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第五話





「レイランちゃんは、わたしが嫌いだよね」

「…え?」

「ここ、レイランちゃんの普段のお家じゃないよね、多分。別荘みたいなところ?」

「…ふふ、なに言ってるの?ここはわたしのお家だよ。今日のアンドラさんと話してみたくて」

「…記憶がないって言っても、前のわたしはすごく性格悪かったみたいだから、レイランちゃんにも嫌なことしてたんだよね。ごめんね。本当に、ごめんなさい」



 立ち上がって頭を下げれば、レイランちゃんは少し口を閉ざし、そして腰を上げた。

 すぐに手が向けられたと思えば、ヒュンッと空を切る音がして、ピリッとした痛みを頬で感じた。



「…わたしの婚約者、あなたのこと好きになって、わたしは婚約破棄された。それが本当にあなたを好きになったならよかったけど、あなたは魔術で…あの人の気持ちを操って、自分のものにして、そのくせわたしとの婚約が破棄された途端あの人には見向きもしなかった」



 ホント最低だなアンドラ…なにしてるんだ。



「記憶を無くしたなんて誰が信じると思う?誰もあなたの言うことなんて信じない。この世界で、あなたの味方になる人なんて一人もいない」



 自分に向けられてるものが好意なのか敵意なのかはすぐに分かる。

 だからわたしは人付き合いが上手な方だった。

 どんな言葉をかけたら相手の敵意を逸らせるかも、どんな態度をとれば相手の好意をうまく受け止められるかも、手に取るように分かってたから。


 でもここは別の世界だ。

 魔術なんてファンタジーなものが当たり前で、誰一人わたしと同じ黒髪の人はいないし、話し方もお堅い。


 王子だとか従者だとか立場の名前も違う。



「…どうせ、今も演技してるんでしょう。誰にも相手してもらえないからそんな演技をして気を引こうとしてるんでしょ」

「……」

「あなたはね、どんな怪我も時間を早めて治せる。人の怪我は時間を遅らせて長引かせて苦しめるの。それがあなた。だから、みんなあなたには近づこうとしない」



 なるほど。

 アンドラがここまで嫌われてるのがよく分かった。


 最初は隠そうとしていたレイランちゃんの憎悪、今はもう隠されることなく前面に出ていて、流石にここまで敵意を向けられたことはなかったから少しビビる。


 刹那、衝撃を感じた。

 体が浮遊して、それは車に跳ねられたあの時の感覚とよく似ていてくっと唇を噛む。


 壁に叩きつけられてジンとした痛みが背中を伝った。

 一瞬息ができなくて咳き込んだ後、腹部に違和感を感じて視線を落とすと、真っ白な服に血が滲み始めていた。



「婚約破棄されて、周りの目は変わった。もう、なにも怖いものはないの。…ほら、お得意の魔術で早く傷を治すといい。もしも本当に記憶を無くしてるなら、そのまま死んで」



 冷たい声で吐き捨てたレイランちゃんは、部屋を出て行った。

 扉が閉まったあと、鍵の閉まる音もしてため息を吐く。


 参ったなぁ。

 まさかここまでとは思わなくて、うまく話して味方になってもらえたらと思ってホイホイついてきたのが間違ってた。


 …わたしは本当に誰かを好きになったことが多分ない。

 でも、本当に好きな人が魔術なんかで気持ち操作されて奪われたら、わたしもきっと腹が立って相手を憎むと思うし、これはもうアンドラのせいだ。


 アンドラは、どうしてその人を奪おうとしたんだろう。

 その人が好きだったから?

 ううん、レイランちゃんと婚約破棄したらもう興味なくなってたって言ってたからそれは違うはず。


 なら人のものを奪うのが好き?

 …あり得る。


 もしくは、限りなくゼロに近いけど、その婚約者の人がものすごく悪人で、レイランちゃんと引き離そうとした、とか。


 わたしが初めて鏡で見たアンドラは本当に自信なさげで地味だった。

 どうも、人の婚約者を奪って喜ぶようには思えない。



 …はぁ、痛い。

 まったくどうして一日に二回もこんな目に。


 今のわたしは魔術使えないし、時間を早めて傷を治すなんてそんなチートみたいなことできない。


 ジクジクと痛みが広がって意識に靄がかかる中、わたしはアンドラじゃないのだから、アンドラの気持ちなんて分かるわけないか、と当たり前のことを思って苦笑した。




 あと一分もすれば意識が飛びそう、というところで地鳴りのような音が響き、屋敷が揺れた。

 目を見開くのと同時にレイランちゃんの悲鳴も聞こえて、火事場の馬鹿力で立ち上がり、扉を押す。


 けれど鍵が閉まってるから開くわけもなく、窓に視線を向けた。


 レイランちゃんってば、窓から逃げられるの忘れてたのかな。

 それとも分かっててそのままにしてくれたのかな。


 窓の鍵を開けて、下が木なのを確認してそこに飛び降りた。


 ガサガサガサと音を立てて地面に落ちるけど、そこまで高さが無かったお陰で無事地面に転がる。


 お腹の痛みを無視してレイランちゃんの名前を呼びながら入り口の方へ走ると、座り込み震えるレイランちゃんの姿と、レイランちゃんの前に立ち、見下ろす男性の姿があった。



「レイランちゃん!大丈夫?」

「っ、あ、なた…なんで…」

「窓から出れたよ。もう、レイランちゃんってば優しいね」

「っ……」

「…この人は?」

「…わたしの、婚約者だった人…」



 …この人が。

 レイランちゃんを見下ろす彼は、わたしのことはまるで見ないでレイランちゃんだけを見下ろしてる。


 どこかアンドラと似た暗い、地味な空気を纏ってて、影がある人だなと思った。



「レイラン…レイラン…」



 よく聞くとレイランちゃんの名前を繰り返してる。

 こっわい。



「やっぱり…僕には君しかいない。あんな、悪女に絆されるべきじゃなかった。さぁ、レイラン。僕と行こう。僕が君を幸せにしてあげるから」

「ひっ…」



 ヤンデレ通り越して怖い。

 なんなんだこの人。



「レイランちゃんこっ、」



 こっち、と手を引こうとして、地面に丸まる。

 お腹怪我してるの忘れてた。



「あ、あなた…もしかして本当に…」

「あ、あはは…ごめん、レイランちゃん逃げれる?とりあえず外に出て人の多いところに、」



 急に背中に衝撃を感じて呻き声をあげると、狂気じみたその男性の足で背中を潰されてて、眉を寄せる。



「お前の…お前のせいで僕の人生メチャクチャだ!!」

「……」

「殺してやる…今ここで殺してやる!!」



 あぁもう本当になんでこうなった。

 ちょっと甘く見てた。

 ここは、こんなことが当たり前に起きるんだ。



「離して…」

「あぁ!?」

「離して!」



 渾身の力で急所を蹴り上げ、うずくまったのを横目にレイランちゃんの手を取り走った。

 もう意識なんてほとんどない。

 それでもひたすらに走って人通りの多いところに飛び出した。


 血だらけのわたしを見て悲鳴があがる。

 そのまま倒れ込んで意識を飛ばす直前、レイランちゃんが、「誰か助けて!」と叫んだのが聞こえた。



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