125 緊急クエスト 4
怪我をした魔法使いを担いで退がって行くハンターを、二人のハンターがフォローする。
オークのヘイトを集める様に派手に動き回る二人。
だが、元々前衛として働いていた二人だ。
派手に動けばすぐに疲れが見えてくる。
目に見えて彼等の動きが悪くなった。
「ーーー俺、前に出ます!」
「すまん……」
「助かる……っ」
唇を強く噛んで前に出た。
二人がよろけながら後方に下がっていく。
チラリと視界の隅で捉えると、少し離れた所でポーションを呷っている。
入れ替わって直ぐに、今まで前衛の背中に守られていたのだという事が良く分かった。
ほんの数十センチ前に出ただけなのに、恐怖が段違いだ。
勿論、その恐怖は危険度の差で間違いない。
すぐ目の前に二メートル以上の巨体が覆い被さる様に立っている。
それもただ立っているわけではなく、血走った目が、荒い呼吸が、あふれて溢れる涎が、俺を“餌”だと認識して、立っている事を証明している。
デイジーと同じくらいの大きさの棍棒を振り上げ、俺を狙うオーク。
やべぇ、膝がガクガク笑っている。
逃げられない……っ!
そうなって初めて腹を括った。
「っ頼むから皆俺の前に出ないでくれよっ、環境魔法っ!アースマシンガンッ」
やっと扱えるようになった環境魔法で正面のオーク達を一掃する。
詠唱や加減や調整等言っている場合ではない。
全力だ。
掌に集めた自分の魔力に周りの魔素を呼び込んで、ひたすらに石礫を放ち続ける。
ーーーダダダダダダダダダダダダダダッ
魔法が放たれているとは思えない連射音。
その名の通り、マシンガンだ。
数百の石礫に一番近く、正面に居たオークが一瞬の後にミンチになる。
その向こうのオークは頭が消滅した。
隣のオークは腹に沢山の孔が空いた。
目の前のオーク達が全て倒れると、震える手を下ろし、魔法を止めた。
ーーーぼとり。
振り上げられていたオークの腕と、握られた棍棒が地に落ちた。
途端に全身に震えが走る。
怖かった。
本当に怖かった。
ほんの一時確保された安全だと言うのに、座り込みたくなる。
「やるじゃねぇか坊主!」
「助かったぜ。魔力がまだあるなら、次はあっちの奴等を助けてやってくれ!」
周りに居た前衛部隊のハンター達が口々に礼を言って、俺の背中や頭を叩いたり撫でたりしながら前に踏み出していく。
すごい胆力だ。
あの大きくて恐ろしい魔物と対峙して、前に踏み出せるその勇気には頭が下がる。
ポーションを飲んだからと言って、すぐに怪我が治る訳では無い。
痛みだってすぐには消えない。
皆、あちこちに血が滲んでいる。
「ヒール……」
周りに聞こえない音量で彼等にヒールを掛けて、次の場所に駆け出した。
背後で歓声と雄叫びが上がっている。
少しでも彼等が生き延びる確率を上げたい、その想いで掛けた回復魔法だったが、想像以上に喜んでもらえたようだ。
苦戦している場所に向かって走り、その通り道、まだ余裕がありそうな少し遠くに居たオークの足元にはぬかるみを作る。
もう詠唱がどうとか言っていられない。
数体のオークにぬかるみの魔法を飛ばしながら、目的地まで走った。
ぬかるみに足を取られたオークは、付近のハンターがタコ殴りにして息の根を止めている。
一対一であれば決して負けないハンターも、大量のオーク相手にケガ無しで勝てるわけが無かった。
俺の想像以上に怪我人が多く、瓦解は目前と言ったところである。
そしてその怪我人の多くは前衛メンバー達だ。
前線を抜かれぬ様に、盾で押し留め、間に合わなければ身体で物理的に留める。
無理をせず、後退していくことで継戦能力を保つの事が出来れば最善である。
しかし、現実はそうはいかない。
前衛が一人抜ければ左右の者が、その後ろの後衛メンバーが、危険に晒される確率が上がる。
後衛メンバーは脆い。
一撃でも喰らえば瀕死、当たりどころが悪ければ即死。
せめて避けられれば良いけれど、その能力も無い者が多い。
そして、後衛が抜かれれば更に非力な後方支援部隊、そして一般市民が被害に遭う。
だから前衛メンバーはギリギリまで戦う。
血を流そうが、腕が折れようが、踏ん張り、その場に止まる。
「ヒールッ、ヒールッ、ヒールヒールヒールゥッ!!」
怪我をしていない奴なんて、ほぼほぼ居ない。
彼方此方にヒールを連発しつつ、アースマシンガンとぬかるみの魔法でオークを少しでも減らす。
絶命したかなんて確認しない。
トドメは近くに居るハンターにお任せだ。
兎に角、一頭でも多く手傷を負わせることが今俺に出来ることだ。
目についた重症ハンターに回復魔法を掛けていく。
自分で歩ける程度に回復してもらわないと、俺では彼等を運べない。
声を掛けて怪我をして倒れているハンター同士で、支え合いながら後方に戻ってもらう。
彼等が安心して下がれる様に、アースマシンガンで近くのオークを蹴散らし、猶予を作る。
後方に帰れれば、そこにはデイジーが居る。
他の回復魔法持ちだって居るし、ポーションだってあるんだ。
……きっと、大丈夫。
