137 手紙 2
ヒメッセルトまでの道中は中々に大変であった。
日中は日が照り、歩き易い季節であったが、朝晩は冷え、容赦なく体温を奪う。
土魔法で瓶を作って、中にお湯を入れた簡易湯たんぽで寒さを緩和する。
女性陣に作って渡すととても喜ばれたが、やはりそれでも寒い。
毛布を増やして耐え凌ぐ。
湯たんぽは男供からも要求された、とだけ追記しておこう。
昨年同様街や村に寄って、そこで余っているものは購入し、足りないものを販売する。
子供用の衣類は想像以上の需要だった。
サイズの小さい物と物々交換したりもして、他の村に販売する物を用意したりもした。
手に入れた古着はクリーン魔法を掛けて汚れだけは完璧に落としておく。
まぁ生地の傷みは直せないけどな。
冬の間に当て布をして修繕するか、端切れとして十把一絡げで売るかの二択である。
また、村の木こりにお願いして、幾つか木を切らせてもらったりもした。
村近くの森は村の財産なので、勝手に手を出すと大変な目に遭うらしい。
お礼に、彼等の切った木を乾燥させたら、快く追加を切らせてくれた。
お互いにたっぷり薪を用意できてwin-winである。
なお、森は禿げぬよう木こり達の指示に従って伐採したと明言しておこう。
そうして約一月半掛けてヒメッセルト近くの農村にたどり着いた。
去年より寒い時期だったので、とても大変だった。
「え?!キリト兄ちゃん今年の冬はアルスフィアットに行っちゃうの?!」
子供達の悲鳴が寒空に響き渡る。
大量の保存食や野菜類、干し柿などを購入して、数日宿泊したら出発すると村長に話していると、部屋の外で待っていた子供達が雪崩れ込んできた。
いや、一部大人も混じっているな?
「雪下ろしが〜〜!」
「かまくらーーっ!」
「今年は紙芝居見れないの?!!」
「美味しいご飯〜っ」
「食べ物の販売も無いんですかーーー!!!」
口々に嘆きながら俺に縋り付いてくる。
大きな子供達の方が切実の様だなオイ。
転んでも上にのしかかる様に次々に乗ってくる。
重い重い重いっ!
べちべちと床を叩くと、慌てて離れていった。
それでもほんのちょっと先から、悲しい瞳でこちらを見ている。
どなどなどーなーと勝手に脳内BGMが流れていく。
悲しそうな彼等には申し訳ないが、レジーナがかなり大変そうなので、今年の冬はアルスフィアットで過ごすつもりだ。
こんな事もあるだろうと、作成しておいた新作の紙芝居を披露する事と、薪の作成の手伝い、そして去年家を貸してくれた老夫婦の移動の護衛をする事を約束して、なんとか宿屋に戻った。
宿屋やギルドメンバーは去年の失敗を踏まえて今年はしっかりと冬支度を済ませていた様で、一安心である。
その日の晩は、公民館的な建物で歓迎の宴が開かれ、美味しいご飯に舌鼓を打った。
お礼に紙芝居を披露して、子供達とクタクタになるまで遊んだ。
翌日は蜂蜜や牛乳、チーズ、卵とあちこちの家で食材を購入した。
フリーズドライや保存食もたっぷり購入している。
知らないうちにバリエーションが増えていて、どれもこれも美味しかった。
たっぷりのナッツとシリアルにしっかりと干されたドライフルーツが入ったシリアルバーに、スパイスのピリッと効いたジャーキーと、甘じょっぱい干し肉、コーンスープやポタージュ。
この一年で驚くほどに研究されて美味しくなっていた。
その結果、価格が上がった物や、逆に下がった物なんかもあるけれど、しっかりこの村の特産品として育っている様でとても嬉しかった。
他にもマヨネーズをたっぷり使用したサラダスモークチキンサンドは、あっさりしているのに旨みが強く、正直幾らでも食べられそうな程だった。
バスケット二つ分合計二十個も買ってしまった。
これだけ旨みが強ければ、潰したゆで卵とマヨネーズを和えた卵サンドも絶対美味いだろうと、作り方を教えて予約しておいた。
きゅうりを挟むと尚良である。
そうこうしているうちに、木こり連中が俺とジャックを迎えにきた。
去年とは別の場所に案内されて、森から木を間引く様にして切っていった。
下生えや、木の根に足を取られて何度も転ぶのはお約束である。
泥だらけになってもクリーン魔法でミラクル綺麗。
「いやー、キリト坊が居ると本当に助かるぜ」
「このままこの村に住んでくれたら良いのにヨゥ」
若い木こり達が軽口を叩く。
俺もジャックも困った様に笑いながらそれを聞いていると、ベテラン勢が鉄拳制裁をくらわせていた。
「自分が楽する為だけに拠点持ちハンターにそういう事を言うな」と思いっきり殴られていたけれど、あまり反省していない様であった。
「いってーなぁ、このクソ親父!」と殴り返しにいっていた。
ぶっちゃけ俺がこの村に住んじゃったら、君たち木こりの仕事無くなるからな?
ちなみに、“坊”と付けられているが、多分彼等はオーランドとそこまで歳は変わらないはずだ。
俺とは二、三歳差くらいなはずなのだが、もっと歳下のつもりで扱われている気がする。
初めのうちはだいぶ抵抗もしたけど、最近ではもう諦めてきた。
好きに呼んだら良いよ。
ケッ。
村に戻ると今度は子供達が紙芝居を強請り出した。
足元に纏わりついて離れない。
待って、そこはさっき転んで青痣出来てるとこだから!
アイタタタタ。
数人の子と手を繋ぎ、寒くない様に屋内に移動してから、改めて紙芝居を読んだ。
昨夜利用した公民館的な建物を借りているのだが、いつの間にか手隙の大人まで入ってきている。
次はあれ、次はこれ、と、あまりにも終わりが見えない。
しかたないので大きな紙を八つ折りにして、真ん中を切って折り畳む豆本を作り、人気の話でなんちゃって絵本を描いた。
絵は少なく、文章は長めだが、六ページで収まる様に調節する。
表紙と裏表紙を書き上げれば、二、三人で読めるだろう。
字の勉強にもなるし、丁度いい。
ーーーそう思ってた時がありました。
結局子供達の熱意に負けて、紙芝居のお話を全話書くことになってしまった。
大量に紙と絵の具を使用したので、流石にタダと言うわけにはいかず、ヤンスさんに事情を説明した。
ヤンスさんは意気揚々と村長との交渉に向かい、現金と大量の保存食の詰め合わせをたっぷりもらってきた。
豆本は村長宅で管理される事になった様子。
字がわからない時は、ギルドメンバーに教えてもらうらしいが、何度も読む内に先に内容を覚えてしまう子が出るだろう。
文字の練習には丁度良いかもしれない。
去年教えているので基本文字は四歳以上の子供はほぼほぼマスターしている。
オーランドとデイジーは昨年同様お手伝いをしていた様で、手伝いのお礼に出来上がった物を分けてもらったと、大量のピクルスや加工肉を貰ってきた。
予想外に沢山の食料が手に入って、もう一晩泊まり、翌日布や毛皮、裁縫用具などの販売が終わると、農村を後にした。
だんだん日が落ちるのが早くなってきていて、朝晩の寒さが身に染みる。
日中も陽が当たる時はマシだが、風は冷たい。
それぞれネックウォーマーやマフラー、手袋などを着けて寒さを凌ぎつつ村を出た。
老夫婦をヒメッセルトまで送れば、アルスフィアットまでは後少しだ。




