1.
0.
2週間ほど前
――その前に、自己紹介をしよう。
俺の名前は栗実成之。先週高校に入学して「友達沢山作って崩壊しかけてる軽音楽部を立て直してオレのハイスクールミュージカルおっぱじめてやるぜ!」と思うこともなく、入学して一週間も経つ間もなく不登校になってしまった不届き者だ。
更に親には入学をさせて貰えたが、離婚をしてしまい母親とは別れ、父の方に籍を入れることになったが父が一緒に暮らすのがイヤだという滅茶苦茶な理由で、学校が遠いというわけでもなかったのに学校の近くのアパートで一人暮らしさせられている。家賃や生活費は賄ってもらっているからこちらも楽なもんだけども。
趣味は毎日絵を描くことと読書くらいだ。あと彼女はいないし募集中というわけでもない。髪型は短髪で至ってノーマル。視力が低いが日常生活で必要最低限の時以外メガネは掛けずに過ごしてる為、裸眼で見ようとする時基本目つきが悪くなっていたりする。自己の紹介はこのくらいか。
先に行ったとおり、俺は高校を始めの1週間だけ登校し数日後不登校になっていた。
理由は上級生に目を付けられてしまったから。簡単に言えばいじめを受けたからだ。ただの運の悪さで入学して3日目に事は起きた。
教師に許可を得て借りた化学実験室で友人への感性移植実験を行っていて、ちょうど友人の頭部に感性遺伝用のコードをつなごうとしたところだった。
「おい一年。入学して来たばっかに勝手にオレらのバショ占領してるとは良い度胸じゃねーか」
胸に『日』型の学年章がつけられていて三年の生徒だと分かった。相手もこちらが『雲』型の学年章を付けているのを見て一年だと分かったのだろう。もしくは顔だけで新入生だと分かったのかもしれない。
彼は後ろに4、5人連れており、見た限り彼と同じ三年と、二年の『三日月』型の学年章を付けているのも見受けられた。持参した実験用の小型の機会は直ぐにポケットにしまった。
もちろん彼らがこの実験室を普段使っているものだと知らないわけで、なぜ彼ら――主に先頭の生徒が怒りをあらわにしているのかすぐに察せなかった。しかし、少なくとも穏やかではないという事を察し、耳栓を付けて目を閉じていた友人の肩を揺すり、状況を察するように促した。
すぐに気付いた友人は一瞬にして真っ青な顔になり座っていた椅子から立ち上がり、群れがいる入り口とは逆側の窓に向かって走り出した。しかし、あっけなく取り巻きの2人が追いかけて捕まえた。
「すみません! す、すぐ出ていきますから――」
気付いたら校内のどこかにいた。目が覚めて気付いたのは頬に痛みを感じたのと、目の前にある影が人だという事。そしてその直後に腹を蹴られ、頭を頭髪と共に鷲掴みされその手の主の顔が眼前にあった。
多分その時めんどくさいという感情が見え見えな表情をしてしまったのだろう。
「なんだてめえ」
語彙のない罵声を浴びせられ、顔面を殴られ、そこでまた意識を失った。多分実験室で意識を失ったのも顔面を殴られたからだったと思う。一瞬でどんくさい自分はそんな記憶すらすぐに思い出せなかった。
目が覚めた時には隣にぐったりと友人が意識を失っていて他には誰も居なかった。校舎と同じ素材で作られた建物の天窓から陽が差し込んでいるのに気付いて校内のどこかだと気付いた。とりあえず何が起こったのかさえ把握する間もなく、帰る事にした。
ポケットにしまった実験用の小型の機械は壊れていた。
帰り道、遠くの空に何か光るものが落ちるのを見た。その時何故か惹かれるものを感じた。
距離的に近くだと思い向かうと公園に辿りついた。5時過ぎ。小学生くらいの子供たちが遊んでいた。周りを見回しても特に何か変な事、何かが落ちてきたような感じはなかった。場所が違ったのかもしれない。探しても別に意味はないと思い、公園の出口に向かおうとしたところで足元に堅い何かを踏む感触を感じた。
