124 緊急クエスト 3
しっとりと朝露に濡れた草の匂いと、湿った土の匂いに朝食のスープの香りが入り混じる。
薄青い景色と、ひんやりとした空気が肺に満ちた。
遠くに見える山が青から白、そしてオレンジに変わっていく。
干し肉と幾らかの野菜を入れたスープに、少し炙っただけのパンという控えめな朝食を手早く摂り終えると、いよいよ大規模討伐のスタートだ。
開幕一発目は、木々の向こうにみっちりと居るオーク、推定五十匹以上。
それ以上は手前に居るオークと森の木が目隠しになり見えない。
人の気配を感じ、夜の内に寄ってきたらしい。
人以上に夜目が利かないオークは明るくなるのを待っていたようだ。
実際、何度か数匹のオークが夜のうちに飛び出して来たらしいが、前衛職の人達が丸々一晩交代で牽制を行い、飛び出たオークを倒して押し留めていたらしい。
夜中に襲われなくて良かったよ。
ぶっちゃけそんな状況でぐっすり眠れた自分にびっくりだ。
森は五十メートル程先である。
木々に隠されて全体像は見えないが、俺の拡張した探索魔法に入りきらない程、沢山居る。
どくっどくっと心臓とこめかみが脈打って、緊張感がいや増していく。
強く握りすぎた杖がシャラシャラと小さな音を立てる。
手のひらは握り込みすぎて少し痛いくらいだった。
朝日に照らされ、イェルンさんが皆の前に進み出る。
「範囲攻撃魔法使い、前へ!」
イェルンさんの腹に響く掛け声に、俺とエレオノーレさん、そして数人の魔法使いが、それぞれ距離を空けて前に出る。
自分の最大攻撃範囲を目安に魔法の絨毯爆撃を行う予定だ。
それぞれの距離は、互いの魔法が影響し合わない最低限の距離だ。
俺はセンター寄りの一番オークが多い位置を当てられた。
偵察部隊は全員が帰還済みである。
「詠唱、始めッ」
号令に合わせて魔法使いそれぞれが呪文を唱え始め、緊張感が漂う。
早朝の肌寒い空気に様々な詠唱が低く響いて、ピリピリと空気が熱くなっていく。
環境魔法を覚えてからは、“誰かが魔法を使おうとしている”感覚がよりリアルに感じられる様になってきた。
俺は昨日言った、適当な呪文を間違わない様に注意しつつ、呪文を唱えた。
皆んなの詠唱が終わった瞬間、辺りには感じたことの無い、張り詰めた“何か”が支配していた。
「撃て!」
イェルンさんの号令で、皆が魔法を解き放つ。
沢山の風魔法に炎魔法、エレオノーレさんの雷魔法に、俺のアブソリュートゼロが森を襲う。
アブソリュートゼロで俺の正面辺り、二十匹ほどのオークと森がパキンと割れ、少しだけ広くなった平地に、後ろに居たオーク達がぞろぞろと溢れ出した。
オーク達は突然消えた仲間と森に狼狽え、オロオロと辺りを見回す。
しかし、背後から押されるままに、前に出て来る。
他の魔法使いの魔法の跡に目をやれば、そちらも中々のダメージを与えられている様だ。
範囲はそこまで広くはないが、確実に数頭は倒れている。
一部、森に引火して火に巻かれているオークも居るが、ごく僅かで、その火もすぐに鎮火した。
偶然近くで放った風魔法と相乗効果があっただけのようだ。
ほとんどのオークは怪我のみで倒れるまでには至っていないらしい。
そんな一部の攻撃を受けた軽傷のオークは此方を血走った目で睨みつけている。
憎しみと苛立ちの乗ったその視線は震え上がる程に恐ろしい。
探索魔法は、依然、数えられない程真っ赤になったままである。
「魔力の回復が必要な者は退がれ。後衛部隊弓士構えッ!」
今度は弓使いが前に出て来て矢をつがえる。
範囲魔法の使えなかった魔法使い達も出て来て呪文を唱え始めた。
俺とエレオノーレさんは場所を移動して、もう一度広範囲攻撃である。
「弓矢、放てーーっ!」
イェルンさんの声に反応して、此方に向かって駆けてくるオークに、一斉に弓矢が放たれた。
それは黒い雨の様にざあっと音を立ててオークの集団に襲い掛かるが、分厚い脂肪がほとんどの矢を受け付けなかった。
そこに今度は個別に撃たれた魔法の雨が降る。
やはり多少ダメージは乗るものの、決定打足り得ず、怒り狂ったオーク達が雄叫びを上げながら距離を詰める。
俺とエレオノーレさんの放った魔法は多くのオークを刈り取ったが、それでも全体から見ればほんの一部である。
