98 ダンジョンドリームに沸く裏で 1
ドワーフに連れ去られ、ガラス工房で鏡を作る話をする前に一つ話しておく事がある。
現在、この国ではヒメッセルトの一件で、一攫千金を狙う若いハンター達により、ダンジョンドリームが起こっている。
勿論俺が連れてこられたこの帝都もそうだ。
そして、結果から先に言うと、俺達はめちゃくちゃ儲かった。
それはもう、引くくらいに。
正に“濡れ手で粟を掴む”レベルだ。
ギルドの残高を確認して、頬が緩む。
それもこれも、地図の売り方に注文を付けた甲斐があったというものだぜ。
きっかけは農村に行く前の晩だ。
仕上がった地図を、ヤンスさんに渡して確認してもらう。
「よっし、よく出来てる!コレは絶対高く売れるな!よくやったキリトちゃん!」
頭をぐしゃぐしゃにかき混ぜられながらそう褒められて、嬉しい気持ちと合わせてアレ?と疑問に思ったのだ。
「コレ、ハンター達に売られる時って、どんくらいの価格になるんですか?」
「んー?めちゃくちゃ正確に仕上がってるし、少なくとも大銀貨二枚くらいはするんじゃねーか?」
疑問を投げかけると、地図を見ながら顔を顰めたオーランドが答える。
大銀貨二枚……っ?!日本円にして約二十万円だ。
そんなお金ポンと出せる人なんて居ないんじゃないか?
よっぽどのお金持ちか、上位のハンターくらい?
そう聞くと是、と返ってくる。
他の地図もそれくらいするのかと確認すれば、やはりそうではないらしい。
普通のダンジョンは小銀貨三〜八枚が当たり前(難易度や地図の出来によって変わるらしい)だし、旨味が強いダンジョンや、高レベルのダンジョンは高くても大銀貨一枚くらいだそうだ。
普通の地図から考えると、この地図はべらぼうに高い。
それでも、この地図を買わないという選択肢は、きちんとしたハンターにはないらしい。
何故か?
理由は単純、“正確だから”。
情報はそもそも高い。
そして、“正確な情報”は、更に高い。
特に、写す手間やその給金などが多く掛かる為、地図というだけでそもそも高額なのだが、今回は地形や道だけでは無く、罠や、湧く魔物の情報まで載っているのだから、安い訳がない。
その上、文字が書ける人間も少ないから、今回の様な文字入りの地図は写す作業を依頼するのもハードルが高い。
ある程度教養のある人間に依頼をしなくてはならないので、それも高額になる要因の一つらしい。
逆に、その“ある程度教養のある人間”は地図の様な複雑な仕事は受けたがらない。
量産するのを厭うからだ。
彼ら曰く「写本をした方が知識を得られて役に立つし、金になる」との事。
ハンターの中にも、文字が読めない者は大勢居るのだとか。
そうして、文字を書けるのはそこから更に少なく、他人が読める綺麗な文字を書ける人間は一握りである。
うちのパーティでも、ジャックは読めるだけ、オーランドは自分の名前くらいなら書けるが、その他は読めるだけで、文章を書くのは無理だそう。
ジャックもそもそもは読めなくって、お嫁さんのエレオノーレさんに教えてもらって、読むだけなら出来るようになったそうだ。
ヤンスさんとエレオノーレさん、デイジーは一握りの他人が読める文字を書ける人達だ。
俺?俺はスキルのおかげで読むのも書くのも完璧だよ?ちゃんと習いもしたしね。
閑話休題。
つまり、“情報が正確”で、依頼する人に“絵を正確に写す”事が出来て、“文字が書ける人”と制限が付いて、“一度に沢山用意出来ない”から物凄く高額になる、というわけか?