見るとそこには成人男性の手首程度の長さの木の枝が落ちていた。よく見ると歪に曲がっているように表面が螺にねじれていた。しかし、それを手に取ってよく見てみると先がとがっている。更には細さに統一は無く片方へ向けて5センチくらいに太くなっていて明らかに作り物だと思った。手の平に細い方を叩いてみてもなかなか頑丈な作りでそのまま何も考えず気付いたら家に持って帰っていた。
家に着いて数時間経ってからはその木の棒をどこに置いたのか、そもそも持ってきたのかすら気付いたら忘れていた。
翌日、俺は昨日の男たちのオモチャにされそうになっていた。休み時間には待ち伏せされていたらしく一人になったタイミングで腹部に膝蹴りをくらい、制服を脱がされそうになった。先生が通りかかって運よくその時は逃れた。先ほど下校しようとしてまた待ち伏せをくらい両腕を掴まれた。しかし、リーダーみたいなヤツが正面に立った瞬間俺は男の中心に蹴りをくらわせて不意を突かれたのは逃れることに成功した。オモチャにされてしまう前にどうにかもがいて逃げる。捕まってもがいて、逃げるの繰り返し。ぶん殴られようが意地で逃げる。とにかく逃げる事だけが頭にあった。
校舎の裏に回ったところでがもう道が無い事に気付いて脳内で警報が鳴り響いた。
そして背後に5人分の重たい足音と呼吸が追いつく。
振り向く間もなく背中に飛び蹴りをくらわされ地面へ顔からぶっ倒れた。
すぐさま立ちなおそうとしたが、すぐさま地面に踏み抑えられた。
「逃げんじゃねえよ。遊ぼうぜ」
「っべ……つに……何も、してないじゃないですか……ッ」
殴られる。
髪を鷲掴みにされる。
「暇だったんだよ。この間まで良いオモチャがいたんだけど卒業しちまってよお。このままじゃオレらのアソビが無くなっちまうって思ってたところでちょうどいたからよお。待っててくれたんだろ? オレらの事」
「知りませんよ……入ったばかりで、き……きのう初めてあなたと会ったんですから」
「んなわけねえよなあ。良くないねえ嘘ついちゃあおいらと仲良くしようぜ。あーなんだっけなあ。いつだったっけなあ」
何かキメてるのかと思った。こいつと会ったのなんて昨日初めてだ。妄言押し付けて何しようっていうんだ。
「……っ」
気付くと男の顔が真横にあった。凄い量の吐息が漂う。
「身体にオレを覚えさせてやるよ」
異常だ。後ろにいるこいつの仲間の生徒たちもこれまでこんな場面を見てきたのか? 流石に異常すぎる。これまで何人が被害にあったんだ? これ以上俺は何をされるんだ?
まったく他に人の気配が無く逃げる術も思いつかなかった。入学早々こんな窮地に立たされるなんて思うか? この学校がこんなに治安悪いとは知らなかった。
髪が上に引かれるまま立ち上がったが目の前を同じ制服に違う学年章の生徒が7人と来た。髪を掴んでる当人は口が引き裂けんばかりに口角を上げている。不気味な野郎だ。
「仲良くしようぜ!!」
「っ!!」また腹に膝蹴りをくらう。
睨むと男と目が合う。ぎょろめで血走っていた。「はっ」なんか笑えて来た。
「たーすーけーてーくーれーよーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!」
次の瞬間助けを叫んでいた。
しかし、全く誰かに届いた気がしなかった。
「残念ながらここからじゃ誰にも聞こえねーよ!!」と正面から拳が顔面に向かってきていた。すぐに少し頭の角度を低くした。こいつぁ、運が悪かったよ。――――お前がな!
ゴキッ!!!
その場にいるとりまきにも聞こえただろう。骨が折れる音が。
そして、次の悲鳴で理解することだろう。俺じゃなくて、コイツの方だと。
「っっっって――――――――――――――――――!!!!!!!!!」
「こいつっっ!!!」
と次の手が出される前に、瞬時に俺の髪を握っているヤツの髪を捉え、拳で狙ってきた同じところへ頭をブチぶち込んでやった。俺の頭蓋骨は自慢の頑丈さを持っている。生きてきて初めて活かしたが。
ひるんだ野郎の手が離れた瞬間逃げようとした。――しかし、腕が掴まれ更に血気だった目が合って殺されると思った。クソ! 俺は早く家に帰って絵を描きたいだけなんだ!
