123 緊急クエスト 2
後衛部隊を率いるのは『三本の槍』というBランクパーティの弓使いだった。
三十代くらいの厳つい男性で、イェルンさんと名乗った。
オーランドよりゴツくて、生真面目な雰囲気の人だった。
腕が丸太の様に太い。
アレは恰好良い。
後衛部隊として集まったのは約四十名程だ。
やはり体格的に恵まれない者が多いらしく、細身であったり、小柄であったりする。
この世界の男性はゴツいというか全体的に大きい人が多いからちょっとホッとする。
男女比は半々で、イェルンさんのゴツさに弓士の男達が目を輝かせていた。
解る。
憧れるよな。
エレオノーレさんの様に魔法と弓を併用する人が多く、その殆どは女性である。
魔法のみの男性は俺を含めて十人も居ない。
弓だけ、魔法だけ、どちらも、それ以外、の四組に分かれさせられ、イェルンさんと数人のハンターが、一人一人に戦闘スタイルを確認していった。
その手に握られたメモ帳は、俺が作ったあのマッピング用のメモ帳である。
何だかこそばゆいと言うか、面映いと言うか、なんかそんな感じだ。
一線級の人が活用してくれているのはとても嬉しいし、誇らしい。
一通り名前とパーティ名、個人ランク、パーティランク、メイン攻撃、サブ攻撃、最低限使用できる武器などの調査が終了すると、作戦が発表された。
作戦、と言うと仰々しいかもしれないが、オークが接敵する前に、遠距離攻撃が出来る者達で一当てするらしい。
その際、広範囲に攻撃が出来る者は、其方を優先する様に指示があった。
最初に少しでも数を減らし、相手を弱らせる方針である。
視界を奪えたり、腕の一本でも怪我させれたら儲け物、という事だ。
それが終わり次第前衛部隊と入れ替わり、各個撃破に方針を変える。
後衛部隊は、前衛の邪魔にならないように攻撃したり牽制したりして支援する。
これだけ人数がいれば細かい作戦を練るよりも、大枠の指示だけ出して、後はその場に応じて個別に判断・処理してもらった方がうまくいくのだとか。
大きな変更点とか、重要な報告等があればその都度イェルンさんに、とのことだ。
魔力の少なくなった者、矢の無くなった者から、倒れたオークを後方に運ぶ事になっている。
オークを運び終わったら、矢の補充や、魔力ポーションなどで回復し、回復次第戦線復帰。
回復の備品はギルドが用意した物を優先的に使用して良いらしい。
前衛メンバーで怪我した者や疲弊した者の休息も必要である。
スムーズに下がって行ける様に、必ず声掛けや気遣いを行う様に、と口酸っぱく言われ続けた。
一通りの確認と行動方針が決まったところで出発だ。
朝から集まっていたが、出発は昼前になってしまった。
団体行動はどうしても時間がかかるものである。
特に、軍隊でも何でも無い、自由奔放なハンターの集団などであれば尚の事だ。
場所は帝都から徒歩で半日程先の北の森。
その森の向こうにある幾つかの村が、襲われて壊滅した村だそうだ。
森は横に広く、あまり深くはない。
横切るだけなら、普通の男性の足で一日もあれば充分に可能だろう。
移動で鍛えたハンターならば半日強といったところだ。
夕方には無事到着した。
食事は歩きながら干し肉を齧り、水を飲んだだけである。
皆の顔には少し疲れが見える。
後衛とはいえ、ハンターなのでたった半日程度の移動では疲れたりしない。
恐らく、精神的なモノが原因だろう。
森の手前には広い平地が広がっている。
全体が見渡せる位置には、既に陣地が築かれていて、幾つかの大型の天幕と丸太で作ったベンチが並べられていた。
まるでキャンプ場の様でもある。
とはいえ、森との境目には申し訳程度の柵も作られ始めていて、ただのキャンプ場でないのはすぐに分かる。
簡易かまど等も幾つも作られて、あちこちで火が焚かれて煙がいく筋も上がっている。
続々と荷馬車が到着して、様々な備品を運び込んでいく。
先に到着していたギルドスタッフと調査を担当したCランクパーティ、そして斥候部隊と前衛部隊のメンバー達が用意してくれたらしい。
俺もギルドスタッフの指示に従い、指定の天幕に食糧と水樽を出していく。
