97 報酬と拉致
一通りの交渉が終わったヤンスさんは、ヒメッセルトに戻っていった。
「ギルドのお金で、やりたい放題するのがたまらない」のだそうだ。
ヤンスさんが帰ってしばらくは、マヨネーズを使った料理をおばちゃん達と色々工夫してみたり、保存食の作り方を教えたり、乾燥やフリーズドライの魔法を教えたり、材料を買って自由にアレコレ作って【アイテムボックス】を潤したりしていた。
その後、調査に出ていたハンター達が帰ってきた、と連絡が入り、俺達三人もヒメッセルトの高級宿に戻る。
戻って来たハンター達の手には、沢山のマジックアイテムやポーションがあり、地図のお礼を、めちゃくちゃに言われた。
「とても判り易くて、正確な、素晴らしい地図だった」
「ど、どっうっぅいたっしっましってぇっ」
パーティリーダーだと思しき、デカくて筋肉モリモリな剣士の兄さんが、俺の手を握ってぶんぶん振ってくる。
勢いが強すぎて肩か肘が抜けてしまうかと思ったが、同じパーティのお姉さんが兄さんの頭を叩いて止めてくれたおかげで、助かった。
手を離されはしたけれど、なんだかまだ全身がガクガク揺れてる気がする。
彼等の調査結果から、やはりマジックアイテムの出るダンジョンに変わったと見て間違いないそうだ。
これから忙しくなるぞ!稼ぐぞ!とギルドメンバーは盛り上がっており、報酬を此方が引くくらいに、たっぷりと用意してくれていた。
村長の依頼で農村に出稼ぎに行っていた俺は、なぜか調査に間に合うように、地図を描き上げた事で、熱を出して倒れた事になっていたらしく、めちゃくちゃに労われた。
恐らくは奴の仕業である。
調査結果も出て、報酬も支払われたので、高級宿屋のギルド持ち支払いは終了した。
それをもって、贅沢は終了との事で、とりあえず穴熊亭に移動することに。
しかし、そこにはなぜか腕組みして此方を睨む、髭もじゃのドワーフ軍団が並んでいた。
「うげ、面倒な事になってやがる」
「どうせキリトちゃんの“お客”でしょ」
嫌そうな顔をしたオーランドとヤンスさんから、人身御供としてドワーフの前に放り出された。
途端にドワドワ集まってくるドワーフ達。
「お前さんが“キリト”か?黒髪のヒョロヒョロ……確かに見た目は合致しちょるな」
話を聞くに、どうも前回作った鏡の噂が、巡り巡って帝都の貴族やガラス工房(鏡を作っている)に伝わってしまい、貴族達から姿見と鏡台の注文が殺到しているらしい。
何処のどいつがそんなモン作ったんだ、とあちこちで聞き込みをしながら、大元を調べに穴熊亭に来た、ドワーフ達、総勢三十名也。
全員が穴熊亭に宿泊して、女将さんに詰め寄り、俺の存在に行き着いたのだとか。
いや、個人情報ガバガバかよ〜〜。
「さて、坊主。何処でどうやって作ったのか吐け」
「い、いや……」
作り方を教えろ!と汗臭く詰め寄られたら「魔法で作っちゃった、てへぺろ」なんて言えなくない?
ごにょごにょと言葉を濁していたら一人のドワーフがブチ切れて、「儂ゃあ、ハッキリしねぇ奴ぁ嫌ぇだで、さっさと答えんとブン殴るきな?」と拳を振り上げてきた。
「ま、魔法でちょっと……?」
「「「はあぁぁ?!」」」
女将さんに話を聞いていたけど信じていなかったらしいドワーフ達に「ホラ吹こうってんなら、本気でぶん殴るぞ?」とまで言われてしまったよ、まじ勘弁!
「嘘じゃないから、ホラッ!」
信じてもらえないので、地面の土を使ってパパッとシンプルな姿見を作ってみせると、それを奪い合い、信じられないと大騒ぎである。
因みにオーランド達は「頑張れ!」と言って、さっさとチェックインを済ませて部屋に入ってしまっている。
うわーん、仲間が冷たいっ!
たっけてけすた!
そんな状況でもドワーフ達はヤイヤイと文句を言ってくる。
非常識だの、邪道だの。
「ドワーフだって高い魔力持ってるんだから、作ろうと思ったらできるでしょ?」
「全部魔法で作るなんざ邪道だぃ。この手で我がの技術で生み出してナンボじゃろうが!」
イラッとして、自分達でやったら良いでしょ、と言い返すと、髭を三つ編みにして先をリボンで留めたドワーフに即座に否定された。
「全部魔力で作るのが邪道って言うなら、普段作る時に魔力で補助して、歪んだり曇ったりするのを防いだらいいじゃない」
「はんっ!魔力に頼らず作るのが一人前の職人じゃ!」
それも邪道?あ、そう。
なんかだんだん腹立ってきたぞ?
そもそも、挨拶も無しに詰め寄って来て、作り方を教えろだ、それは邪道だ、あれも嫌だこれも嫌だと騒ぐ。
これが迷惑行為だと理解していないのか?
「……へぇ、物作りで出来ることがあるのにやらないって、ドワーフが物作りで手を抜くんだ?魔法だって自分の技術のはずなのにね。あるもの、出来ることなんでもやれるだけやって、全力で最高の良い物作る種族だと思ってたのに、想像以上に頭固いんだね。田舎の爺様方の方がまだ柔軟だったわ、なんか残念だなぁ」
「「「んなっ!」」」
悪意を持って、ボソリと不満を吐き出す。
お前らドゥーリンさん見習えッ!
それを聞いたドワーフ達は、顔を真っ赤にして、地団駄を踏んでいる。
その中でも、リーダーっぽいドワーフが一番怒っていたのに、大きく深呼吸をして、俺を真っ直ぐに見た。
あ、なんかヤな予感。
「そこまで言われちゃ、ドワーフの名折れだ。良いだろう。ワシらの工房に招待しよう。そこで歪みや曇りを防ぐ魔法とやらを教えてもらおうじゃないか」
「……へ?」
工房に来てその技術を教えろ?いや、思いついただけで出来るわけじゃないってば!
慌てて拒否したが、もう遅かった。
全く若く見えない“若いの”に襟首を掴まれている間に、馬車の用意と、自分達のチェックアウトを済ませてしまった。
そうして俺は、帝都の工房に強制連行されてしまったのだった。
「ぎゃーっ!」
尻が割れそうな道中、色々質問攻めにあった。
それはもう、色々色々。
ガラス製品の美しさから、俺の知っている物はどんな物があるのか、透明度が高いと何故良いのかなど、延々と質問が飛んできた。
控えめに言って地獄だった。
それに、“若いの”に使いっ走りさせて、他のメンバーには説明・交渉済みとかどんだけ手回しがいいんだよ!
足元見られて、めっちゃボられたとかって言ってた。
ヤンスさん、俺を売ったな?
折り返しの伝言で、「きっちり休んで、他の護衛クエストを使用して帝都まで行くから頑張って働け」と伝えられた。
帝都のハンターギルドにヒメッセルトのダンジョンの報告もしておくから安心しろだってさ!
ちっとも安心出来ないよ!
俺もあっちが良かったーーーーーーっ!
うわーーんっ!




