ー第七話ー 都会に置いてきたもの 未来に持っていくもの
孝介は、高校を卒業すると、そのまま都会の大学に進学した。
孝介が大学に進学した時は、世相的にも金銭的に苦しい時期だった。
世界的な不況が日本にも襲いかかり、孝介の父親の収入もかなり減っていた。
それでも大学に行けたのは、2人の兄が一足先に社会人となり、少しからず協力をしてくれていたためだった。
今から考えれば、まだ独身だったからできた話でもあった。
そこまで成績が優秀でもない孝介は、なんの問題もなく大学に進学することができた。
学費と一部の生活費は、援助してもらったが、アルバイトも頑張った。
大学の仲間とスマホアプリのWEBアプリ化を中心に開発を行ったり、サービスの展開なんて開発会社の真似事みたいなこともした。
都会での仲間は、ほとんどが大学時代の仲間だった。
就職しても、別々の会社に言っても、SNSでずっとつながってた。
新社会人1~2年目ぐらいまでは愚痴っぽい話、3年を超えると互いのビジネスの話が多くなっていった。
大学時代の友人は、ゆるくつながったビジネスパートナーになっていく様な話を聞いた。
その人脈を見越して、会社は採用をするのだと。
それは、ある意味正解だったかも知れない。
結果として、会社に新規の取引先を与えて、売上にも貢献できた。
ちゃんと社会人をしていた、と本人は思っている。
会社にも貢献できていたし、結果として事業規模の拡大にも寄与できていた。
会社員として、間違いなく充実していた日々だった。
今日は、都会から来客のある日だった。
巷は連休で、この数日数多くのバイカーが奥能登の観光地へ向けて走っていっていた。
新幹線を降りたら車を借りて、走ってくると聞いていた。
近くに来たらスマホに連絡が入る予定だった。
「昼までに来るのかな」
孝介がそうつぶやくと、すぐにメッセージが入った。
『今、言われたみたいな橋を渡った。』
あと10分ぐらいで到着。
孝介は、ベッドから起き上がり、玄関に近い位置に移動をした。
孝介の住んでいる幸田家は、集落の路地を入った少しだけ内部にある。
田舎道なので、車で来る時は、気をつけないと側溝にタイヤを落としてしまうのだ。
このつい最近も、集落に住む住人の孫が、カーレースに出るような大きなスポーツカーを買ったということで、自慢しに乗って来た。
車幅が道ギリギリで、壁にバンパーが擦れるギリギリの所を、ゆっくりゆっくりと走っていった。
多分、何回か側溝にタイヤを落としようだった。
次来る時は、別の車で来るらしい。
開けていた玄関に、青い車のフロントが見えた。そして一度切り替えして、バックで幸田家の敷地に履いてきた。
待ってた来客が到着した。
「中村、ひさしぶり。かなり待ったか?」
車の運転席から孝介に声がかかった。
「いや。遠い所、よく来てくれる気になったな。」
運転席に座る来客、夏目に応えた。
「結城くんが、ゴールデンウィークに旅行行こうって言わなきゃ、誰もこなかったんだよ~!」
夏目の後ろから女性が声をかけた。
「うん、結城ありがとう。」
助手席からちょうど降りた、結城に声をかけた。
「気にするな。みんな、今年は街を離れたかったんだ。可能な限り、とんでもない田舎に行こうってな。そこで、中村の所に行こうって決めただけだ。」
「うわww とんでもない田舎かよ。間違いないわ。」
孝介は吹き出して笑った。
「で、あたしは無視ですか?」
「悪かったな、千佳。無視してない。無視してない。」
後部座席から降りてきた高井千佳が、そのまま孝介の所に飛びついてきた。
「ひ~さ~し~ぶ~り~」
「はいはい、久しぶりです。」
高井は、孝介の胸元に顔をぐりぐり押し付けた。
孝介は、高井の肩をポンポンと優しく叩いた。
「それが、10年連れ添った女房に対する扱い~?」
高井は、孝介の顔を覗き込んだ。
「って、おめえは女房じゃねえだろ。」
後ろからやってきた結城が、高井の頭を手刀で小突いた。
「・・・うん、それは悪かった。」
孝介は、ため息交じりに高井に答えた。
車を閉めた夏目が家に入って来た所で、孝介は3人を居間に通した。
祖父の英吉が、あらかじめ座卓に、飲み物とつまむ程度の食べ物を用意してくれていた。
「で、ちょっとおどろいたんだが・・・」
結城が、持ってきた平たい容器を包んだナイロン袋を開けた。
「田舎のスーパーって、回転寿司が普通に店頭に並んで売ってるのか」
どうやら、3人は孝介の所に来る前に、途中にあるスーパーに寄っていたらしい。
結城が開けたのは、丸い平たい容器いっぱいに入った寿司だった。
「こっちでは、都会の座って食う寿司が回転してて、都会で回転してる寿司が店舗で売ってて、こっちの座って食う寿司は魚市場に入る前に入る魚なんだよ。」
孝介は小皿をとってきて3人に渡した。
「意味分かんない」
高井は、寿司の上から醤油を回しかけた。
「チョット待って千佳ちゃん、全部に醤油をかけないで・・・」
夏目の静止は、ちょっと間に合わなかった。夏目の表情が、どんどんがっかりしていった。
「まあ、寿司はスーパーが全てじゃないから、こっちにいる間は、座って食う店でも、回ってる店でも、好きに行ってきたらいいよ。ちょっとした自慢になるだろ。」
孝介はニヤニヤしながら、甘海老の握りをとった。
孝介と夏目と結城と高井は、大学の同窓生だった。
