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間話 ○視点 オーランド 【永遠の花】

 バレンタイン記念間話です。

 季節は冬、オレ達はキリトを巡る貴族達の攻防から逃げて農村に居る。

 正直言って、アレは酷かったし、ヤバかった。

 宿の内外で貴族の手下達が争い、あちこちに被害を出していたし、オレ達にも声を掛けてくる有様だった。

 そういう面倒事を避ける為、奴等の動きが取れなくなる冬の間に少しでも遠くまで避難をしておく必要があった。


 なのに、本人は危機感も無く、のほほんと過ごしている。


「はーーーー……チョコレート、食べてーなぁ……」


 自分の作った“コタツ”に入って溜息を吐くキリト。

 頬杖をついて遠い目をしているが、涎が垂れている。

 オレの美味い物に対する直感が働く。

 「ちよこれいと」というのは「ぷりん」と同じくらい美味しい物ではないだろうか?

 以前キリトが作った「ぷりん」はこの世の物とは思えないうまさだった。


 ウチのパーティはグルメな人間が多く、キリトの【アイテムボックス】もある為、食に関しては下手な住民よりも良い物を食べている。

 正直、貧乏貴族よりも良いかもしれない。

 絶対口にはしないけどな。

 元貴族だったエレオノーレと何も言わないが、味で食事量がわかりやすく変わるヤンス、料理好きなジャックとデイジー。

 その中でもキリトは食に対してかなりこだわりが強いし、大抵の料理は知っている。

 新しい料理に出会っても「コレ◯◯だ!」や「××に似てる」等料理名は違うが存在は知っている様子を見せる。

 つまり、キリトが食べたいって言ってるという事は美味い料理という訳だ。


「ちよこれいとって何だ?」

「え?何だって聞かれたら甘いお菓子、かな?材料のカカオは熱帯地方の植物だからこの辺にはまず無いと思うんだよね」


 案の定聞いた事の無いお菓子だったようだ。

 「行商人の人に頼めばわんちゃん……」などと謎の独り言を呟くキリト。

 何で急にちよこれいとなのかと理由を聞けば、あちらの世界には二月に“ばれんたいんでー”という日があってその日に女性から男性に愛を込めて贈るのだそうだ。

 モテのひえらるきーが云々言われたが、その辺はよくわからないのでスルーしておく。

 キリトの世界では美味いお菓子のイベントが多くて羨ましい。


「でも確か外国ではバレンタインデーって男性から女性に花を贈る日じゃなかったっけ?元々はどっかの神父さんが宗教的に恋とか愛とかダメって言われてた時、若者の恋を応援してそれで殺されたかなんかした日だったような気がするな」

「は?」


 ぼんやりと見たこともないお菓子のイベントを想像していたら、とんでもない話が聞こえてきた。

 キリトは、普段から結構考えを整理している時に独り言の様にぶつぶつ呟いていて、今回もそれなんだろうけど、その内容が中々に物騒である。


「で、確かその神父さんがヴァレンタインさんだったんだっけ?んでもってそれをリスペクトして、その殺された日が恋人の日になったとかなんとか?うろ覚えだけどそんな感じだったはず。じゃあいつもお世話になってるエレオノーレさんとデイジーに花を贈ろう」


