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4.ディープフォレスト

「ボクはもっと強くならなくちゃいけないんだ」


 ※ ※ ※ ※ ※


 人間のセカイではない別のセカイ。

 木々に囲まれた町。その町は木を駆使して作られた家々が並んでいる。町の中心には町を囲む木々と比べ倍以上の大きさをした大樹が燦然と伸びていた。


「よー! フルシアンテ! 今日は狩りには行かねえのかー!」

 その大樹の下に全身緑色、下半身に布切れで簡単に作られたはき物以外何も着ていない者がそこにいた。見た目はツンツンと逆立った髪型に、やや輪郭は幼いが口からは鋭く上向きの牙が露わになっており、少し釣り目できりっとした目つきに髪の隙間から覗く耳の先はとがり、着用しているのは下半身に簡単な作りの布切れズボン、その下から伸びた足はシュッと細いながらも鋼のように頑丈そうな筋肉が付いており、筋肉質に鍛えられている身体だと伺えた。細身でありながらも露わになっている上半身の筋肉も彫刻のように固くはっきりとした掘りの深さがあった。

 彼は木の上を見上げており、器状になった木の枝部分にたった今呼んだ相手――フルシアンテの身体が見えているのだが、一切気付いている様子が無い。

 するとそこへ、同じ種族で小柄な男の子が訪れた。

「あ! シドさん! どうしたんですか! 師匠になにか用事でしょうか?」

 彼の身体は水色でシドと比べ体つきもまずまずといった具合。天然パーマに特徴的な切れ目ながらも丸々と見開く目元には年相応の幼さが感じられた。

「よお、ジョシュ! 調度いいところに来てくれた。今日暇だからあいつと一緒に狩りに行こうと思ってたんだけど呼んでも返事がねーんだよ」

「そうだったんですね! ちょっと待ってて下さい! 今、師匠呼んできますね! あ、これ上げます! 採れたてです!」

 そう言うとジョシュは両腕で抱えていた木のカゴ一杯に入った赤い果実を一つシドに差し出した。

「お! リンゴか。今日もお疲れさん。あんがと」

 リンゴを受け取るとシドはがぶりと齧って、片方の手でジョシュの頭を撫でる。

 ジョシュは笑顔で返したあと、木に向かって手の平を重ねる。すると木から上に向かって梯子のような窪みが現れる。ジョシュは背中にカゴを背負い、その窪みを掴んで自分の師匠の元へ向かって木を登っていく。

 辿りつくとそこには木の枝に座り本を読む師匠の姿があった。

「おはようございます、師匠! リンゴ摂ってきました!」

 ジョシュが溌剌とした声で呼びかけるとフルシアンテは目を覚ましたようにハッとしてジョシュに気が付く。

「ジョシュか。おはよう。今日は幾つ収穫できた?」

 フルシアンテは穏やかな声でジョシュに尋ねる。

「54個収穫出来ました! あ! でも、今シドさんに上げてしまったので今は53個です!」

「シド?」

 フルシアンテはそう言うと木の下を覗くようにしてシドを認識するとその場で立ち上がり、ジョシュに当たらぬよう、遥か下に離れている地上へ向かって軽々と飛び降りた。

 頭上をジャンプし飛び越えただけの師匠に対し、ジョシュは相変わらずの高揚感を抱いた。


「すまない、気付かなかった」

 フルシアンテはジョシュと木から降り開口一番にシドにそういった。

 地上に降りた彼の身体は下で待っていたシドの体格に対し明らかに一回り大きく、その差が筋肉で出来ているのも一目瞭然という程に背筋から胸筋、上から下まで岩肌のような筋肉が付いている。

 目つきは彼のしゃべり方と同じように穏やかそうな柔らかい目をし、白銀の髪は前髪から後ろに掻き上げられ、二の腕まで伸びている。

「いや読書してるところすまなかった。おいら暇だったからお前狩りに行かねえかなって思ってよ」

「そうだな。昨日収穫できたから今日は休むつもりだった」

「そうだったか! ちなみにどのくらい捕れた……?」

「18とかだったかな」

「ジューハチ!?」

 フルシアンテが宣言したその数に驚きシドは両手合わせて12本の指を折り数えていた。

 そして大樹から降り、駆け寄ってきたジョシュが驚き憧れのまなざしを向ける。

「流石です! 師匠! やはり師匠はディープフォレストイチの狩り師です!」

「運が良かっただけだよ」

 自分を無垢な瞳で見上げる弟子にフルシアンテは謙遜する。

「ボクも早く大人の鬼になって()()使()()狩りに出たいです……。ボクは師匠たちが狩りで捕ってきたモノばかり……。ボクに出来るのは魔力の入った木の実を収穫くらいしか……」

