94 村長の相談
風呂付きの高級宿屋。
男部屋に女性陣二人も集まって、今後の予定を話し合う。
俺だけは地図の仕上げをしながらの参加だ。
壁沿いに置かれているテーブルや、棚、花瓶にランプスタンド、ソファーにテーブルといった家具だけにとどまらず、壁紙やカーペットにシャンデリアまで全てが豪華で、とてもお高いお部屋である。
若干の居心地の悪さに、尻がモゾモゾする。
「こっちの部屋も素敵ね」
「私には高級すぎて落ち着きません〜」
涙目のデイジーは俺と同じ意見みたいだ。
書物机は無いので、ローテーブル前のカーペットの上に敷物を敷いて、直に座って書くジャパニーズスタイル。
流石に土足のカーペットに直は遠慮したい。
テーブルが若干柔らかい木で出来ていて、跡が残りそうで不安なのは内緒だ。
あとで請求されませんように!
「あんまり急がなくてイイぜ、キリトちゃん」
一人掛けのソファーに横向きに座って、肘掛けに脚を組んで乗せたスタイルの、お行儀悪いヤンスさんが、ニヤニヤしながら言う。
「三日後の夜までに仕上がっていれば良いから、ゆーーっくりやろうぜぇ」
ルームサービスの様な物で蒸留酒を頼み、味わう様にチビチビ飲んでいる。
おつまみにチーズとナッツまである。
ちょぉーっと、寛ぎすぎではないだろうか?
確かに、皆お風呂に入って、さっぱりした後、食事もたっぷり摂ったので、あとは話し合って寝るだけだ。
だから他のメンバーも、ゆったりとした部屋着で寛いでいる。
けれど、ヤンスさんはなんていうか、レベルが違う。
寛ぐ、というよりだらけるっていう方が正しい気がする。
そんなダラダラした空気の中で今後の予定として決まった事は、調査の結果を待つこと。
報酬をもらい次第、帝都に向かうクエストを受注して移動。
帝都に着いたら、ギルドに今回の件を報告がてら、地図を販売。
つまり、俺は地図を二部仕上げなくてはならないのだ。
下書きは出来上がっているし、自分達用の地図もあるから写すだけとはいえ、細かい作業は精神をゴリゴリに削っていくのだ。
目がしょぼしょぼして、指はズキズキと大変である。
叔父さんの家にあった製図用の机とか贅沢は言わないからミリペンかボールペンが欲しい。
せめてコレがミリペンであれば……っ!
報告が終了したら、新しい拠点の進行状況を確認して、それぞれの部屋の家具を探して、各自購入。
共有スペース以外の家具は使用する人のお財布から。
共有スペースの家具は、信用の為に高価で落ち着いた物にする事で決定した。
場合によってはオーダーメイドもやむなしというこだわりようだ。
しばらくは、帝都の細かいクエストをこなしながら、拠点の充実に充てると決定した。
家具だけではなく、食器や調理器具、掃除用品なんかも必要だからな。
前回のダンジョンの儲けと、今回の報酬でおそらく数年は働かなくても、税金も払えるし、生きていけるだけの額になる。
よっぽど無駄遣いをしなければ、個人資産だって充分だもんな。
無理せず、気になるクエストだけやっていこう、と満場一致だった。
話もまとまり、そろそろ各自寝室に戻ろう、となったところにノックの音が響いた。
ついさっきまでだらけていた空気が、瞬時に切り替わり、ピリつく。
俺達がここにいる事はギルドのメンバーしか知らないはずだ。
今は調査に出すパーティの選出で忙しくて、よっぽどの事がなければ来ないだろう。
ヤンスさんはグラスを置いて、俺とデイジーの前に出る。
エレオノーレさんも素早くこちらに合流して、小声で呪文を唱え、いつでも氷結魔法が撃てるように準備をしている。
俺もデイジーを背に庇いつつ、地図を片付け戦闘態勢に入る。
「……誰だ?」
オーランドとジャックがドアの両サイドに立ち誰何する。
「私です、村長のカスパルです。少しご相談があって、ギルドに尋ねてお伺いしました」
念の為、俺の探索魔法で確認しろとヤンスさんに言われて確認。
白丸だと確認が取れたところで、ドアが開かれる。
入ってきた村長は、ひっろい部屋に目を白黒させながら改めて皆に挨拶すると、俺とヤンスさんの方に歩いてくる。
「君達にね、相談があるんだよ」
君に、と俺に言いつつ、ヤンスさんと交渉する気満々な表情だ。
「実はね、」と話し始めた村長に俺は開いた口が閉まらなかった。
は?マヨネーズ特産品にするつもりなの?
