105 緊急避難と冬支度
すみません、今回またちょっと長めです。
あんまりにも貴族連中がしつこく、そしてうるさいので、ヤンスさんの提案で、農村に避難する事にした。
農村までの道中でも、街や村に積極的に寄って、冬支度用品を購入していく。
そこで、作ったり余ったりしている物を安く購入し、逆に足りない物や、薪や保存食、薬等は比較的割高で販売していく。
物々交換で交換したり、場所を教えてもらって近くに採取に行ったりもした。
因みに薪は、拠点を切り拓いた時の余りを切って割った物である。
以前、そういったことはルール違反だからあんまりしてはいけない、と言っていたのに今回は何故?と聞けば、俺が商業ギルドに登録したからなのだそう。
商取引の一環だから問題ないのだとか。
俺は今、ハンター兼行商人である。
年に一度大銀貨五枚を納めれば、店舗を持たない商取引が可能な権限を持っているらしい。
念の為触れておくが、ヤンスさんは登録していない。
ヤンスさんは登録していない。
大事な事なので二回言った。
なんか、俺、都合良く使われてない?
気のせいかな?
「いやーアンタ方が来てくれて助かったよ!」
「来年もまた来てくれないかねぇ?今度は子供用の防寒着もあると嬉しいよ」
にこにこと迎え入れ、送り出してくれる村の人達には悪いけど、来年は来ないと思うよ。
なんとも心苦しい気分になる。
寄り道が多かった為、普段より日数多めな二十日程の移動で、いつもの農村に到着だ。
最近めっきり寒くなってきたから、野営の時なんかは大変だった。
この村に着くとなんかホッとするよな。
多分この世界に来て一番長く過ごした場所だからだろうな。
皆んな俺達に気付くと、こんな時期にどうした?と心配そうに駆け寄って来てくれた。
「帝都の方でちょっと面倒事に巻き込まれそうで逃げて来ましたー。ハハ」
「そりゃあ大変だったろう……こっちはアンタ達のおかげでたっぷり稼がせてもらっているよ」
村人達は、ハンター相手の商売でめちゃくちゃ儲かってるらしい。
良かったね!
あ、エーミールさん達の圧がすごい?だろうね……。
あ、あ、あ、拝まないで拝まないで!
こっちはこっちで大変みたいだ。
俺達はこの村で家を一軒借りた。
老夫婦が住む小ぢんまりした二階建てで、ご夫妻は高齢の為、冬の間は毎年、ヒメッセルトに住む息子夫婦の家に避寒するのだそう。
普段は周りの家に頼むらしいが、俺達が雪かきや、家の掃除をしてくれるなら、とタダ同然の価格で貸してくれたのだ。
早速荷物をまとめて、少し早い避難を始めるご夫妻。
食料は、この村の名産となりつつある保存食を、いくつか持っていこうと思っているらしい。
たった半日なので、家賃がわりに護衛兼荷物持ちとして、俺とオーランドがヒメッセルトまでついていく事にした。
「このお節介甘ちゃんどもが」とヤンスさんはぼやいていたけれど、実際止めたり反対したりはしなかった。
根は良い人なんだよね。
ちょっと素直になれないタイプなんだろうな。
「まぁまぁ、こんなに楽な移動は初めてよ」
荷物の類は全て俺の【アイテムボックス】に入っているので、身一つでゆっくり歩きながら、コロコロ笑うお婆さんが可愛らしい。
「大切な家を貸していただくのだから当然です」
「その通りです」
オーランドの爽やかイケメンスマイルに、あらあらまぁまぁと微笑むお婆さんと、お婆さんに構ってもらえず拗ねたお爺さんの対比も面白い。
二人には内緒だが、オーランドに相談して、俺たちの分の薪や食料も少し置いてくる事になっている。
ヒメッセルトに住む息子夫婦のお家までついて行って、ついでに冬の間農村の家を借りる挨拶もしておいた。
息子夫婦も、老夫婦に似てほわほわした人当たりの良い人達ばかりだった。
産まれたばかりの赤ちゃんと、三人の子供達が顔を出している。
老夫婦の荷物と追加の食料に加えて、温かい毛織物とクッキーを少しだけ入れておいた。
ぴょこりと顔を出したチビちゃんズの口にクッキーのカケラを放り込むのも忘れずに。
挨拶も終わったので、蜻蛉返りで農村に戻ると、既に夕闇が迫っていた。
家に向かうと、温かな光が漏れ出ていて、なんだかホッとする。
翌日からは本格的に冬支度が始まった。
ヤンスさんとエレオノーレさんは森に入って、獣を狩ってきて、毛皮を剥いで肉の処理をする。
剥いだ毛皮のなめしや、膠作りもついでに行っていた。
すげぇ。
まだ取れるキノコや木の実、山菜なども併せて収穫して、天日干ししたり、少量ずつ束にして吊るしたりする作業も担当だ。
干さない方が良いものはそのまま俺に渡して【アイテムボックス】へ。
俺とジャックは木こりの人たちに許可を得て、あちこちの木を伐採。
魔法や斧で切り倒した木を、【アイテムボックス】に突っ込み、広い場所に移動。
出した木をジャックが枝を払い、俺が魔法で乾燥させて、二人で薪のサイズに切り分ける。
落とした枝も、火をつける時の火口にする為キチンと回収する。
あっという間に燃料用の薪を大量生産する事ができた。
置き場は勿論俺の【アイテムボックス】。
一部は木を切る事を受け入れてくれた木こり達に還元した。
それを見た木こり達は、自分達が木を切るので村の分の薪作りに協力してほしいと願い出られた。
この時期はやっぱり薪はあればあるだけ助かるのだそう。
答えは勿論オッケーだ。
デイジーとオーランドは、村のお手伝いだ。
オーランドは村の冬支度の力仕事を請け負って、あっちに走り、こっちに走りしていた。
高齢で、高所作業が厳しい家を回り、建て付けの修繕や薪の搬入、保存食の樽の運び込みなどを手伝っている。
デイジーは村の女衆に混じって保存食の作成や、防寒具の作成をしていた。
秋も深まった為、色んな野菜に果物が豊富で嬉しい。
オーランドが農作業を手伝って分けてもらったり、また大量買いしたりして、たっぷり溜め込んだ。
一部の野菜は筵の上や軒先に吊るしてしっかり干す。
干さなくても【アイテムボックス】に入れておけば保つけれど、干した野菜からしか取れない栄養だってあるのだ。
「……ん?あれ、渋柿じゃね?」
二階の窓から屋根に出て、野菜を干していると、村の端に柿の木らしきものが見えた。
普通の柿と違い、どんぐりみたいに下が細く尖った形をしたオレンジ色の柿は、どこからどう見ても渋柿だった。
つまり、干し柿の原料。
俺、干し柿マジで大好きなんだよ!