その瞬間だった。何が起こったのかは全く分からなかったが、視界が一瞬にして煙で覆われ、お互いに目で捉えることも出来なくなった。振りほどこうと腕を何度か振り解こうとしたが異常な力で握られ続けていた。
「いっっっっっっっっってぇええええええええええ―――――!」
煙の向こうから悲鳴が聞こえた。すると掴まれていた腕が軽くなり、手が離されたのに気付きその勢いのまま走り出そうとしたが、――――「ん?」知らぬ間に腕に何かが絡まっているのに気付く。人の手ではない。しかも引っ張った分締め付けられて紐か何かに巻き付けられているようだ。何したん「だ!」と力づくで引っ張ると千切れたのかそのまま走り出せた。すぐに景色が明るくなり煙のセカイを俯瞰することが出来た。煙が球体状に形を作り渦のように流れるように回転していた。
まだ中であいつらがもがいているようだったが助ける義理なんかないのでその場を後にした。
帰り道、一応警戒をしながら帰ってきたが無事自宅にたどり着いた。
家に入るなり手を洗おうとしたところで手が真っ黒になっていることに気付いた。あの煙の灰が付いたのだろう。鏡を見ると顔も真っ黒だった。帰る途中はすれ違う人達に焦燥感の顔が気になって見られているのかと思っていたが、この顔じゃ見られて当然というくらいに頬や額も黒い灰が付いていて顔を軽く洗い。そのまま風呂に入った。当然、制服も汚れてとても着て行けるようなもんじゃなかった。どうせ明日行ったとしてもあいつらがいる。化学実験室に一緒にいた友人は今日は来てなかった。入学初日にあんな事が起こったらそりゃこれなくなって当然だ。制服も学校に行ってもあいつらがいる――。
「めんどくせ」
――それだけの理由でこれを機に俺は学校へ登校しなくなった。
1.
そして、すっかり不登校が馴染み家から出ず数日が立ち、趣味の絵を描いていたところだ。「そういやこの匂い……」基本自分は絵を鉛筆でキャンバスに立てた画用紙に描くのだが、鉛筆の匂いが先日の学校での黒煙の匂いと重なった。とは言っても実際に黒鉛なのかも今となっては確かめようがないし、あいつらがどうなったのかも興味もなかった。そんな事を考えていると、
「イタっ。ん?」左手首から骨とは思えない堅い何かが皮膚の下から盛り上がっていた。そして次の瞬間。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い――――――――
激痛が手首から全身へと鳴り響いた。頭も回らず部屋の床をのたうち回った。
(コロン)
「はあ……はあ……何だったんだ…………」痛みがすんと消えた。左手首を見た。しかし、なんともなかった。さすってみたが特に変な傷があるようでもなかった。
(コロン)
もたれようと手を床に立てた先で何かが手に触れた。
「なんだこれ」
歪に曲がっていて枝のようなのが落ちていた。手に取ってよく見ると数日前に拾った木だと気付いた。
先日無くしてそのままにしていたのを思い出したがこんなところにあったのか? さっきここでのたうちまわっていてどこかから転がって来たのか? そもそもこの間自宅まで持って帰ってきたのかすら記憶が怪しいのだがここにあるという事は持って帰ってきていたという事なのだろう。
「どうすっかな」
ただの木だし不燃ごみに出すか。というのも律儀だな。外に放っておくのも悪いし、元あった公園に捨てに行くのが妥当か――と思った瞬間だまた激痛が――「――――い゛でえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」なんだよこの痛みはああああああああああああああああああああ――(こんな奴がこの世に生きる意味はな)――あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――(弱い者も助けられないのか)――ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――(自分の方が)――あああああああああああああ――(聞こえない! 聞こえない!)――ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――
「―――――はあ……はあ……はあ…………。なんだよ…今の……」
断末魔のように脳内を言葉やぼやけた映像がよぎった。言葉を発していると思われる人が見えたが顔までは見えなかった。身長は俺の腰ぐらいまでだっただろうか?
