138 手紙 3
ちょっとキリが悪かったので長いです。
ヒメッセルトからそこまで遠い距離ではないアルスフィアットではあるが、道中に街や村は無い。
馬車が行きあえる程の広めの街道には、風が強く吹く。
乾燥した地面から土煙が吹き上がり、目にゴミが入りまくる。
とても痛い。
シパシパと瞬きしつつ、酷い時はピンポン玉程の水球を作って目を洗う。
何故皆は平気なのか理解できない。
そんなに頻繁に入らない、とは?
んん??
乾燥して、寒い中を歩いている内に、指先がかじかんで、関節が強張りバキバキしてくる。
万が一の戦闘の際にパフォーマンスを落とさない為にも、こまめに休憩を取る必要があった。
特に、武器を握る四人には死活問題であった。
小休憩でもタープを出して風を遮り、温かいお茶を飲む。
更に焚き火台と椅子に膝掛けも付ければ大分違う。
「はあぁ……生き返るわぁ……」
「あったかあぁぃぃ……」
エレオノーレさんとデイジーが焚き火台に張り付く様にして暖を取っている。
女性はやはり冷えやすいらしい。
しっかりと膝掛けを足に巻き付けてカップを両手で包み、指先まで温めている。
タープのおかげで風もほとんど当たらない。
風が通らないだけで体感温度が全然違うのだから、買う時にはあまり必要性を理解してもらえなかったタープの有用性をご理解いただけたようだ。
他のメンバーもホッと一息ついている。
オーランドは自前の干し肉を焚き火台で炙って齧っていた。
ジャックは何かとエレオノーレさんの世話を焼いている。
デイジーもついでに世話を焼かれているが、本当についでである。
その間に俺は程よいサイズの石を、焚き火台の上に渡した網に乗せて焼いていく。
熱いけどギリギリ触れる程に温まったら、【アイテムボックス】にぽんぽん放り込んで、更に石を追加する。
厚手の布で作った巾着袋に熱々の石を放り込んで、口を閉じれば即席懐炉の出来上がりだ。
冷えてきたら熱々の石と交換すれば良い。
毎回火を焚く事が出来て、【アイテムボックス】がある俺達だからこそ出来る強硬策である。
「石交換しますよー」
「「はーい」」
「「頼むー」」
休憩時間が終わり、出発する段階になったら皆んなの持つ巾着袋の冷えた石と熱々の石を交換していく。
温かい巾着袋に、にこーっと笑顔になる女性陣が可愛らしい。
デイジーに至っては巾着に頬擦りしている。
よっぽど寒いのが辛かったのだろう。
時短の為、火がついたままの焚き火台や、組み立てたままのタープを【アイテムボックス】にしまい、出発する。
幾度かの小休憩を挟み、野営地に到着すると、そこには先客として若いハンターパーティが居た。
「この時期に珍しいな」
「だねぇ。なんかあったのかな?」
訝しげなオーランドに返事をする。
俺達が言うのもなんだが、普通のハンターはもう冬越しの為に街に逗留している時期である。
仕事を終えて家に戻っているのであれば良いけれど、どこからどう見ても長旅の途中といった様子だ。
四人パーティで、全員男、装備の感じだと前衛二人、後衛二人に見える。
皆同じ歳くらいのオーソドックスなパーティであった。
四人は凍えながら焚き火を起こして、風で消えないように石で囲いを作っていた。
天幕は一人用が三つ張ってあり、一人は毛布で包まって見張りをするらしい。
焚き火の近くに、焚き火用とは別の石積みと毛布が見える。
一応、同じ場所で野営する場合は、声を掛けて行うのがマナーなので、一言声を掛けて、彼等の邪魔にならない位置で天幕を張り始めた。
「キリト、タープはもっとこっちに張ってくれないか?どうせ夜間にここを通る様な馬車は無いし、早馬であれば通り抜けられるから問題はないだろう」
風が彼等に当たらぬ様、大きくひらけた道側を野営場所を選んだオーランドは流石だと思う。
変に手を貸すのではなく、何もしないけど彼等がちょっとだけ過ごしやすくなる行動の選択が絶妙で、素直に尊敬する。
指示された場所にタープを建てて、焚き火台を取り出した。
既に火がついている焚き火台を囲む様にぐるりとそれぞれが天幕を張る。
この道は、国と国を繋ぐ大きな街道なので、休憩用のエリアも広い。
二パーティ程度であれば、安心して広く使える。
頑張れば四パーティくらいはイケるだろう。
一人当たりの場所はかなり狭くなるけれど。
天幕の中に敷くマットは【アイテムボックス】から全員分取り出す。
万が一の分断に備えて、各自最低限の自分の荷物は自分で持つのが、ウチのパーティのルールなのだが、いわゆる旅の贅沢品というやつは俺が運ぶ。
保存食と水筒、野営用の天幕と毛布が一枚、各種薬類は個人持ちで、タープや追加の布団や毛布、鍋類、折り畳み椅子、その他諸々は俺といった形だ。
