132 緊急クエスト 掃討戦 5
カトライアさんの慟哭。
何度も繰り返されるデイジーのキュアを唱える声。
ーーー血が足りない。
本能的にそう思った。
「輸血」頭に浮かんだ単語は、この世界ではとても難しい治療法だ。
血液型も解らない。
器具もない。
あったとしても技術が無い。
(でもこの世界には魔法がある!)
こんな時こそ【鑑定】の出番だ。
俺はA型だ。
イェルンさんが同じA型ならーーーくそッ!O型か……ッ。
慌てて他の二人の血液型を確認する。
デイジーがO型、カトライアさんがB型だ。
「デイジー!イェルンさんにデイジーの血を分けてやってくれないか?!それだけで多分彼は持ち直す!」
「いくらでも取ってください!イェルンさんが助かるなら全部使って良いですから!」
目を固く閉じ、頭の中で両サイドに針の付いたチューブをイメージする。
デイジーから抜けて、チューブを通る間に余計な物が入らない濾過装置の様な物を通ってイェルンさんに入っていく様に。
空気に触れない真空のチューブだ。
二人の肘の内側を指で触れ、血管と血管が繋がる様にしっかりイメージする。
ブワッと身体から魔力が抜けていく感じがした。
うっすら目を開くと、俺の両手の間に透明のチューブが現れていた。
そして、デイジーからイェルンさんに向かってゆっくりと赤い血が流れていく。
成功だ!
少しずつ、少しずつ、様子を見ながら魔法を使って血を移していく。
だんだんデイジーの顔色が悪くなっていった。
「うぅっ」
気丈に耐えていたが、吐き気がする様で口元を押えている。
ーーーこれ以上は無理だ。
指を離すとチューブが消えた。
「だめっ!まだ、まだ大丈夫ですからっ!」
真っ青な顔で俺の指を自らの腕に押し当てる。
だが、俺が魔法を使っていないのでチューブは現れない。
「大分顔色は戻ったんだ。多分、イェルンさんの体力ならこのまま休んでいればきっと意識を取り戻す。それよりこれ以上血を抜いてしまうとデイジーが死んでしまうよ。それは庇ってくれたイェルンさんに失礼だ」
「そんな……っ」
愕然として言葉を失うデイジー。
それを見て、今度俺の腕を掴んだのはカトライアさんだ。
「つ、次はあたしの血を使ってくれ!」
「いえ、それは出来ません」
「何故だッ?!」
襟元に掴み掛かられるが、それだけは許容出来ない。
そっと彼女の手を離させて、非情とも言える言葉を告げる。
「カトライアさんはイェルンさんと血の質が違うので、混ぜたら血が固まって、イェルンさんが死んでしまうからです。今回の輸血は、デイジーとイェルンさんは偶然同じ質だったから出来た裏技の様な物なんです」
「っ、ぐぅ……ッ」
何か言いたいけれど、何も言えなくなったカトライアさんは地面を殴った。
俺も無力感に項垂れる。
もっと早く気付くべきだったんだ。
あれだけ沢山の血が流れていたのだから。
失血の危険性は充分に知っていた筈なのに……。
噛んでいた唇を開き、カトライアさんにお願いをする。
「カトライアさん、増血作用のある薬とかって作れたりしませんか?イェルンさんとデイジーの分をお願いします。あと、出来ればキュアを俺達全員にお願いしたいです」
「……わかったわ」
回復魔法と調薬・投薬が出来るカトライアさんにしか出来ない仕事だ。
正直言って、もう座っているのもしんどい。
べちゃりと寝そべって三日くらい動きたく無いくらいだ。
デイジーも真っ青な顔で壁に寄り掛かってぐったりしている。
カトライアさんは手早く俺とデイジーにキュアを掛けて、調薬を始めた。
キュアの光が体に染み込むにつれて、疲れが飛んで、少しだけ楽になった。
「さあ、これを飲んで」
程なくしてカトライアさんは、様々な物がすり潰され、混ぜられた、茶色がかった緑のスムージーをデイジーとイェルンさんに飲ませた。
飲まされたデイジーが「ぅぐっ」と詰まった様な声を出していたので多分とても不味いのだと思う。
無理して飲み下しているのがすごくよくわかる。
イェルンさんにはスプーンで少しずつ口に含ませる飲ませ方をしていた。
アレは、色んな意味で辛いだろう。
「ぅう……」
イェルンさんの瞼がピクピクと震え、ゆっくり開かれる。
そのタイミングで口に押し込まれたスムージーのスプーン。
「ぐはっ!」
盛大に咽せた。
反射的に、ゲホゴホと口の中の不味さをなんとか吐き出そうと、身体を丸めて咳き込んでいるイェルンさん。
膝を曲げ、身体のバランスを取る。
「「動いた!」」
「イェルンーーーーーッ!!」
手と手を取り合って喜ぶ俺とデイジー。
薬を投げ出して抱きつくカトライアさん。
今一状況が判っていないイェルンさんを抱きしめてわんわん泣き出した。
「これは……?どういう……?カティ?」
困惑しながらもカトライアさんを抱き返し、背中をさするイェルンさんを見て、デイジーが再び泣き出した。
安心したのか、緊張の糸が切れた様にフッと意識を失い崩れ落ちる。
怪我をしない様に抱き留めようとしたが、不安定な体勢のせいで、自分の上に倒れさせる事が精一杯だった。
急に泣き出した二人に困惑しているイェルンさんが俺に助けを求める様に視線を送った。
デイジーに潰されている俺を。
「えぇっと、イェルンさん、意識が戻って良かったです。脚は動きますか?違和感はありませんか?立てそうですか?今どういう状況か、覚えていますか?」
今の俺は、正座の状態から後ろに倒れて、上に意識のないデイジーが乗っている、そんな感じだ。
そんな、変な態勢で、質問責めする俺に首を傾げた後、何かを思い出し、慌ててカトライアさん越しに自分の足を見た。
恐る恐る動かし、曲げ伸ばして確認している。
「わ、私の……脚が……ある?」
「そうよ!キリト君が治してくれたのよ!イェルン!奇跡なの!」
涙でべしょべしょのカトライアさんが、バリッと剥がれて、凄い勢いで説明してくれる。
その間にデイジーを身体から下ろし、【アイテムボックス】から取り出したマットの上に横たえた。
環境魔法を使用してなんとかキュアを掛け、イェルンさんを見る。
カトライアさんに手伝ってもらいながら、ゆっくりと立ち上がり、両の足で大地を踏み締めた。
一歩、二歩、と踏み出し、屈伸する。
そうして、此方までしっかりした足取りで歩み寄り、俺の両手を取って、頭を下げる。
「全く違和感も無い。……完璧だ。ありがとう……ありがとう、キリト君」
「……こちらこそ、仲間を、デイジーを救ってくださって、本当にありがとうございます」
武骨な大人の男性の目から透明の雫が次々に溢れて、零れ落ちる。
俺もお礼を返し、お互いに微笑み合う。
誰の目にも涙が光っていた。
「ブキイイイィィィィィィィィィィィィッ!!!」
そこで聞こえたオークキングの雄叫び。
そうだった、まだ戦闘は終わってはいない。
EP21の前に間話を差し込みました。
間話 視点 オーランド 【保護】 です。
霧斗の知らない舞台裏のお話です。
お話の流れは変わりませんが、ご興味がございましたら目を通してやって下さい。




