135 緊急クエスト 後片付け
一夜明け、改めて見てみれば皆ボロボロだ。
あちこちに擦り傷や切傷があり、全身埃まみれだ。
前衛メンバーは少なくない打身が青痣として浮かんでいた。
完全には魔力が回復していなかったけど、盗賊の時に使用した洗浄の魔法を使って、全員の汚れを落とした。
本当は昨日のうちにやりたかったんだけど、魔力が枯渇気味だったので今日になった。
流石に全員がゆっくり風呂に入ったり洗濯したりする時間はないもんな。
そして、さっぱりしたところで、ほとんど魔力が回復していたカトライアさんが皆にヒールを掛けて朝食になった。
朝食は、各自持っていた保存食を齧り、怪我の回復に良いとされる薬草茶を飲んだだけで済まし、村の後片付けに向かう。
ダメージの酷いデイジーとイェルンさんはそのまま休んでもらって、カトライアさんとジャックが看病と護衛についた。
村の中を歩けば、倒れたオークと、瓦礫、そして人の骨だと思しき白い物が散らばっていた。
オークは【アイテムボックス】内に収納、瓦礫も一度収納し、盗賊などが居座らぬ様、村の入口辺りにバリケードの様にして置く。
骨は時間を掛けて全てを拾い集め、村の外れに埋めた。
その中には、小さな……本当に小さなサイズのものまであって、耐えきれずに涙が溢れた。
仕分けが出来ないので、大きな穴に全てを入れ、土を掛ける。
やるせなくて、くやしくて、涙が止まらず、無力感に苛まれた。
「もっと早く来れてたら助けられたのかな?」
「そりゃあ自分を買い被りすぎだな。オレ達は情報を得てから最速で行動できたと思っているよ。困っている人を全て助けられるほど、オレ達の腕は長くないんだよ」
俺の独り言に、オーランドがちっともそう思ってなさそうな顔で答えた。
ギリギリと歯を食いしばって、沢山の涙の跡をつけて、さも全てを呑み込んでいますと言わんばかりの言葉を口にする。
それこそ、自分に言い聞かせているかの様に。
それを見たらもう何も言えない。
俺も苦い思いを無理矢理飲み下した。
魔物や動物達に荒らされない様に、魔法で埋めた周りに低い壁を作り、表面にコンクリートの様な石でコーティングする。
俺が中央に石碑を建てている間に、他のメンバーが、神官であるデイジーとカトライアさんを呼びに行った。
イェルンさんもジャックに肩を借りつつ歩いてきた。
神官二人が供養の祝詞を唱える。
「「苦しみ傷付き彷徨える御霊よ……」」
今世の苦しみはここに置いて、身軽になって神の御許へ赴け、貴方がたは自由なのだ、これ以上苦しむ必要は無い、と高く、低く、節をつけて古い言葉で唱えられた祝詞に、何故かまた涙が溢れた。
どうか、どうか成仏して、新しい生では幸せに生きられます様に……。
こちらにない習慣なのは承知で、両手を合わせて彼等の冥福を祈る。
ひゅう、冷たい風が吹き抜けていった。
埋葬が終われば、後は後始末だけだ。
瓦礫を撤去して、大量の砂礫を集めて埋める。
オークの建てた建物を焼いて、村を閉鎖してこの村でやる事は終わった。
小さな村とはいえ、くまなく見て廻り、片付けや埋葬をして、と気が付けば既に陽が落ちている。
もう一晩この廃村に泊まって、明日の朝早くに出発する事にした。
流石に皆気分が落ちていて、ご飯を作る元気は無かったので、【アイテムボックス】に入っているスープストックと保存食を取り出してみんなで食べた。
スパイス等で下味をつけた干し肉や、シリアルバー、焼き立てのパン等、かなり贅沢に用意した。
昨年冬籠りの残りであるシュトレンやケーキに、ドライフルーツなども大盤振舞いである。
食事の前に村の人達に黙祷して、皆で黙々と食べた。
村は全体がボロボロで、家などほとんどは建て直しをしなければ人は住めないだろう。
これから冬までの間に入植希望者を募り大急ぎで建て直すか、完全に取り潰すかは、この国の為政者が決める事だ。
翌朝、俺達は他の村を確認しながら陣地に戻る事にした。
まだ使える荷馬車を見つけて、未だ本調子ではないイェルンさんとデイジーを乗せる。
馬や家畜は全て食べられており、引っ張れないが、ふと思いついた“軽量化の魔法”でジャックが余裕を持って引くことが出来た。
ぶっちゃけオーランドやヤンスさんでも引けるほどである。
「軽量化の魔法って何よ!」
「バフ系の重力魔法?」
「どうして使った本人が疑問形なのよ!もう!」
エレオノーレさんに理不尽に怒られた程度で、特に問題は無かった。
その後、袖を引いて小さな声で「後でやり方を教えて」と言われた時は、普段とのギャップに萌え死ぬかと思った。
因みに、『三本の槍』メンバーは考える事をやめた模様。
なんか悟りでも開いた様な薄笑いで遠くを見ていた。
イェルンさんから「他の人の前ではやってはダメだぞ?」と小さい子供に言い聞かせるトーンで語りかけられた。
そんなにいけない事でしたか。
反省します。
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オークキングと戦って十日ほど経った。
俺達は無事、帝都に戻って来れた。
沢山のオークやオークジェネラル、オークキングの死体は、ハンターギルドに討伐完了報告後納品した。
オークに関してはどうか小分けで!と泣きつかれて、未だその大半は俺の【アイテムボックス】の中である。
流石にオークキングとジェネラルは速攻で解体されて、皇宮や高級宿屋などに肉を販売されていたけれど。
