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142 手紙 7

 また、キリが悪くて長めです。

 レジーナの家に着くと、玄関の前には俺が教えたストレッチをするヤンスさんがいた。

 ニヤニヤと笑いながら此方を見ている。


()()()お疲れ、キリトちゃん」


 『朝帰り』にアレなニュアンスをのせているのが良くわかる言い方だ。

 相変わらず、すぐに揶揄ってくるなこの人は。

 「一発腹パンを食らわせてやる」と決意して、挨拶と共に拳を振るうが、いとも簡単に防がれる。

 無性に悔しい。

 諦めず二度、三度と拳を繰り出すが、ひらりと避けられ、ぱしんといなされ、後ろ首を掴まれてゲームオーバーだ。

 おふざけはここまでにして、情報の交換をする。

 昨日は、俺だけ別行動したので、状況が知りたい。


「冬の間の家は借りられましたか?」

「おー、借りられた借りられた。あんまり大きくないけど一人一部屋あるぜ」

「おお、すごい」


 基本借家はあまり多くないし大きくもない。

 全く使われていないボロ屋や、空き家、農村の様な冬の間だけ貸し出すくらいだ。

 そういう家だと、二人部屋とかになる事が殆どだと聞いていた。

 けれど、今回は良いところが借りられたらしい。

 子供が大きくなったから今年は家族全員で帝都の親戚の家に越冬しに行くとのことで、特別に貸し出してくれるのだとか。

 薪代などを節約する為、疎遠な人との交流の為、職探しの為、など、親戚や友人と共に冬を過ごすのは、この辺では珍しく無い。


 他の皆は今、その借家で休んでいるらしい。

 今日は昼くらいまで寝て、その後協力して掃除や家具の配置換えなどをするのだとか。

 ヤンスさんは今日の交渉の為に、わざわざここで待っていてくれたと言うが、三割ぐらいは俺を揶揄う為で、五割が家を整える作業のサボり、残り二割が交渉の為ではないだろうか?

 いや、助かるから理由はなんだって良いんだけどね。

 あ、そうだ、『絆』のメンバーは無事お宿に泊まれたらしい。

 良かった、良かった。

 後でタイミングを見てその宿に食料品を売り込みに行こう。

 情報交換が終われば、本日の最大の目的に取り掛かろう。


「お邪魔しまーす」


 軽くノックして家の中に入ると、親父さんが朝飯を食べているところだった。

 挨拶を交わして部屋に入る。

 この食事はデイジーが「きっと朝ごはん用意してないから」とヤンスさんに持たせた物だそうだ。

 何日も食べてないんじゃないかってくらいにがっついている。

 昨日の昼にはシチューをたっぷり食べていたはずなのにな。

 不思議に思って問い掛けると、親父さんは当然の様な顔をして答えた。


「若い女の子が作ってくれた飯は、ただそれだけで四割り増しで美味い」

「うわぁ……」


 ドン引きである。

 見た感じ、レジーナはまだ起きて来ていない。

 念の為親父さんに確認したら「部屋で大いびきかいてるよ」と笑っていた。

 それはうら若き乙女に使ってはいけない言葉だよ、親父さん。

 大切な可愛い娘に嫌われても知らないからな?

 でもまぁ、まだ朝の十時だもんな。

 あの疲れ具合からすれば丸一日は眠っているだろう。

 起きてくるまでゆっくり休んどけ、と席を勧められ、俺はパンパンに膨らんだお腹をさすりながら【アイテムボックス】からお絵描セットを取り出した。


 さて、なんにしようか?

 素材は色々あるらしいから、色々使えるデザインを描けばいいのだろう。

 後は素材に合わせて微調整すれば良いと思う。

 すぅ、と一つ息を吸って、イメージを膨らませる。


 まずは前回と同じ様にコートからいこうか。

 まだ寒さの厳しい春先に着れる、大きめなファーの襟がシンプルで大人っぽいコートを描いてみた。

 リボンやフリルなどは一切使わず、品よくまとめる。

 胸元に小ぶりだが、希少価値の高いブローチなどを付けてみてはどうだろうか?