ポイポイ出しては並べていくのだが、この人数だといくらあっても足りないよね。
他のスタッフや新人ハンター達が馬車や荷車で運んできた物も一緒に運び込まれた。
今日はこのまま一晩明かして、明日の朝イチから行動を開始するようだ。
少し遅れて到着した後方支援部隊が調理を始めた。
出発前に話し合って決めていたのか、スムーズに料理をする者と、食器を用意する者、荷物を運ぶ者等に分かれている。
デイジーが簡易かまどの前に立ち、用意された食材を確認しているのが見えた。
前衛部隊はローテーションを組んで周囲の警戒に当たり、偵察部隊は既に森の中である。
その中で、後衛部隊が手隙になる為、詳しい段取りを決めはじめた。
聞き取り調査で「広範囲魔法が使用出来る」と答えた人に対してより具体的な説明を求められたのだ。
「わたしの風魔法竜巻なら、前後左右三メートルくらいを薙払えるわ。その代わり呪文がとても長いから、周りに合わせる為には先に詠唱させてもらわないといけないけど」
綺麗な金髪をポニーテールにして赤いリボンで括っている女性の魔法使いが自慢げに言う。
十代後半のかわいらしい顔立ちだが、吊り目がちで、絵に描いたような“気の強そうな女の子”である。
「僕の炎の矢は最大で二十本まで放てます。あまり精度も威力もありませんが、当たりどころが良ければ戦闘能力を奪えると思います。ただ、これを放つと魔力切れを起こしてしまうので、一撃だけしか撃てないのですが……」
薄汚れたローブを身に纏い、グネグネした木の杖を持つ青年が早口にぼそぼそと、なんとか聞き取れるギリギリの声量で喋る。
典型的なオタクっぽい。
皆、自分の出来ることを順に一人ずつ述べていく。
範囲と威力、そしてデメリットがあればそれも話すようだ。
俺の使える魔法で、とにかく広範囲で、殺傷性の高い魔法といえばアブソリュートゼロだろう。
「キリト、ちゃんと詠唱するのよ?」
「わかってますって」
俺の番が近付いて、小声で突っ込んでくるエレオノーレさんに頷き返した。
流石に氷魔法も、無詠唱もが珍しい世界で、どっちも出来ますなんて言えない。
それくらいはわかってます。
「えっと……俺はアブソリュートゼロという氷魔法が使えます。凍らせて砕く感じです。まだ威力の調整が苦手なので、偵察部隊がいなくて、森の一部が無くなっても良いのであれば多分最大十メートル四方は消し飛ばせます。森を傷付けてはいけないのであれば、別の魔法を考えないといけないんですが……」
この魔法だけはどうしても砕け散ってしまうんだよなぁ……。
万が一放った場所に偵察の人がいた場合、纏めて砕けちゃうと思うんだよね。
いや、ちゃん凍らせて捕縛する魔法も別に使えるようになったよ?
でも、それはアイスバインドだから全く別の魔法なんだよ。
だから、調整が上手くいかないことをきちんと報告したのだが、部隊長であるイェルンさんは眉を寄せた。
「すまないが、変な見得で過大報告されると、後で皆が迷惑を被るんだ。能力は正確に報告してくれ」
溜息と一緒に吐き出された言葉はここに居るハンターの心情と重なっていたのだろう。
駆け出しの子供が精一杯イキってると思われているみたいで、周りの人達の視線も生温い。
いや、一部の人は「こんな時にふざけるなよテメェ」って感じの殺意の籠った視線を寄越している。
「ウチのパーティメンバーがごめんなさいね。でもコレ、本当なのよ。嘘でも過大報告でもなんでもなくね。ま、見た方が早いわ。キリト、トーチを飛ばすからあそこの木を中心にアブソリュートゼロを撃って見せなさい」
エレオノーレさんが弁明してくれ、森の反対側、陣地から十五メートル程離れた位置にある大きな杉の様な木を指さした。
今は夕闇に隠され、シルエットしか見えない。
短い詠唱の後に、ふわりと浮かんだバスケットボールくらいの灯りがまっすぐに木の上に飛んで行った。
皆の視線が自然と俺に向く。
「我が身に宿る魔力よ、其は冷気となりて我が意思の下、我らが敵を討て。我が杖に集いて飛び、標的を凍らせて撃ち砕け。氷結粉砕魔法、アブソリュートゼロ!」
