7.
――鬼族は、対策された魔法使いの街を除き、魔力を追うのが目的であれば自由にその魔力の付近へと移動することが出来る。
※ ※ ※ ※ ※
人間界 市街某所
――ここ、どこだろう……?
――やっぱり、まだ移動はまだ上手に出来ないや。
ジョシュは人間界に降りていた。
降りていた、というのは人間界はディープフォレストの位置から下の位置にあるからという物理的な意味合いとは別で、人間界は鬼族の間では地獄と呼ばれているからである。
しかし、ジョシュの世代の鬼族は人間界という歴史を知る機会は無く、ジョシュ自身が人間界に降りたというような自覚は無かった。
周りにはコンクリートで固められた壁、壁、壁。
少し肌寒い。
視覚は真っ暗だが、鬼族特有の視力でモノの判別は容易く特に不便はなかった。
ジョシュはディープフォレストの滝の流れる山奥から帰宅し、魔力を明確に認識出来るようになった事を理解した後、自宅で何度も魔力のコントロールを試したりした。
練習用に育てていたサボテンに直接触らず距離を取って姿を変形させたり、魔獣の居場所を察知したり。しかし、魔獣は子供には無理だと言われてきたため、まだ手は出さなかった。かといってそれより弱い魔力を持った生命体がいるというと魔法使いの子供くらいなのだが、滅多に魔法界から出てくるようなことはなく、そのタイミングで偶然魔法使いの子供くらいの魔力を察知したのだ。
その察知した場所が――コンクリート街、人間界に辿り着いたという結果になった。
――みゃあ
「!?」
暗がりの中、コンクリート塀の上を歩く四足歩行で毛むくじゃらの獣の気配に気づく。
なんだこれは!? 今の鳴き声はこいつなのか? しかし、魔力を感じないぞ……。生き物なのか?
それは紛れもない真夜中を出歩く猫なのだが、ジョシュは戸惑っていた。
ディープフォレストでは似たような魔獣を見たことがある。しかし、これほど小さい魔獣を見たことが無く警戒をする。
いや、よく考えてみれば魔力が無ければボクの方が強いに決まっているじゃないか。
それとも自分が移動したことによって魔力の消費をしすぎて魔力を認識する感覚が鈍ってしまっているのか?
相手はこちらを見ているが特に警戒するような様子はない。ただ、目が光っている。
猫がこちらの興味から離れ散歩を続行しようとした瞬間、ジョシュは一瞬にして細いコンクリート塀の上を歩いていた猫の元へと跳躍して皮を剥ぎ、はらわたを抉り出していた。
喉元は爪で裂かれ、首根っこは鬼の顎の力で引きちぎられた。
頭部と胴体と真っ二つに分けられ、さらには腹部も大っぴらに開かれ一切元の姿は分からなくなっていた。
やはり食べても魔力は感じないし、食えなくもないけど味気が無い。魔獣とは違う何かの変異種だったのかもしれない。
獲物の身体を咥えたままコンクリート塀から降り、ジョシュはあっという間に肉を平らげてしまった。
魔力摂らないとやっぱり冴えないな。まあ、今の僕は十分冴えているんだけど。
自分の能力が開花したことに酔っていると背後から気配を感じ、首だけを向けて警戒する。
――なんだ!? また同じやつか?
――いや、今喰ったやつとは全く違う気配だ……。
「✕✕ジョ✕ブ」
その影が何か声を発する。
しかし、ジョシュは全く聞き取ることが出来なかった。というのもジョシュはここへと移動をしてきてからずっと耳の奥の方で耳鳴りのような音が聞こえ続けている。
――なんの種族だ……?
警戒を続ける。すると自分の鬼の種族に似たシルエットが現れる。しかし、背後から光が放たれ一切顔も体もどのような格好なのかも分からない。
――魔法使いか……!?
