2.
「まあ、そんな感じだったな」
目の前の幼女の姿をした自称魔法使いのマリアと先日俺の周りで起こったことについて回想した。
「『まあ、そんな感じだったな』、ではない。貴様は、それを人に向けて使ったのだ。それについて何も思っていないのか?」
「人に向けて……? 煙の事か……? 煙は勝手に発生したんだ。俺が意図的に発生させたわけじゃないって」
「煙だけじゃない。貴様が使ったのは、そのチンピラどもだけじゃないだろ。その前に私と同じくらいの少女に使っているだろ。それがどういうことかまるで分っていないのか? 貴様説明書は読んでも忘れるタイプだな」
「説明書……?」
「人間界に落とす前に杖にレィアオメァムした筈だが……。貴様、杖からタプゥァニァした筈だろう?」
「れ、レィアオメァム…? タ、プアニャ……? なんかそれ柔らかそう。大福みたいな?」
「真面目に聞け。はあ……貴様が杖を身体に取り込んだ時に、杖から創造能力の効果を読み込んでいるだろ。私がその能力を人に向かって使うなと杖に記録させている。忘れたとは言わせないぞ?」
「情報を読み込むってそんな機械みたいな……。あー、あれか? 確かに杖を身体に取り込んだ……というか気づいたら身体の中に合って、気付いたら知っていたっていう感じだけどな。」
……?
「まさか、貴様、ほんとに忘れて――」
「いや、本当に知らないって! 人に使ったらどうなるんだよ!?」
すると、マリアは口をとがらせ、俺に対し見るからに疑わし気な目を向けて尋ねた。
「知らないだと……? そういえば今の回想シーンに……」
「回想シーンって言っちゃうのか……」
「貴様、腕を出せ。杖の入っている左の腕だ」
言われるがままに左腕を出すと、手の甲を上に向けていたのを掴み裏返し、手の平が上に向けられる。
「杖を出せ」
「え……?」
「だから杖を出せと言ってるんだ。つ、杖に記憶させておいただろう……? 貴様の脳に伝達するように記憶させておいたはずだぞ……?」
「いや……知らないんだが……」
目の前の幼女の頬に一滴の雫が垂れる。それは勿論涙ではなく、汗だ。汗と言っても、恐らく、冷や汗だ。表情が不安そうな表情になっている。――え?
「仕方ない」
そう言うと、差し出してる俺の手首の袖をまくり上げ、ガシッと掴む。口調はどうであれ見た目通りやはり幼女の小さな手だ。少し冷たい。
「あまり人間の肌は触りたくないのだが」
2秒くらいしたその瞬間だった。
また、あの感覚だだだだああああああああ「いたいいたいたいたいたいちょちょちょととととととままあまま!!」
悲鳴を上げ始めても一切として幼女の姿をした魔女は容赦なく、手を離す様子が無いいいいいいいいいいい
「なんだ貴様、この程度のをまだ慣れていないのか」
いや、普通人間が我慢できる痛みじゃないたいたいたいたい
「やっと出た。お前が力むから少し引き出すのが無理やりになってしまった」
「はあ……はあ……はあ……はあ……」
一瞬で痛みが治まり手首を見ると例の木の枝が生えていた。
「っておいおいおいおいおい! 早く取ってくれ!! なんでこんな半端なところで止めるんだよ!?」
「あーもーうるさいなあ。……ほいっ」
「わあああああ!! ……って、あれ? 痛くない」
軽々と俺の腕から生えたその杖を出た角度のまま、まっすぐに引っこ抜いた。まるで人参でもしかし、腕には杖が刺さっていたような跡も痛みもすでに無くなっていた。
「なにをやってるんだ?」
「数日使ってないなと思っていたら杖が壊れていたようだな。恐らく、集団リンチ食らった時に壊れたのだろう。だからあんまんを買いに行っていたのも納得できる」
そうだ、先日の不良に絡まれた時から創造が出来なくなっていたのであった。杖の力も数日しか使ってなかったし、その後は普段の生活に戻っていたから正直先ほどマリアが現れて、杖の話をされるまで杖のことなどすっかり脳の片隅だった。
俺が騒いでいるのをスルーしマリアは目を瞑り腕をまっすぐにして杖を握っていた。何やら集中しているご様子だ。