無くても何とかなるけど、あると助かる的な品々を始め、生鮮食品や各種調味料に多数のスパイス類、行商の商品などなど、品物は多岐に渡る。
正直自分の【アイテムボックス】に何が入っているか、既に把握出来なくなってきている今日この頃だ。
腐らないから大丈夫。
……多分。
そこらに散らばっていたであろう枯れ枝は、ほとんど集められてしまっていたので、【アイテムボックス】内の薪を使用する。
普通はこういう時に備えて集めすぎない様に注意したり、移動中に拾っておいたりするのが暗黙の了解なのだが、時期が時期なので仕方ないだろう。
チラリと彼方のパーティに視線を送ると、全員がポカンと口を開けてこちらを見ていた。
薪を組み上げ、焚き火の調整をしていたオーランドが顔を上げると、彼等の内の一人が声を上げた。
「あれ?!オーランドさんだ!」
「ん?お前ローレンツさん家のカイル坊か?」
「ハイっ!」
声を上げた少年を見たオーランドも、見覚えがあったのだろう。
名前を確認すると元気な返事が返ってきた。
「懐かしいなぁ、もうこんなに大きくなったのか」等と言いながら話に行くオーランド。
少し、おっさんくさい。
こういう時はオーランドに任せていた方が安心だ。
下手に会話に混ざろうとすれば、手に入れられる簡単な情報さえ手に入らなくなる。
そっとしておくことが一番である。
彼等はオーランドの地元の子達で、オーランドが話を聞いたところによると、幼馴染同士でパーティを組み、旅をしていたらしい。
帝都の途中にある街から、アルスフィアットに向かって移動している最中だそうだ。
元々アルスフィアットで冬を越そうと移動していたのだが、途中街道に魔物が出たり、困っている人を助けたりとしていたら、予定よりも遅くなってこんな時期になってしまったらしい。
困っている人達を助けたり、の辺りで皆んながオーランドを見た。
きっと同じ事を考えているのだろう。
地元が同じだと人の性質も似るのだろうか?
帰還予定が大幅に遅れて「このままでは、アルスフィアットの宿屋に泊まれるかすらわからない」と半泣きであった。
現に、計画を変更して泊まろうとしたヒメッセルトでは、宿泊を拒否されたそうだ。
「彼らが居てくれれば宿泊させてあげられたんだがな、とか意味不明な事を言われて、追い返されました」
「「「「「「あー……」」」」」」
多分それ、俺達の事だわ。
俺達がいれば、一冬分の食料も薪も追加できるもんな。
なんか、ごめんな。
すれ違う形でヒメッセルトを通ったであろう彼等に、心の中で謝罪する。
あと一日二日ずれていたら、彼等はヒメッセルトで冬を越せただろう。
彼等も運がない。
少しだけ親近感を持った。
アルスフィアットの宿屋には、今年の冬はここで過ごす予定だと話していたので、もしかしたら準備していてくれるかもしれないと、それを頼みに歩いてきたらしい。
そういう事であれば、彼等が泊まる宿に商売に行くのはやぶさかでは無いな。
お値段も控えめにしてあげよう。
「それにしてもオーランドさん達はすごいですね!見た事の無い設備がいっぱいです!良ければ色々教えてもらえませんか?」
そんな素直な言葉に、オーランドは鷹揚に頷き、食事を共にすることにした。
火災防止の為、彼等の焚き火は一度消してある。
後で薪を足して火を付けてあげよう。
風が冷たいので、タープの中へご案内して食事を作りながら話をする。
大量にあるオークの大きな塊肉と、まな板、包丁、焼き串を作業テーブルの上に置いた。
ジャックが無言で肉を切り始め、彼等に焼き串を渡していく。
その意味するところを理解して、それぞれ大きめに切られた肉を四苦八苦しながら串に刺していく少年達。
串焼きはジャック達に任せて、俺とデイジーはスープを作る事にする。
簡易竈を取り出し、スープストックを出す。
折角なので、オークの素材を贅沢に使用した肉肉しいスープを使うことにする。
少年達はどう見ても食べ盛りだし、オーランドも少し見栄を張りたいだろうという心遣いである。
決して自分がこのスープが飲みたかった訳ではない。
このスープは、香味野菜とオークの小骨(とは言っても武器には使用出来ないだけでそこそこデカい骨)と筋肉を沸騰させない程度のとろ火で三日程煮込み続けた物である。
筋肉はトロトロに仕上がっているし、骨はハンマーで砕いて旨味を限界まで絞り出したジャックの芸術品である。
勿論裏漉ししているので骨は欠片も残ってはいないし、野菜は旨味だけを残し姿を無くしている。
それに更に香味野菜を追加してじっくり煮込む。