個人が作るマヨネーズなんて消費期限一日がいいとこだよ?
確認すると、保存のスキルを持った魔法使いが実はいて、それが村長なのだそう。
それが村長に選ばれた決め手だったんだって。
成程、それで農村の割にはあの村が豊かだったんだね。
保存のスキルは、スキル保持者が詰めた物(ビンや麻袋、木箱など、比較的なんでも良いっぽい)の保ちを良くすることができるのだとか。
野菜とか、料理とか、保存食とか。
保ち具合は素材によって変わるけれど、大体三倍から三十倍の間ほど延びるのだとか。
生野菜は一ヶ月程はとれたてピチピチの状態を維持出来るらしい。
そして現在、マヨネーズは夏場に冷暗所に保管して半月保てば良いくらいの状態らしい。
一日から半月保っているのだから凄いことなんだけど、特産品として売り出すには短過ぎるんだと。
確かに、徒歩で半日掛からない、ヒメッセルトまでくらいならいけるけど、帝都までは無理だよな。
輸送途中で悪くなる。
たかだか調味料ひとつの為に、金を持っている人間が農村までは行かないだろうし、マヨネーズだけだとちょっと難しいかもしれないね。
で、鶏だってそんなに増やせないし、村長の魔力にだって限りがある。
そういう諸々を含めて、村まで来て一緒に考えてほしいっていうのが今回の相談だった。
「勿論礼金はお支払いしますし、売り上げの数割をキリトさんにお渡しもしますので……」
「ヤンスお兄さんはパース。折角ギルドの金で贅沢できるのに移動なんかしたくない。という訳で、却下」
話を聞いたヤンスさんはそっぽを向いて脚をテーブルに乗せた。
もう聞く価値はないって態度丸出しだ。
ほら、そんなことするから村長が泣きそうな顔になってるじゃないか。
消費期限や生産量に関しても、「数量限定」「産地限定販売」といった希少価値を付けてやれば解決しそうじゃん?
どうしてもって言うならエーミールさん達に連絡したら多分鬼の様に頑張って色々やってくれると思うなぁ。
「どうか、キリトさんだけでもお越し願えないでしょうか?」
「え……っとぉ……」
村長に詰め寄られて、なんと答えていいかわからず、チラリとヤンスさんを見るも、一瞥すらしない。
「俺としては協力したいのですが、今はパーティ行動中でして……」
「ですが、調査に出られたハンターが帰ってくるまではお時間があるはずですっ」
必死に食い下がってくる。
結局押し負けて、俺とジャック、そしてデイジーのお人好しトリオで農村に向かうことになった。
前払い金です、と渡された袋には中々の額が入っていて、少し背筋が寒くなる。
これとは別にうまくいったら報酬があるそうだ。
えー?これちょっと大丈夫?万が一のスタンピードにも備えなきゃいけないでしょ?
「あ、それは大丈夫です。本日許可が出まして、補助金がおりました。この金額も、報酬もきちんとお支払い出来ます」
笑顔で返されました。
まぁ、補助金が出るならいっか?
とりあえず、明日朝イチに農村に帰りたいとのことなので、俺は夜のうちに地図を仕上げてしまわなくてはならなかった。
エーミールさん宛のお手紙を村長にお願いして、今日のうちに渡してもらおう。
出来上がった地図はお願い事と合わせてヤンスさんに託しておいた。
翌早朝、迎えにきた村長とエーミールさんに、腕を掴まれて引きずられる様に、農村へレッツゴーした。