 どうやら自己完結した様で、ポスっと手を打つキリト。

 女性陣に花を贈ろうというのは中々ロマンチックではあるが、エレオノーレは人妻である。

 人妻に花を贈るとはジャックに殺されるかもしれないな、コイツ。

 しかし、今は真冬。


「花を贈るのは構わないけど、花なんてどこにも無いだろ?」

「うーん、そうだなぁ……。じゃあ手持ちの宝石を使って花を作ってみようかな」


 そう言うと徐ろに宝石袋を取り出し、彫刻刀で削ろうとするが、硬過ぎて刃が立たない。

 そりゃそうだろうよ。

 挙げ句の果てに、宝石ではなく自分の指を彫ったりもした。

 涙目でヒールを掛け、手彫りは諦めたらしい。


「流石に素人が宝石を加工するのは無理があった……。あとは魔法かな?」

「……キリトのその諦めないとこ嫌いじゃないぜ」


 キリトはこうなると頑固である。

 満足するまでチャレンジする。

 それを知っているオレはコタツの掛け布団に肩まで潜る。

 背中側が寒いので「ブランケットが欲しいな〜」と呟けば、目の前に飛んでくる。

 因みにキリトは無意識だろう。

 真剣に考え事している人に「それとって」と言うとつい取ってしまうアレと一緒だ。

 肩からばさりとブランケットを羽織り、コタツに埋もれた。


 コタツは温かく、暖炉のおかげで部屋も充分温かい。

 他のメンバーは村の手伝いであちこちに呼ばれていて、留守番のオレ達はやる事もない。

 温かいお茶を飲みつつ見るともなしにキリトの手元をぼんやり見ていた。

 今年の冬籠りはとても快適だ。

 元々この村とは良好な関係であったが、雪下ろし等を手伝い、食材や薪を高額ではあるが販売する。

 子供達に勉強を教え、紙芝居という娯楽を提供したおかげで村人達には熱烈に歓迎されているし、一軒家は借りられた上に、食料や燃料は在庫を気にする必要も無い程潤沢にある。

 ……おや?ほとんどキリトのおかげだな?

 最初に会った時からは想像もつかない程だ。

 ありがたやありがたや。


 当の本人は宝石を手にあれこれ魔法を掛けているがうまくいっていない様だ。

 削る事自体はできている様だが、造形が微妙な小さい宝石が幾つも転がっている。

 紙をくしゃくしゃに丸めたみたいな、花とは呼べないナニカに見える。

 現在は宝石を加工するのは諦めたのか、粘土を使って花を作っているようだ。

 リボンの様に薄く細長くした粘土を、片方の辺だけ指で軽く押し潰していく。

 片方だけ緩く波打つ様になった粘土を器用にクルクルと巻いて、微調整すれば、まさかの花に見える物の出来上がりだ。


「おお、すげぇ。薔薇に見える」

「妹に何回も作らされたからね。コレくらいなら何とか」


 薔薇っぽいそれを見ながら、失敗した宝石のでこぼこした部分を削り取って、再度加工していく。

 瞬く間に小ぶりな宝石の花が出来上がった。


「うん。良い感じ。あとは針金が欲しいかな……。オーランド、俺ちょっと鍛冶屋まで出かけてきても良い?」


 花を色んな角度から見て納得したキリトは、コタツから出て、外出する為にコートやマフラーなんかを巻き付けていく。

 この天国(コタツ)からするりと出る事が出来るなんてマジで尊敬するわ。

 