ねっとりとした甘さが思い出されて、ごくりと唾を飲み込んだ。
手早く野菜を並べ終えると、階段を駆け降りた。
途中で転げ落ちたけど、足首の捻挫と擦り傷と打ち身くらいで済んだので、ヒールで治して、渋柿のあった辺りまで走る。
ちょうど柿の木の下で子供達が遊んでいる。
見知った顔があったので、彼に確認する。
「ねぇねえあれ取って良い?!」
「キリトにいちゃん正気?」
こちらに来てから仲良くなった、お隣の少年クヌートに聞くと、あれは甘そうに見えるけど渋くて食べられた物じゃない、と凄い顔で言われた。
多分きっと生で齧った事があるのだろう。
採る事自体は問題ないのだそう。
自然に生えていた木で、熟して落ちた実に危険な蜂が集ったりする、ちょっと迷惑な実なので、採ってくれるのは助かるとまで言われてしまった。
木の下まで行くと、【鑑定】をする。
『そのまま食べたら渋くてとても食べられないが、干したら甘くなる』ときちんと書いてある。
(よっしゃあぁぁぁぁぁっ!キタコレーッ!)
ガッツポーズを取ると、全く信用してないヤンスさんとオーランドを拝み倒して木に登ってもらい、いっぱい収穫する。
背負子三杯分ほど集めると二人はやめようとする。
「もっと!もっといるから!まだまだ!もうふた声!いや、三……倍っくらい!」
うんざりした二人になんとかお願いして追加を収穫してもらう。
渋くて食べられない果物を大量に採っている俺たちに、子供達が何をしているのかと寄ってくる。
ついでにそれを見た奥様方も寄ってくる。
これは好都合だ。
寄って来た奥様方に、この柿を甘く食べる方法がある、作り方を教え、完成品を少し分けるので、加工を手伝ってくれないか?と持ち掛けると二つ返事で了承が返ってくる。
デイジー達が普段使用している、集まって作業をする公民館みたいな建物で加工をする。
作業の流れとしては、渋柿の皮をクルクル剥いて、ヘタを紐で結ぶ。
そして、グラグラと煮えたぎるお湯に一個五秒くらい浸けてから丁寧に水分を拭き取って、日当たりと風通しの良い場所に干す。
それだけだが、背負子十個分の渋柿はかなりの量があるので流れ作業でこなしていく。
大人数でやればあっという間という程ではないが、比較的すぐに終わった。
ウチのメンバーだけでなく、農村の皆が引くくらい大量に作って、場所が足りないので、数軒の軒先までお借りする。
そんなこんなで大量生産したが、食べられるのは大分先。
軒先にぷらぷらと揺れる渋柿達。
……。
…………。
………………。
「あー……っ我慢できない!ちょっと魔法で一括り分だけズルしちゃおう!」
「「ズル?」」
一括り分を解いて下ろし、魔法で乾燥処理して、あっという間にウチのパーティメンバー分と奥様数名分が出来上がった。
魔法で仕上げた分、調節がしやすく、しっとり水分多めに仕上がり、中がトロトロでめちゃくちゃ美味しくできた。
味見で一つ食べたオーランドは、もう一度渋柿を採りに行く、と飛び出していったし、奥様方はその味に目を丸くして、渋柿の木を大量に増やそうと旦那方をけしかけていた。
桃栗三年柿八年って言うから食べられるようになるのは大分先だと思うけどね。
旦那衆を黙らせるために、もう一括り分乾燥させられたのは言うまでもない。
オーランドが追加を採ってきてくれたので、干し柿だけでなく、ついでに焼酎漬け、ならぬ蒸留酒漬けもジャック、デイジーとこっそり数瓶作ってみた。
作り方はうろ覚え(母さん達が横でやってるのをみただけで確かな量とかは覚えてない)だったからうまくいったら来年も作りたいね、と話していた。
貴族に煩わされていたとは思えないほど平和に時が過ぎ……
ーーー冬がきた。