ジャックとヤンスさんが希望したので、俺達もその肉をそれぞれ五十キロ程分けてもらっている。
丸ごと輸送した料金代わりだそうだ。
討伐料は別枠で出た。
とはいえ、やはり金額はあまり多くは無かった。
ジェネラルを倒した人達も、頭割りで肉と討伐料をもらっていた。
現物支給という形だな。
ジェネラルのお肉もなかなかに良いお値段が付くので、それを庶民の良いお宿に売れば、少しは懐も温まるというものだ。
今回ハンター達に殆ど死人は出なかった。
オークジェネラル戦で二名、そして、重症でハンターを辞めざるを得なくなった者が四名。
その六名には悪いが、これだけ大規模なオークの群れをそれだけの被害で留めたと言うのは奇跡と言って良い、とギルドからは大絶賛だった。
オークジェネラル戦は、かなり分厚く人員を割いていた為、時間は掛かったものの、余裕を持って戦えたそうだ。
それでも死人や、離職者が出た事はかなりショックだった。
死亡したハンターに家族があれば、お見舞い金と今回の報酬がギルドから手渡され、離職者はしばらく教会で面倒を見てくれるらしい。
己の蓄えがなければ、この先は真っ暗であろう。
かと言って、俺に何ができるわけでもなく、彼等の未来に光あれと祈るばかりだ。
少しだけ時を戻すが、俺達が他の村に着いた時には、どの村もオークジェネラルは倒されていた。
そしてすでに冷たくなったハンターと、手足を失ったり、片目を失ったハンター達以外のハンター達が、村の後片付けをしているところだった。
パウルさん達はリーダー格のハンターパーティから報告を受け、俺達は指示されるままに後片付けを手伝った。
怪我したハンター達は既に治療されていて、比較的無事な家に纏められていた。
デイジーとイェルンさんも同じ場所に入って、彼等の看病をカトライアさんが一手に引き受ける。
後は、一泊して後片付け、供養、出発、合流、手伝い……の流れで帝都までひたすらに歩いた。
とにかく、少しでも早く帝都に着きたかった。
結局、村人は誰一人として助けられなかったが、被害を最小限に抑えられた事は誇って良いそうだ。
帝都に着いて、緊急クエスト完了の報告が終わるとその足で神殿に向かい、イェルンさんの治療に関する口外法度の神殿契約を交わした。
神殿は思ったより大きく、美しかった。
孤児院の事を考えるとモヤモヤしたものが胸をよぎったが、気付かぬふりをする。
ーーー今回の被害の少なさの理由は、最初に大幅にオークの数を削り、各部で士気を上げ、補助をした。
そして、本人達も大量のオークを倒しながら、怪我を前線のあちこちで癒し、クエストに参加したハンターの全てを支えたパーティ、『飛竜の庇護』のおかげだ。
誰からともなく言われ始め、ギルドからは名指しで感謝され、称賛された。
街を歩けば話しかけられ、ギルドで会えば合同依頼を持ちかけられる。
しばらくは休むつもりだと答えれば、誰もが納得してくれた。
過剰な評価にも思えるが、今回俺たちはそれだけの働きをしたのだ。
謙遜せずに褒め言葉を受け取り、今後も努力すべきだろう。
また、多くのハンター達の前で実力を示した為、ほとんどのメンバーに二つ名が付いた。
ただし、彼等もハンターだ。
悔しく無い訳ではない様で、二つ名には微量の悪意が含まれることになった。
神官でもないのに回復魔法を使い、大魔法を乱発し、疲れた様子も見せない俺を、環境魔法や諸事情を知らないハンター達が見て「黒髪の悪魔」と呼ぶ様になった。
二つ名って言うか蔑称じゃね?と思うのは俺だけだろうか?
それ以外の人達は「環境魔法のキリト」だそうだ。
そちらの呼び方はやぶさかではないな。
くふふ。
でもその後に続くのが「で、環境魔法とはなんぞや?」になるので二つ名としては微妙らしい。
ちなみに雷魔法を矢に纏わせて放つエレオノーレさんが「紫電の魔女」、小さい身体で走り回り、ヒールやキュアを掛けたり、炊き出しで活躍したデイジーは「小さな聖女ちゃん」、炎の魔剣で活躍するオーランドは「炎の魔剣士」と呼ばれていた。
ヤンスさんは意識的に目立たない様にみんなの影に回って支援していたらしいし、ジャックは見た目のイメージ通りに強いので、特に目立つ様な二つ名はなかった。
それでも、『飛竜の庇護』のヤンスとジャックとして広く名を知られる形になった。
今回の功績で、俺自身のランクと、デイジーのランク、そしてパーティのランクがひとつ上がった。
『三本の槍』も何人か個人ランクが上がったらしい。
Aランクになる為には強さが足りない、と言われたらしいが、それでもBランクの上位に位置した様で、何故か拠点までその礼を言いに来た。
彼等自身の実力なのに感謝されるのは落ち着かない。
幾つか世間話をして、再度礼を言われると、何かあればまた協力しよう、と言って帰って行った。
今回は、心身ともにとっても疲れたから、しばらくは拠点で疲れを癒したい。
まずはお風呂だ。
温めのお湯にゆっくり浸かるぞー。
しばらくはダラダラ過ごしたい!
しかし、希望虚しく、とある人達から手紙が届いて、休暇は終了することになるーーー。
いつも俺不運を読んでくださってありがとうございます。
これにて第二章終了です。
第三章は来週月曜日からスタートして、しばらくは週二回 月、木曜更新予定です。
ストックが切れ次第週一更新に戻ります。




