106 農村の冬
今回もまた長めです。
はらはらはらはらと雪が降る。
結晶が重なり合って大きく正に“雪片”と呼びたくなる様な、花弁っぽい牡丹雪だ。
既に十センチ程積もってはいるが、これはまだまだ序の口で、これからメートル単位で積もるし、吹雪くのだそうだ。
雪かき、雪おろしは村人総出で行うらしい。
因みに俺は雪とは相性がよろしくない。
とにかく何度も滑って転ぶのだ。
……憂鬱だ。
ここの農村は、村長の保存のスキルのおかげで、越冬が他の村よりも比較的楽である。
例年は冬に困る事などほとんどないそうだ。
しかし、今年はダンジョン開発の件もあり、急激に村に滞在する人員が増え、食料も家も足りないらしい。
宿に泊まり込む一部のハンターや、ハンターギルド、商業ギルドの転勤メンバーは、この辺りの季節に不慣れな為、冬支度が完璧ではなかった。
早々に彼らの食材や薪が足りなくなってしまったのだ。
ヒメッセルトであれば、商会が販売用に溜め込んだ品物を定期的に販売したりしてくれるので、割高でも買えば生きていける。
しかし、ここは農村だ。
売ってくれる店などない。
彼らは、農村なら森に採取や狩りに行けばいいと思っていたらしい。
しかし、この季節に森に入るのは死にに行くようなものである。
土地鑑があるならまだしも、不慣れな人間が森に入り、ホワイトアウトでも発生してしまえば、待つのは村の近くで遭難、そして凍死の未来だ。
宿として立ち上げたのもヒメッセルトの人間だったので、途中で市が立つと想定していたらしく、食材も足りない。
村の商品を片っ端から購入して、なんとか日々の食事を賄っているらしいが、大赤字だろう。
潰れないことを祈るしかない。
各ギルドのメンバーも市をあてにしていた為、薪すらも足りないのだそう。
俺達が量産した薪を、木こり達に少しずつ分けてもらいつつなんとか暖を取っている感じだ。
既に一部では薪の盗難なども発生しているらしい。
こちらは村長から各ギルドに対して、きっちり苦情と討伐依頼を出している。
厳しすぎると思うかもしれないが、それを許すと、盗まれた家は薪が足りず冬を越せないし、各家庭から少しずつ盗られてしまえば、村全体が壊滅してしまうのだから許す訳にはいかないのだ。
どこの家も、少しだけ余剰を用意してはいると言っても、他人に配るほどは無い。
自分達が生きていくので精一杯なのだ。
ぶっちゃけ、薪が足りないならヒメッセルトに戻れば良いじゃんって思うでしょ?
でもさ、宿側も冬場に越冬する客や、自分達の分を考えて食料や薪を用意し終わった後なんだ。
急に今から五人春まで泊まれる?って言われても答えはノーしかないのだ。
だってそんな人数を賄える程、準備出来ていないから。
そうなると、その人達はこの雪の中野営するか、厩などを借りるかするしか無くなる。
勿論食事などは一切ない。
そして待つのは死のみである。
そうなれば、現状残りは少ないが、皆で寄り集まって、少しでも薪を節約する方向に向かうのは仕方のない事である。
宿は食堂に、各ギルドはギルド受付と、数軒の家に皆んなで集まり猿団子の様にくっついて寝ているらしい。
事情を知った、ハンターギルドのアルブレヒトさんや、エーミールさんに、食品を扱う商人さん達が協力しながら、足繁く行き来して、食料品や薪、防寒具を運んできてくれるが、天候の都合などで一週間以上空いてしまうなどざらだ。
そもそも忙しいギルド長と商人だし、ヒメッセルトが大きい街とはいえ、そこまで余裕がある訳でもない。
とはいえ、それで一週間食べる物が届きませんとなって、はいそうですか、とは言えないのが生きてる人間だ。
