひと束はこの子供が盗んだ薪より多いだろう。
「今回は兄ちゃんの顔に免じて許してやろうか」などと言い残してそそくさとその場を去っていった。
その姿が見えなくなった途端、腰が抜ける。
「はぁーーーなんとかなったぁー。っじゃなくて!大丈夫か?!」
慌てて子供を抱き抱えようとしたのだが、ヤバいくらいに汚れていて、触れるのを止めた。
ドロドロのべたべたで、全身が垢と埃と汚れに塗れている。
さっきまでは緊張していて気付かなかったが、ツーンと嫌な匂いがする。
「うぅっ、流石にこれはちょっと……」
申し訳ないけどちょっと触りたくない。
一度、クリーン魔法で全身丸洗いして、ヒールを掛けていく。
がぼっと一瞬だけ溺れそうになっていたけど、ほんの一瞬だけだし、綺麗にする為なので許して欲しい。
汚れが落ちるとそこには青っぽい髪の、十歳くらいの男の子がいた。
気を失っているのか、ぐったりとしていて動かない。
ガリガリに骨の浮いた薄い胸が上下しているので、生きてはいる様だ。
抱き上げれば身長に対してとても軽い。
「よし、家に連れて行って話を聞こ「ダメだ」
被せる様に吐き捨てられた言葉は驚くほど冷たく、そして固い物だった。
そして、その言葉を口にしたのは信じられない事に、オーランドだったのだ。
仰ぎ見れば、今までに向けられた事のない厳しい視線が俺を貫く。
「その子供を、オレ達が借りているあの家に連れて行くのは許可できない」
「どうして!?」
「百歩譲ってオレ達の拠点だったなら我慢したが、あそこは借家だ。持ち主に迷惑は掛けられない」
聞き間違いだと思いたかったのだが、重ねて拒絶される。
思わず聞き返したら正論が返ってきた。
……そうだよね。
確かにそうかもしれない。
でも、だからといってこんな小さな子を雪の降る寒空の下放置する事なんて出来ない。
「キリト、厳しい事を言う様だが、お前はその子供を最後まで面倒見れるのか?オレ達とハンターの仕事を放り出して?オレにはそんな無責任な事で、子供を育てられるとは思えない。……彼等からの暴力から守っただけで充分だ……」
「……」
オーランドが視線を外して苦しげに言葉を紡いでいく。
最後まで面倒を見られないのであれば手を出すのをやめろ、確かにその通りかもしれない。
オーランド自身も納得してはいない様で、歯を食いしばり、強く目を閉じ、眉間に皺を寄せている。
でも、そんな顔をするくらいなら助けてあげたら良いじゃないか!
なんでそんな事言うんだよ!
俺を助けてくれたオーランドが!
出会ったばっかりの時の俺と、この子供、何が違うって言うんだよ。
「途中から投げ出すのであれば、その子供の苦痛が長引くだけだ。悪い事は言わないからーー」
「……オーランドがそんな事を言うとは思わなかった」
「っ!」
ジワリと涙が勝手に出てくる。
震え始めた子供を抱き抱えて、オーランドを睨みつけた。
「わかった!あの借家に行かなければ良いんだろ?!自分でなんとかするよっ!」
「キリトっ!?」
俺はなおも声を掛けてくるオーランドに背を向けて、暗い雪の中を走り出した。
霧斗、オーランドと決別。
いつも俺不運を読んでいただきありがとうございます。
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ありがとうございます。
咳のしすぎで肋骨またヒビが入りました……。
作者にまで不運をよこすとか……。