そんなことを冷静に考えているのもおかしな感じだが、手から感じたことのない電流のようなのが走り、他人の記憶を見てるような感覚だった。
まだ衝撃が走った余韻が右手に残っていた。
その日は消耗しきってそのまま何も食べないままベッドに入り恐怖と共に眠った。
夢だと信じて。
翌日、目が覚めると記憶に新たな知識が増えていた。ゲームでレベルアップして技を覚えたみたいなそんな感じだった。
まず、昨日腕に生えたその木の棒はこの世のものではないという事。いうなら異世界から来たらしいのだが、その異世界とやらがどんな世界なのかまでの詳細な情報は覚えていなかった。
それからこの木の棒の使い方。想像した事を創造がすることが出来、人に向けても使用することが出来るものだという事。そしてその能力を人に向けて使う場合は顔を知っている必要であるということらしい。そして木の棒は杖と呼ぶのが正しいらしい。そして、その杖とやらは俺の身体に入っているらしい。
「はあ!? なんでまた身体に入ってるんだよ……!」
正直頭がおかしくなったのかと思った。しかし、すぐに蛇口は捻れば水が出る、紙が火に触れれば燃えてしまうという自然現象と同じくらいに当然のように納得している自分がいた。
しかし、唐突に目が覚めたらそんな知識があったことに対して、流石に、「可笑しなことになっちまったなー」と言葉を漏らしていた。
それから数日、想像を創造するとはどういうことなのか試してみた。能力が使えるのは左手だけで、左の手の平を開いて頭にモノをイメージした。白くてシンプルなコップ。左手の陶芸の粘土ようなのが現れ渦を巻き一瞬にして想像したコップが出来た。「なるほど」
それから試しに様々なものを思いつく限り創造した。えんぴつ、画板、本棚……。試しに機械に時計やテレビ、コップの中に水を左手に生み出し、更にリンゴやピザといった食べ物まで特に問題なく創造できたし、イメージした通りの味で消化もでき、全く問題なかった。試していると自分の左手の上だけでなく、少し離れていても狙った場所に創造出来ることが分かった。しかし、使い道もなく、思いつかなくなり、時々ふと悩んだ時にしている散歩をする事にした。
久しぶりに陽に浴びた。
商店街に着きしばらく何かないかアイデアになるものを探し歩いていると今にも泣きそうな女の子を見かつけた。口は声にならない声で「ママ」と発していた。見るからに迷子だった。
「大丈夫?」周りの大人は全く気にせず素通りで、側に寄って声を掛けると大きな涙が頬を流れた。
「迷子? ちょ、ちょっと待ってて!」
走ってすぐ側の人気のない路地に隠れ、すぐに少女の元へ戻る。
「はい。あと、これも」
少しは気持ちまぎれにならないだろうかとたった今創造したばかりの高級アイス、ハーダンゲッツのクリ&ピーナッツインサンドを渡した。渡すと涙は止まったが悲しい表情はあまり変わらなかった。一緒にすぐ側のベンチに座った。
横で少女はアイスのクッキー部分をぺろぺろと食むっていた。かわいいと思った。
「そういえばアニメとか見る?」気持ちを紛らわすために頑張って話題を絞り出す。桃色の長髪がしなやかに揺れる。少女は小さな声で、
「おにごろし、ももたろぉ…すき……」と答える。やはり幼稚園生くらいの少女の口から発せられても刺激の強いワードだ。
見つめてくる少女に左手でたった今創造したものを見せる。
「パティ、いる?」
受け取ると少女の落ち込んでいた表情はふわあっと柔らぎ、
「え! おにいちゃんいいの!?」
と驚きを混ぜた声で喜んでくれた。かわいいと思った。
『鬼殺し、桃太郎』とは一昨年末くらいから小さな子供から大人まで幅広い世代で人気が続いている漫画原作のアニメ。パティとは主要キャラ、ヒロインの女の子の鬼だ。タイトルの通り仲間を殺されてしまった鬼が”100年に一度の天才鬼殺し”の異名を持つ桃太郎に恨みを晴らそうと立ち向かい熱いバトルと主要鬼キャラ達の様々な葛藤を描いた作品。テレビアニメが放送された後に映画の上映すると瞬く間に超ヒットし、興行収入、観客動員数国内1位だったコブリ作品を10週目で抜き、上映半年経って尚毎週テレビや週刊誌で発表される映画観客動員数ランキングでは1位を独占し続けている。
5分くらい経っただろうか。パティのフィギュアで少女が遊んでいる隣で一緒にいると、「スィア!」とはす向かいのスーパーから若い女性がこちらに駆けてきた。
「ママっ!」
気付いた少女が走っていく。
「どこ行ってたの! 心配したでしょ!」
「ごめんなさい……」
「すみませんね、ありがとうございました。スィア、お兄ちゃんに一緒に待ってくれてありがとうございましたって」
「おにいちゃん、いっしょにまってくれてありがとうございました」
「うーん。今度からお母さんとはぐれないように気を付けるんだよ」
「うん!」
「ほんとにありがとうございました」お母さんは深く会釈をして娘にも会釈をさせて、帰ろうと振り返ろうとすると、
「あ! あと、パティも、ありがとう! ばいばい!」
と言って離れていった。
その後も商店街をうろついたが特に興味のある事もなく家に帰ろうとしたところだった。角を曲がった時だった。
「いてっ」「大丈夫ですかツシマさん!」「おい! てめえよそ見してんじゃ――あっこいつ! ツシマさん!」
そこにはつい先日まで自分が着ていた制服とやらと同じのを着た若者がいた。その中に1人、見覚えのある男がいた。「やべ」例の不良たちだと理解した時にはもう遅かった。
2.