何も食べなければ飢えて死ぬし、薪が足りなければ凍え死ぬ。
カロリーが無ければ身体は熱を生み出せないので、薪がいる。
しかし、薪は残り少なく、今使えば数日後には凍え死ぬ未来しか残されていない。
まさに“爪の先に灯りを灯す”生活を余儀なくされているのだ。
事前準備を怠った自業自得とはいえ、そこで見捨てるのは寝覚めが悪い。
そんな時、火を吹くのが俺の【アイテムボックス】だ。
まあ、これに関してはヤンスさん様々って感じだけどな。
農村に来る前に帝都、道中の街や村、勿論ヒメッセルトでも、買えるだけ買っていった、あの大量の小麦や野菜などの食材を、割高で販売したのだ。
配るなんて優しい事はヤンスさんが許さない。
ヒメッセルトからのお助け便が来ない日や、天気の悪い日に、各家々や宿を巡る。
はじめヤンスさんは、村の人達にも高額で販売しようとしていた。
しかし、ここで村人に恩を売れば、後々助けてくれるはずだから、と食い下がると、何とかこの村に住む人達には、多少割引きして販売する事になった。
まあ、それでも結構高いけどね。
買った時の二倍とか当たり前だ。
代わりに、ハンターや商人なんかには、かなり割高に販売している。
三倍とか五倍とか平気でふっかける。
何だったら、デイジー達が作ってくれたあったかい料理も、小さなお椀一杯を銀貨一枚とかで売る日まであった。
たまに支援物資を届けに来たアルブレヒトさん達が、新鮮なフルーツや野菜を買っていったりもする。
お値段はなんと購入時の十倍である。
旬の時に購入していたので、安く大量に手に入れているとはいえ十倍とは……。
それでも、この時期に新鮮なフルーツが食べられるのは何物にも代え難いのだと喜んで買っていた。
そうやって、かなりアコギに稼いで過ごした。
冬場の農村の生活は、朝起きて雪下ろしと雪かき、朝食を摂って、他の家の雪かきや雪下ろしの手伝い、昼食、時間潰しの内職やトレーニング、ヤンスさんの気が向いたら販売、夕食、入浴、消灯といった感じだ。
とはいえ、雪が降らない日は雪下ろしや雪かきは要らないし、あったとしても俺が【アイテムボックス】に入れて雪捨て場に出すだけの単純作業である。
トレーニング代わりに手作業でやる事もあるが、朝食以降の作業はほとんど【アイテムボックス】頼りである。
おじいちゃんおばあちゃんだけで住んでるお家とかも多いので、効率重視だ。
村の人達からは大絶賛された。
晴れた日はエレオノーレさんとヤンスさんが森に狩りに行く事もある。
俺とジャックは薪作りに繰り出す。
オーランドとデイジーは万が一の時の為のお留守番だ。
上手く獲れた日は肉パーティである。
お隣さんやお向かいさん等を呼んで、焼肉やシチューに舌鼓を打つのだ。
余った分は翌日割高での販売に回されるので、安心して大量に作れる。
そのままの流れで編み物をしたり、絵を描いて遊んだりもする。
お隣のクヌート少年は絵を描く事に目覚めたらしく、紙が真っ黒になる程、みっちり楽しそうに絵を描いている。
天気があまり良くなく、かと言って悪天候とまではいかない様な日は、正直やる事がない。
短剣や杖術のトレーニングしたりは毎日してるけど、それでもやっぱりちょっと時間を持て余す。
そんな日は、雪かきや、雪下ろしで出た雪を、魔法で固めて作ったブロックで、子供達とイグルーもどきなかまくらを作ってみたりした。
それを妙にジャックが気に入って、アレコレ補強しているのでかなり丈夫に仕上がっている。
そんな変わった物があれば、他の子供達も寄ってこないはずもなく、あっという間に子供達の遊び場に早変わりした。
それからは、曇りの日や、雪がチラつく日はそこで子供達と勉強したり、紙芝居をやったりしていた。
