104 面倒な自称貴族の遣い
帝都は城下町なだけあって宿屋が多い。
高級店から、部屋があるだけの最低限な物まで多種多様だ。
東西南北に位置する門の近くにある物、賑わう繁華街にある物、街外れにある物、裏道に怪しくある物……挙げていけばキリがないほどに存在している。
冬支度を本格的に進める俺達だけど、宿屋を三日とおかずに変える事が続いていた。
勿論宿比べを行っているわけではない。
やむを得ず、である。
自称“貴族の遣い”とかいう奴等が、大量に湧いている為だ。
奴等は、直接宿屋に、何度も、何度も、押し掛けて来るのだから仕方がない。
はじめは大丈夫だと言ってくれていた宿の人達も、三日目頃には「申し訳ないけれど……」と宿泊を断って来る事も少なくなかった。
何だったら初日に「金は返すから出ていってくれないか?」と言われた宿さえあった。
奴等の辞書には、遠慮や配慮という言葉は載っていないらしい。
宿にズカズカと入り込んできては、大声で用件だけを告げて帰っていく者も居る。
無視をすれば、翌日怒りに任せて乗り込んで来る者もあったが、大多数はその後何の反応もなかった。
便乗詐欺というやつである。
しかし、それはそれとして、宿に迷惑を掛けている事に違いは無く、俺とオーランドとデイジーは仲良く胃を痛めていた。
「この胃薬苦いよデイジー……蜂蜜と混ぜたら美味しくならない?」
「贅沢言ってはバチが当たりますよ。蜂蜜はお薬飲んだ後に口直しにちょっとだけ舐めて下さい」
デイジーが作ってくれる胃薬は、日本の薬とほとんど変わらないくらいによく効くが、いかんせんとても苦い。
糖衣錠にはならないらしく、諦めて水で一気に流し込んだ。
舌に付かないように飲んだにも関わらず、胃から苦味が上がってくる。
一緒に薬を飲んだ二人も、不味そうな顔をして、スプーンに蜂蜜を取り、苦味を誤魔化すようにちびちびぺちょぺちょ舐めていく。
「……ぅぅう、で、でいじー……もう少し強い薬は、無いか?」
「これ以上強いと副作用が危険なので諦めて下さいぃ」
胃を摩りながら蜂蜜を舐めるオーランドには、胃薬の効きが悪いようだ。
寧ろ、この薬が効かないレベルに精神的に追い詰められているような気もする。
朝食後や夕食前の忙しい時間帯や、宿の人達の休憩時間に乗り込んできては、俺達の所へ案内しろと強要したりするので、本当に申し訳ない。
周りの人の事を考えすぎるきらいのあるオーランドには、一番キツイだろう。
今もまた、成金を絵に描いたような男が、宿屋の親父さんを手下を使って脅して案内させ、俺達に一方的に告げた。
「お貴族様であるマクシミリアン・フォン・オッペンハイム男爵様がお前達を帝都の屋敷に招待して下さっている。すぐに荷物を纏めて伺う様に」
「断る。招待状は三日以上前に出すのが礼儀だろ?その程度の常識も知らない奴は貴族じゃないな。応える義務は無いね」
男が用件だけ告げて帰ろうとしたタイミングを見計らって、ヤンスさんが断る。
それも、誰が聞いても彼方に非がある事がわかる断り方だ。
「ふんっ、そこまでこちらが礼儀を持って遇せねばならんと思っているのか、ハンター風情が」
男はそう言い捨て帰っていったが、なんと後日、本当に招待状を持ってきた。
日付は確かに三日後で、時間の指定までしてあった。
これはいよいよ本物では?とオーランド達と顔を見合わせたが、ヤンスさんは違った。
「こちとら、しがないハンター風情ですので、お貴族様とご挨拶するなんて、とてもとても……。万が一ご無礼があって、罪に問われたくはありませんからね。初めからお会いしない事がお互いの為というものです」
にやにやと嫌な感じに笑って、前回の捨て台詞を引用した断り文句を告げる。
言葉自体は丁寧語なはずなのに、明らかに相手を煽る感じで、話し方から態度から、馬鹿にしてるのが丸わかりだ。
多分、子供でも一発でわかるレベルである。
「……っ、それでも良いとの仰せだっ」
「たとえそうだとしても、これは招待状であって、召喚状ではないから、行く、行かないの決定権はこちらにある。つまりは“お断り”だ。ほらこの返事を持ってさっさとアンタのご主人に報告に行きな」
「ーーーっ!」
手紙を相手に叩きつけるように返して、鼻で笑うヤンスさん。
男は激怒して、返事を持って足音荒く飛び出して行った。
気分爽快な撃退である。
ヤンスさんカッケーっす!