ジャックが拠点で休んでた間に、暇さえあればずーっと火の前で面倒を見ていた。
その野菜とオークの旨味が凝縮されたスープを中鍋に取り分け、温める。
ここで沸騰させてはならない。
火加減に注意してじっくり温める。
二、三種類の根菜を大振りにカットしてキノコと一緒にフライパンで炒め、温まり始めたスープに投入する。
里芋の様なねっとりした食感の芋とオーク肉の塩漬けも共に入れ、しばらく煮込んでいく。
その間に小麦粉を塩と水で練り、五百円玉くらいのサイズに分けて行く。
沸騰する前に小麦団子を投入して、一煮立ち。
塩漬けの塩分があるので、最後に味を見て、塩胡椒で整えれば完成だ。
エレオノーレさんは予想される肉パーティーに溜息を吐いて、ミントティーの様なスッとするハーブティーを淹れだした。
ついでに野菜串を用意する様にも言われ、俺とデイジーで黙々と作業する。
恐らく野菜串を食べるのはエレオノーレさんとデイジー、そして俺と実はお野菜好きなジャックくらいなのでそこまで数は要らない。
一人一本あれば充分過ぎるだろう。
他のヤローどもは肉があればそれで良いらしい。
特にオーランドはその傾向が強い。
「こんなに豪華な食事を野営で食べれるなんて!」
「はふはふはふはふ」
「うっめー!串焼きもスープも肉だらけで、幸せだ……っ!」
「最近パンとチーズと水ばっかだったから、余計に……ぐすっ」
どうやらオーバーキル。
少年達は、話はそっちのけで夢中で食べている。
最後の子に至っては泣きながらスープを啜っていた。
この時期は採取出来る食べ物も少ないから大変だっただろう。
お人好しばかりの様で、かなり生活が厳しいみたいだな。
俺達は顔を見合わせて苦笑いすると、食事を進める。
串焼きは大振りのオークのバラ肉で、脂身と赤身が六対四程の縞模様だ。
ジリジリと焼ける音がして、持つ端からぽたりぽたりと溶けた脂が滴り落ちる。
大口で齧り付くと、たっぷり振った塩がガツンと舌を打った。
二度三度と咀嚼していけば、肉の旨味と脂の甘みが塩と混ざり合い口福になる。
少し焼けすぎて端が揚がったみたいにカリカリになっているのも堪らない。
ここに白米があれば、と夢想する程に美味い。
皿に串焼きを置くと、ハーブティーを一口。
ミントとは少し違う清涼感が口内の油っぽさを洗い流し、ハーブの香りがスゥッと鼻に抜けていく。
口の中がリセットされたら次はスープだ。
まずはスープだけを掬って飲むと、あっさりしつつもコクのある野菜と豚骨(オーク骨?)の旨味が口いっぱいに広がる。
エラの下辺りがキュンとして、唾液が溢れる美味さだ。
スープの次は、スジ。
トロトロぷるぷるのスジは噛み切るとむっちりしていて、肉特有の旨味と匂いが口いっぱいに広がる。
スープの旨味を吸っているそれは、噛んでいるうちにとろりと溶けて無くなり、肉の余韻だけを残していく。
物足りなさに、今度は塩漬け肉の方を食めば、塩辛さはスープに溶け、程良く塩味のある肉がほろほろと崩れてなくなった。
オーク肉の旨味を堪能した後は、根菜、小麦団子と続く。
根菜は本来持つ甘味に、肉の旨味を吸って歯がいらない程に柔らかい。
芋はねっとりもちもちして食べ応えがある。
小麦団子は肉と野菜の旨味に小麦自体の甘みが重なって、いつまでも噛んでいたい美味さだ。
途中肉串、野菜串も挟み、最後にハーブティーでリセットする。
彼等の事ばかりは言えない。
俺だって気付けば夢中で食べてしまっていた。
食後、重くなった腹をさすりながら、彼等と話をした。
【アイテムボックス】の便利さや、水の補充方法、食料のやりくりや、追加で購入した方が良い物、交渉の仕方に、敵の捌き方、挙句には料理の仕方まで、彼等は貪欲に聞いてきた。
フリーズドライのスープの宣伝もそっと差し込んでおいた。
安くは無いが、場所を取らず、軽くて、美味くて、長持ちだ。
彼等にはおすすめの商品だろう。
流石に今は出来ないが、アルスフィアットで時間があれば水魔法を教える事だって出来るだろう。
逆に彼等からは道中に出た魔物の事や、遠征した先で得た土地の情報等を話してもらう。
あれこれ話しているうちに、辺りは真っ暗になってしまった。
慌てて解散して、休息を取る。
ハンターにとっては休むことも仕事の内だ。
いつも俺不運を読んでくださってありがとうございます。
いいね、ブックマーク、評価本当にありがとうございます。
とっても嬉しいです。
肉と肉スープは若い子の特権ですね。
中年にはもう厳しいです。
彼等が飲んでいるスープは、豚骨を使っていますが、白濁しない方のスープです。
比較的あっさりと飲めますよ。