 ジョシュはそう言いながら俯く。

「おい、ジョシュ! お前が採って来てくれたリンゴ、美味かったぜ? なのにお前がそんな落ち込んでるとせっかく美味かったのに腹の中でマズくなっちまうぜ……? それから、お前みたいに木の実を収穫してくれてる人たちが他にもいるのに、そんなこと言うのは失礼じゃないか? お前や他の鬼達が収穫してくれたリンゴをフルシアンテの店で売る事で助かってるヤツラがいるんだぜ? それに、お前まだ魔力の位置を判別まで出来ないじゃねーか。焦るこたぁねぇーって」

「……」

「フルシアンテのできることは確かにすごいことかもしれないが、お前が今やってる木の実収穫だって、町の人たちが食べられなかったら困っちまう。だから重要な事なんだ」

「うん……ごめんなさい……」

「よし! 分かったなら良い! そんなに落ち込むな! お前はよくやってるぜ? そうだ、師匠さんや、こんなにジョシュが頑張ってるんだ。修行をもっと厳しくしてやったらどうだ?」

 フルシアンテは助手を見つめ優しく笑み、

「そうだな、考えておくよ」と言いもじゃもじゃとした髪のジョシュの頭を撫でるように手を乗せた。

「だってよ、ジョシュ、良かったな」


「じゃあ、今日のフルシアンテは文学鬼だし、狩りは一人で行くことにするぜ。じゃあな!」

 そう言ってシドはその場を後にしていった。

 その背中にジョシュは手を振り、フルシアンテは、

「文学鬼ってなんだよ……?」と呟いた。


 ※ ※ ※ ※ ※


 鬼族は魔力が生命の源だ。


 ディープフォレスト

 鬼族が暮らす町。

 町は木々で囲まれ、生活道具の殆どは木材と、地面から掘り起こされる石材で作られている。

 鬼達は10,000体近くが住み、常に町の発展に励んでいた。

 ある者は販売。ある者は職人。ある者は栽培。ある者は執筆。ある者は研究。そして、ある者は、鬼族の生命線を支える魔力を収穫する事を生業にしている。魔力は町で栽培している木の実や、森に生息する野獣から収穫することが出来た。しかし、野獣ならまだ魔力が多く含まれているが、木の実は2つでやっと赤子一人分程度の魔力しか含まれていない。

 その為日々鬼族は協力し合い、木の実を収穫する者と獣を収穫する者、そして最も魔力の含まれた魔法使いを収穫する者と分担されていた。

 また、当然のように鬼族は魔力を察知する力がある。察知できるのは魔力のあるその正体がどのくらいの距離、野獣や魔法使いが相手であればどのくらいの力を持っているのかという事まで判別することが出来る。しかし、その察知力の確実性が定まるのは一定の成長を越えてからだ。年齢で言えば10才前後が目安のようだ。時々早くにその力の確実性が目覚める者もいたりするが、特に将来的に同年齢より優れるというような差が生まれる訳ではない。


 ディープフォレストにはリーダーという立場は存在しない。しかし、それゆえに鬼族特有のお互いにお互いへ協力的な関係と信用が骨の髄まで築かれている。その中、リーダーとは呼ばれている訳ではないが、鬼族の中で最も、少し離れた街に住んでいる魔法使いを捕獲する狩り師――フルシアンテが特に鬼族から尊敬されていた。もっとも、フルシアンテ自身、弟子や友人からの賛辞など気にせず誇るわけでもなかった。



 鬼族の年齢で言えば齢7才のジョシュはフルシアンテのような魔法使いや野獣の狩り師に憧れていた。

 しかし、現在は5日置き2日の休日以外毎朝フルシアンテが経営してる店で販売するための木の実狩り。

 まだまだジョシュは幼く、筋肉もまずまず、野獣や、魔法使いと対峙するのもまだ早い年齢だ。勿論、町の他のジョシュくらいの年齢の子供たちも狩りに出ている者はいない。一般教示として、一定年齢を過ぎると身体作りするようになるがジョシュはその年齢の前に、同年齢たちより一足先に木の実狩り後に師匠であるフルシアンテの元、修行を受けていた。