しかし、全く魔力を感じない。もし鬼であっても匂いだけで分かるが全くそんな気配はない。
おそらく初めて遭遇したと思われるその正体に警戒をし続けた。たった今食べ尽くした獣と比べてまるで気配が曖昧で手を出すのも困った。それよりもジョシュは鼻に付く異臭が気になった。
――僕は飲めないけど、シドが良く飲んでる飲み物の種類に似ている。かなり色んな種類が有るらしいけど共通してこういう匂いだったような気がする。
彼が想像しているのはアルコール飲料を指し、シドくらいの歳に成らなければ飲めないものだ。
「ダイ✕ウ✕」再び声が発せられるがまるで聞き取れない。
魔力も無ければ相手をする必要はないと判断しジョシュは無駄なことはしない事にしようと背後の壁の上に飛び移ろうと地面を蹴った。
しかし、地面から跳ねた直後意図も容易く目前の正体不明の影の手に足が掴まれた。
――「✕ッパ✕」
その影は何かを発していたが気にせず抵抗しようとしたらあっという間に腕は背に回され、――それなりに筋肉の付いた腕も、足も無力――首に何か細い何かが射されたと思った時には意識は薄くなり――
ここはどこだ?
ジョシュは目を開ける。すなわちそれまで目を閉じていたという事に気付き、ジョシュは瞬時に警戒心を全開にした。
「?」
しかし、身体の四肢全てが動かなかった。動かなというより、台のようなところに大の字で輪っか状の金属――枷で固定され、身体は動かせなかった。首は動くが周りを見回すとジョシュは言葉通り全方位コンクリートの壁に囲まれた部屋にいた。天井には見たことのない円状の何かから光が放たれ、まぶしかった。
ジョシュは枷が付けられている腕や足に魔力を集中させ力を込め引っ張って外そうと試みる。
片腕、もう一方の腕。片足、もう一方の足。しかし、まるで鎖が千切れたりする気配が無い。
続けて魔力を左腕だけに集中させ、自分が寝かせられている台を変形させようと放出するが全く効果が無い。鬼族が使える魔力は木製だけだ。
今ジョシュが寝かせられている台や壁の素材は石材の為まるで通用しない。力づくで壊せるかと思ったが殴っても、鎖を全力で引っ張ってもビクともしない。ジョシュから見た限りでは素材は石だが、ジョシュは自身が知っている石ではない事を理解する。本来であれば石でもジョシュの力をもってすれば破壊は出来るが、鬼界で扱っていた石に限ってだ。
少しずつ耳鳴りが落ち着いてきている事に気付く。
移動してからずっと鳴り響いていた音声は恐らく初めて移動を使用した事によって起こった初期症状だろうとジョシュは納得し、状況を考える。
――まず、ここは一体どこだ?
――密室で閉じ込められているのだろうか?
――どうすれば抜け出せる?
――いや、ちょっと待て、そういえば魔力は? 追ってきた、正確には移動してきた目的の
――ボクは魔力を追ってきたはずなのにこれじゃ全く意味がない……!
――移動してから何時間くらい経っているんだ……?
そこまで考えて思い出そうとすれば頭痛がした。
――クソ! やっぱりこれを壊すしかないのか……!?
ジョシュは精神を集中させ、片方の腕に力を魔力を集中させ――放つ!
しかし、さっきとまた同じで背に張り付く石も、鎖も砕ける気配がまるで無い。
ジョシュは怒りに任せ闇雲に腕、足を力の限り引っ張る。体中から血管が浮き出るも全く効果がない。
「✕✕ン」
鬼族は鬼によって力が偏ることがあり、顎は年齢で変わるが、殆ど差はないのだが、腕力が付きやすかったり、脚力の方が強いというものがいる。しかし、まだジョシュは自身がどっちに力が付きやすいタイプなのかはわかっていない為、魔力で力を増強するべきなのが分かっていない。ただでさえ、自身に魔力が強くなって、使いこなせると錯覚している状態でジョシュはその力を過信していて、頭での使い方はまだ分かっていない。
暴れながら、考えて思いついたのは魔力を筋力増強ではなく、鬼界で木刀に魔力を宿し、放出する方法だ。手の平に魔力を込めていき、台に向かって放つ。
しかし、やはり壊れる様子はない。
「ナ✕✕ワ✕シココニ✕✕ノ」
流石に今ので魔力を使い過ぎたのかジョシュは脱力感に襲われながらも力を体中に込めて暴れ続けながら、――ん? 何か聞こえたな?