 うちや防具屋オリハルコンからは案内できないが、貴族なら宝飾品の出入りの商人が居るだろう。

 とりあえず仮でなんとなくのサイズ感でフワッと描いておく。

 勿論、注釈でお抱えの宝飾商人に依頼してもらう、と明記。

 ファーの襟が大きいので小顔効果があり、上品、しかしながら、作り自体はシンプルなのすぐに作れる優れものだ。

 その代わり、素材にはしっかり拘ってもらいたい。

 高品質の素材で格を出してもらうのはもちろん、弱い魅了の効果を載せられたら、成人したばかりのお嬢様には喜ばれるのでは無いだろうか?

 もしかしたら違法かもしれないけど、極々弱くなら許される気がする。

 その辺のことはレジーナに後で聞いてみよう。


 次は帽子かな?

 春なので鍔広の白の布の帽子で、飾りには花を付けよう。

 折角だからバレンタインの時にやった様に宝石で春の花を作ってみようか。

 でも永遠に枯れぬ愛の日が意外と広がってたからなぁ……。

 重なるのは良くないかな?

 七宝焼きとか銀細工とかどうかな?

 焼き方知らんけど。

 もしくは中心に魔石を使って造花を作る?

 なんかそんな感じの方が、オシャレ魔法服(仮)には似合いそうだな。

 マーガレットに福寿草、菜の花に野薔薇、ポピーにたんぽぽ……うーん、庶民的かな?

 いや、貴族的には逆に新しいでしょ。

 いけるいける……多分。


 そんでもって、春といえばロングスカートにブラウスだよね!

 俺はシンプルな白のブラウスにハイウエストな奴が好きだけど、お貴族様的にアウトであればどこをどんな感じで装飾するかを書き添える。

 ウエスト部分は巻き付けリボンにしたらウエストの細さを目立たせることができるだろうし、大きめのリボンがアクセントになって可愛いのではないだろうか?

 背面だと少し幼く見えてしまうので、斜め前で結ぶタイプにすれば少し甘さを抑えられるだろう。

 あ、ブラウスの襟を幅広のボウタイにして、リボンにしてみるのはどうだろう?

 視線が散るかな?散るな。

 でもこのブラウス自体は可愛いから案としては置いておこう。

 エレオノーレさんやデイジーにも似合いそうだ。

 やっぱりひらっとふわっとが春っぽいよね。

 手首や首元胸元に薄い布で作ったリボンとかのアクセントがあるのは良いと思う。

 やりすぎ注意だけど。


 あ、あと、あまり匂いの強くない香水をふわっと香らせるとかどうだろう。

 薔薇や百合とは違う、優しい野の花の様な感じか、ベリーの様な甘酸っぱい香りがいい気がするな。

 横を通った時だけ香るくらいがドキッとするよね。

 中高生の香水初心者みたいに、馬鹿みたいに振りかけるのはよろしくない。

 むしろ不快になるからね。

 この世界でもたまーーに、いる。

 あれはマジで無い。


 あとは揺れもののアクセサリーかな。

 華奢で、動きに合わせて揺れるイヤリングとかはすごい目を惹くよね。

 ポニーテール好きな男多いし、なんかの漫画で男は揺れる物に目を惹かれやすい、みたいなの読んだことあるし、きっと男受けするだろう。

 繊細な金属細工なんかとっても良い気がするよ。

 後これは外注出来そうなとこもいいよね。

 鍛冶屋に頼んで、魔法属性的なのを後付けすればいいと思う。

 オーガンジーのリボンで飾っても可愛いかもしれないな。


「ふんふふーん、ノってキター♪」

「ふわあぁぁぁっおはよう〜。ノってきたってなんのはなしぃ〜」


 鼻歌まじりにわっしわし描いてると、レジーナが起きてきた様だ。

 いつの間にか親父さんもヤンスさんも居なくなっていた。

 寝ぼけ眼で大欠伸を繰り返している。

 うーん、クマは無くなったし、顔色は大分良くなったけど、今度は多分栄養が足りてない感じだよね。


「って、キリト?!?!それ新しいデザイン?!ちょっと見せてっ!」

「おっと、まだダメですよ。まずはご飯を食べてからです」


 絵に気付き、目を輝かせながらレジーナが駆け寄ってくる。

 慌てて中身を見られない様に書き散らしたイラストを【アイテムボックス】に放り込んだ。

 そわそわするレジーナを椅子に座らせ、コップにオレンジを搾り入れる。


「はいどうぞ」

「あ、ありがとう……」


 レジーナがジュースを飲んでいる間に、デイジーが作ってくれた朝食、ソーセージにカリカリベーコン、焼き立てのパン、フルーツサラダ、そして特製にんじんポタージュと牛乳を並べた。