ドド、ドドドドド、と地響きを上げ、此方に駆けてくるオークは途轍もなく、恐ろしいモノに見えた。
すくむ足を叱咤するが、上手く動かない。
このまま俺は死ぬかもしれない、そう思った瞬間、野太い声が上がる。
「前衛、出るぞっ!」
「「「おうっ」」」
俺達の横を前衛部隊のメンバーが通り抜ける。
斜め前をオーランドが駆けていく。
オーランドは既に剣に炎を纏わせているようだ。
少し嬉しそうに見えるのは、気のせいだと思いたい。
盾を持ったガタイの良い男達がオークの突進を受け止め、隙を縫って剣士や槍士が首を落として行く。
ジャックがバトルアックスで唐竹割りにしたと思えば、オーランドがオークを翻弄しながら首を飛ばす。
二人でスイッチしながらグングンと前に進んでいく。
あそこだけ敵が弱いんじゃないかと思うくらいだ。
「後衛部隊、討ち漏らしや危なそうな所をフォロー!」
俺達も、ゆっくり眺めている暇は無い。
前衛部隊の背後に駆け寄り、隙間から魔法や弓で攻撃を行う。
盾持ちと連携して倒している所はパーティの仲間なのかもしれない。
職業別に集まったとしても、いきなり不慣れな相手と組むのは効率が悪いのだろう。
とはいえ、皆が皆、パーティメンバーと組めるわけもなく、近くにいるメンバーと即席で連携していくしかない。
「俺がいく!」や、「そっちは任せた!」などの声が上がっている。
「魔法いきます!」
「そこの青い髪の人避けて下さいっ!弓で迎撃しますっ」
「うおりゃぁぁぁっ!!」
「密集地帯で大振りは危ないって!やめろよ!」
喧嘩の様な怒声まで響いてくるが、段々と聞きたくなかった言葉が耳に届く様になってくる。
「ぐ……っ」
「ぎゃっ!」
「誰かコイツを運ぶのを手伝ってくれ!」
あちらこちらで悲鳴と怒号が上がり、何かが倒れる音がする。
魔素が零れる光と赤い飛沫が入り乱れ、視界が赤く染まる。
何かが焦げる臭いに、鉄の臭いが鼻につく。
次第に魔力切れや矢が切れて退がる者、怪我をして退げられる者が増えてきた。
地面が赤くなる程に血が流れている。
踏み出せば、びちゃりと耳障りな音がする。
この不快な水たまりを形作ったのがオークだけではないのは下がっていくメンバーを見れば判る。
櫛の歯が欠ける様に前衛がポロポロと抜けて行く。
前線を支える前衛が減れば、後衛が危険に晒される。
「キャアっ!」
高い声が響く。
竜巻を起こしていた女性の魔法使いが地面に伏していて、止めを刺そうとオークが錆びた剣を振り上げた。
近くに居たハンターが気付いて、その剣を受けるが、倒れている魔法使いはピクリとも動かない。
三人掛りでオークを倒すと、一人が魔法使いを担いで退がっていく。
綺麗に括られていたポニーテールが血を吸って赤黒くなっていた。
他の二人は退く二人がオークに狙われない様、派手に立ち回っている。
ーーー俺一人が、動けなかった。
いつも俺不運を読んでくださってありがとうございます。
リニューアルしたなろうにまだまだ慣れません。
予約機能さんが見つかりません。
しばらくは予約済みなので大丈夫ですが、予約機能さんが見つからなければ、定期更新ができなくなってしまいます。
また、活動報告にも書きましたが、予約機能さんが見つかるまでは感想の返信などを一時中止させて頂きます。
仕事の合間にちまちま確認して探しているので、少し時間がかかります。
見つかり次第順次お返事、改修していきますので、今まで通り感想やご指摘等いただけたら嬉しいです。
よろしくお願いします。
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コメントや感想で教えて下さった方、ありがとうございます!
この度無事、予約機能さんを見つけることができました!
これで定期更新を続けることが出来ます。
本当にありがとうございます。
また、少しずつですが、感想に返信や誤字、話の修正を行なってまいります。
沢山のご指摘ありがとうございます。
ただ、修正予定です、と言っている事に対して同じ様な感想がかなり増えていて、そこに返信している時間を修正に当てた方が効率的に感じています。
ご指摘や感想はやる気の源なのでやりたくはありませんが、正直感想を閉じることも検討中です。
万が一、そうなった場合は後書き等でご報告致します。




