101 タノシイくらふとらいふ(棒読み)2
工房が出来上がって、一月が過ぎ、もうすっかり秋めいてきた。
職人達が自分達だけで、ある程度作業できるようになってき始めた。
俺はお役御免だろうと逃げ……んんっ、もとい、帰ろうとしたが、今度は加工、細工担当者に捕まった。
曰く、「きっちりと仕上げまで教えていけ」との事だった。
確かに、鏡台の作り方は説明しなくてはならない。
穴熊亭の物だけでは駄目なんだろう事は理解している。
理解はしているが、納得はしていない。
戻ったら絶対に、一発ヤンスさんを殴ってやるんだ。
俺は、ある程度溜まってきて、積み上げられた一メートル四方程の鏡を一枚抜き取り、半分に割る。
二枚を楕円形にカットして、土魔法で縁をデコレーションした。
イメージは装飾控えめなロココ調だ。
曲線と植物で鏡を飾り、加工担当者に片方は鏡台に、片方は姿見に加工してもらった。
こんなイメージで、と描いたイラストから作られた、華奢な椅子付きのテーブルと、スタンドに鏡を取り付けてもらうと、またドワーフに囲まれた。
何故楕円形にしたのか、このデザインはなんだ?など、質問責めにあい、今後、迂闊に行動しない事を心に固く誓った。
一応、貴族女性向けに美しく柔らかで、華奢なデザインのつもりだと説明し、鏡を使う時はおしゃれや身嗜みを整える時なのだから、化粧品を並べられるようにしておいたり、宝飾品を収納できる様にしておいたりした方が良いだろう、と話すと皆んなが目を丸くして此方を見てきた。
おい待て、なんか、失礼な事考えてないか、アンタら。
美しい姿見とか、鏡台とかであれば貴族の女性は喜ぶだろう、そして売れるだろう。
更に、シンプルにして平民にも使用できるようにしたら、更に売れるだろうと説明して、鏡製品のイメージ画をパパパーっと描いて見せると今度は細工担当のドワーフ達に囲まれた。
三面鏡とか、楕円の鏡台とか、メイク用のバニティボックスに鏡がついたヤツとか、光る魔石を取り付けまくった女優ミラーとか、姿見もキャスターが付いたものとか、壁にかけるタイプとかお化粧直し用のコンパクトとか……。
とにかく全てを出せと凄まれて、半泣きでひたすらに描いていった。
イメージ画は、一番シンプルに描いておいて、この辺に凝った装飾を入れると良いとか注釈を書いておく。
その横に簡単にイラストを入れるとわかりやすいだろう。
あとは細工担当者がコレを見て、きっと凄いのを作ってくれるだろう。
だって職人さん達だもの。
描きながら世間話の中で、お城からの抜け道とか、秘密の部屋の入り口にしても面白いよね、と話すと数人のドワーフが何かを思いついたように、ニヤリとしていた。
そうやって平穏無事(?)に過ごしていたある日。
ーーーバシャーンッ!