こうして見るとどこか異国の少女のオーラが漂っているのを感じる。華奢な体つきは勿論だが白色とも銀色とも言えない透き通った独特な髪色をしている姿からは儚げなオーラを感じた。画になるな。
見つめていると杖を握った手の甲の宙に様々なこの世の者とは思えない景色が現れた。
「なんだ……? これ……」
色と言ってもそれが色なのかも分からない見たことも無い情景だった。色だとは思うけれど、色ではない。形もあるが、形と呼ぶのにはとても不適格で、そこに浮かび上がった情景はまるで現実にあるものだとは信じがたいアートで、しかし、アートと呼ぶのも違うような存在感――存在感と呼ぶのも間違っているような――目に見えるソレだった。説明しにくいのでとりあえず近しい現象であるオーロラと呼ぶことにしよう。ただ、物理的な物ではないのが見た限り感じ取れるのと、事実としてはそこに確かに視覚的な認識が出来たというだけだった。目の前にいる彼女から先ほど魔法使いだと聞き、そして、実際にこの杖とやらで俺自身が数日体験した創造の力からしても、どういう科学的なものが機能しているのかという事を疑うのはやはり野暮だろうと思った。
「ほん……と……だ……」
すると小さな声が漏れた。
「ナルノに送り込まれた情報は想像したモノを創造する力の魔法だけ。他の情報は何もない……」
「だからさっきからそう言っているじゃないか」
童女の頬に汗が流れる。
「どうして入ってない!」錯乱し始めたぞ。いや錯乱は言い過ぎか。
「私はちゃんと杖に記しておいたはずだぞ!」
「いや、俺に言われても……」
両手で俺の足のズボンを掴んで暴れている。
これはこれでかわいいとおも「お前何かしたな!」「へ……?」
「まあ、それは嘘だ。お前は見るからにただの人間だ。出来るわけがない。人間には出来ない。人間だからできない」
急に素に戻り杖から不思議な模様を浮かべなにか考え始める。
てか人間には出来ないって繰り返すとか嫌味な言い方だな……。
「本来はこの杖には私が拾った者に使用方法を記録しておいたはずだった。しかし、何かの手違いで記録できていなかったようだ」
「つまり、その杖が魔法の杖で、イメージしたものを創造出来るっていうこと以外にも何かしら情報があったっていう事なのか?」
「お前が言うとおりこの杖は想像したモノを創造することが出来る。魔法の杖だ。魔法と呼ぶにしては本来の能力が制限された上でその能力しか使えなくなっているというだけ。地上に降りたことによって杖の属性である、想像を創造する魔法が採用され、それだけが使えるようになっている」
「ああ、そこまでは俺も知っている」
「そして、先から言っているこの杖の能力は人に向けて使ってはならない。使えばその人間の細胞に魔力が施される」
「魔力?」
「この杖以外にも私たち魔法使いが使う道具――魔法具には魔力が宿っている。そうだな……人間には人間の血、魔法使いには魔法使いの血がある。そして魔法使いの血には魔力が通っている。魔法使いによって個性が変わってくるが、人間のいわゆる遺伝と同じようなものだ。血に通った魔力によって魔法具は作られている。そして、その魔法具を使うと……例えばお前がやったように食べ物を創造して、このセカイの魔力のない人間に与えると魔力が通う。力として何かが目覚めるようなことはないが、あるとしたら、内的な害ではなく、外的な害というのがないではない」
「『外的な害』……?」
「そうだ。魔力が人間の体内にあるという事に関しては対して問題はない。魔力を察知できるのは私と同じ魔法使いと……”fんsんgbn”だ……」
「え?」
声が小さくて聞きとれない。
「”dなdんごふぇ”だ……」
「ん?」
「”んdんふぃsんし”だ……」
「いや絶対重要なところだろ!? はっきり言ってくれ!!」それとも普通の人間に聞き取れない言葉なのか……?
「オ・ニ・だ!!」
思った以上にその名前は短かかった。英語にしてもデーモンだ。魔法語? にしたら長いのか?
