136 手紙 1
新章スタートです。
スタートダッシュという事で、月、木の週二日更新で参ります。
「お手紙預かってるよ」
拠点のベルが鳴らされ、用件が伝えられる。
ドアを開ければ子供らしい高い声が響いた。
「二枚!」
「違うよ二“通”って言うんだぞ」
「二つう!」
「こら、静かにしろって」
俺達が拠点に帰ってきている事を知った孤児院の子供達が預かっていた手紙を運んで来てくれた。
十歳と六歳くらいの少年と、四歳くらいの女の子の三人組だ。
手紙の数え方で戯れあっている姿が微笑ましい。
緊急クエストで擦り切れた心が癒やされていく。
お駄賃に、とクッキーのカケラをそれぞれの口に放り込んでやり、孤児院の皆で食べられる様にたっぷりのクッキーを籠ごと渡してやった。
子供達はそれに喜び、飛び跳ねながら帰っていく。
「馬車に気をつけろよー!」
「「「はーーい!」」」
注意すると、振り返って笑顔で手を振る子供達。
思わぬ癒しを受けたな。
「えーっと誰からだ?」
届いた手紙を開くと農村とレジーナからだった。
農村からは今年の冬は来ないのか?という内容で、レジーナからは俺に関係のある事でお貴族様絡みの相談がある、アルスフィアットに来れないか?という内容だ。
手紙は誰が覗くかわからないから詳しく要件を書かないのが庶民の常識なのだそう。
日本では無い感覚だわ。
今日は、ジャックとデイジーが孤児院で冬用の保存食作り、エレオノーレさんとオーランドは汎用簡易魔法シリーズ用魔石(略して汎用魔石)の合同研究、ヤンスさんはボウガンの修理依頼に出ている。
なので、お留守番担当というか受付というか、そういう感じの、リビング待機当番というものを俺がやっている。
これは拠点に住み始めてからできた担当で、ぶっちゃけ休みの様なものである。
基本的に当番制なのだが、やらなきゃいけない事がある人は別の人に頼んだりもしている。
結構自由なのだ。
ちなみに俺は、明日から冬支度の買い出し担当である。
各季節毎に、旬の食材は大量購入しているから食べるだけなら問題は無いのだけれど、ある程度確保しておいて転売したらとても良いお金になると去年で覚えちゃったからな?
解呪の為に稼がにゃならんのですよ。
暇なわけではないよ。
ホントだよ?
夕食の時間に、手紙の事を皆に相談して、無事アルスフィアットへ向かう事が決まった。
時期が時期なので冬支度も最速で行い、ある程度確保できたら出発、各街や村に寄って買付や販売をしつつ、途中でヒメッセルトの農村に寄って、数日宿泊。
秋の味覚と渋柿・干し柿を大量に確保後、アルスフィアットへ向かう事になった。
一応ブリギッテの旦那さんであるヤーコプにお願いして、定期的に季節の味覚をまとめ買いしてある。
良い物が安く沢山買える時にまとめて買っておくのは生活の知恵だ。
なので、夏の野菜や果物、加工物、秋の野菜や果物に加工物はすでに沢山購入済みである。
あと、砂糖や塩、胡椒などの調味料のまとめ買いも対応してくれた。
ここら辺の調味料はよく使うから、良質な物を適正価格で大量に購入させてもらっている。
ヤーコプは安くしようかと言ってくれたが「知り合い価格でたまにしか買えないよりも、適正価格でいつでも沢山買えたほうが嬉しい」と伝え、仕入れ量を増やす形にしてもらうと、大喜びで握手された。
後でヤンスさんにバレて、「安くしてもらっとけば良かっただろうが」とめちゃくちゃ怒られたけど、気にしてない。
冬支度用の食料も幾つか依頼をしているが、それとは別に市場で買い求める予定である。
やっぱりこの時期の冬支度の買い物はこの季節の風物詩になっているし、掘り出し物もあったりするので絶対に参加したい。
何を買おうか悩みながらベッドに横になった。
翌日は朝早くから拠点を出る。
辺りはまだ薄暗い。
今年はヤンスさんがはじめから付いて来て、昨年同様大量購入ばっちこい体制である。
パン屋や、お菓子屋さんには昨日のうちにオーランド達が先に予約を入れておいてくれた為、他の客を心配せずに安心して大量に購入できる。
材料が工面できない所には、小麦粉や砂糖の販売も行った。
無理しない程度に頑張ってとお願いすると、笑顔で了承してくれた。
