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108 どうしてこうなった 後編

 デイジーの部屋の鏡のデザインを考えていると、すぐに侍女さんは戻ってきた。


「皇妃様からのご許可を賜りました。すぐに取り掛かり、一刻も早く仕上げるようにとの仰せです」


 にっこり笑って皇妃様からの返事を伝えてきた。

 その笑顔の圧が恐ろしい程強く、あまりにも怖かった為、ガラス工房で試作したコンパクトを「予定よりお待ち頂くお詫びに」と渡してしまった。


 木製のコンパクトは、手のひらサイズのシンプルで小さな鏡ながら、歪みも曇りもなく、中蓋を開ければ、白粉とパフが入れられるようになっている。

 イヤリングや指輪等を入れても問題はないように、中蓋はしっかりと作ってある。

 木目が綺麗に見える様に、表面を軽く炙って、ヤスリをかけ、油できっちり磨いて艶を出しまくった中々の逸品である。

「エイグル工房で作成している鏡製品の新商品です。此方は試作品ですので、侍女さんにお贈りいたします。皇妃様が気に入ってくださるようであれば、是非エイグル工房にご連絡を。即時対応してくれるよう、私の方で取り計います」


 そう言って侍女さんから出来るだけ離れる。

 だってなんだか怖いから。

 そんな俺に気付かず、彼女は手の中のコンパクトをじっと見つめ、開いて中の鏡に驚き、中蓋を開けてまた驚く。

 ほぅ……、と溜息を吐き、コンパクトを閉じる。


「皇妃様にはきちんとエイグル工房をご案内させていただきますわ」


 大切そうにポケットにコンパクトを入れると、頭を下げて退室して行った。


 それから俺達はとても忙しくなった。

 まずは俺とヤンスさんとエレオノーレさんの三人が皇宮組、オーランドとジャック、デイジーが帝都組に分かれて行動する事になった。


 オーランド達は、ドゥーリンさんとエイグルさんの下に向かってもらい、今回の事情を説明、そして皇宮からの依頼を渡してもらう事に。

 それが終われば、そのまま拠点の内装の手伝いと、家具などの購入設置をお願いした。

 パーティ費用である麻袋一袋分を丸々渡してある。

 中には大銀貨が百枚入っている。

 冬の間に荒稼ぎしたので、【アイテムボックス】内には、同じ麻袋がまだ二十三袋もある。

 ヤンスさんがくれぐれも無駄遣いしない様に、と何度も念を押していたのがとても印象的だった。

 話を聞くと、オーランドは時々とんでもない無駄遣いをするのだそうだ。


 そして俺達は、最初にデザイン案を出したデザイナーさんの元に向かう。

 すでに話は通っているらしく、案内された部屋には一人の男性がいた。

 新進気鋭のデザイナーさんなだけあって、流線型と言うか、シュッとしたシルエットラインの、細い変わった服を着ている。

 鈍色の髪と、こちらでは珍しい黒い瞳に、病的な白い肌。

 気難しそうな表情でソファーに腰掛けていた。


「皇妃様付きのデザイナー、ミヒェル・フォン・ビューローだ」

「ハンターのヤンスだ」

「同じくハンターのエレオノーレ=ルクスですわ」

「初めまして、ハンターの霧斗と申します」


 彼は立ち上がって自己紹介をする。

 フォンって付くからこの人もお貴族なんだろうな。

 ヤンスさん、エレオノーレさんに続いて自己紹介をしていく。

 元お貴族様だっただけあってエレオノーレさんのカーテシーはとても美しかった。


 早速、俺のイメージイラストを見せ、勝手に変更した事を謝罪した上で、どうか装飾のデザインをお願いできないかと、依頼する。

 渡されたイメージイラストを見て、紙を持つ手が震えていた。

 持っている辺りの紙が、くしゃりと音を立てて歪む。

 多分、ビューロー様のデザインをぶち壊しにしたせいなんだろう。

 しかし、怒りに震えながら見ていた割には、予想外にサラッと要望を受け入れてくれた。


「キリト君。ここ、これはどういった意図でこのデザインを持ってきたんだい?」

「あ、ここは……こう、なんかスペースが中途半端に空いて寂しく感じたんです。なので華やかにしたくて、花を入れたのですが、どうももっさりしてしまって……」

「成程。で、あれば、これは花を配置し過ぎだね。ここと、この辺を抜いて、この花を大きくしてやれば……」

「わぁっ!グッと華やかでオシャレになりましたね!」


 部屋の細かい装飾や、配置等ほんのちょっと手直しされただけなのに、あっという間に洗練されたものに変わっていくのが本当にすごい。

 見ていて楽しいし、何故そうしたのか、どういう意図でそうするのか等質問したら、一つ一つキチンと丁寧に答えてくれて、とても嬉しいし、勉強になる。

 鏡の縁につける装飾も、俺のはなんとなく野暮ったかったのに、ビューロー様が描くと、大筋や花の形は俺とほとんど同じなのに、数個抜いたり足したり、サイズを変えたり葉っぱを足したりしただけで、見違えるように繊細で美しくなる。