「……オニ?」
「そうだ……」
「オニって鬼?」
「オニって鬼だ」
「なんでまた鬼なんだ? 鬼は日本のオバケだぞ。お前がいたセカイは二ホンか?」
「そこか!」
怒鳴られた。
「鬼というのは比喩に過ぎない! 先から使っている”魔法使い”も”魔力”もこの人間界に合わせた言語に置き換えているだけだ!」
「それじゃ、もしかして、怖いとか? 角とか生えてるとか?」
「怖いかどうかは個人次第だし角も生えてない……。ってそんなことどうでも良い!」
マリアは声を荒げた後、呼吸を落ち着かせ話を戻す。
「とにかく、さっき言った通り魔力が通っているというだけで魔法使いと、鬼に認識されてしまう。普通の魔法使いであれば問題は特に危害は与えない。しかし、鬼は魔力を生命力の源にしている。だからヤツらは私のセカイで”魔法使い”を狩る。それは恐らく人間界の人間に対しても同じだろう」
「それって結構重要じゃね……?」
「重要だ」
「いや、でも、そもそも鬼ってその、お前の故郷にいるもんなんだろ? 人間界っていうか人間のセカイになんで降りてくるんだよ」
「確かに私のセカイの生き物だが、強いて言うなら地上にも降りれる」
「強いて言うならってそれはもっと優先的に言ってくれ!」
「なんだお前! い、いきなりいたいけな少女に怒鳴るのか!」
「なにがいたいけな少女だ! どうせ魔法使いとか頓珍漢な事を言う幼女と言ったら見た目にそぐわずうん万歳って決まってるんだよ! その姿も仮の姿ってさっき自分で言っただろう!? 本当は人間に化けてる陰気な魔女なんじゃないのか!?」
「何を言う! 人間のクセして生意気だ! た、確かに私は1997歳で人間に比べて比較的ほんの少し年が上だからってこの見た目なら人間界のやつらは優しくしてくれると聞いていたのに! 貴様はなんて優しげのないヤツだ!」
すると人間の幼女に化けた自称魔法使いは手に持っていた杖で目の前の男の顔面目掛けて振るったのであった。
「殴ることないじゃん……」と親父にも殴られたことはあるけど女の子には流石に殴られたことが無い俺は初めての事態に心まで痛めた。思った以上に心の方が痛い。
「お前こそ怒鳴ることないじゃん……」マリアもマリアで涙目で傷ついていた。
「それはごめん……」
「いや私が杖に情報入れ忘れていたのが悪いんだ……」
「いや俺の方こそ……ん?」
「いや、ホントは人間界に杖を落とす前に入れているつもりだったんだけどな……」
「……」
「いや、ホントーに杖にさ、書き込んだつもりだったんだけど、あれー? 入ってないなーって。そういえば入れるの忘れていたかもなーって。あれ? あれれれ~? みたいな……?」
ん? 忘れてた?
「結構重要な情報を他にも記録したつもりだったけどなんだったっけな~?」
他にも重要な……?
「命にも関わるとかだったような~?」
命にも関わる――って
「それはちゃんとお前自身が覚えとけー!!」
「――で、まず杖の事も聞きたいが、その鬼とやら――まあ、名前からして穏やかな話で終わらなそうだが、お前のセカイの魔法使いから魔力を欲する鬼が人間のセカイに来れるとはどういう事かな? 嬢ちゃん」
俺はベッドの上に胡坐を掻いた。
目の前にはどこからともなく出現させたいわゆる魔法使いのとんがり帽子をかぶって床に正座した、自称魔法使い。ちなみに魔法使いのとんがり帽子はエナンと呼ぶのが正式名称らしいって、実は恐怖がすぐそこに迫ってるかもしれないって状況でそんなこと知るか……!