側で上半身から足のくるぶしくらいの辺りまで長く、白い服を着た者がフラフラとしながら何かぶつぶつ何か発しながら立っていた。白い服の内側には大きな胸のふくらみを覆い隠す三角形の布が2つ真ん中の丸いのに繋がれ2つともそれぞれ反対側に紐があり、後ろに伸びている。どうやら先ほど後ろを向いた時白い服から透けて背中に見えた結ばれた紐はこれを繋いで落ちないようになっているらしい。下半身を覆う部分にはこれまた逆三角形の履き物があり、胸のソレと似た柄をしている。更に同じようにサイドを前と後ろから伸びた細い紐で結んである。
――鬼界では女鬼も上を隠しているがあそこまで露出度が高いのは初めて見た。鬼界が着ているのは……なんというか、四角いので覆っている感じだし、下も同じだ。
自分がどこに移動し、目の前のその生き物が何者なのか分からないが、鬼かいとの服装のギャップを覚え冷静に感想を抱く。
ふと、そいつが暗闇で見かけたヤツと同じ気配だと気付きジョシュは一層警戒する。出会った時に何か自分に打たれた覚えがあったからだ。
――そういえば会った時も全身暑苦しそうなの着ていたな。
心の中で警戒とあった時の服装及び今の姿をダサいと思いながら。
――……うっ!
そして、再び目が覚めると一人残されていた。
周囲を見回しても見当たらない。台の横にも隠れていない。
ジョシュは足に痛みを覚え、先ほど起こったことを思い出した。
――さっき、女(恐らく)に足に何かを刺されたのだ。
恐らく、連れてこられる前に、会った時に、近づいてきた時に眠らされたそれと同じかもしれない。
――ボクは何のためにここに居るのだろうか。
――恐らくまた、あの女がここに来ると思うが、魔力も不足してきて、さっき台に打ち込んだのでかなり厳しくなっている。
――殺されるのか? あんな貧弱そうな生き物に……!?
――待てよ、そういえばさっきあいつがしゃべっていた言葉がなんとなく分かるようになってきた気がするのは気のせいか? 聞き取れていたような気がする。
そこでまたあの気配を感じる。
上からだ。
やはり先ほどとまったく格好の女だった。
天井から伸びた階段を下りて来ていた。
――もし、逃げるんだったらあそこから逃げられるのか?
女は台の横に辿り着く。
「その前に、キミからだったよね」
耳鳴りが全くしなくなったジョシュの耳にはっきりとその言葉が届いた。聞こえ、聞き取れた。
――その前にとは何の前にだ? というか言葉が聞こえるようになっている。どういうことだ?
「さっき寝かせたのにもう起きてるの……? 耐性持っちゃったのかな……」
考えながらまた女は先に針の付いた長細い容器をを取り出す。中には水のようなのが入っているのが確認できた。
「それ、普通に千切れないんだよね。私が出会うのって人間離れしたバケモノが多いから、枷はかなり頑丈な超硬合金とか言うので作られてるんだよね。小さいのに凄い筋肉だね」
そう言いながら水着白衣は注射器をそのバケモノの肌へ向ける。
「皮膚ははがれるのかな……?」
女が物騒な事を呟くのを聞き取り、ジョシュは意を決し――
――「お前は、ナニモノだ?」