100 タノシイくらふとらいふ(棒読み)1
時間は少し戻って、帝都に着いた頃。
到着後、すぐに俺はドワーフ達の工房に引き摺り込まれた。
煉瓦造りの立派な建物で、門の中に入って正面に立つと、端と端が見えないくらいだ。
工房の裏手には、工房長の住宅と、工房の人間の住む寮のような場所があるらしいが、此方からでは見ることは叶わない。
それもそのはず、帝都一のガラス工房と言われる、エイグル工房である、小さい訳が無い。
いくつもある作業場は、様々なガラス作成の為の、でっかい炉がそれぞれにあり、中はめちゃくちゃに暑い。
むわっとした空気の壁があり、前を通っただけなのに、ぶわりと汗が噴き出てくる。
これはこまめに水分塩分を補給しないと、すぐに脱水でぶっ倒れそうだ。
中央にある一番大きな作業場が、親方で工房主のエイグルさんの作業場らしく、様々な道具がズラリと並んでいた。
正直、何に使うものなのかもわからない様な道具まである。
でも今は、炉に火が入っておらず、ここだけが涼しい。
なんとなくガランとした雰囲気の作業場に、エイグルさんが帰ってきたと知った職人達が、続々と集まってくる。
皆んな汗だくで、目の下に隈がある。
中にはふらふらと足取りが覚束ず、今にも倒れてしまいそうな人まで居た。
(もしやここはブラックな職場なのでは……?)
じんわりと嫌な予感が背を這う。
そんな疲労困憊の職人達を見ても、エイグルさんは特にその事には触れず、ドヤ顔で俺の背中を叩いた。
「これが例の気狂い鏡を作った奴だ」
「「ほう」」
とてつもなく酷いネーミングと紹介に、工房にいた面々から鋭い視線が飛んでくる。
え?!何?!誤解だとは思えないレベルで殺気を感じるんだけど、俺、何かしましたか?!
恐る恐る職人さん達を見回すと、おかしな事に気づいた。
工房主のエイグルさんがドワーフだから勝手に他のメンバーもみんなドワーフかと思っていたけど、人族も、獣人も居る。
なのに、不思議な事に、工房内にはドワーフは居なかった。
しかし、その疑問は直ぐに氷解した。
一緒に来たドワーフ達が作業場にドワドワ入っていく。
それぞれ壁に掛かっていた厚手のエプロンやブーツ、タオルなどを次々に身につけていくのだ。
(ドワーフ達は皆仕事を放棄して、鏡作った人を探しに出たとか……?)
ドワーフはこだわりが強くて偏屈で、こうと決めたら一直線な性格が多いらしいから分からなくもないけど、みつかるかも分からない鏡台を作った人間を探すために、皆して仕事を放り出してきたのであろう事が察せられた。
『帝都一』と呼ばれるこの工房が忙しくない訳がない。
なのに、主戦力であるドワーフが全員飛び出してしまったとしたら?
きっと残されたメンバーで、ギリギリまで無理をして、工房を回していたのだろう。
それでもドワーフじゃないと出来ない仕事は叱られたり、怒鳴られたり、謝り倒したりしながら納期を遅らせてもらっているのではないだろうか?
工房にいた人達になんかすみません、と謝ると、「お前は悪くない」と同情的に肩を叩かれた。
そうして本格的に俺は働かされる事になった。
ヤンスさんが交渉した内容は……
ひとつ、鏡台の作り方の指導。
小金貨八枚。
ふたつ、板ガラス制作の協力。
小金貨六枚。
みっつ、上記二点を行う為に俺をパーティから貸し出す事。
一日につき、大銀貨三枚。
よっつ、上記以外の商品の製作に俺が協力した場合は別料金。
応相談。
の四点だった。
勿論農村の時と同じ様にそのお金は半分が俺の物で、残りがパーティのお金になるそうだ。
俺の衣食住は、エイグルさんが責任を持って全て用意してくれるらしい。
その日は挨拶と紹介だけで終わった。
ドワーフ達は溜まりに溜まった仕事を片付け、その間俺は風呂を借りて、食事を摂ったら抗い難い睡魔に襲われてしまい、すぐに眠り込んでしまったからだ。
翌朝目が覚めたら見知らぬベッドの上だった。
どうやら工房の“若いの”が俺を運んでくれたらしい。
なんでもお姫様抱っこで連れて行かれたらしく、翌朝『眠り姫(笑)』と大いに揶揄われる事になってしまったが。
なんとも恥ずかしい話だ。
穴があったら入りたい。
さて、話は変わるが、工房の人間は、圧倒的に男が多かった。
エイグルさんの奥さんや娘さんが顔を出す事はあっても、工房内は男しか居ない。
一部繊細なガラス細工をこなす女性職人も居たが、恐らく彼女達に惚れていると思しき男性達が壁になっていて、話すどころか近寄ることもできない。
更にむし暑くて、人口密度も高めとなれば、汗も臭いも充満するのは当然である。
俺はそんな汗臭く、男臭い中で板ガラスの作り方を教えていた。
とても悲しい。
デイジーやエレオノーレさんに会いたい。
癒されたい。
ぐずっても解放されないので、さっさととお仕事を終わらせようと思う。
初日は普段通りに板ガラスを作ってもらって、歪む理由や曇る理由を調べて、理由が分かれば道具や魔力で解決していくことにした。
ここでの板ガラスの作り方は、土魔法で作った薄い箱にガラスを流し入れて冷やすという作り方だったので、そりゃあ大きく出来ないわ、と納得したものだ。
しかも表面がざらざらで、研磨をしなければ完成しない。
それを見て、即座に金属加工のできるドワーフを呼んでもらい、耐熱性の高いどデカいローラーを作ってもらうことにした。
うろ覚えな知識でガラスを流し込む場所と、ローラーで冷やしながら押し出す場所を絵に描く。
多分いきなり冷やすと濁りやすかったんだっけ?