俺達が顔を見せた瞬間、市場の商人達の顔が綻び、大量におすすめの商品を持ってきた。
時には買い叩き、時には上乗せし、片っ端から購入していく。
特に、オーク肉の加工品はほぼ捨て値、原価が心配になる程の値段で売られていて、驚くほど大量に購入できた。
多分キロではなくトンで計測しなくてはならないくらい入っているはずである。
ぶっちゃけ未加工の丸々そのままのオークも三百体くらい【アイテムボックス】に残っている。
穀物からお菓子までありとあらゆる食材が【アイテムボックス】の中に詰め込まれていく。
特にヤンスさんは酒や、つまみになる物、そして新鮮な野菜類はあればあるだけ買っていった。
念の為、他の人が困らない程度に、と店に言っておかなければ店の在庫を丸ごと買ってしまったかもしれない。
ヤーコプに頼んだ食料もあるのだから市場で周りの人達に迷惑を掛けたくない。
ここまでやってから言うのも何だけどね。
面白かったのは卵屋で、去年俺が作った卵パックを紙と糊を使って、見様見真似で作っていたのだ。
パックは別売りで、安全に持ち帰りたい人が結構買っていた。
俺と目が合うと、思い切りそらされる。
別に皆が使いやすくなるなら、真似なんて全然構わないのにな。
ヤンスさんが店主に何か耳打ちした途端、かなりの安値で全ての卵を販売してくれた。
いったい何を言ったのだろうか?
よくわからない、というかわかりたくないので、ありがたく【鑑定】して安全な卵だけピックアップしていった。
ちょっと心配なのでクリーン魔法を通してから自前の卵パックに詰めていく。
おじさんおじさん、卵はキチンと洗わないとお腹壊しちゃうからね?
店主は真剣な顔で頷いていた。
香辛料を販売しているお店は、俺達の購入を見込んでかなり大量に持って来てくれていたらしい。
去年見た事のない香辛料が沢山あった。
ズラリと並ぶ見知らぬ素材、嗅ぎ慣れぬ匂い。
こちらに来るまで、料理なんてほとんどしなかったけど、最近は食材や香辛料、調味料などを見るとわくわくする。
有名俳優のキッチンみたいに、小さな小瓶にラベルを貼ってスパイスラックを作りたいな。
スチールラックにするか、ウッドラックにするか悩む所だ。
そして無駄に高い場所からパラパラするんだ!
俺が喜び勇んで飛び付き、よく聞く物から、見た事も聞いた事もない物、何から何まで全て一定数購入していくので、商人の笑顔は輝いていた。
オマケとして、現地ではその香辛料をどんな風に使うのか書いたメモまでくれて、俺はお礼代わりに香辛料を使ったジャーキーを渡して、お互いに大満足である。
来年もよろしくね!と熱く握手を交わして食品の購入が終了した。
次が薬類だ。
前回同様、色んな薬を大量に購入していく。
こちらは一部購入制限がかかっていた。
オークの討伐戦で一斉に放出してしまった所為なのだとか。
今Fランクの駆け出しハンターが頑張って素材を集めてくれている。
ポーション関係は、ほぼほぼ買えなかった。
とは言え、去年購入した物もまだたっぷりあるし、デイジーが作ってくれた簡易ポーションもあるので、なんとかなるだろう。
うちにはデイジーがいるから、最悪治癒魔法を使えば良いしな。
意外と需要の大きかったのは腹痛薬で、こちらは制限が無かった為、多めに購入した。
いくら寒い冬とはいえ、保存食が上手く作れていなくて冬の終わりにお腹を壊す人が続出していたのだ。
後、一部お腹丸出しで寝た子供がお腹を下したりもしていた。
ハンドクリームはデイジーが沢山作ってくれるというので、カラの缶だけ購入しておく。
チューブタイプのハンドクリームあると良いのにな。
去年の事を覚えていたらしく、「素材の買取はありますか?」と笑顔で聞かれた。
声や言葉自体は柔らかだったのに、妙な圧を感じて、色んなタイミングで集めて溜め込んでいた素材をほとんど放出した。
とはいえ、今年は商業関係が忙しく、去年ほど種類は多くなく、貴重な薬草も無い。
それを見て薬師たちはがっくりと肩を落としていた。
……なんかごめん。
来年はもう少し多めに用意出来るように努力するよ。
お店も皆に任せられるようになったしね。
灯り用のオイルや蝋燭は去年の俺達の買い占めで実害が出たらしく、購入制限が掛かっていた。