「それじゃ、地図だけ描く人と、文字だけ書く人に分けたら安くなりませんか?」
「地図を安くする理由は無いだろ?儲けが減る」
俺の言葉にヤンスさんが嫌そうな顔をする。
「でも高すぎると誰も買わないし、欲しくても買えませんよね?そうすると売上自体が落ちて、結果儲けが減ってしまうと思います。なんとか大銀貨一枚くらいにまで下げた方が結果的にいっぱい儲かると思うんです」
大銀貨二枚で売って、十枚売れるのと、大銀貨一枚で売って百枚売れるのは、どう考えたって後者の方がいいに決まってる。
「ふむ、それは確かにあるな」
「ですよね?極論、自分で作っちゃえば良いわけなんですから。そして、自分で作った人はわざわざ高い地図なんて買いませんよね?そんでもって、情報は少ないけど値段も安い地図が売りに出たら、駆け出しのハンターやお金の無いハンターはどちらを買うと思いますか?」
説明しながらそう考えると、自分でもゾッとする。
あんだけ大変だったのに、そもそもが高すぎて売れないとか本気で困る。
でも、あんまり安易に安売りもしたくない。
適正価格って結構大事だって色んなラノベで言ってたし、価格破壊は恨みを買う。
そう思って色々考えた結果、俺は思い出した。
とあるゲームの中で、「ダンジョンの地図」と「真っ白の地図」が売られていた事を。
“情報が正確だから高い”のであれば、公開する情報の方を制限して、情報を価格に合わせれば良いのだ。
「だったら……」
幾つかの説明をすると、俺の提案は受け入れられ、ギラギラと目を輝かせるヤンスさんが「任せろ」と力強く頷いてくれた。
そうして作られたのが「道だけ」「罠あり」「罠、採掘ポイントあり」「罠、採掘ポイント、魔物情報あり」の四種類の地図だ。
俺の想像以上に字が読めない人が居たので、罠と採掘ポイントの表記は、マークにして字が読めない人にも優しくしている。
それぞれに値段が違い、お財布事情が厳しい人にも優しい仕様だ。
道だけなら、字が読めなくても、絵心のある人間ならば正確に写せる。
普段、地図の量産を依頼している人にだって頼めるだろう。
そうすれば、模写の依頼料も安く仕上がる。
罠と採掘ポイントも同様だ。
しかも、こちらはハンコさえ作ってしまえば、子供でも出来る。
道だけを大量に作成して、それの半分の枚数に罠ハンコを押すだけでよい。
更に、その七割に採掘ポイントハンコを押して、更に更にその半分に魔物情報を記入するのだ。
これで、それぞれ一人一人の負担は少なくとも、大量に四種類の地図が作れる。
結局、全部盛りの地図は大銀貨一枚と小銀貨三枚になってしまったけれど、これくらいなら許容範囲内だろう。
この売り方は、画期的であるとして、あっという間に話題になった。
買う側は、自分のお財布事情に合わせて正確な地図を買えて助かるし、売る側は値段設定のジレンマから解消される。
更に、ハンターギルドは正確な地図のおかげで、低レベル層の損耗率が減ったという副次効果があった。
特に罠をマークで表現し、ハンコを使うというのは画期的であるとさまざまな方面から高評価だった。
初めての売り方だという事で、マークにしても、情報にしても特許のような物が適用されたらしく、特殊な権利が発生した。
他のダンジョンなどでこの様な地図を作って売る場合、販売額の三割が俺の口座に振り込まれる事が決まったそうだ。
コレも何故か、当たり前のように、まず俺の口座に入金されて、そこからその金額の一割ずつがメンバーの口座に割り振られる。
ヤンスさん、こないだのアレで味しめたな?
まぁ、ヤンスさんが居なければこういう交渉できないし、いいんだけどね?
でもさ、俺不在の時にそういう事、決めちゃう?
ちょっぴりモヤっとするね。
そして、農村からヒメッセルトに戻り次第、契約させられた。
ついでに商業ギルドにも、登録させられた。
商業ギルドでは、手ぐすねを引いて俺の登録を待っていたようで、大歓迎された。
いつも俺不運を読んでくださってありがとうございます!
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ありがとうございます。
お話はダンジョン編から帝都編に変わりまして、早速霧斗は拉致られました。
ドワーフ達は書いていて楽しいです。
ドワーフの擬音はドワドワ。
寄ってくる時も、驚く時もドワドワ。
ゴールドラッシュ的なダンジョンドリームが始まった帝国はバブル期ですね。
見たらこちらはいつ破裂するか戦々恐々ですが、本人達は好景気に湧いています。
お金が増えても運は増えない霧斗達ですが、どうぞ温かく見守ってあげて下さい。




