143 手紙 8
さて、レジーナの開く店、オシャレ魔法服屋(仮称)について真剣に考えよう。
俺は、お嬢様は自分の領地内に店を作るつもりなのだろうな、と思っている。
なんてったって自分の領地だから、最高権力があり、邪魔が入りづらく、扱い易く、何より出入りがしやすい。
万が一別の場所に出そうものなら、その領地の権力者とか、商業ギルドや老舗商会などの既得権益が黙っておらず、横槍が入るだろう事が予想できる。
そして、お嬢様の領地と言えば此処、アルスフィアットだ。
ぶっちゃけ、毎度この距離を移動するのは辛い。
馬車を手に入れたとしても、片道半月は時間的にも経費的にも尻的にも痛いのだ。
(帝都に店開いてくれたら楽なのにな)
心中で愚痴る。
愚痴った後、ふと気がつく。
その“帝都に店を開く”と言うのは何の気無しに溢した言葉であったが、よく考えてみたら意外と悪く無い考えなのでは?
お貴族様だから帝都にタウンハウスくらい持っているだろうし、お金だって土地だって小さな店を開く程度ならあるだろう。
帝都であれば、俺達の拠点がある。
何か問題が起きればその日の内、もしくは翌日には手助けに行けるだろう。
たとえハンターの仕事に出ていても、アルスフィアットにあるよりは絶対に素早く対応できるはずだ。
俺のネームバリューだってそこそこあるし、金属加工にはドワーフ達が居る。
安くしろなんて言わないが、レジーナに商品を都合してもらうくらいは出来るのでは無いだろうか?
布系やドレスなどはブリギッテ達と店を提携させて、一緒に作ればやり易いだろうし、デザインの問題もだいぶ解決するし、利益が全部身内に入ってくる形になる。
「あのー……親父さん少し良いですか?」
レジーナが居ない間に親父さんに話を聞く。
まず店を帝都に出すと仮定してレジーナを帝都に送る気があるかどうかからだ。
レジーナに聞けば、迷いなくイエスと答えるだろう。
なので先に保護者の意見を聞いておく。
「正直なところ、大切な可愛い娘だからな。出したくはねぇよ。でもアイツは多分、飛び出して行くだろうし、こっちで人気が出れば、結局は帝都に連れていかれちまうと思ってる」
親父さんは困った様な顔をしながら「それだったらレジーナの為にも信用できるお前さんたちに任せて送ってやりてぇ」と答えた。
なんとも懐の深い、良い父親である。
そうと決まれば、商人としてレジーナの出来る事を確認していこう。
足りないところは人を雇うなりして補わなくてはならないからな。
店番をしながらなので、途切れ途切れではあるが必要な情報はなんとか出揃った。
結果から言えば、帝都に店を出せる。
今回の件で一番心配だったのがレジーナの経営能力だったからだ。
因みに二番目が親父さんの気持ちだ。
最初に聞いておいてなんだが、やっぱりお貴族様相手だもんな。
お仕事を優先する予定だったよ。
店を立ち上げて、経営していくって、かなり大変なのである。
正直俺はお金出して、アイディアをちょろっと出して、残りは共同経営者に丸投げしている状態だからこんなに楽ちんなんだけど、ブリギッテも経理担当者を雇うまではかなりキツそうだった。
カールハインツは涼しい顔してたけど、それはただ慣れていたからだと思う。
……いや、そう思いたい。
そして、親父さんに確認した所、帳簿付けは出来ると断言された。
現在この店の帳簿付けはレジーナがしているのだとか。
仕入れと加工は出来るが、帝都での仕入れ先は一から探さねばならないのが心配らしい。
そこは俺の知り合いのドワーフを紹介するよと話すと安心してくれた。
むしろ俺はレジーナが抜けた後のここの帳簿付けや親父さんの生活が心配である。
勿論、販売も計算もオッケー、むしろ得意中の得意なんだって。
流石家族経営の防具屋の娘だね。
経営力も開発力もあるとか凄いじゃん。
一応、家事も最低限は出来る。
つまり一人暮らしが出来るし、店も興せるし、経営も出来ると言うわけだ。
レジーナの心身の負担を考えなければね。
その辺を親父さんに話すとものすごく渋い顔をしたが、一番妥当だろうと頷いてくれた。
勿論サポートはしっかりするよ。
例えば店が完成するまではうちの拠点で過ごしてもらうとか、食事を一緒にとったりとか、経営についてはうちの店長二人に相談するとか、色々できると思う。
これで安心してレジーナに提案が出来る。
空が茜に染まる頃、レジーナが諸々の依頼や申請を終わらせて帰って来た。
これから制作が始まるというのに、肩の荷が降りた様で、ニコニコといい笑顔である。
外はもう、雪が降りそうなくらいに寒い。
暖炉に火を入れて作っていたホットミルクを渡すと、鼻の頭とほっぺを真っ赤にさせていたレジーナは、子供の様に喜んで受け取った。
あーもう、可愛いなぁ。
全然タイプは違うのに、妹を思い出す。
頭をくしゃくしゃに撫でてやりたくなる。
やったら怒られそうだからやらないけど。
ミルクを飲み終わり、一息ついたレジーナに俺は話を切り出した。
「ねぇレジーナさん。お嬢様が了承したら、ですけど、帝都にお店出しませんか?多分お金はお嬢様が用意するでしょうし、無ければ俺が貸付します。勿論、ヤンスさん挟まず低金利で」
最初は思いもしなかった事を言われた、と固まっていたレジーナだったが、ヤンスさんを挟まない、の辺りでクスクス笑い始める。
やっぱり女の子は笑っていた方がいい。
「場所は帝都内は高いですけど、貸店舗なりなんなりお貴族様なら物件の一つも持っているはずですし、最悪、俺達の拠点の隣に作るって手もあります。まぁ、その場合切り拓いたり、建物を建てたりする時間もお金も要りますし、お嬢様にバックするお金は銅貨一枚たりとて無くなりますけど」
「確かに。お金も出さず、協力もせず利益だけは持っていくなんて許せないね」
レジーナは腕を組んで力強く頷く。
そして、女の子から経営者の顔に変わって俺の話を聞き始めた。
俺は話しながら紙に帝都に店を出す利点を並べていく。
「親父さんの店と提携して防具を送ってもらったり、あっちで作った物をこちらに送っても良いですし、帝都であれば改装なら俺が手伝えますし、デザイナーが近くに居た方が安心ですよね?急なご依頼とか」
「それは勿論そう!」
かなり食い気味に肯定された。
これはもしや、元から帝都に行きたかった的な?