ちょっと自信がないけど、確か子供の時見学に行った工場ではでっかい金属の箱に入っていったからそういう感じに被せてみよう。
そんな感じでアイディアを出していくと、工房の人達からも、もっとこうした方が良い、とか、それだとこうなるからこうしたらどうだ?とか色々意見が出てきた。
錫を溶かして、プールみたいにした上にガラスを浮かせるなんて、俺には絶対思い付かない発想だよ。
ドワーフは流石に凄い。
そして全ての準備が揃うまでの間、ハンナル達と方眼用紙の作成に明け暮れ、合間合間に機械の調整と、魔法での作成の仕方のレクチャーで毎日が消費されていく。
それだけ忙しいため、夜にはへとへとで、風呂と食事が終わればベッドに倒れ込む日々だった。
たまに食べながら寝てしまって、初日の様に運ばれることもあったけれど、ほんの数回だから。
本当だから。
本当に、ほんの、数回、だったから。
そして、とうとう工房の改装が終わった。
中央には、大きな板ガラスを作るための炉と、錫を溶かしたプールの様な物に、熱に強い金属の板と、ローラーを長く並べて、サイズ、厚み共に安定して生産出来るようにした、一連の機械がデデンと並んでいる。
周囲には今まで通り色々なガラス製品を作れる炉と作業場が点在しており、熱気もいつも通りである。
しかし、この機械があるエイグルさんの工房だけは、ちょっと改装をしなくてはならなかった。
中央だけにょきっと前に飛び出た工房はかなり異様である。
さらに、鏡にする為の、銀鏡反応の作業場は、工房の外に別の建物を使った。
これに関しては、ほとんど魔法で解決だ。
雨避けの倉庫みたいなでっかい建物を魔法でばばんと作り、その地面を掘り下げて、でっかいプールみたいな所に薬剤を張り、板ガラスを魔法で持ち上げ片面だけ付ける。
あとは乾かして、ハイこれで完成。
倉庫のベースは俺が作ったが、翌日には煉瓦の壁が出来、屋根も美しく葺き替えられていた。
薬剤を張る為のプールはドワーフ作である。
魔力切れでヘロヘロになってた俺に、この後どうするのか無理矢理聞いて、倒れた俺が目を覚ましたら出来上がっていた。
製作の一連の流れを見せて、不安定な場所は魔法で補助しつつ、姿見が作れる環境が完成した。
完成して終わりではなく、魔法の補助の仕方や、細かい仕組み、銀鏡反応の処理の仕方などを、アホみたいに細かく細かく質問してきた。
そんな事言われても知らんて。
そして、ここのスタッフにそれが出来るようになるまでは、時間やお金が幾ら掛かっても絶対に帰さない、と魔力切れで血走った目で言われた時の恐怖と言ったらなかった。
仕方なく握りたくも無いドワーフのおっさん達の手を握り、ドワーフの手から魔法を発動させる。
「ここで、ガラス自体の重みで歪みが出るので、魔力ローラーを使ってテーブルまで運んでしまえば濁りのない板ガラスが出来るでしょう」
「なるほど、魔力をこうやって使うのか」
時折、帝都に着いた『飛竜の庇護』の面々が様子を覗きに来てくれるが、ドワーフに集られる俺を見て、差し入れを渡すと、暑いからとさっさと帰っていってしまう。
女性陣はもっと露骨で、作業場までも来てはくれなかった。
受付みたいな事務所みたいな場所に、差し入れを置いて帰ってしまう。
エレオノーレさんやデイジーを見れたら心が潤うだろうに、俺の目に映るのはむさ苦しい男ばかりだ。
異世界とはいえ、世知辛い……。
いつも俺不運を読んでくださってありがとうございます。
現在、私生活で少しゴタゴタしていて、更新に穴を開けるつもりはありませんが、文章が乱れるかもしれません。
恐れ入りますが、誤字脱字に気付かれましたら、是非ともご指摘、ご指導お願い致します。
いいね、ブックマーク、ご感想、評価もありがとうございます。
とても嬉しいです。
しばらくはドワーフのターンです。
ドワドワ。