マジで意識飛ぶの一瞬じゃん毎回俺は何をやられてん……。
「見ねぇなと思ったらサボっちゃってたのかな?」
うかつに外に出るもんじゃなかった。流石に近所だから時間帯的にも陽が落ちてきていてまさに下校時間だ。ちゃんと時間を守って下校してるのは偉いな。うん。
「いやいや、ほら、俺がいたら邪魔ですよね? だから大人しく……ところで、どうしたんですか? その足。てかここどこ?」
不良のリーダー、先ほどからツシマと呼ばれている男が左足にはつま先まで包帯をぐるぐる巻きにし、松葉杖を付いていた。それから、マジでここどこだ? 周りには薄く真っ黒な暗幕のようなのが垂れている。分かるのは屋内だという事だ。それにしても何故かここだけ現実から切り取られたような、時間すら感じない、風もない。無のような空気を感じた。
俺が言うと手下っぽいのが前に出てくる。
「てめえしらばっくれるんじゃねえぞ。あんときなにしたんだ?」
「あの時って……?」
「煙なんか仕掛けやがって。そん時にツシマさんの足に何したんだ!!」
「煙……? あー……。それは僕も知りませんよ……。俺は逃げようとしかしてなかったし手を出してきたのはそっちからじゃないですか!」
とは言っても抵抗ができる状況ではないのでどうしようもない。ここがどこか分かれば助けも呼べるものだが、出口すらここからは見つからず無暗には動き回れない。
髪を鷲掴みされてあららデジャブな状態ですよ。
ツシマは自身の足を指す。
「あんときてめえが逃げようとしてそん時にやられたのがこれだ。黒い煙が舞ってる間にてめえは俺の足に何をした? そもそもあの煙はなんだ?」
「煙については僕もわかりませんって!」
「言えよ。殺さねえから、てめえが俺にした事を正直に言えよ」
「っ!」ツシマは頭を掴んだまま壁にオレを押し付ける。
「殺さねえから、早く言え。てめえの身の為に何をしたのか、あれは何だったのか言ってみろ」
「オレは何もやってねえって!」
そんなに煙や足のケガやら言うなら警察にでも言えば良かったことだ。もちろんオレだって説明できるわけではないし、オレが仕掛けた事ではない。足のケガだって知らない。
「う゛はっ」
腹部を拳で殴られる。横にツシマの仲間が肩を貸して足のケガを庇っている。
ケガをしているくらいなら構わないでくれと言いたくなる。
「早く言えよ」
「だからオレはしらねえって……!」
「じゃあ、あれはなんだったんだ!!」
さっきからこいつはオレが実験室にいたことや、逃げたことについてではなく、煙についてばかり聞いてくるのは何故だ? 煙の中でオレがこいつに何かをしたわけではないが、その時のケガの事より煙の事ばかりを気にしている。しかし、オレは全く仕掛けなんてしたわけでもない。それでも信じてくれるわけもなく彼は容赦のない威圧感が漂う。
「やれ」
ツシマは俺から後退して離れ、入れ替わる様にツシマの下っ端が俺の前に立ちはだかるや否や、顔面を殴られる。腹を蹴りをくらい、「あんときなにをやったんだ?」と問いかけてくるが俺は知らない。
殴られ続け数分が経っただろうか。相手も強く殴っても加減をしている、ツシマの言うとおり殺さねえからって言葉が頭をよぎる。このまま俺が煙を撒いたと言わない限り殴られ続けるか、もしかすると本当に殺されるかもしれない。
殴られ続ける俺から離れて見ていたツシマが腕を擦りながら苛立ちを露わにし近づいてくる。
「ここでテメエをぶっ殺しても良いんだぞ?」
なぜだろうか。不思議とさっきからコイツの言っている言葉には威圧感が宿っているのだが、有言実行するほどの恐怖感を感じないのだ。彼はホントに俺の事を殺す気があるのか? 言葉で脅してくるが、一切彼は本気で俺に手を下そうという感じが無い。もしかしたら、いや、実際にまだ、コイツは俺があの煙幕を放ったと思っているのだろう。
そういえば確か、あの煙幕の匂いが黒鉛のような匂いがしたことを思い出した。
「そういえばあの煙――」