いや、無茶振りが大変だった、の方かな?
目をキラキラさせてやる気に満ち溢れてるレジーナを見ながら考える。
「店舗スタッフ……じゃなくて、商会員は都会に出たがってる友達や、親戚の叔母さんが居ると親父さんに聞きましたが、ついて来てくれそうな感じなんですか?え?元商会の女将さん?旦那が亡くなったからお仕事辞めちゃっただけ?帳簿付けはその人が教えてくれた?それって絶好のカ……ゴホン。最高の人員では無いですか」
「今絶好のカモって言わなかった?」
「気のせいです」
顔を見合わせて吹き出し、しばし笑い合う。
そして話し合いは続く。
その二人は女性だし、お店か工房にお部屋を作れば大丈夫っぽい。
じゃあ人員の問題も解決だね。
「移動は俺達が護衛していけば安全だろうし、引っ越しの荷物なら【アイテムボックス】があるから遠慮なく何でも持っていけますよ。勿論護衛料金、配送料金は頂きますけどね」
「それ、とっても嬉しいっ!勿論割引してくれるんだよね?」
ニカッと笑って割引の話を出来るレジーナに、経営への期待が高まるが、わ、割引か……。
「そ、それはヤンスさんと交渉お願いします」
「あはは、りょーかーい!」
視線を逸らして返事する俺を笑うレジーナは、すっかりいつも通りの明るさだった。
安心した。
これで馬車さえ確保出来れば移動の問題もクリア。
仕入れ先の問題は、金属系は多分ドワーフの工房から仕入れ出来ると思います。
これでも俺はドワーフには顔が効くので。
最悪無理でも、別の工房や仕入れ先を紹介してもらえるだろうしね。
布系・革系素材に関してはブリギッテやカールハインツのツテを頼るか、俺達が依頼を受けて採りに行くかすると思う。
服への縫製なんかはブリギッテ達にそのまま頼めるし、お仕事だからちゃんと依頼料は発生するけど、そこは仕方ないね。
親父さんも含めて色々話し合った結果、春になったらお嬢様も一緒に帝都に移動して、店を開くのが一番良いのでは?と結論が出た。
唯一問題として上がるのが、店が完全に立ち上がるまでお嬢様が新作を我慢出来るのか?という事だ。
それに関しては、俺の店の商品(下着類)を少し融通するとか良いのではないだろうか?
勿論ただではなく、購入いただくけれど、すこーしだけ優先して販売してあげるとかね。
多分、地方領地の男爵家のお嬢様ならまだ噂の下着を持ってないだろうし。
帝都で流行りが手に入るなら少しは大人しくしていてくれる気がする。
そして俺達はプレゼン資料を作成した。
俺達の分と、お嬢様の分、そしてお嬢様の保護者の分の四部だ。
『帝都に魔法服屋を開く利点と問題点』とデカデカ書かれた表紙に二十ページに及ぶ資料。
うう、専門学校のプレゼン大会を思い出して胃が痛くなってきた。
全部手書きなのも辛い。
同じ文章や図を何度も何度も書くの、ホント辛い。
調子に乗って表紙の文字をデコ文字にしなければもっと楽だったはずなのに……俺の馬鹿。
「というわけで、交渉に行ってらっしゃい。レジーナさん!」
「いや、無理だから!キリトも一緒に来てよ!」
なんとか仕上がったプレゼン資料を渡して送り出そうとしたら、道連れにされそうになる。
レジーナが「アタシ一人でこれ全部説明するの無理だから!お貴族様に失礼の無い様に説明するなんて出来ないし、絶対舌噛む!」と泣いて、俺の腕に爪を立ててしがみついた時点で、既に負けが決まっていた。
お貴族様に強いのはヤンスさんとエレオノーレさんなんだが、ヤンスさんはなんか過剰戦力な気がして仕方ない。
なので借家でご飯を作っていたエレオノーレさんに二人で土下座してお願いした。
「ハァ〜、そういう事なら仕方ないわね」
「「あざます!」」
資料をペラペラめくりながら溜息を吐いて了承してくれたエレオノーレさんに、二人で改めて感謝の土下座をした。
その言葉にニンマリ妖艶に笑うと、俺に顔を近づけて口元に人差し指を当てて囁く。
「下着5点セット一式貴方持ちね?」
大変にセクシーな微笑みで、思わず胸がぎゅっとなってしまった。
顔が熱い!
「勿論新作を書き下ろさせていただきます!」
「よろしい」
蕩けるような笑顔、いただきました!
あ、やめて、ジャック睨まないで!
いつも俺不運を読んでいただきありがとうございます。
いいね、感想、ブックマーク、評価、誤字報告本当にありがとうございます。
毎回とても助けられています。
すごくこの時のレジーナ側の感情は愉快なのですが、上手く書ける自信がありません。
いつか書けるようになったら間話として投稿したいと思います。