 もう、これは魔法なのではないかと疑うレベルだ。

 心のままに褒めて、お願いして模写をさせてもらった。

 ふふふ、これで家に帰っても練習出来るぞ。


 翌日には、ドゥーリンさんが合流して、設計図や細かい装飾の仕上げを半日程話し合ったら、離宮の改装がスタートだ。


「キリト坊、お主はどちらが良いと思うかっ?断然コチラだろう?」

「いえいえ、こちらの方が皇妃様に相応しいと思うだろう?なぁ、キリト君」


 何故か初っ端からドゥーリンさんとビューロー様が火花を散らしていたし、何度も俺に意見を求めてきた。

 謎である。

 素人の俺がアレコレ意見するのは少し恥ずかしかったけど、二人が思うままに意見交換できる手助けが出来たと思えば、悪くはなかったはずだ。


 皇妃様のウォークインクローゼットは離宮に作られる。

 繊細な装飾に飾られた渡り廊下の先に、それはあった。

 美しい湖と青々とした木立ちが眩しく、優美な山々を背負って建つ、小さくも華麗なお城だ。

 小太りの側近の人に話を聞けば、皇妃様の為に皇帝が五年の歳月を掛けて作り上げた芸術品なのだそう。

 なんと、ドゥーリンさんとビューロー様も手掛けていた離宮だった。

 確かに帝都一の二人が作ったと言われたら納得の素晴らしい出来だ。

 一幅の絵を見ている様な気持ちになる。

 うーん写生したい……。


 そんな美しくも繊細なお城に、ドゥーリンさんの弟子が大量の土を運び込む。

 一輪車に載せられた大量の土を見て、ビューロー様や小太り側近は目を剥いていた。

 離宮に勤める人達の顔も引き攣っていた。

 俺は両手を合わせてからその土に手をつく。


「錬成」


 穴熊亭でやったように一言呪文を唱えると、ぞわぞわと土が壁一面に移動して、鏡に変わっていく。

 一瞬で、壁一面、切れ目も継ぎ目もないまっさらな鏡になると、歓声が響き渡った。

 あまりの大声に、外の警備の人が駆け付けて、その鏡を見て驚いたりもした。


 その後、部屋の中の調節や仕上げに取り掛かる。

 しかしここで、コンパクトを侍女さんに贈った事が広がってしまったらしく、用もないのに関係ない別の侍女さんやメイドさんが押しかけ、俺に声を掛けてくるという事件が起こった。

 口では様子を見にきただけだとか、何かお困りの事はございませんか?だとか言っていたが、明らかに目が「コンパクト、私にも頂戴」と言っていて、俺にもモテ期が来た等とは決して思えなかった。

 しかも、彼女達は曲がりなりにも貴族のお嬢様なので、その都度俺は手を止めざるを得ず、作業が滞る事につながった。

 そしてそれは、ドゥーリンさんの仕事を邪魔する行為でもあった。

 すぐにドゥーリンさんがブチ切れて、小太り側近に「今すぐにこの小娘どもをどうにかせんと、儂ゃぁこの仕事を降りるぞい!」と怒鳴り付けていた。

 この事がきっかけで、その後、迷惑な押しかけはパタリと止まった。

 流石に、コンパクト欲しさに仕事をクビになるわけにはいかなかったのだろう。


 装飾や、棚の取り付け、壁紙に腰板、絨毯に、作業部屋の作り込み、家具や小物などの発注に、部屋の仕上げ、とやることは死ぬほど多かった。

 しかし、小太り側近や、皇妃様付きの最初に来た侍女さんがものすごく協力してくれて、なんとかやり切った。

 特に皇妃様は見る事が叶わないだろうが、作業用の小部屋は実用性が高く、寧ろ芸術なのでは、と思う程に素晴らしい作りになっていた。

 大量の糸や布を、あんな風に壁一面に美しく、整然と並べてしかも使いやすいとか、ビューロー様は芸術の神なのでは?と疑った程だ。

 二月ほど掛かったが、最高の衣装部屋が出来上がり、俺の皇宮での仕事は終わった。


 皇帝からは直々にお礼の言葉と、後ろ盾になるとの宣言を高位貴族達の前でいただき、これにて一件落着したのだった。

 これによって俺達は無事、貴族連中からの横槍から逃げ出せた。


 因みに、あの部屋は皇妃様から大変気に入られたようで、皇帝は皇妃様から感謝の口付けを賜ったのだと、後日惚気ていたそうだ。

 あんたら子供まで居る夫婦だろ?と思ったのは内緒である。


 それでもやはり、擦り寄ろうとしてくる貴族が数人いたけれど、小太り側近に教えてもらったツテを使い密告すると、一日も経たずに、皆青い顔で足早に去っていった。

 これで拠点に安心して住む事ができそうだ。


 折角拠点が決まったのでお世話になった人達に手紙を出した。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 「大量の土」から説明なしにいきなりまっさらな鏡になるというのはドワドワ魔法7不思議というより違和感がつよいかも。ナーロッパでも現代と同じく土じゃなくて厳選された良質の砂、珪砂、石英、水…
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