内心穏やかではない俺の前でマリアは重たい口を開いた。
「オニは、さっき言った通り基本的に魔力を求めている。体力さえあればどこへでも飛んでく。私のセカイでは魔法使いが住んでいる街と鬼族の住んでいる町は離れてていて、マジックヘッドには壁が築かれてあり鬼族が簡単に侵入出来ない対策がされているが地上と、私達のセカイには」
「いや、ちょっと待て。そういえばお前たちのセカイとやらからこっちの……人間のセカイにどうやって来たんだ?」
「だからそれを今言おうと……。私たち魔法使いというのは他のセカイへ自由に移動ができる。そうだな。……」
魔法使いは杖を一振り。
するとちょうど杖の先の触れた宙に渦状に歪んだ空間が現れた。平面と言うより、その中心から奥行きがあるのが分かった。
「このワープフィールドで魔法使いの者たちは人間界や他のセカイへ行き来ができる。まあ、人間界に降りてくる魔法使いなんて物好きくらいだが、鬼になると体力さえあれば魔力を摂取するために人間界にも容赦なく降りてくるかもしれない。しかし、鬼はワープフィールドは必要とせず魔力を求めて移動する。正直なところ鬼たちがどういう能力で移動しているのかについては分かってないからなんとも言えない。だからこそ危険なんだ」
そう言うとまた杖を一振りし、ワープフィールドというのが消える。
「じゃあ、つまり魔力を体内にしてしまった、まあ、俺がなーんにも知らずに」「うむむ……」「杖の力で創造して上げたアイスを食べた少女は、もしかしたら魔力を求めて移動した鬼に狙われてまうかもしれないっていう事なんだよな?」
「え!? でもでも~? 世の中って何が起こるか分からないじゃない? クリミが気にする事じゃないっていうか~?」
「いきなりぶりっ子ぶってひでえ事言うなぁ……。お前本当はただの電波少女じゃないのか……? 本当にそうであって欲しい。――が、とにかく。まず、俺の不注意でもあるけど、お前がこの杖とやらに使用上の注意? をちゃんと記録とかさせていなかったことが悪いんだろ。俺に関係ないとは言えないし、お前にも関係ないとは言えないだろ」
「でも、もう襲われて死んじゃってるかもしれないよ~?」
グッ……
無意識にこぶしを握る。
最初に起こっていたのは何だったんだよ。さっき言っていた通りこいつが本当に人間の子の姿通りの年齢ではなく、本当に魔法使いであり1997歳だとするのであれば、生きている年数の割には言っている事が薄情すぎるだろ。鬼とやらの存在と、魔力によって人間界に本当に問題が引き起こされる可能性があるのならば、放っておくことが出来るわけがない。
流石に少し、いや、かなり俺は今イラっとしていた。
「なーんだ。思っていたより意外と人間らしいところがあるじゃないか」
「?」
急に口調が平常に戻り、少し冷淡なくらいの目線が向けられる。
「貴様が杖を拾った時からずっと見ていたが、数日ずっと学校にも行かなくなり、杖を使って創造はしていた時の集中力はすごかったけどそれ以外はほぼ無気力だったからスルーするぅと思ったら、意外に情というのを持っているじゃないか」
「お前……何を言ってるんだ……?」
「よく考えてみれば確かに少女の事を助けたのも情に違いないか」
「それじゃあ、どうする、人間、クリミナルノよ」
「は、はぁ……」
「幼女の体内の魔力を狙って鬼が人間界へ現れるかもしれない。幼女というのは目の前の天才魔法使いの事ではなく」
「ナルシズムは良いから……」
「そうだ、重要な事を伝えていなかった。私はお前に魔力を使って協力することは出来ない」
「は?」
「この杖はお前の杖だ」
そう言いマリアから何の疑問も抱かず受け取る。
「魔法界の杖は人間界に降りた時、人間界のモノになり、そして、人間が拾えば、その人間のモノになる。そして、私はその杖の元所有者で、お前が現在の所有者で、私は一魔法使いとして、魔法具――杖と杖の所有者の最後を見届けなければならない」
しかし、さっき見せた水遊び程度の魔法意外に私はちゃんとした攻撃的な魔法が使えるが協力できる。――いや、正直私のミスが原因だから私から協力を願おう。鬼からニンゲンを救おうじゃないか」
「さあ、」
「ナルトよ」
「Oh! I'm Not NINJA NARUTO!」
「やかましい。早朝から大きい声を出すな」
気が付くと外を隠すカーテンの隙間から朝日が漏れていた。
「はあ……」
「ナルノよ」
――「オニ退治の為に私とケイヤクしてモモタロウになってよ!」
とても笑い話にならない未来が待ち受けている状況で、目の前に胸を張る魔法使いの幼女は俺に向かって日本昔話の主人公になれという要求を言い放ったのであった。
「モモタロウと来たか……。確かに鬼退治には間違いねえけど。それよりお前、急いだろ、展開」
先ほど受け取った杖が俺の意思が求めるでもなく俺の左腕が一人でに求めるように腕の肉が触手のように浮かび、糸状になり更に束になり杖を求め伸びていく。見れば腕の中の骨が露わだ。そして、空気に触れておきながらも体外に一切流れ出さない、血、血、血。
腕の中身が自らの肉に覆われていく。その肉には杖が握られており、腕の中に吸収された。違和感もなく元の俺の腕に戻ったが、急いでトイレに駆け込み喉の奥から湧き出す胃液やら何やらを戻した。これは一生慣れない気がする。