第四話
「あ…アンドラさん…?どうしたの?もしかして体の具合が優れないとか…」
「は、はい、実は…」
寂しいお昼を終えて午後に突入し、実技の授業のために実技塔というらしい体育館のようなところに来たわたしだけど、案の定魔術なんて使えるわけもなく。
普段ならバンバン魔術を使ってるらしいわたしがなにもできずに突っ立っているから、どこの世界でも共通した優しそうなおばさん先生がおずおずと尋ねてきた。
その言葉に全乗っかりして少し調子悪そうに言葉を紡げば即早退が許可された。
アンドラに申し訳なく思いながらも今日のところは帰ろう、と思い門を出る。
普通に時間が流れて忘れそうになるけど、わたしがこのアンドラになったの今朝なんだよね。
とりあえず今日はもう帰って、もう一度よく考えよう。
…ユウにももう一度謝りたい。
多分、わたしは無責任な言葉連発して、それでユウのこと傷つけちゃったから。
「あっ、アンドラさん!」
さてどう帰ろう、と門を出て悩んでるところで、女の子の少し強張った声が聞こえて振り返る。
立ってたのは、気弱そうな雰囲気を纏う、可愛らしい顔立ちの女の子だった。
なんとなく、わたしと似てる。
「えっと…」
「あ、わ、わたし、同じクラスのレイラン!あのね、わたし実は前にアンドラさんに助けてもらったことがあって、今日のアンドラさんだったら話しかけられると思って…」
「……」
どうしよう、あまりの嬉しさに飛び跳ねそう。
まさか同じクラスの女の子が授業抜け出してまで話しかけに来てくれるなんて。
しかもあんなに怖がられてるアンドラに。
「…もしかして、アンドラさん、記憶なくしたり…してる?」
「えっ」
「あ、も、もちろんそんなことあるわけないと思うけど!でも、本当に今日のアンドラさん、雰囲気違うから…」
「っそうなの!実はそうなの!」
ガシッとレイランちゃんの手を取って詰め寄ると、レイランちゃんはふわりと笑った。
「よかったらわたしのお屋敷でお話ししない?もしかしたら色々と相談乗れるかもしれないし」
「いいの?ありがとう、助かる」
「ううん、気にしないで。今車呼ぶね」
そう言ってレイランちゃんは手を空にかざした。
刹那、レイランちゃんの体からじんわりと光が溢れ出して、数分後車が現れた。
唖然とするわたしにレイランちゃんはただ微笑む。
お礼を言いながらレイランちゃんのお家の車に乗り込み、そこからレイランちゃんのお家に着くまでわたしは魔術学校のことやこの世界のことを色々と教えてもらった。
「わぁ、おいしそう」
「たくさん食べてね。お母様、お菓子作りが趣味なの」
レイランちゃんのお家につき、豪華ながらもシンプルな部屋に案内され、お菓子やいい香りの紅茶まで出してもらって、レイランちゃんと向き合う。
「お菓子作り趣味って素敵だね。いただきます」
「ふふ、毎日お菓子出てくるから太っちゃう」
そう言いながらもレイランちゃんは嬉しそうで、その表情を見てるとホワホワした気分になった。
「それで、記憶のことだけど」
サクサクとしたクッキーを頬張るわたしに、優雅に紅茶を啜りながら切り出してくれるレイランちゃん。
「いつから記憶がないの?」
「ちょうど今朝からなの。目を覚ましたら全部忘れてて、魔術の使い方も分からなくて」
「そうなんだ…お医者様やご家族には?」
「従者には話したけど、家族には言ってないんだよね。混乱させたら大変だからってアドバイスされて」
「そっか…でも、アンドラさんが今のままだと多分そのうちみんなも気付くと思うの。だから、先に生徒会の人たちにだけ話して相談するのはどうかな?」
生徒会って、この世界でもあるんだ。
結構似てるところあって安心する。
「生徒会?」
「うん。今朝、アンドラさんに注意した赤髪の人、レオラ様。あの人が生徒会長」
「あ、そうなんだ」
「レオラ様は次期国王として有力なアレク様の弟で、気高くてすごく優秀な方なんだよ」
「へぇ」
「だから、きっと親身になって相談に乗ってくれると思う」
……。
今朝の様子を振り返ってみると、とてもじゃないけど相談に乗ってくれるとも、そもそも信じてくれるとも思えない。
でも、レイランちゃんもこう言ってくれてるし、話してみるだけ話してみるのも…。
「あ、ところでレイランちゃん」
「うん?」
「レイランちゃんはどんな魔術が得意なの?」
「わたしは物理魔術、かな。木とか、花とか、本来なら動かない物を物として動かすことが得意なの」
「ええすごい、そんなことできるんだ」
「アンドラさんは、魔法陣を書いて空間を操るのが得意なんだよ。時間を遅らせたら早めたり。あとは、人の心を操作したり」
そう話すレイランちゃんの声にはどこか陰りがあって、わたしは目を細めた。