俺が冷静に考えている所、煙の臭いについて尋ねようとした瞬間だった。ツシマの下っ端の拳が俺の顔面に向かってきていた。クソっ。俺はもう家に帰って絵を描いていたい時間だというのに――
その瞬間だった。
ブォオオッ
「うわあっ!」
どこかから何かがふさがっていた蓋が外れて溜まっていた何かが外に出るような鈍い音が鳴った。それと同時に拳を振りかざしていた男が真横で倒れるのを感じた。そして、それに気付いた時には自分自身も全く目の前が見えなくなっていた。見えなくなっていたというより目を開けようとすると微粒の何かが目に入り瞼を開ける事すらできなかった。
「てめえ! またやりやがったな!? クソ!!」
ツシマの声だ。という事はどうやら俺だけではなく、連中も同じ状態で周囲が見えなくなっているのだろう。
お互いに何もできる状況ではない。
またあの匂いだ。
先日の――というかさっきこいつらが言っていた先日の煙幕と同じ匂い――黒鉛だ。
こいつらが仕掛けたのか? と疑うが、連中の話からして普通に考えられない。先日の通りこれではお互いに不利……というより、どちらとも何も出来なくなってしまう。そんなに馬鹿ではないだろ。じゃあ、誰がやったんだ? もしかして、あいつのグルの中に俺を守ろうとしている奴でも……? まさかそんな奴がいるとは思えない。そもそもなぜこんな仕掛けで助けようって発想になるんだ。普通に頭が悪い。
この黒煙がいつまで続くか分からない。しかし、先日の通り、この黒煙がなんなのかはなんとなく分かっている。俺の敵でも味方ではないようだが、相手から見えない内に後ろの壁を頼りに探り探りで逃げようと試みる。このまま待っていても理不尽な暴力が始まるだけだ。とはいってもこのまま壁を辿って逃げ道に辿りつくのかすら分からない。
「おい! 逃げるな!!」
ツシマの声が耳鳴りみたいに響くが距離は確実に離れている事が分かる。
さっき俺の事を殴ろうとした奴は倒れていたし、このまま逃げられるだろうか。
キィ
壁をなぞるように進んでいると重心を預けたところでドアのようなところにたどり着いた。
探るとドアノブがあった。
回すと鍵もかかっておらず簡単に中に入ることが出来た。
「なんだここは……?」
中にまで煙幕は侵略しておらず中の様子が見えた。パイプやドラム缶、さび付いた金属製のガラクタが転がっている。どうやら倉庫のようだ。
「いてっ」
手首に激痛が走った。
「……?」
痛んだ左手首を見ると例の木が一瞬出ていたのが見えた。しかし、すぐに手首の中に隠れてしまった。
そういえば、よく考えてみればこの能力を使って何かできたんじゃないか……?
いやいや、流石に人に向かってこの能力を使って対抗するのは抵抗があるな。なにか人として常識を超えている。とはいっても、もうこの体自体が常識を外れているのだが……。出来る事ならばあまり使いたくはないし、善意以外で人に使う物ではないと思う。というか、良心が痛む。
上を見上げると窓が見えた。
窓は高い位置にあり、元からあったガラクタとかを踏み台にして辿りつき、開けると隣の建物の屋根がすぐ下にあった。窓をくぐり、屋根に降り、そのまま横に渡っていると人気のない路地があった。あいつらの気配もなかった。
時計を見ると5時を回っていた。このまま家に帰って早く絵を描きたい。
「いたっ」
また左手首が痛んだ。「なんだこれ……?」
左手首から煙が出ていた。それは言葉の通り真っ黒で、腕を包むほどではないが、タバコの煙が燻る程度の量の煙だった。「まさか……」
目の前の一つの疑問と、たった今まで起きていた事態の疑問が重なった。
「この煙は俺から出ていたのか?」
という事は先日の学校での黒煙も?
しかし、意識して発生している訳ではない。先日から授かってしまった正体不明な能力。まだ、コントロールが出来ていないという事なのだろうか。
まあ、とりあえず、脱走することが出来た。
俺はそのまま家に帰宅した。
そして、その日を境に創造が出来なくなった。