「ゴラーーーーッ!」
高い音が響き、直後エイグルさんの怒声が。
あー…とうとう割っちゃったかぁー……。
勿論、割れ物を取り扱う工房なので、ガラスが割れる事は多々ある。
しかし、今割れたのは板ガラスだ。
それも一番大きなヤツ。
被害額は尋常ではない。
若いガラス職人見習いの少年が、落とした板ガラスとエイグルさんを見て真っ青になって震えていた。
恐らく彼が取り落としたか、落とす原因を作ったのだろう。
エイグルさんにぺこぺこ頭を下げながら何度も謝っている。
「とにかく被害の計算と処罰は後でやるから直ぐに片付けろっ!」
「は、はい……っ!」
真っ青な顔で、泣きながら割れたガラスを片付けていく少年。
その手はブルブルと大きく震え、割れたガラスで指を切ってしまいそうな勢いだ。
そんな彼が、あまりにも可哀想で、ついつい口を出してしまう。
「じゃあ、ガラスの破片を漆喰で繋げてランプシェードにしてみようか?」
楽しい夏休みの工作だ。
俺の言葉に少年だけでなく、周りの人達もこちらを見るが、気にしない。
元々俺がやったのはシーグラス(海の波で角が擦り減ったガラス)と紙粘土のランプシェード作りだったがやる事は殆ど変わらないだろう。
細工担当者から漆喰を分けて貰い、土魔法でランプシェードの型を作る。
子供が砂場でバケツをひっくり返して作る砂の塊みたいな形だ。
本当は色つきにした方が綺麗なんだけど。
一番下に漆喰を細く置き、ガラスの端が飛び出ない様に気をつけながら置いていく。
次のガラスを付ける時に漆喰でくっつける。
これを繰り返してあっという間にランプシェードの形になった。
「ほら、これで完成」
魔法でさっさと乾かして、蝋燭の上に被せるとガラスがキラキラと反射して中々良い雰囲気を醸し出す。
漆喰部分は影になって出てくるし、割れたガラスで乱反射して目がチカチカしてしまうので、灯りとしてはあまり性能は良く無いけれど、恋人同士がベッドサイドに置く灯りとしては雰囲気も良いし、及第点じゃないかな?
ジャックオーランタンみたいに中に蝋燭や油を入れる形にしてもオシャレだろう。
「これは同じガラスの形が無いから、同じ様に作っても、世界に一つだけのランプシェードでしょ?恋人と特別な時間を過ごす愛のランプシェードだとか言って売り出したら、同じものは嫌だけど流行りは追いかけたいって見栄っ張りなお貴族様に売れると思わない?」
ニヤリと笑ってみせると、エイグルさんはポカンとした後に爆笑した。
結果、少年は一週間の罰掃除だけで許され、ガラスが割れた時は、即駆け寄って破片を集め、細工担当の下でランプシェード作りを学んでいる。
細工担当自身も作るのはこれが初めてだから教えるというよりはお互いに相談して使っている感じだ。
頑張れ見習いの少年。
あ、他の見習い達が練習で作った板ガラスや色つきガラスでステンドグラスにしてみたら、貴族にウケるんじゃないか?
あと、ちょっぴり歪んだり曇ったりしたガラスは平民の富裕層に向けてお家の窓ガラスにしてみたりとか。
色々考えてたら口から考えが溢れていたみたいで、エイグルさんに捕まってステンドグラスとは何かと聞かれた。
俺だって詳しい定義は分かってないけど、固定枠の中にこう金属で絵画みたいに枠を作って、ガラスに色を付けて、適当に当てはめて、更に金属で固定して出来上がったヤツ?そんなイメージだ。
説明しながら割れたガラスの破片に魔法で色を着けつつ、魔法でなんちゃってステンドグラスを仕上げる。
出来上がったのはイメージのアルマ女神像だ。マリア像と似た感じで、色味だけは伝え聞くアルマ女神の色。
桃色の長い髪に晴れた春空の様な水色の瞳。
慈愛に満ちた瞳で人間の子供を抱く。
足元には他の種族の子供達がまとわりついている。
デザインはアール・ヌーヴォーに寄せてみた。
ゲートの様な枠には月の満ち欠けをモチーフにして、後光の様に太陽を置く。
「うーん、なんかこんな感じ。まぁまぁそれっぽく出来たよ」
聞いてきたドワーフに渡すと、丁度いい角度だったようで、太陽に透けてキラキラ綺麗だ。
うむうむ、なかなかの出来だね。
それを見た細工担当のドワーフ達がざわつき、見習いや“若いの”達に、急いで色ガラスを作らせ始めた。
せっかちなドワーフは、工房中の割れたガラスをかき集めて、木箱に詰め込んでいた。
ゆ、指切らないようにね?
いくらドワーフの手の皮が厚いとはいえ、ちょっと、心配である。