「これ、全部食べ切ったらお話しますので、ちゃんと食べてくださいね」


 オレンジジュースを飲み終わったレジーナは一つ頷くと、ミッちゃんに呼ばれたさつきちゃんも真っ青の勢いで料理を口の中に収めていく。

 皿を瞬く間に空にすると、こちらを振り返り「食べ終わったわよ!」と涙目で訴える。

 口はハムスターの様にパンパンだ。


「口の中が空になったらご説明します。あと、親父さんに少し話は聞きましたが、詳しく事情と状況を教えて下さい」

「むぐ……もごぐ」

「あ、あの飲み込んでからで良いですから、落ち着いて」


 なんとか噛み砕いて飲み下し、お茶を飲んで一息吐く。

 その後説明してもらったが、大筋は親父さんから聞いたものとほぼ同じであった。

 新商品を!と騒ぐくせに、店はまだか?まだなのか?と頻繁にお茶会に呼び出される。

 正直、作業の邪魔以外の何物でもない。

 かと言って、お貴族様の誘いを不興を買わずに断る事もできない。

 その上、新作には目新しさを求められ、精神的にも、肉体的にも参っていたのだとか。


「でも、昨日一日ぐっすり眠れたからもう大丈夫!だから早くデザイン見せて!見せて!」


 説明時のうんざりどんよりした顔から一変、笑顔で子犬や小さい子供の様にまとわりついてくるレジーナが大変に可愛らしい。

 ひとつ苦笑して、先程描いていたイラストを出して見せる。

 「ふむふむ」と頷きながら幾つかのイラストを見ていくレジーナにイチオシを見せる。


「このコートはシンプルだけど、おすすめですよ。なんと言ってもシンプルだからこそ作るのが楽。フリルとかレースとか余計な素材が無いから、素材とバランスにだけ注意すれば良くて」


 この辺のバランスにだけ注意して下さいね、と胸元とボタンを指差して説明する。

 そして大きな襟に指を滑らせた。


「更にこの襟で小顔効果を演出。ここの素材は出来るだけ高価なものが良いと思います。出来たらここに魅了の効果か、魅力アップの効果を付けられると喜ばれるのでは?シンプルで大人っぽくて、自分を魅力的にしてくれる様なものとか」


 時間がかからない、作るのが楽、お嬢様へのおすすめポイントあり、こんな効果を載せられる、がクリーンヒットした様で、「コレにするわー!」とシンプルコートの中から一つを選び天井に掲げる。

 その声に反応したのか、ヤンスさんが部屋に戻ってきた。

 どうやら外に出ていたらしい。

 つかつかつかと俺の方に歩いて来て、レジーナが持つイラストを手に取ってジッと眺めるとーーー


「で、いくら出す?」


 開口一番そう言った。

 相変わらずブレない男である。

 レジーナはムッとした顔で絵を取り返し、ヤンスさんに向かって舌を出す。


「キリトが優しさで描いてくれた絵をお金にしないでよね!べーっ!」

「金も払わないならデザイン画を返せ」


 余裕綽々で、バカにした様に笑いながらレジーナに言い放つヤンスさんは、どこからどう見ても悪徳商人だ。

 しかし、“優しさで描いた”と言って無料(タダ)にしようとするレジーナも立派な商売人である。

 俺としては親父さんに払ってもらうから良いけど。


「冬の間この家に泊まるんでしょ?それと相殺で良くない?」

「一軒家をすでに借りてますー」


 子供の喧嘩だか交渉だか判らないやり取りが続き、最終的に、俺個人に対してデザイン料としてお金を支払う形に落ち着いた。

 レジーナとヤンスさんは息が合うというか、阿吽の呼吸というか、ケンカップルというか、そんな感じでとても相性が良い様に思う。

 ……はっ!いつかレジーナが気にしていた人って、もしかしたらヤンスさんかも?

 えーーーっわーっそうだったのかー!

 くぅーーーっあまずっぺーっ!


