130 緊急クエスト 掃討戦 3
注意
炎に焼かれるシーンがあります。
苦手な方はご注意下さい。
「行くぞっ!!」
「「「「「おおっ!!」」」」」
パウルさんの号令に皆が応えて、飛び出した。
オークキングは身体が大きい事もあり、オークの様に人間の装備を身につける事は叶わない。
防御は自前の毛皮のみ。
代わりに、武器は粗削りの丸太がある。
配下のオーク達に造らせたのかは判らないが、オークキングサイズで、太さ直径一メートル、長さ二メートル程の持ち手だけが少し細くなっている原始的だが、凶悪極まりない武器だ。
原始的な装備で問題ないのは、己が強者だと知っているからだろうか。
「ビヒイィィィィィィッ!!!」
俺達を見つけたオークキングが雄叫びを上げる。
呼応するかの様に全身がパンプアップして、筋肉が盛り上がった。
「「「炎の矢!」」」
俺、エレオノーレさん、『三本の槍』の魔法使いの三人で一度に炎の矢を放つ。
三十本程の魔法の火矢がオークキングに向かって一斉に降り注いだ。
しかし、丸太の一振りでその殆どが打ち消される。
数本は当たったが、やはり分厚い毛皮に阻まれてダメージが入らない。
少し毛先が縮れた程度だ。
ほんのり煙は上がっているが、怯んですらいない。
俺は魔法を一当てしたら、事前の打ち合わせ通りに、そのまま後方に下がる。
ボロボロになった建物の陰を通り、こちらからは全体が見えるが、あちらからは意識しないと見えない場所を位置取る。
デイジーとカトライアさんも似た様な場所にいたので、それ程悪い位置では無いと思う。
「ヤバいですね」
「そうね、全然ダメージが入ってないわ」
「そんな……っ!」
小声で話しつつ、何があってもいい様に構える。
直接戦うのも怖いが、下手に手出しせず、黙って見ていなくてはならないのも、別な意味で怖い。
自分が何もしなかったせいで仲間が、彼等が傷ついてしまうのではないか、という恐怖。
傲慢な考え方には違いないが、それでも、自分も何かが出来たのではないかと思うと、心の芯から震えが来てしまう。
何かあればすぐに飛び出して、回復できる様に備える事しか出来ない。
建物の陰から油断なく覗くと、前衛メンバー達が凄いスピードで迫る丸太を避けつつ、攻撃を仕掛けている。
しかし、剣や槍での攻撃は剛毛に弾かれている。
時間の経過と共に、焦りだけが募っていく。
「くそッ!全然刃が通らねぇッ!」
「刺さらない上に防御が硬い!」
口々に“硬い”と叫びながら交戦する戦闘メンバー達。
丸太を避けつつ、槍や剣を振るう事は出来るが、当たっても硬い毛に弾かれて、全くダメージを与えられないのだ。
オークキングもそれを知っていて、攻撃は受けつつこちらを排除する為にひたすら丸太を振るっている。
エレオノーレさんのサンダーアローも、静電気程度にしかなっていないし、イェルンさんの矢も毛に弾かれ決定打には程遠い。
どうやら物理防御力だけでなく、魔法防御力も高い様だ。
矢や魔法で目や首などの急所を狙っても、それを腕で防がれて仕舞えばそれまでである。
斬撃はほぼ通らない。
弓矢は全く通らない。
稀にヤンスさんの麻痺魔法が通るが、すぐに回復する上に、既に耐性を身に付けつつある。
段々と回復にかかる時間が短くなっているようだ。
相手は武器や手脚を振り回すだけでこちらにダメージを与えられる。
周りに配下のオークがいないだけマシだが、このままならばジリ貧である。
「キリトちゃん、あの毛、どうにか出来ない!?」
「ええっ?!また、無茶振りを……」
丸太を避けた勢いで、後方まで下がって来たヤンスさんに問われる。
どうにか、と言われても全く何も思い浮かばない。
あの毛が鎧の代わりであるなら、どうにかして排除出来れば、確かにダメージを与えうるだろう。
下から風を吹き上げて、浮いた毛を風魔法で刈ってみるのはどうだろうか?
たくさん寄り集まっているから厄介なだけであって、毛一本一本は多分そこまで強くないはずだ。
毛の上から身を切ろうとするから刃が通らないだけでは無いだろうか?
そう提案してみると、エレオノーレさん達は即座に竜巻と風の刃をオークキングに飛ばした。
ぶわりと強い風に煽られ、浮き上がった毛先を風の刃が切り飛ばしていく。
灰茶の毛が風に舞った。
ーーーしかし、実際に切れたのは、毛先だけ。
ほんのちょっぴりだった。
充分な強さの風であったのに、体毛は何故か浮き上がらなかった。
良く観察してみれば、べたりと固まった毛束が見える。
うまくいかない原因は、毛が脂でベトついて固まっているからかもしれない。
(ん?脂……?)
