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ー第八話ー 止まったままの故郷 動き出す若い意思

 都会に無事帰ったと、夏目から孝介にメールが届いた。


 『高井が妙なハイテンションな旅行になったが、戻ってきてから、みんな普通通りの生活になった。中村も養生してくれ。』


 孝介の大学からの友人である、夏目と結城と高井が、孝介のいる幸田の家を後にしてから、数回旅行途中の写真を送ってきた。

 能登を出てから富山に行き、そこから新潟辺りで新幹線に乗り戻ったらしい。

 

 次は、あの三人に会えるのか。それとも、もう会えないのか。


 ふっと、孝介の脳裏によぎった。



 午前10時ぐらいになり、居間でゆっくりしていると、玄関から扉が開く音が聞こえた。

 「孝ちゃん、おっけ?」(孝ちゃん、いるか?)

 孝介は、今と玄関の間の引き戸を開けた。

 「おんぞ、なしたん?」(いるぞ、どうしたん?)

 孝介の小学校時代の友人でこの集落に住んでいる馬場翔太がやってきた。

 「玄関でもなんやし、入りま。」(玄関でもなんだから、入れよ)


 「うんでな、ずっと前ぇ相談してぇってとった事、あったがぁ?」

 (そしてな、ずっと前に相談したいって言ってたことあっただろ)

 「おぁん。」

 翔太は孝介の相槌を確認して、タバコを取り出し吸おうと火をつけたが、すぐに消した。

 「っと。」

 「タバコ、気にせんでええぞ。」

 「いんぁ、相談に来とらんがに、いきなしタバコ吸うんもあかんがやろ。かぁかにも吸う場所考えまっしねって言われとっし。」

 (いや、相談に来てるのに、いきなりタバコ吸うのは駄目やろ。妻にも吸う場所を考えろって言われてるし)

 「タバコ吸いは大変やな。」

 翔太は、タバコとライターをポケットに仕舞うと、もう一度孝介に向き直った。

 「ちゃんと聞かんなんし、吸うとる場合やなかたわ。」


 「で、相談ってなんなん。」

 「おぅん、漁協でな、じぃじゃ連中から、市場以外の売り先ねえがんかって言われとってな。」

 (うん、漁協でな、年寄連中から、市場以外の売り先ないのかと言われててな)

 翔太は、孝介から受け取ったお茶の入ったグラスを口元に持ってきた。

 「んで、今、売り先ったら、漁協から市場ぐれぇやろ?どこに魚もってけってんやろな」

 「富来に漁協から直接魚()うとる回転寿司屋あるやろ。あんなんみたいに、店に売れんがん?」

 「あんまし近所の店に売っとるとな、市場で仲買が()うてくれんくなるがんやわ。一応、店は市場から()うてくれってことになっとるさけぇ。」

 まあ、そうだわな。と孝介は思った。

 

 「でまあ、とりあえずや、市場や仲買に迷惑かけん売り先やったら、ぇえんがやな?」

 「まあ、そういうことやし」

 孝介は、さてさて・・・と天井を仰いた。

 「・・・市場に卸せん魚って、浜に揚げとるがん?」

 「あらかた、海で戻しとっけど、かごに入っとるのもあるな?」

 翔太はカゴを持つような仕草をみせた。

 「ほう・・・そんとき、どうすらん?」

 「食える魚やったら、持って帰って、かぁかに飯にしてもろうとる。お前んとこのじぃじゃもなんでか知らんが好き好んで持って帰っとっぞ。他のじぃじゃは食わんがに。」

 祖父の英吉は、市場に出せないが食べれる魚を、しょっちゅう持って帰ってきた。最近のことではなくて、サラリーマンやめて漁をしだしてからずっとなので、集落ではかなり有名だった。

 「だから、小さい頃から、あんなにも、じぃじゃから見たことねえ魚ばっか送られとったんか。」

 「なん?売れん魚、売らんけ?」(なに?売れない魚を売るのか?)

