プロローグ
「んあ」
目を覚ますと夜中になっていた。
ぎゅるるる~
空腹を意味する音がお腹から漏れ俺はコンビにへ行くことにした。
冷蔵庫を覗いたがビール一缶しかなくとても空腹を満たせるほどではなかった。
カーカー
道中カラスの鳴き声に上を見上げると、真っ暗で見えにくかったが電線に一層濃く黒くなった鳥型があったのできっと今鳴いたカラスだろうと思った。
数十分歩くとコンビニの灯りが見えてきた。
まぶしいコンビニに目を瞬かせてそのまま自動ドアに向かっていくとコンビニからオールバックで20、30の間位少し老けた男が出てきてぶつかった。
「だっ! このクソがよそ見してんじゃねえぞ!!」
暴言を吐き飛ばして彼はそのまま過ぎて行ったが俺はそのままコンビニへ入った。
そういえばデザートで新作が出てたなとデザートコーナーを回る。
目的のデザートを見つける。チョコレートロールケーキ。300円。
特に食べたくて探したわけでもなかったから暖かい缶コーヒーとレジで横にあるあんまんを一つだけでは足らないと思い二つ買った。
帰り際、さっきのカラスはいるかと気になり同じ位置で電線を見上げたがすでにいなくなっていた。
公園の通り過ぎようとしたところ、手前でカラスの鳴き声が聞こえてそちらを見る。しかし、今度こそ暗く、なんとなくの鳴き声の位置は分かるけど距離があるのか見当たらなかった。公園の中に入ってまで探すこともしなかった。
――「おじさん」
そのまま気にせず歩き出し数歩歩いたところでどこからか声が聞こえた。
「ん?」
女の子の声だ。自分に掛けられているように感じたので立ち止まる。周りを見回す。後ろからだったような? いや、公園の方からだったか? 気のせいとは思えないほどはっきりと聞こえた気がするが声の主は見つからない。
――「おじさん」
再び先と同じ女の子の声だ。この時間に出歩いているという事には問題があるなと思いながら、頭を掻いてもう一度周囲を見る。しかし、やはりいない。
こんな時間にいるわけないし、そもそも自分に声がかかる理由も分からないし、正直気持ちが悪いなとさえ思った。
――「おじさん! こっち!」
聞こえてなかったつもりで立ち去ろうとしたところでまた声が聞こえた。しかし、振り向いたがやはりいない。
「う! え!!」
上? と振り向いた方向のまま上を見上げると街頭の上にフクロウのように平然と片足でバランスを保ち膝を抱き締めるように体を丸めた少女が存在した。
それに似たオブジェか何かかと疑いたかったが確かに声を発する気配がした。
「こんな時間に出歩くなんて物騒ですよ。警察に見つかれば職質受けますよ?」
状況が飲み込めずに少女の言葉より暗がりでその姿を明確に認識するので精いっぱいで何も言葉が出なかった。
「あーなるほど」
そう言うと少女は少し足元をずらして街灯の上から――舞う様に地上に飛び降りた。しかし、それはふわりとスロー再生したように重力に従って落ちているのとはまるで違った。
地面に着地すると少女は自分と比べてとても小さかった。小学生3、4年生くらいだろうか。どこかの学校の制服のようなものを着ている。少なくとも近所で見かけたことがある制服ではない。
「おじさんかなり鈍感な人ですね。というよりどんくさいが正しいんですかね?」
探偵のように手を顎にあてて首をかしげるポーズをする。初対面のおじさんに対して口調がかなりきついぞ?
「いや、おじさんってほどの歳じゃないんだけど……」
「数日前からあなたを見ていましたけどなかなかに調度いいのが見つかってよかったですよ。おじさん暇ですよね?」
どうやら全く聞いていないようだ。
「えぇ…と……」
「あ! そうですよね、突然話しかけられて戸惑っていますよね。自己紹介をしますとね…。ふむ。この世界では”魔法使い”と確か呼ぶんでしたっけ? 今あなたと話しているこの言語自体いまいち慣れていないんですけど、ちゃんと伝わっていますよね?」
立て続けに説明を繰り出す少女を見て、やはり思ったのは、
「おうちは近いのかい? こんな時間に出歩いていると親が心配するよ? そうだね、交番が近くにあれば良いんだけど……」
「おじさん、私の話を聞いてましたか? 今、私が質問したんです。なんで質問で返してくるんですか…? とは言いつつ、言語自体は伝わっている事は分かりました。なら、一つ頼みたい事が――って人が話しているのに携帯で何しているんですか?」
「ごめんね、今おまわりさん呼ぶから」
こんなところに放置していくわけにもいかないし、かといって万が一警察と遭遇してしまった方が面倒になりそうだし――
「あの、おじさん……。人の話を聞いてないですね……? ……そっか、それなら――ホイッ」
「あれ? えっちょっと!?」
手でいじっていたスマホが宙に浮かび気付けば軽やかに俺の頭上まで浮かび上がっていた。
飛んで取ろうとしてもその度空中で俺のスマホはぴょんぴょんと跳ねてまるで掴めそうになかった。
「おじさん。……おじさん!!」
後ろで少女に呼ばれ状況を思い出した。しかし、振り向くとそこにいる少女の手には棒状のものが握られその先がこちらに向けられていた。
「え?」
魔法使いのつもり……。と思ったが今俺の頭上には手から離れたスマホがあって……。いやそんなまさかな話だ。マジシャンか何かか?
