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8.

 ――「お前は、ナニモノだ」


 レクサは一瞬だけ停止した。

 たった今聞こえた幼い声、明確に聞き取れた言葉に。

 そして、表情はゆっくりと歪んでいき、その声が聞こえてきた主の顔を見つめ。

「んぅ~~~♪ あなた、喋れたのねっ♪」

 満面の笑みをその正体不明の人型の獣に向けた。

「そうねそうね、喋れないとは誰も言っていないもんね、でも、ちゃんと私たちのセカイの言葉で喋れるのなんて珍しくて私嬉しくて嬉しくて嬉しくて……ギュンですっ♪」

 早口にまくしたてるように独り言を始めるレクサ。

 胸元と股間の辺りで手を握りぎゅぅっと握った手を持ち上げる。美形な顔立ちは保った上で喜びを隠せず口角が上がり、興奮のあまり僅かに手首、足首が震えている。

「お前は――」

「ねぇねぇ、アナタはどこから来たの? アナタの種族は? アナタ、能力とか持ってる? ……あ、でも――って、私喋り過ぎね……。で、何だったかしら?」

 レクサは気付くと一人部屋の中心にある鎖で拘束された命が寝かされた台の周りを歩き回り、先ほどまでその命の左隣にいたはずが反対側の頭の斜め上の辺りまで移動していた。

 自分の身体を両手で抱き締め背を向けた状態で頭だけ命の方に振り向く。

「お前は、ナニモノだ……?」

 青い色をした生き物は再び同じ言葉を確かに口にする。

「そうね」

 レクサは平常に戻り、真剣な表情をして元の位置に戻りながら返事する。

「私はアカヒ・レクサ。至って普通の会社に勤める至って普通のオフィスレディで至って普通の28歳になったばかりの至って普通の独身女。そして、至って普通ではない運を持っているバケモノマニアよ! あ、でも勘違いしないでね、目的が一つ叶えば、キミには危害は加えないよ? 剥製とかにはしないから!」

 宣言する目の前の異種の女に対し鬼は理解できている様子はなく、レクサの心理を疑いながら疑問を問いかける。

「ここは、どこだ?」

「ここは……そうね、生物実験室? みたいなところ。家の地下なんだけどね……。キミは? 死神? 悪魔? それともアバター? もしかしてこのセカイって本当は人類じゃなくゲームのセカイだったり……!? いよいよ私の本気を引き出す選ばれし者とか!? いよいよ私が為に溜めた力を使う時が――」

「ボクは、オニ、だ」まるで覚えたての言葉を考えて紡ぎ出すのがやっとの調子で話す。

「『オニ』とはこれまた新種だなあ……? 北欧神話とかのなんとかかんとかおぞましい悪魔かと思ったら違うのね。オニって意外ね……? 日本の妖怪だけどにしてもオニと言ってもキミは小オニと言ったところかしら?」

「魔力が……」

「魔力? 鬼なのに魔力なんだ。魔法使いとかだけが持っているモノかと思ってた。まあ、魔法使いとは会ったこと無いんだけどね。で、魔力がどうしたの?」

「足らない……」

「あー、なるほど! 栄養みたいに消費しちゃうんだね? と足らないと言われてもどうしたら良いのかしら?」

「何か、食べ物……」

「食べ物で良いの?」ちょっと待ってて、と言いレクサは階段を上の階へ戻っていく。

 あれを上れば外に出られるのかな? でも、まずこの鎖が取れないと……。

 オニはレクサの出て行った先を眺めながら脱出する方法を模索するが、現在彼の出来ることは無いということを十分に理解していた。魔力が底を尽きそうで、これ以上魔力は使えそうにない。

 そんな事を考えていると赤い果物を持ってレクサが戻って来た。

「リンゴじゃダメ?」

「これが、リンゴ?」

 ジョシュの目に映るのは今にも張り裂けるんじゃないかという程にまんまるとして艶やかに光を反射する食べ物だった。オニ族が食べているリンゴとはまるで違い、食べ物なのかすら疑う。ディープフォレストにあるのはもっと内側に凹み、皺が寄っているのだ。