なんとなく古めかしめな言い回しで適当呪文を唱え、木に向かって杖を突き出し、魔法を放つ。
シャラシャラジャラッ!と杖のリングがぶつかる音が響き、蒼白い光がひゅう、と飛び出した。
それはまっすぐに木に吸い込まれ、辺り一面を一瞬の内に氷漬けにする。
ほんの一息をおいて、パキィン……と澄んだ音を立てて砕け散る。
辺りにはもう何も残ってはいなかった。
白くくすんだ地面があるだけだ。
砕けたのは五メートルくらい先までだけど、俺達の二メートルほど先の地面まで霜で真っ白になっていた。
風はないのに、ひんやりとした冷気が漂ってくる。
「「「なっ?!!!」」」
「これでわかってくれたかしら?ちょっと特殊な場所で生まれ育ったのよ。浮世離れして、常識がない子だから迷惑掛けると思うけど、実力は折り紙つきよ」
言葉を失う皆に、何故かエレオノーレさんが自慢げに胸を張る。
ああ、そんなことしたらたわわな夢の果実が強調されて、揺れてしまうよ。
ほらぁ、男達の視線がそっちに釘付けに……。
瞬間、脳裏に野生解放したワイルドジャックがよぎり、慌てて自分の身体でエレオノーレさんのたわわボディを隠した。
万が一これで男供に手を出されでもしたら、俺がジャックに殺される気がする。
揺れる二つの果実を物理的に遮られ、見つめていた男供が原因である俺を睨みつける。
うん。
言いたい事はわかるけど、人妻だからね?
俺は君たちの命を守ったんだよ?
だからさ、そんなに睨まなくて良くない?
ブルブル。
ゴタゴタがありつつも、なんとか納得してもらえ、食事の時間になった。
配給といった形で、野菜のスープとパン、野菜の炒め物と、申し訳程度の肉が木の皿に乗せられて渡される。
早速食べようとすると、「氷魔法を教えてくれ」と他の魔法使い達が集まってきた。
食事をしながら色々教えて欲しいと、他の人達も群がって来る。
その一部は下心を隠そうともせずにエレオノーレさんにも擦り寄っていた。
「食事の邪魔よ。明日、討伐があるっていうのにそんな暇あるわけないでしょ。ただで魔法を教えてもらおうなんざ魔法使いの風上にも置けないわね。貴方達のパーティリーダーはどちら?しっかりと教育し直してもらわないといけないわね」
ブチ切れたエレオノーレさんが黒い笑顔で魔法使い達を蹴散らした。
それでもなお言い募ってくる魔法使い達にぶち切れ、俺達はデイジーの所で食べる事になった。
何故か顔色の悪いイェルンさんも、そうしろと後押しをしてくれる。
全くもって謎である。
食事自体は、デイジーが作った野菜スープは絶品だったが、その他は味がボケていてあまり美味しくなかった。
野菜炒めが不味いって中々凄い事だと思う。
あまり美味しくなくとも完食して、明日に備える。
食事の後は、片付けだ。
せっかく近くに居るのだから、片付けを手伝う。
何十人分の片付けは、本来なら時間の掛かる大変な作業だ。
しかし俺が居れば、洗浄魔法に食器を通すだけの簡単なお仕事である。
水球から出てくれば乾燥まで済んでいるので後は積むだけ、箱に戻すだけ。
楽チンだ。
汚れた食器を近くまで運んでもらい、洗浄魔法に慣れた俺とデイジーでサクサク洗って、他のメンバーは綺麗になった食器を片付ける流れ作業。
エレオノーレさんが他のメンバーを指揮してサクサクと片付けていく。
後方支援部隊のメンバーが目を丸くしていたが、特に何も言われなかった。
天幕を持っている人は各自自分の天幕に入り、持たぬ者はギルドが用意した大型天幕で夜を明かす。
翌朝、日が昇る前に皆が起きだした。
ある程度気配を読める様になってきた俺も、周りのざわめきで目を覚ます。
顔を洗い、天幕を片付けて、所定の位置に向かう。
さあ、長い討伐の始まりだーーー。
いつも俺不運を読んでくださってありがとうございます。
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でも必ずご返信いたしますので、のんびり待っていてください。
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