 お店の相談に関しては、後程話すとして、まずは使えそうな素材を確認してもらう事にした。

 魅了に関しては、素材が持つ物に限りセーフなのだとか。

 薬や魔法はアウトらしいが、下町の歓楽街などでは頻繁に利用されているのだそう。

 恐ろしやー。


「とりあえずこのコートに合いそうな素材はこの辺かなー」


 一つ目は女郎鼬鼠(じょろういたち)という(てん)に似たライトグレーの大きな鼬鼠の魔物の毛皮だ。

 毛足は短く、柔らかい毛が密集して生えている為、滑らかな手触りだ。

 この魔物は餌に魅了を掛け、自分で餌を獲らせて肥え太らせ、脂がのったところで自分の元に呼び寄せる性質がある。

 全身に魅了の魔法が染み付いていて、毛皮も肉も、貴族の女性に大人気なのだとか。


 次が、横暴羊(おうぼうひつじ)と言われるターネンシャーフの毛で作ったフェルトもある。

 保温性に優れていて、薄くしなやかで、さらさらとして肌触りも良い。

 また、レインボーフェアリバタフライと言われている蝶の翅もあった。

 レインボーフェアリバタフライは妖精の様に透き通って虹色に輝く蝶である。

 名前が長いので虹のアレとか妖精蝶とかハンター界隈でよく勝手に改名されている。

 その特性はほんのり光り、相手を惑わせること。

 そして、その翅を砕いてまぶせば、身に付けた人を魅力的に見せてくれるらしい。


 これ、ばっちりじゃね?

 むしろ俺の案を先に知ってたんじゃね?ってくらいピッタリな素材ばかりだ。

 早速レジーナはコートの企画書を書き始めた。

 それぞれの素材の効果が潰し合わない様に丁寧に計算して、書いていく。


 途中、ヤンスさんの思いつきで、香水と揺れ物イヤリングを合体させる事にしたのは、最高の化学反応だと思う。

 イヤリングの一番下にロケットを付けて、香りを染み込ませた綿を入れる。

 これで動く度にふわりと香りが広がる様になった。

 こちらは無理に魔道具にせずとも充分ではないか?となり、鍛治工房に依頼することにした。


 服やアクセサリーのデザインは、俺。

 監修、女性代表でエレオノーレさんとデイジー。

 交渉はヤンスさん。

 最終チェックはレジーナとお貴族のお嬢様。

 そんな流れでさくっとゴーサインをもらって帰って来たレジーナは、笑顔で飛びついて来た。

 

「ありがとうキリトっ!これでいけるわっ!」

「無事決まって良かったですね」


 そう言った後に、関係各所に申請や依頼をしに走り回るレジーナを見送った。

 とりあえずこれで春の商品に関しては解決であろう。

 

 さて、店の方はどうしようね…… 。



 やっと戻って来ましたレジーナのターン!

 大変人気の高いレジーナさん。

 ヒロインになれる様、頑張っていただきたいところです。


 いつも俺不運を読んでいただきありがとうございます。

 いいね、感想、評価、誤字報告、とても嬉しいです。

 本当にありがとうございます。


 さて、5月15日で俺不運は二周年を迎えます。

 ここまでこれたのも、ひとえに読んでくださる皆さんのおかげです。

 本当にありがとうございます。

 記念に間話を投稿する予定です。

 『絆』のカイル視点で『飛竜の庇護』との出会いを予定しております。

 うっかり今年も忘れてしまうところでしたが、無事思い出せて、なんとか間に合いそうです。

 手動での割り込み投稿になりますので、0時の投稿ではありません。

 あらかじめご了承下さい。


 カイル君は霧斗と喋り方が似ているのでとても書きやすかったです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] いつも楽しく読んでます。 今はまた読み返してます。 キリトが絵が上手くて羨ましいです。 キリトはあんなにいいコなのに、ご先祖さまがどうして代々伝わる強い呪いを受けることになってしまったの…
[良い点] 2周年おめでとうございます。 いつも楽しく読ませていただいてます。 前回は切なかったですね。 いつかキリトにもこちらの世界で家族ができることを祈ってます。頑張って可愛い彼女をゲットしない…
[一言] レジーナの攻撃。レジーナは抱きついた。 しかし当たらなかった(何かが)。 キリトは気づいていない(年の近い女の子にハグされとるでー)。 誰かがそう指摘した時の二人の反応が楽しみでニヨニヨが…
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