「そこの鍛冶屋だろ?良いぜ行ってこいよ。あ、寒いからドアの開閉は最低限でよろしく」

「わかってるよ。じゃあ行ってくるね」


 困った様に笑いながら本当に最低限の幅だけドアを細く開けてするりと出ていくキリト。

 普段は鈍臭いのに、こういう時たまに猫に見える。

 本当に変わった奴だよ。


 一時間するかしないかのうちに帰ってきたキリトは、全身雪まみれだった。

 吹雪いた訳ではない。

 どうせまた転びまくったのだろう。

 暖炉の前で残った雪を払い、濡れたコートや手袋、靴に靴下を並べて干していく。

 何というか本当にツイていない男なのだ。


「それで、出来たのか?」

「出来たよ。ホラ」


 そう言うとキリトは【アイテムボックス】から二本の花を取り出した。

 一つはエレオノーレの瞳の色に合わせた金色のシトリン。

 もう一つはヘーゼルの瞳のデイジーに合わせて茶色がかったスモーキークオーツ。

 花の萼の部分に穴を開け、針金を通しているのだろう。

 茎の部分に葉っぱも作ってある。

 芯に針金を使って、緑に染めた紙で丁寧に巻き付けてあった。


 その晩食事の後に二人にプレゼントをしていた。


 「何コレ」ときょとんとする二人に、キリトは元の国の行事で、恋人や配偶者に贈り物をする日だと説明していた。

 キリトの住む国ではちよこれいとを女性から男性に渡す日だと言っていたが、その辺は割愛した様だ。

 義理としてお世話になってる人に贈ることもあるのだと話しながら、「なので、これは俺から二人に「永遠に枯れない信頼」の証です」と言って渡す。

 キザ過ぎて背中がゾクゾクする。


 デイジーは可哀想なくらいに真っ赤になって、震えながら受け取っていた。

 エレオノーレは「とっても綺麗だわ!嬉しい」と喜んでいたが、ジャックが凄い顔で睨んでいた。

 ジャックにとってエレオノーレは唯一無二なので大変に嫉妬深いというか、独占欲が強い。

 なにしろ彼女の為にそれまでやった事の無かった料理を覚える程である。

 キリトの肩を潰しかねない力で掴んで作り方を教えろと強要していた。

 デスヨネー。


 翌日、珍しく晴れて、日差しが温かい。

 キリトはジャックと共に鍛冶屋に向かった。

 オレとヤンスは村の外の見回りに出た。

 鳥がいれば狩りたかったのだが、どれも遠く、うさぎも見当たらなかった。

 雪崩や崖崩れなど起きていないか危険な箇所を確認し終えると、村に戻り鍛冶屋に向かう。


 鍛冶屋では、ジャックが炉の前に座り込み、水で濡らした軍手で溶かして、少し冷えた銀をワシワシ形作っていく。

 昨日キリトが作っていた粘土の銀バージョンと言えばわかりやすいだろうか?

 少し冷ましているとはいえ、それ、火傷してませんかジャックさんよ。

 ズタボロに火傷している指先をキリトが涙目でヒールで回復していた。

 本人より痛がるのはまた何とも。

 

 指先が回復すると、キリトに言って水晶と彫刻刀を取り出させる。

 それぞれをしっかり握ったかと思えば、水晶をがりがりと削って花を作っていった。

 いや、それ昨日キリトが刃が立たなかったやつじゃね?

 そして、針金で茎を作ったら完成だ。

 あっという間に水晶と銀で作られた花束が出来上がる。

 何故か奥でキリトが青い宝石の花を作って鍛冶屋のおっさんに渡していた。


 夕方、広場にエレオノーレを呼び出したジャックは、紙やリボンで綺麗にまとめた花束を片膝をついてエレオノーレに贈る。


「永遠に枯れない愛を貴女に」

「ジャック……ッ」


 昨日キリトが言っていた言葉を引用している。

 エレオノーレは頬を染めた乙女の顔になっているが、どうにも普段の恐ろしい怒り顔が浮かんできて邪魔をする。

 潤んだ瞳で花束を受け取ると、ジャックの頬にキスを落とす。

 そのまま花束ごとエレオノーレを抱きしめるジャック。

 まるで吟遊詩人の歌の様であるが、お前ら夫婦になってだいぶ長いだろうが、と思ってしまう自分がいる。


 村の女性達が、「なんて素敵なのかしら」と憧れている中、鍛冶屋の女将が「実はアタシも旦那からもらったのよね」と懐から青い花を取り出して旦那の頬にキスをする。

 鍛冶屋の親父は真っ赤になって「おおおおおお前っこここここんな人とと人前でっ!」と狼狽していたが、女将はにまりと笑い、腕を組んだ。

 村中の奥さんや女の子達が旦那や恋人に目を向けたのは見ずともわかった。


 男達は鍛冶屋に泣きつき、ついでにキリトにも泣きついた。

 鍛冶屋のおっさんは、元々女将に宝石を贈る為に持っていたらしく、他は誰も持っていなかった様だ。

 ヤンスが自分の分の宝石を高値で売って腹黒く笑っていた。

 宝石を購入した者は金を払ってキリトに加工してもらい、針金と紙も購入していた。

 作れる者は木を彫って作るらしい。

 絵の具は(以下略)

 子供達は粘土で花を作り、村の窯焼き所で素焼きにして、母親や好きな子に贈ると言う。

 薪はキリトがこっそり渡していた。


 その後「永遠に枯れぬ愛の日」として、男達が奥さんや恋人に造花を贈る日になった。

 それはあちこちに広がり、問題を呼ぶ事になるのだが、また、別の話である。

 とりあえずオレはキリトの言っていたちよこれいとが食べたい。

 南の方の種子でかかおって言っていたな。

 今度行商人に話を聞いてみようか。

 というわけで、外国式のバレンタインになりました。

 来年はちよこれいとが食べれると良いね、オーランド。

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