孤児院で教えた事があるので、割と簡単に教える事ができた。
村中の子供達が集まって来ているようだ。
きっと子供達も暇なのだろう。
割と真面目に勉強している。
勉強が終わると、ご褒美に紙芝居を披露する。
デイジーやオーランドに聞いたベーシックなお伽話や、騎士物語、こちら風にアレンジしたなんちゃって桃太郎と、なんとなく金太郎、おそらく浦島太郎に、シンデレラと白雪姫、赤ずきん。
紙芝居の用意を始めると、子供達がソワソワするのがとても良い。
ちなみに、紙芝居をするための入れ物は、ジャックに相談して一緒に作ってみた。
本物を見た事がないので、映画とかテレビとかで見た朧げな記憶を形にするのは難しかったが、なかなか味のある逸品になったと思うよ。
前面が三つに分かれて開く様になっていて、右側に引き抜く為の口がある。
子供達が「他の話は?!」と強請るので、追加でいくつも話を描いて、三日に一度は新作を発表しなくてはならなくなったのは予想外だった。
せっかくなので、と連作も作ってみた。
ちびっ子勇者の冒険シリーズは大人気で、バトルシーンも子供達の要望に応えてどんどん長くなっている。
大量に買い溜めていた紙も絵の具も、ほとんど紙芝居に溶けてしまった。
子供から話を聞いた大人達も詰め掛け、紙芝居はアホみたいに人気が出て、かまくらでは収容できなくなり、公民館みたいな建物でやらされたりもした。
商業ギルド員がその人気に目をつけ、金を取る様にと騒いだが、これは冬の間の村の人達との交流の為なので、紙芝居を無料でやる事は譲らなかった。
珍しくヤンスさんもこちら側で、代わりに近くに出店を出す事を提案して、妥協することになった。
冬の間暇つぶしに人気の紙芝居が見れなくなったら、お金が払えない人達に恨まれそうだもんな。
お金がある人はお菓子とか買っていってね、ってことだ。
ヤンスさんは俺に幾つかのお菓子やフルーツに、アルコールとツマミを出させ、高値で販売していた。
商業ギルドのメンバーも、俺達から材料を買い、簡単な料理や酒を提供して、小金を稼いでいた。
そういえば、前に来た時に売った羽毛と、その前に来た時に売った毛皮は大変重宝されている様だ。
紙芝居が終わった後などに、毎回お礼を言っていく人達が居て、後を絶たない。
今年生まれた赤ちゃんが、誰も死んでいない、と言われて苦い物を飲まされた気分になった。
例年だと、冬はどんなに気をつけても一人か二人は天に召されてしまうらしい。
お役に立てて嬉しいけれど、異世界の世知辛さを痛感したよ。
冬だからなのか、農村だからか、どちらもなのかは知らないけど、“お貴族様の遣い”達は冬の間現れず、俺達は平和に冬を越せた。
雪が減り、日差しが暖かくなり、だんだん春めいて来ると、貴族の遣い達はまたちらほら湧き始め、こんな遠くの農村にまで出て来る様になった。
村全体が彼等を拒絶しているので、居心地がとても悪いのだろうが、諦めない。
中でも、マクシミリアン・フォン・オッペンハイム男爵は本当に諦めない。
褒めたり、脅したり、村自体に圧力を掛けたりしてくる。
その度にヤンスさんやギルドが手酷く追い返しているが、そろそろ本当にヤバそうだ。
ヒメッセルトに行く事も考えたが、今街に出ていくと囲まれて身動きが取れなくなりそうだ。
仕方なく村に出来ていたハンターギルドと商業ギルドの支部に相談をしに行く。
「はい、私どもにお任せ下さいっ」
冬の間食料を提供し続けていた甲斐もあり、関係性は大変良好で、更に、この農村で商売が上手くいっている理由が、俺達やエーミールさんのおかげという事もあり、大変快く相談に乗ってくれた。