オークの脂身があるから自作すれば良いと言われたけど、それがしたくないから買いに来てるんだよなぁ。
とはいえ、真っ暗で過ごさなくてはならない人が出てしまうのは歓迎できないので、適正量の購入に留めた。
最悪トーチの魔法でどうにかするしか無い。
服や布、針に糸、毛糸、編棒等の服飾関係品は、ブリギッテやカールハインツを通じて大量に仕入れた。
服や布は、中古品も購入している。
地方で求められるのは中古品の方が圧倒的に多い為だ。
前回子供服が欲しいと言われたので、子供用の服や防寒着なども幾つか仕入れた。
オーク革も捨て値で売られていて、なんだかなぁ、と思いながら大量に購入しておく。
去年は、意外と裁縫道具なんかも売れたので、今年は大量に仕入れてみた。
まあ、腐る物でも無いし、【アイテムボックス】の中では埃被る事もないので損はしない。
大丈夫だろう。
……多分。
それから、ウッツの経営する文具屋に行くと、紙と厚紙と絵の具、コンテを追加購入した。
去年は紙芝居で使い切って後半は地面に絵を描いていたので、今年は切らさない様に前回の数十倍程買い込んだ。
結構非常識な量になったが、ウッツはにこにこと全てを用意してくれた。
おまけで、発売前の新商品だという筆記用具をくれた。
硬めのコンテを木を使って持ちやすくした商品だそうだ。
まんま鉛筆である。
ナイフで削らなくてはならないそうで、手動の鉛筆削りの概要とイラストを描いて、制作を依頼しておいた。
上手くいったら利益は一割でよろしく。
鉛筆は三ダース前金で発注し、ついでにスケッチブックとクロッキー帳も頼んでおく。
クロッキー帳は多めに依頼したので、多分今後も作り続けてくれるだろう。
拠点を長期間空ける為、孤児院の院長先生に管理をお願いしておいた。
こまめに覗きにきて、子供達と掃除をしてくれるそうだ。
緊急クエスト時に忍び込もうとした奴が居たらしく、ヤンスさんの罠に引っかかり餓死寸前になっている泥棒が結構な数居た。
それを受け、高額の防犯の魔道具も使用しているので変な奴は湧かないと思いたいが、念の為信用のおけるハンターに見回りも依頼しておいた。
「早速声を掛けてくれて嬉しいよ」
「監視は任せといて」
言わずと知れた『三本の槍』である。
彼等が拠点の護衛を受けてくれた。
いや、直接依頼したわけじゃ無いよ?
ギルドに依頼を出したら、何故か彼等がそれを受けちゃったんだよ。
これに関しては、ギルド側の何らかの意図を感じるけど、信用できることに違いはないので、お願いする事になった。
彼等は基本的にウチの店舗予定の建物に寝泊まりする。
そうして定時になったらぐるりと見回りを行い、怪しい者を捕えるのだ。
明らかにただのコソ泥ならそのまま衛兵に突き出してもらい、報奨金は彼等の物に。
そうで無く、どこかの紐付きや明らかな犯罪組織などの疑いがある場合は店舗(仮)の地下にある地下牢に放り込んで貰う事になっている。
店舗(仮)の中には、暖炉もあるし、一応ミニキッチンもある。
トイレはあるが、お風呂はない。
休憩室(仮)と倉庫(仮)に分かれれば男女別に寝れるし、毛布も複数枚用意している。
食糧に関しては、彼等自身で用意してもらう事になるが、建物と薪を用意しているだけでも、圧倒的に『良い依頼』なのだとか。
保存食を置く場所もあるので、一冬を安心して過ごせると大喜びであった。
俺達の居住スペースには基本入らない契約である。
万が一不法侵入した奴がいた場合は乗り込んで捕えることは許可している。
建物の破損があった場合、原因と破損具合によっては修理費用を請求する事もある。
窓ガラスやドアの破損程度であれば犯罪者側からむしり取るので恐らく問題ないだろう。
せっかくなのでいくつかフリーズドライのスープや、シリアルバー、スパイスたっぷりの干し肉などの保存食と加工済みのオーク肉を置いておく。
美味しかったらあの農村で買ってね、とカトライアさんに託けておいた。
後、最悪オーク肉さえあればなんとか食いつなげるだろうと思っている。
さて、これで安心してアルスフィアットに向かえるだろう。
途中行商する事になるだろうから、早めに出ないと道中で冬になってしまう。