……と、思えたのは数分だけで、すぐに不安が押し寄せた。
貴族の誘いを煽る形で断ったって事だもん。
今までみたいな便乗詐欺なら平気だけど、本物の貴族だったら不敬罪ではないだろうか?
「ヤンスさん、あんなこと言って大丈夫なんですか?見てる分にはスカッとしましたけど、こちらの世界の身分制度ってかなりヤバいんですよね?」
「どーせ没落寸前の木っ端貴族だよ。矜持だけクソ高くて、無駄な選民意識で凝り固まった、叩けば真っ暗な埃だらけの名ばかり浪費貴族なんて滅びちまえ」
「……」
ケッと吐き捨てる様に言うと、エールを一気飲みし始める。
飲み切るとテーブルにタァンッと大きく音を立てて木のジョッキを置いた。
次は貴族が激怒して乗り込んでくるか、召喚状を持って来るだろうからと、宿の親父さんに謝罪をして、迷惑料を置いて宿を変えた。
探索魔法で確認したところ、宿の前に数個の赤いマークがあった。
恐らくは数人の見張りが立っており、普通に外に出たら後を付けられるのだろう。
多分俺が一人でふらりと出掛けたらこれ幸いと連れ去るつもりではないだろうか?
先程の爽快なやり取りのおかげか、多めの迷惑料のおかげか、快く裏口を使わせてもらえたので、奴等に気付かれず宿を変える事ができた。
裏口側には誰も居ないって見張りとしてどうなの?
いや、そのおかげで助かったようなものだけどさ。
ねぇ?
翌日、遠くからこっそり覗いていたら、案の定、昨日の男が乗り込んで、しばらくしてからプリプリしながら帰っていった。
宿の周りにいた、見張りと思しき男達に八つ当たりをしながら通り過ぎたのを見送ると、また定期的に宿を変えつつ逃げ回る事にした。
他にも、幾つか本物の貴族だろうと思われる人達がちょっかいを掛けてくるが、ヤンスさんがびっくりするくらい激しく苛烈に拒絶し続けた。
ちょっと心揺れる提案とかもあったけど、仲間を不快にしてまでやりたくないのでお断りします。
とりあえず、鏡が欲しいだけっぽい人には、名前がわかった人だけだけど、魔法で作った鏡をエイグル工房から回しておいたので勘弁してね。
エイグルさんも積極的に協力してくれ、俺が魔法で鏡台用の鏡をばんばん作って、エイグルさん達がその他の部分を作成。
貴族様には「奥様へどうぞ。娘さんの分もご希望でしたらエイグル工房へ」とメッセージを付けて、送り付けてくれた。
コレの代金は俺のポケットマネーである。
決して無償で献上した訳じゃないよ、というアピールだ。
それよりも、もしかしてヤンスさん、貴族となんかあったりする?
オーランド、エレオノーレさんはなんとなく察してるっぽいけど。
何気なく尋ねても、今はそっとしておいてあげて、と言われ、説明はやんわり拒否られた。
大丈夫、わざわざ面倒なことに首を突っ込んだりしないよ。
相談とか愚痴ならいくらでも聴くけど、言いたくないことを掘り返したりはしない。
ヤンスさんの纏う空気が、日に日にピリピリ張り詰めて、触れたら切れる尖ったナイフの様だ。
なんかちょっと怖い。
いつも俺不運を読んでくださってありがとうございます。
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先日電車の中でアダルブレヒトのイメージまんまの人に出会い、心の中で「アダルブレヒトがいる!」と叫んでしまいました。
世の中にはやっぱりああいう人もいるんですね。