「師匠! ボクも早く師匠くらいに強くなりたいです!」

 ジョシュは木刀を持ち、自分の込められる限りの力で自分よりはるかに大きな身体、頑丈な筋肉の師匠狙って何度も木刀を打ち込んでいた。

 しかし、実際フルシアンテには一切当たらず刀身は軽やかに避けられていた。

 必死に弟子が攻撃してくるのに対して朝飯前という具合でフルシアンテは一切呼吸すら乱さずアドバイスをする。

「実践するとしたら獣だと避けないのもいるが、魔法使いだと近づく事すら難しいよ」

「はい!」

 アドバイスも聞き取り、返事を返し、ジョシュは後方に飛び、師匠から距離を取る。諦めた訳ではなく、次に木刀を構えたまま中腰になり、フルシアンテめがけて走り出す。

 しかし、フルシアンテは直立不動。ジョシュを見つめる。

 少しずつジョシュが近づいていく。木刀を横に倒し、勢いよく振ろうとしたところ、わき腹に直撃する寸でのところ――「え?」――ジョシュは宙に浮いていた。

 何が起こったのか理解できずジョシュは眼下にいる師匠を認識することでやっとだった。それも師匠はコメ粒くらいに小さく見えるくらいの距離だ。

 よく見ると師匠の手には木刀が握られている。それが自分のだと気付いたと同時に何が起こったのか理解した。

 たった今フルシアンテ目掛けて木刀を振った瞬間、木刀が掴まれ、その木刀を掴んだ腕の力でそのまま上に向かってわが身を放り上げられたのだと。

 空中での受け身を取れるほどジョシュは鍛えられていない。その為何も出来ずに重力に従って落下していく。

「それから――」

 下では何やら師匠が話している様子だ。しかし全く落下する風音で聞き取れてない。

 ジョシュは受け身を取ろうと腕を焦った顔の前で塞ぐ。


「わあっ!?」


 気付くとジョシュは何かにぶら下がっていた。

 顔を隠した腕も重力で垂れ、すぐ目の前には地面が見えた。

「――力づくで振っていたら重心のバランスが取れないから相手の攻撃には対応できない」

 その声に気付いてジョシュは自分が師匠の腕に持ち上げられていることに気付いた。落ちてきたところで師匠が腕で受け止めたのだ。しかし、身体に痛みを感じないのは恐らく受け止めた時に緩和するような受け方をしてくれたからだろう。

「まだジョシュくらいなら焦らなくても大丈夫だよ。オレは全然修行に付き合えるし、ジョシュが魔力の察知力が定まるころまでには鍛えて上げるよ」

 せっかくシドが師匠に頼んで、師匠直々に相手してもらえる修行にしてもらったが結局一切手が届きそうにない。昨日までは師匠が用意した魔法使い型の木像を木刀で切るという練習だったが、まだ100回切り付けてやっと切断できる程度だった。師匠やシドのような狩り師になると一回切り付けただけで半分に切断することも容易い。かと言って、ジョシュの実力が足らないという訳ではなく、彼の年齢でも10回だけで切ることが出来る者はいない。

「それからジョシュは刀身に預けてる魔力のバランスを取り切れていない」


 鬼族は物理的な、触れられるものに魔力を預けることが出来る。

 ジョシュが先ほどまで手にしていた木刀には魔力を施すことによって自身の肉体の筋力に限らず、魔力のコントロールをすることによって効力の調整が出来る。しかし、まったく相手にされなかったわけだが、その魔力をコントロールするのも難しい。

 ちなみに、先ほどジョシュがフルシアンテの木に登っていくときに梯子のような凹凸に変化させたのも魔力によるものだが、もともと地面に根を生やしている状態の木事態に魔力が潤っている事もあり、後は形状の変化をコントロールするだけで特に困難ではない。

 地面から離れた木となると魔力は低下し、最終的に失われるため、使う時は自分自身の体内から魔力を発する必要があり、そのどの位の量を発生させれば良いのかという調整が困難なのだ。


 ジョシュから奪った木刀を返さずフルシアンテは片手に握ったまま、少し離れたところにある先ほどまで自身が眠っていた大木に身体を向け構える。

 腕に結果の筋が現れる。更にふっと静かな風がフルシアンテの木刀を持つ腕に吹き、薄く青い魔力が腕から木刀の先まで覆う。

「ッ!!」

 次の瞬間、フルシアンテは刀身を振り下ろすと、まっすぐと風が吹いた。

 その先の大木には大きく斜めに刀で切ったような跡があった。

「す、すごい……」

 あまりに今起こった現象に驚きジョシュは絶句していた。

 その大木の傷はたった今フルシアンテが木刀を振り下ろしたことによって作った傷だ。魔力を刀身に宿した上でその魔力を刀身から放つことによって今の事が可能としている。

 ――そして当人も絶句していた。

「あっ、えぇっとえっと」

 実は彼がくつろいでいた大木はいつも住んでいるところで、いわば彼の家のような場所で、彼にとってこの街の中で一番お気に入りで大事にしている場所であった。

「し、師匠……?」

 滅多に見ない師匠のあたふたとした姿にジョシュはどういう気持ちなのか理解できず頭に???を浮かべた。

 数分後、我が家に自ら傷を付けてしまい心底落ち込んでいるフルシアンテが我に返り、

「すまない、今日の修行はこれで以上にしようか……」

「は、はい……」

 フルシアンテの身の内を悟ったジョシュは深入りしないように簡単な返事をして言われたとおりに今日は帰る事にした。


 帰路に着き、先ほど師匠が話しいていた昨日魔法使いを狩りした数に思いを馳せ、自身の実力にわずかな焦燥を感じていた。

「やっぱり師匠は凄いんだ……。もっと師匠のような強い鬼にならなくちゃ……」

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