 「いんゃ、売れんかどうかは、翔太等次第やけどな。要は売れる魚、売れん魚、関係なくまとめて売れらんえぇんがやろ?」

 孝介はガラスコップを持ち、翔太に指差した。


 「そこでや、条件整理すっと、まずは市場や仲買に迷惑かけん事、そんで魚を売れること、この2点やな」

 孝介の確認に、翔太は頷いた。

 「市場以外の売り先探しって、誰がやらん?」

 「今んとこ、俺ぁ(うらぁ)一人だけや。」

 翔太は親指を立てて自分自身に差した。

 「へ?翔太一人だけか?」

 「若いがん、おらんしな。みんな街行ったし。」

 「まあ、仕事先、海以外やったら、ぱっと思いついて、羽咋ん工場か、千里浜の道の駅ぐらいやしな。」

 「介護とか病院とかもあるがぁ。」

 「そら、人選ぶやろ。誰でも出来る仕事じゃねえ。」

 孝介は手を頭の後ろで組んで天井を仰いだ。

 今、翔太一人からでもできる販売スタイル。久しぶりに使う頭の起動の遅さを、少し感じていた。


 「翔太一人だけしかおらんのなら、翔太一人で始めるしかねえわな。」

 「できらんけ?」

 「お前次第や」

 孝介は口元を手で隠しながら翔太を見た。

 「他のとこで、市場に通さんと魚を売るってのがあるし、それを専門にしとる会社もある。」

 「俺ぁ(うらぁ)んとこで出来ることをすってことやな」

 「せや、ただ最初は翔太一人や。それだけはわかっといて。」

 翔太は少し考え込んだ。

 「孝ちゃんは出来んがん?」

 「手助けはできる。でも売らんは翔太や。」

 翔太は少し間をおいた。なにか決めたようだった。

 「わかった。というか、俺ぁ(うらぁ)しかおらんさかいな。」

 翔太は、自分で納得するように大きく頷いた。

 「で、なにすらんや?」


 孝介は、裏が無地のチラシとペンを持ってきた。

 「まずは、翔太がこれからすっことを書いてく。説明もする。そんで、これを、お前んとこのかぁかに見られても、翔太がちゃんと説明できるようになってもらう。」

 「わぁた。」(わかった)

 孝介は、翔太がやることを箇条書きにしていった。

 「やるべきことは、翔太が、能登の漁師の翔太として、他の人、この魚を()うてくれるだろう人に、覚えてもらうことや。」

 「つまり、俺ぁ(うらぁ)が有名人になるってこっちゃな」

 「せや」

 孝介は、紙に『翔太が、有名漁師になる』と書いた。

 「で、有名になっぞ、ってもな、なんか方法がねえとあかんがやろ。そこで、インターネットを使うんや。」

 「ネットか。使う(つこう)たことねえんがんやけど、大丈夫なんけ?」

 「おらぁ、それで大卒からずっと飯食ってきたんや。大丈夫や。」

 孝介は翔太の顔をみてニヤリと笑った。

 「要は、ちゃんとやって、やり続けるかがや。全部それだけの話なんや。」

 孝介は続いて、使うメディアを書いていった。

 「翔太がするべきは、人がいる所に、人が興味を示しそうな言葉を使って、楽しくアピールしていくということ。」

 「楽しそうにアピールか。」

 「まずはこの2つを使う。ブログとSNS。」

 孝介はそう言うと2社のサービスサイトの名前を書いた。

 「日本で一番使われているブログ”スライムブログ”と、日本人が一番使ってるSNS”whiswhisウィスウィス”を使う。」

 「聞いたことあるけど、これをどうすらんや?」

 「スライムブログとウィスウィスは、ともにそのサービスの中に沢山使っとる奴らがおる。だからそこで発信すると、そこの中の人達が、ブログないし書き込みを見ててくれるということになる。」

 孝介は、各サービスを大きな丸で囲み、その丸の中に翔太書いて丸をつけ、ユーザーと文字を書き丸で囲み、翔太の名前に矢印を引っ張った。

 「てことは孝ちゃん、呼び込む相手はこれやな?」

 「せや。ネットと言われると、すぐに検索とかって言われるけど、まずすべきは、見てくれる人の数と、交流できる人の数を、増やすことなんや。」

 

 翔太は大きく頷いた。これらのサービスは知っていたけど、その使う目的を聞いたのは初めてだった。

 「そんなふうな使い方があったんや。」

 「ネットで商売って言うと、みんなすぐに、自分のホームページ作るとか、ネットショップ作るとか言うんがんやけど、実際その前にすることってあって、それが、自分を知ってもらうこと、なんや。」

 「広告みたいなもんか?」

 「近いけど違う。さっき言った、有名になる、が近い。ブログとかSNS使って翔太を知った人は、翔太を漁師の人って覚える。そして翔太がどんな風な人間か、どんな事してるか、どんな事を教えてくれるか、ってことが増えると、翔太を、漁師として信用できる人、って思うようになる。そこで、翔太から魚を買いたい、買える方法を知りたいって人が出てきて、直接買う方法を知りたがるんや。」

 「そん時、スーパーとか他の所とかで買わんがんけ?」

 孝介はにやりと口元を上げながら手を横に振った。

 「それはない。だって、他の人や店には、翔太の情報を見て得た”信用”がないから。その信用を持っとるん、翔太、お前だけなんや。」

 「たいそうな事するんやな。」

 翔太は大きくため息をついた。

 孝介は、すかさず翔太を指差した。

 「それをたいそうな事にするかせんかは、翔太、お前次第や。それがさっき、自分でやるって言ったことやぞ。」

 翔太は、孝介を驚いたように見つめた。

 確かに、ネットを使えば配送できるところが全部売り先になるし、第一お客に直接届けるから、市場とか仲買とかは全く関係ない。翔太そのものの、魚の売り先ということになる。

 翔太は思わず、口角を持ち上げた。


 「面白そうやな、絶対やるわ。細かいやり方教えてくれ、できれば家のパソコンとかでできればいいし」

 翔太は力強く首を縦に振った。

 孝介は、思わず吹き出し笑った。

 「わかった、じゃあ、今から翔太ん家に行こうか」


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