134 緊急クエスト 掃討戦 7
オークキングを回収し終わった時にはもう辺りは暗くなっていたので、比較的無事な家を使い、休憩を取る事にした。
部屋の中にあった家具類や瓦礫や汚れ、……ナニカの骨の様な物も纏めて【アイテムボックス】に収納し、使えそうな家具だけ取り出した。
バキバキに壊れている家具を薪がわりにして、暖を取る。
ベッドは無事ではあったが、赤黒い汚れで使用できる状態ではなかったので、焚き付けに回し、野営と同じ様にシートやマットを床に直接敷いて、デイジーを寝かせている。
エレオノーレさんが側についていて、何かあればすぐに教えてくれるだろう。
俺達はテーブルと椅子、パウルさんとジャックが拾って来たいくつかのソファーに腰掛け、各々好きに休んでいた。
ジャックは細かい怪我も負っているというのに、いそいそとキッチンを片付け、消化に良い物を作っている。
楽しそうなその後ろ姿に、俺は冷蔵庫よろしく、言われた物をポンポン取り出すだけの簡単なお仕事に徹した。
ジャックがわざわざ一人掛けソファーを探してきて、キッチンに設置してくれたのでありがたく座らせてもらっている。
あーー、しんどい。
この家にあったソファーには、イェルンさんがぐったりと横になっている。
頭と脚がソファーからはみ出ていて、明らかにサイズが合っていないが、無いよりはマシだ。
「良くあの状態から回復したな……」
「キリト君が女神様を降臨させて奇跡を起こしてくれたのよ」
放り出されたイェルンさんの脚を、まじまじと見ながらペタペタと触りつつ呟いたパウルさんに、カトライアさんが説明を始めた。
カトライアさんはテーブルでいろんな薬草をゴリゴリすり潰していて、その音をBGMに興奮気味に話していく。
曰く、聞き慣れない聖句を使い、治療を始めた俺は、周りの音が何も耳に入っていない様だった。
オークキングとの戦いで瓦礫が飛んできて、危ない場所に落ちても、頬に掠ってもピクリともせず、ひたすらイェルンさんの患部を見つめていたそうだ。
次第に俺の全身が薄らと光り始め、イェルンさんの脚まで光が広がると、身体から爪先に向かって粉々に砕かれていた骨が集まって、伸び始めた。
まるで逆再生するが如く、砕けて肉に刺さっていた骨が集まって元通りになっていく現象は、奇跡としか言えない程だった。
ピカリと強く光ったら、ヒビ一つない脚の骨がそこにはあったらしい。
治っていく途中はスケルトンみたいだったわ、と言われて少し引いた。
「骨が出来た後は、筋肉や血管なんかが波打って骨に巻きついていくし、皮膚がそれを覆っていく時は息も出来なかったわ。そのせいでイェルンの意識が遠のいていくのに気付くのが遅れてしまったんだけど……」
バツの悪そうな顔で「ごめんねイェルン」と謝ったカトライアさんは話を続けた。
爪まで出来上がった後、俺はぱたりと倒れ、ある瞬間を境に光らなくなったらしい。
そして、意識を失っていくイェルンさんに気がついた。
「あ!そうよ!イェルンっ貴方デイジーちゃんにお礼言いなさいッ、お礼!血が足りなくて死にそうな貴方に自分の血を分けてくれたのよ!」
「え?あ、ああ、ありがとう、デイジーさん……?ってここにいないじゃないか」
話の途中でグリンっと振り返り、捲し立てるカトライアさんに、多分何が何だかわかっていないままお礼の言葉を述べ、ツッコむイェルンさん。
中々ノリの良い人なんだな。
でも、脚は無事治ったが、血はまだまだ足りない様で、とても顔色が悪い。
「それじゃ意味がわからない。詳しく説明してくれ」とパウルさんに宥められて、カトライアさんは改めて説明を始める。
説明は端的で、分かり易かった。
しかし、血が足りない事や、『何をしたか』は皆が理解できたが、『輸血』や『血の質』に関してはうまく飲み込めなかったようだ。
「他人の血を身体に入れたのか?本当にそんな事が可能なのか?」
「血の質が違えば逆効果で死に至る……?キリト君にはその違いが判るというのか?」
「むしろそれを知っていると言うことは、実際に……」
ざわり、とオーランド達を含む皆が驚愕の表情で俺を見た。
あれ?なんか、これ、マズイ流れ?
冷たい汗がこめかみを伝う。
「あの魔導書のお陰でしょーよ。一番読み込んで内容を理解してたのはキリトちゃんだからね」
しん……と静まり返った場に響いたのはヤンスさんの軽い声だった。
「な?」と俺に問い掛ける振りをしつつ「そういう事にしとけ」と目が口ほどに物を言っていた。
慌てて頷き、ガクガクと首振り人形よろしく頭を上下させる。
「何はともあれ、イェルンを助けてくれてありがとう。この礼は幾重にも……」
気を取り直した様に言い、パウルさんが頭を下げた。
それに合わせて『三本の槍』のメンバーが全員で頭を下げる。
「感謝の気持ちは受け取る。だから、今回の礼として、この治癒の件は秘密にしてもらいたい。アンタは怪我をしなかった、もしくは切傷で大量に血を失ったが傷跡が残らない程に綺麗に“ウチの神官が”治した。そういう事にしておいてくれ」
彼等に返事したのは俺ではなく、ヤンスさんだった。
らしくなく、物凄く真面目で真剣な目で『三本の槍』を見つめていた。
金銭などは求めない、だから必ず秘密にしてくれ、と何度も約束させていた。
パウルさん達は秘密にするのはやぶさかではないが、それでは足りないだろうと、かなり食い下がっていたが、カトライアさんに俺を守る為なんだから、アンタ達の自己満足で余計な事をしない、と叱られて渋々引き下がった。
代わりに、神殿契約(魔法的に約束を守らせる契約らしい)をしようと提案され、その費用は『三本の槍』が持つのは譲れない、と言われた。
ヤンスさんはホッとした顔で頷き、オーランドやジャックにも笑顔が戻った。
更に、これから先、何か困ったことがあれば絶対に力になるから、と約束してくれた。
その騒ぎでデイジーも目を覚まし、イェルンさんと二人で、カトライアさんの増血剤を飲まされて死にそうな顔をしていた。
「そこまで酷い味じゃないと思うわよ?!」
泣きそうな声で叫んだカトライアさんに、皆で笑い合った。