どれだけ走り回ったかわからない。
不意に、チリチリとした感覚に、振り返って背後を見ると、紫の雷を纏った矢が一頭のオークに突き刺さるところだった。
胸を矢に射られたオークは、びくびくびくっと全身を細かく痙攣させ、煙を上げつつどうっと重たい音を立てて倒れた。
しかし、手足がピクピクと動いているので、まだ死んではいない様だ。
近くに居たハンターが、素早く駆け寄って首を落とした。
「雷付与の矢!」
矢を打ったのはエレオノーレさんだ。
以前教えた雷魔法をアレンジして、矢に纏わせて放ち、確実に一頭ずつ戦闘不能にしていた。
何度も雷魔法を使用できる魔力量と、弓矢の腕があるからこその戦法である。
零れ落ちる魔素は以前に比べてずっと少ない。
効率良く魔力を扱えている証拠だ。
凄みのある笑顔で魔矢を放つエレオノーレさんは、綺麗だけどとても怖い。
大分オークも減ってはきたが、それでもまだ数十頭は残っている。
俺の魔力も残りわずかだ。
「キリトちゃん追尾のアレ撃てるか?」
「うわっ!ヤンスさんビビった。気配消して現れるのやめてくださいよ」
真後ろから急に声を掛けられ、全身が跳ねる。
ドッドッドッと激しく胸を打つ心臓を押さえて苦情を言うが、ヤンスさんは一顧だにしない。
「そんなんどーだって良ンだよ。それよかオークだけ狙って前の盗賊ん時みたいに出来るか?」
「……わかりました、やります」
「出来る?」って聞いておきながら、目は「やれ」と言っているヤンスさん、マジ鬼畜。
俺の返事にニコリと笑い、両肩をポンと叩く。
よく見ればヤンスさんもあちこちに擦り傷切り傷が出来ていて、薄汚れている。
腕に着けていた折り畳みのボウガンも壊れてしまっていた。
「よし、じゃあキリトちゃん頼んだからな?詠唱も忘れるなよ?」
「ッは、はいっ」
今の今まで詠唱をぶっ飛ばしていたけど、それは言わないでおこう。
ぶわりと背中に嫌な汗が滲んだ。
気のせいだと思いたい。
「杖先より放たれる雷は跡を追い必ず敵を撃つ。マクロの宇宙を貫くホーミングサンダーミサイル!デッカルチャー!」
今度は当たった相手が生きていては困るから“スパーク”ではなく“サンダー”を使ってみた。
杖を高く掲げ、呪文を唱えると、紫に光る雷が幾筋も現れ、複雑な軌道を描きながら、次々にオークに襲いかかる。
バヂバヂと痛い音を立てて降り掛かった雷は、ハンター達の隙間を縫って、動き回るオーク達を確実に貫いた。
「ブキィイイィッ!!!」
あちこちで悲鳴の様な鳴き声があがり、地に伏し、全身から煙と焼ける匂いを立ち昇らせるオーク達。
八割方は倒せた様で、探索魔法の赤い点が一気に減った。
それでも当たりどころが悪かったオークは、倒れてすらいない。
ピクピクと震える手脚で、ふらつきながらも、膝をついて立ちあがろうとしている。
しかし、突如発生した謎の雷に、オーランドとジャック以外のハンター達は棒立ちで、動こうとはしなかった。
「今だ!止めをさせ!」
苛立った様なヤンスさんの声が響いて、フリーズしていたハンター達が再稼働する。
確実に減っていくオークに、安堵の息を吐くと、魔法を使い過ぎた影響なのか、身体がふらついた。
さっきまで先頭で暴れていたはずなのに、いつのまにか近くに来ていたオーランドが、俺の肩を支える。
「お疲れ様。スッゲー助かったぜ、キリト」
「ほんと、お疲れだよ。やべぇくらいクラクラする」
ニカっと太陽の様に笑うオーランドに、力無く笑い返すと、安心して体重を預けた。
ジャックと一緒に倒したオークを引きずってきたヤンスさんが、二、三頭程収納してくれ、と指示を出してきた。
くたびれ果てて倒れそうな俺に、更に仕事を積み上げるとか鬼!
そう思っていたら、ヤンスさんはニヤリと笑ってこう言った。
「キリトちゃん、君の職業は何だったかな?」
俺は無言で【アイテムボックス】にオークを放り込むしか無かった。
俺達がそんなやりとりをしている間にも、他のハンター達は残党のオーク達を確実に減らしていっていた。
「目の前のオークを倒した者から撤退だ!怪我人は拾っていけー!」
恐らく指揮をしているハンター達だろう。
遠くから津波の様に同じ言葉が流れてきた。
俺達の周りに居たハンター達は安堵の声を上げつつ、後退し始める。
「オークを運べる者はオークを運べ」とも同じ要領で流れてきて、四、五人でズリズリとオークを運び始めた。
エレオノーレさんもすぐに合流し、帰り道に転がっているオークを拾いながら、全員でデイジーの下に向かった。
【アイテムボックス】は手で触れる必要は無いので、便利である。
エレオノーレさんはジャックにお姫様抱っこで連れて帰ってもらっている。
顔色は青いが、この機会にとでも言わんばかりに首に腕を回し、頬を寄せ合って微笑みあっている。
くっそ、いちゃいちゃしやがって、このラブラブ夫婦が!
羨ましい〜〜っ!
あー……もう、ヤバいくらいにくたびれ果てた。
ハハ、走り過ぎてもう足上がんねー……。
ずりずりとオーランドに引き摺られながら、心の中で毒付いた。