最初に炎を弾いたのはぶつかったからだろうか?
確かに燃やす為に魔法は放っていなかったし、ほとんど叩き落とされたのだから効果が無かったのかもしれない。
ならば、初めから燃えている油であればどうだろう?
俺は【アイテムボックス】から安物の小瓶を数本と植物油、布の切れ端を取り出した。
布はカリーナの縫い取り練習に使った麻布である。
生成りの生地に、縫い目の揃い具合が一目でわかる様に赤い糸で幾つもの縫い取りがしてある、くちゃくちゃのシワシワな布だ。
こんな所で使うとは思っていなかったが、他に丁度良いものがないので活躍してもらおう。
急いで、しかし丁寧に一本の小瓶に油を詰めていく。
蓋の代わりに瓶の口に布をギュッと詰めて、端っこを少しだけ引っ張り出した。
じわじわと布に滲む油。
出来上がったのは、いわゆる火炎瓶である。
念の為火をつけてみたが中々着火しない。
確かガソリンとかを入れていたと思うんだけど、植物油では性質が違うんだろうか?
ならばとドワーフ対策に入れていたアルコール度数の高い酒を入れて作り直してみる。
こちらは簡単に着火した。
布を切り落として火を消すと残りの小瓶を仕上げていった。
回復担当の二人にしっかり隠れている様に伝えて、皆のもとに駆け出した。
すぐにヤンスさんが気付いて駆け寄ってくる。
俺は火炎瓶を見せながら簡単に説明した。
「邪魔な毛皮は、燃えてる酒をぶっ掛けて燃やしましょう!」
「オッケー!ソレ、やってみよう!」
二進も三進もいかない現状に焦れていたらしく、即許可が降りる。
俺はオークキングにスタン系の雰囲気魔法をぶつけて動きを止めると、前衛メンバー全員と、ヤンスさんに火をつけた火炎瓶を手渡した。
残念ながら小瓶がそれだけしか無かったのだ。
作ろうと思えば魔法で作れるだろうけど、今は時間の方が惜しい。
イェルンさんには待機していてもらおう
「まず俺がアルコールの塊をぶつけるので、掛かってないあたりにそれを投げつけて下さい!エレオノーレさん達は炎系の魔法で援護を!」
言うが早いか、風魔法を駆使して大量の酒を水風船の様にする。
それを飛ばしてぶつけ、オークキングの頭から酒をぶっ掛ける。
その衝撃でスタンが解けてしまったらしい。
頭から液体を被り、不快そうに顔を拭ったオークキングは、此方を睨み付けてきた。
全身が凍える程の殺気だ。
膝だけでなく、全身が震える。
でも、俺だけを見てて良いのかな?
俺は不敵に見える笑みを口端に乗せた。
俺を見て唸っているオークキングに、前衛組とヤンスさんが背中、腰、腕、脚など、上手く掛からなかった部位を狙って次々と火炎瓶が投げつける。
安物の小瓶なので簡単に割れて、アルコールを撒き散らし、炎が燃え広がった。
驚き、叫び声を上げながら、急いで火を消そうとあちこちを叩くオークキング。
そこでエレオノーレさん達が炎魔法をぶちかます。
一気に燃え上がり、広がる炎。
そもそも脂でベトついていた毛だ。
一度火がついて仕舞えば、簡単に消える事はない。
轟々と身を焼く炎に、パニックになって火を消そうと無茶苦茶に暴れ回るオークキング。
頭を抱え、駄々っ子の様に地べたに転がり、ゴロゴロと動き回った。
振り回す手や脚、そして火種が彼方此方に飛んでくる。
少しでも掠ったら大怪我間違いなしだ。
必死でそれらを躱して距離を取る。
一度起き上がったオークキングが、顔を押さえながら、再び蹲る。
転がりながら、幾つもの建物を巻き込み、グシャリ、ガチャンとつぎつぎに潰していった。
そのまま転がる火だるまのオークキング。
このまま倒せるかもしれない、そう皆んなの心に期待が持ち上がった時、それは起こった。
ーーーしまった!
俺は自分の作戦の大きなミスに気付かされた。
オークキングが転がっていく方向には、デイジーとカトライアさんがいる……っ!
逃げ惑う二人。
「きゃあああぁぁっ!!」
ーーーその足が、逃げ出したデイジーに迫った……っ!!
植物油に火を付けるのは難しいのでは?とのご指摘が入りましたので油→酒に変更しております。
確かに植物油は高温になるまで発火しないと言う事が抜け落ちておりました。
お話の内容的には変わっておりません。