 しかし、見慣れない赤い果物を求め手を伸ばした。

「食べにくいでしょ」

 レクサは近くの近くに合った器具からナイフ型の物を手にして切る。「大丈夫、ちゃんと使った後は洗って消毒しているから」

 オニにとっていらぬ心配で無駄な時間なのだが、器用に3個のリンゴを4等分に切りレクサはジョシュの口に運んであげる。

「口、開けて。……噛みついたりしないでよね?」

 レクサには注射器が握られており、たった数時間前に受けた悪い記憶が残ってるのか抵抗する気配はなかった。

 しかし、受け入れて食べたリンゴはディープフォレストのモノと比べ瑞々しく鼻からも抜けるほどの甘い味で美味だったのだが、「魔力が、無い」

「キミ、どこから来たの? 一応言っておくけど、ここはニンゲン界。もしかしたらキミのセカイとは全く違うセカイだから、その魔力というのは無いんだと思うよ」

「ニンゲン……界……? オレは、ディープフォレストから来た」

「ディープフォレスト? へえ……。知らないな。知らなくて当然か。……そういえば、キミ、名前は? 小オニさん」

「……ジョシュ」

「ジョシュ……。ジョシュくん……、キミはどうしてニンゲン界に現れたのかな?」

「魔力を、追って。オマエは、魔力が無いけど、何故だ?」

「私? 魔力なんてあるわけないじゃん、ニンゲンなんだから」

「ニン、ゲン?」

「さっきも言ったけど、ここはニンゲンのセカイ、ニンゲン界。キミのいたセカイとは違う。言うなれば異世界みたいなところかな」

「イセカイ?」

「私が住むこのセカイには魔力なんてものは必要なくて、そもそも存在すらない。キミは魔力が必要なんだね?」

「……」

「魔力は無いけど、キミの体力を回復させるものなら多分用意できるよ」

 レクサは背後の壁に向かって、人差し指で一か所触れる。

 するとレクサの触れたところだけ光り、数字が表れ、話すと消えた。壁に埋め込まれたボタンのようだ。続けて7回別の個所を押し、最後に押したところは『Enter』という文字が浮き出る。

 終わると目の前の壁が扉一枚分くらいのサイズだけ手前に向かって飛び出し、横にスライドしていく。その扉の隙間からは冷気が外に流れる。

 冷気が流れ切ったところでその扉の向こうに現れたのは上から下まである引き出しだった。引き出しは100個ほどある。

「えぇっと……、これだったかな?」

 その中の一つ、ちょうどレクサの頭の右上あたりの引き出しから何かを取り出す。

 ジョシュの方に振り向くと手には液体の入った小さな容器を持っていた。

「これは以前会った人間界の者ではない子の為に作ったモノなんだけど、キミにも多分使えると思うんだ」

 ジョシュはそう言われたものの彼女の事を信用出来ている訳では勿論なく、見たことも無いモノばかりを手にしているニンゲンという存在すら恐怖を抱いてもおかしくなかった。ただでさえ自分は彼女にこうして拘束されて何もできないのだから。

「そうだね、試しに――」レクサは注射針からその容器に入った液体を吸い取り、躊躇も無く自分の左腕に刺した。

 彼女は痛むような素振りも無く素早く自分の体内に液体を注入して見せた。

「私起きたばかりだから正直効果は感じないけど、毒ではないよ。ここは生物研究室と言ったけど、私はキミを解体とかしたい訳じゃないの。私はただキミの細胞が欲しいだけ。それを細胞さえくれれば逃がしてあげる。体力回復したいかどうかはキミ次第。ジョシュくん、どうする?」

 人間という初めて見た種族を目の前にどんな事を考えているのか分からないが、本で読んだ事のある魔法使いの姿に近からず遠からずと言った見た目を感じていた。

 魔法使いからは鬼族は嫌われているという事も聞いた事はあるが、実際にどうなのかはまだ遭遇したことがないジョシュは真実が分からず人間を疑うという事にも判断が曖昧で、未だに戸惑っていた。

「なんでボクの細胞が必要なんだ?」

「少しずつ言葉がスムーズになってきたね。……そんなの私がマニアだからに決まってるじゃない。バケモノマニアと言っても、私は殺したりするのは勘弁だからね、キミだって死にたくないでしょ? まあ、殺そうと思えば簡単に今の状況なら殺せるけど?」

 胸ポケットから容器を取り出し振ってジョシュに見せる。彼女なりの挑発なのだが、知識が浅いジョシュは反応が薄く、つまらなそうにジョシュを見つめる。

「と言っても、それなりにバケモノの対策は出来ているから鎖を外したところでワタシに傷1つや2つ……は、付けられても殺せないけどね」

「っ!?」

 レクサが言い終わるとともに注射を新しい針に付け替えてからジョシュに刺した。



「気分はどう?」

 再び眠りについてしまっていたジョシュが目が覚めると横に椅子に座ったレクサがいた。

 たった数時間の間に何回眠らされただろうか。ジョシュは起きるたびに混乱し、状況を理解するのに精一杯になっている。

「初期症状でもしかしたら視界がふらふらするかも。でも暫くしたら治るはず」

 どうやらジョシュの視界が揺れていたのは注射作用が原因のようだ。

 レクサが水を差し出すとジョシュは受け取り、飲み干す。

 2、3分すると視界のゆがみも落ち着き始め、鮮明に見えるようになってきた。更に気付いたのは空気中に何か果実のような甘い匂いが漂っていた。

「ああ、匂い? 香水……って分からないか。それより、勝手だけどキミからは貰っといたから」レクサは先ほど液体が入った容器と薄い皮のようなモノが入った容器を見せる。「もう用事は大丈夫よ。キミが魔力? を追っているんだった追えばいいし、帰りたければ変えればいい。ここから出ていくのはキミの自由だよ」

 少しずつ頭がさえ始めてきたジョシュは「外に出してくれ」と大人しく頼む。確実に先ほどより身体の調子が良いのを感じた。魔力は確かに足らないが、高揚するように身体が動きたがっている。

 レクサに魔力がなければ用は無かった。



 外は明るかった。

 ジョシュはレクサの事は特に気にせず、魔力を追うことにした。

 そんなジョシュの足には包帯が巻かれているが、ジョシュ自身は特に気にしていない様子だ。


「向こうから感じる」


 早速魔力の場所を察知したジョシュは見慣れない建物を目の前に慣れない感覚を覚えながら屋根に飛び乗り魔力の在処へ向かって行った。


《良いのか、ほったらかしにして》

「目的があるのなら邪魔はしたくないもの。――楽しみが増えて私は嬉しいよ」

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