そう思い、もう一度狙いを定めてスマホに向かって手を伸ばしジャンプした。
「あ、取れた――」
と思ったらスマホはするりと手から離れてやはり生きているかのように飛び、優雅に舞うと俺とは別の者の手元に収まった。少女の手に。
「いったん、没収させてもらいます」
そういうと、少女は平然と俺のスマホをいじる。
「ちょっと!」
「『ちょっと』はこちらのセリフです」
と言いフイッと棒を振る。
「え…?」
少女に近づこうとしたところで、足が立ち止まった。というより、足が動かなくなった。
そもそもさっきからずっと不可思議な事が起こっていることは見落としているわけではない。確かに手に持っていたはずのスマホは宙を舞い彼女の手に収まったのだ。寝ぼけているのか? と思って頬をつねってみたものの神経ははっきりとしている。手は動くようだ。しかし、少女から携帯を取り返せるほどの距離ではなく何かほかに出来るわけではなかった。
「夢じゃありませんよ?」
早く帰りたい……。
「今早く帰りたいって思いましたね?」街灯に照らされる少女の目は俺を見て言い放つ。
「え?」
「話を早くしたいと思っているのに全くあなたが話すを聴く態度を取らないから私がこうして魔法を使わなくてはならなくなってしまったんですよ。貴方の行動次第では余計な危害も加えかねないので気を付けてください。まあ、今は何も出来ないでしょうけど」
「……俺なんかに何か用でも?」このままでは何も進まないと思いとりあえず尋ねてみる。
「そうそう! なぜ私がここにあなたの目の前に訪れたのかというとあなたに手伝って欲しい事があるからです」
「手伝う?」って何をだろう? 迷子ならやはり警察を呼んで――
「確かに私のようないたいけな姿の少女が夜中に出歩いていれば警察も呼びたくなるとは思いますけど流石に街燈から降りてきた時点で普通じゃないとは思いませんか?」
「さっきからずっと普通じゃないと思っているよ! だからおまわりさんにお願いしようとしているんだけど……」
「正しくは私は子供ではないのでおまわりさんは呼ばなくて結構です」
「まずスマホ返して貰いたいんだけどね……」
「むしろ私はおまわりさんより優秀な存在と言えましょう!」
「聞いてないね……」
胸を張る彼女のその小ささには言葉とはまるで説得力の欠ける貧弱さを感じざる終えない。
「ㇺ……。まあいいでしょう。私がなぜここに来たのかという事。もう流石に勘づいている事だと思いますが、あなたには――」
ぎゅるるる~
明らかな腹の虫が聞こえた。それは俺のお腹からかと思ったけれど、違ったようだ。正面の少女が顔を赤らめている。
「その手に持っているのは何ですか?」
少女の視線が俺の左手に注がれていることに気付きあんまんと缶コーヒーの入ったコンビニ袋を持っていたことを思い出す。
「あんまんだけど……」
「二個ありますね」
「あ、あぁ……」
どうやら欲しているようだ。
「一つ貰えませんか? そしたら私は家に帰ります」
それなら……。
「はい」
言われるままあんまんを一つ上げた。
受け取るとあっという間に平らげてしまった。それからスマホもあっさり俺に返してくれた。
「ありがと……」ありがとうというのも変だが返事をしようとすると一瞬にして少女は姿を消していた。
足も動くようになり、ポケットには先ほど奪われたはずの携帯が戻っていた。
今まで幻覚を見ていたんじゃないかと思った。
結局なんだったのか。無事に家に着いたかな? と少し心配に感じながらも自宅に着いた。
一つになってしまったあんまんを電子レンジで温めてから部屋に入る。
――「おかえり」
「え」
ベッドの上には一人暮らしの俺の部屋にはいるはずのない人の姿――さっき見た覚えのある幼女が胡坐を組んで座った姿があった。
驚いてあんまんが手から落ちる。
しかし、床に付く間もなくそれは空中で先見たスマホのように宙を舞い俺の手元に戻った。
幼女を見ると棒の先をこちらに向けていた。
突然、パチンッ、と手を叩き「割愛!」と幼女は宣言する。知らぬ間に手からは棒が消えていた。
「さっきも説明した通り私は魔法使いです。あなたにお願いがあってここ、人間界――あなたの元に来ました」
何か口早に説明をされたがまったく理解が出来ない。ただ俺はあんまんを一口はむっと噛んだ。
「――つまり私は魔法使いのセカイからやってきた。そして先日下界に落としてしまった杖の拾い主の元へと訪れたという事だ」
少女からは有無を言わせず語られるがまま俺の目の前に現れた理由が聞かされたのであった。有無を言わせずというのはそもそも現在俺の口には嚙み切る事も吐き出すことも出来ないあんまんのような形をした白く丸い何かが押し込まれ、身体は縄で縛られ何も抵抗が出来ない状態だったからだ。それは全て彼女が杖を振り一瞬で惨めな姿になってしまったのだ。
「何か言いたい事はあるか?」
と言われあんまんのようなそれを咥えたまま、「ほいうおおおいあえあいえおぉ(という事と言われましても)」と反応するしかなかった。言葉を聞き取れずやっと気づいた少女が杖を振ると、あんまんが一瞬に柔らかくなり噛み切れるようになった。しかし、身体は縛られたまま。手は使えず口を起用にあんまんを咀嚼して飲み込み言いたい事を吐き出す。
「申し訳ないが俺は君が言っている杖っていうのは拾っていないし、そんな魔法使いなんて非現実的な事信じられないな」
すると少女はベッドから降り、俺の目の前に立つ。
「何をいまさら。あなたの事を見ていたんですから分かってるんですよ。それから私がこうすれば吐き出しますか?」
そういうとまた一振り――
「――!?」
目の前にどこからともなく、空中で湧き出るように水という水が現れた。
「ほいっ」
少女が言う。すると宙にある水は手のひらサイズになり青、赤、緑と色を変え発光する。さらに鳥、リンゴ、葉っぱの形に変形させて見せた。
「な、なにかトリックがあるんだろ…」
「疑うのは構わないけど、高校一年にして親に勘当され追い出されたが大金持ちな一家から生活費を貰いながら一人暮らしをしているこの家を壊すことだって私にはできるぞ? やってみますか」
「やめてくれ」
さらりと俺の個人情報を言ってのけた少女が棒を振り形を変える宙に浮くの水溜まりを一瞬に火に変わったか否かの瞬間に気付いたら言葉を放っていた。直後トーンが落ちている自分の声に気付いて変な気分になった。
何がどうなってるのか分からないが、先のスマホを操ったことや、今目の前で水を操って見せたことも含め迫力が欠けるにせよ杖1つで起こっている事はファンタジーでいう魔法のそれだと信じるに十分だった。いや、まだ足らないが、一旦、信じてやってもいいだろう。
「魔法だかなんだか知らないけど、もしその、最悪な事が出来るのならやめてくれ。それから……なんで俺の事を知ってるんだ」
「だからずっと見ていたってさっきから言ってるじゃないですか……。はあ……どこから話そう。あ、その前に私の名前を名乗っていなかった。私の名前はマリア。魔法界から来た、魔法使いのマリア」
「あー、俺の名前は――」
「おじさんの名前は知っている。栗美成之さん。早速だけど――」
「ちょちょ、ちょっと待って! さっき…というか会った時から思っていたんだけど、そのおじさんってやめてくれるか? ほら、まだ……」
「じゃあ、どう呼ぶべき?」
そうか確かに、と俺は腕を組む。組もうとしたが腕が縛られていて正座から胡坐に組みなおし考えるポーズをとる。年齢の関係からしてまあ――
「お兄ちゃん?」
打倒だろ。
「馬鹿言え」
「え?」
「恐らく、いや確実に明確にお前は私のこの容姿と比べて思いついたのだろう。説明しておくと、私がこの格好になっているのはこの街で出歩くに違和感が無いと思い選んだだけで魔法界では魔法界の本来の姿がある。呼び名を訪ねたのが愚かだったな。クリミ。今後お前の事をクリミと呼ぼう。文句はないだろう」
冗談で言ったつもりだったのだがまさかここまで畳みかけるように毒を飛ばしてくるとは思ってもいなかった。先ほどから言っているように目の前にいる少女はまさに小学生くらいの身長に、華奢でしなやかさ感じる細身の身体に、誰もが愛くるしさを感じてもおかしくない柔らかそうな頬にガラス玉のように光を反射し全て見つめるような大きな瞳。そして何より触りたくなる程にしなやかに揺れる髪。
まるで芸術的な美しさを持っていた。
「分かった、それでいいよ。で、そろそろ言わせてもらうと、俺にはその杖ってやらを拾った覚えがないから、人違いじゃないかな?」
「嘘を吐くな。2週間前、お前が拾ったところからそして、何に使ったというところまで一部始終見ていたのだ。幼女の姿をしているからといってお前が想像しているよりもお前の事を知ってるぞ」
ここまで言われてしまっては確信せざるを得ないだろう。女の子が言っている事は恐らく、あの事だろう――