1年目で知り合い、クラブやゼミなど違うことが多かったが、大学時代、最も多く時間を過ごした間柄だった。
大学時代、WEBアプリの開発を時間をとって一緒にしていたのは、夏目と孝介だった。
普及しだしたスマホを使って、スマホ単体で使えるアプリの開発をしていたのだが、システム上、物足りなさを感じた夏目が、孝介に声をかけて、WEBとの連携を行うという開発を行った。
孝介は学部ではITは専攻していなかったが、兄たちの影響でWEBサイトを作ることができた。
それをアプリと組み合わせるということは、二人が知っていることをあわせて初めてできたことだった。
アプリ開発そのものの、引き合いが増えていったが、利用者のメインがアメリカだったため英語翻訳が必要になっていた。
そこで、英語の出来る結城を引き入れてきた。
スマホアプリは、順調に利用者数を増やしていった。
高井は、孝介が夏目や結城と行動し始める前後から、一緒についてくるようになった。
だれが高井に声をかけた、というわけじゃない。
3人がどこかで出ている講義に一緒にいたり、ゼミが一緒だったりと、断片的に知り合いになっていたような同窓生の一人だった。
気がつけば、アプリの開発の場にいるようになり、高井の意見も多く反映した。
いろんな協力者がいたが、この4人で、一種のスタートアップ企業のような状態になっていた。
このアプリ開発の権限は、全て夏目が持っていた。
有名になるにつれ、夏目だけを前面に押し出して、他の3人は表立って行動しないようにした。
卒業直前には、企業化を含め、夏目のもとには、億単位の資金が援助されるような環境になっていた。
何十万人もの利用者を抱えるスマホアプリは、当時としてはトップクラスと言ってよかった。
まだ世間的にはスマホアプリの開発がブームになる前で、4人はまさにパイオニアだった。
でも、夏目は大学と卒業にこのアプリを手放すことにした。
使用してくれるユーザーのために、可能な限り技術的にも経営的にも安定した企業を選んだ。
結果として、夏目の手元に億単位のお金が入ることになった。
学生スタートアップとしての成功例として、全国的にも一時期だけ有名になった。
その後は、みんな違う道を歩んだ。
孝介はWEBディレクターとして、夏目は新たなサービス開発者として、結城は日本のサービスを世界展開するためのコーディネーターとして、高井は普通のOLに。
「そういえば、夏目と結城は、最近、なにしてる?」
手元に寄せた鰤の握りを箸で突きながら、孝介は、夏目と結城を見た。
「俺は、自分のサービス構築と、あとあの自動車会社の、ユーザー向けの独自アプリの開発顧問してる。」
夏目はそう言うと、外の乗ってきた車を指差した。
「俺は、この旅行に出る2日前に日本に帰ってきた。海外の現地法人のコーディネーターもどきか?」
結城は、片付けられずに持ってきたパスポートをペラペラめくった。
「そうすると、俺だけが何もしてないってことでいいか。」
孝介は深くため息をついた。
「実はそんなこともなくてな。」
結城は、孝介を指差した。
「この前、明らかにお前の仕事の形跡のある仕事を対応した。」
「え、どこの会社だよ。」
結城は、海外に拠点を持ってる大きな企業の名前を言った。
「あ、やった。海外マーケティングするかもって言ってたから、英語で翻訳しやすい文体でコンテンツ作ってきた。」
「それをな、英語と東南アジア向けにローカライズしてきた。データの連携も一元化したいらしかったから、『それは作ったところにも依頼して』と言って、うちの部下と中村の前の会社の社員さんとで共同作業してるはず。」
孝介には初耳だった。退職して3ヶ月も経てば知らないプロジェクトが立っててもおかしくないなと思った。
「なにかしら、形を残す仕事してたら、どういう形であれ、みんなかかわってくるよな。多分、大きい企業をよくしてた中村の案件、これから沢山みつけるぜ。」
結城は、最後に残った卵焼きの握りを、指でつまみ上げて口に放り込んだ。
「隠居してるようで、してないってことだな。未だに大学時代のアプリの事聞かれるよ。『ディレクションも、マーケティングも、夏目さんがしたんですか?』って。」
夏目はじっと汗をかいたコップに手をやりお茶をぐっと飲んだ。
「実際、アプリの開発と実装は俺がやった。間違いない。でもディレクションとマーケティングは中村がしたんだもんな。後にも先にもあの神がかったのは見たことないわ。」
夏目は飲み干したグラスを握ったまま、孝介を指差した。
「まあ、それも全部、店終いして、ここいるわけだけどな。」
孝介は、空いた小皿を箸でつついた。
「病気がなければ、まだ仕事してるし、第一、今の旅行もお前らと一緒に回ってるわな。」
「自分の人生、選べることはたくさんあるけど、選べないことの大きさが辛いな。」
結城がそうゆうと、高井の方を向いた。
高井は、まさか自分の方に向かれるとは思ってなく、少しびっくりした。
「高井としては、今の状態どう思うの?」
結城がじっと見つめたまま尋ねた。
「私は・・・こーすけが、まだ元気そうで良かった。」
高井はそう言うと、箸を咥えたまま笑った。
孝介と高井は、大学を卒業する半年ぐらい前から付き合い出した。
その頃は、就職活動が一段落ついて、夏目のアプリ売却が大詰めを迎えていたときだった。
元々、アプリの作成の時に、孝介は仕様書を作っていた。
そして機能が増えるたびに仕様追加をしていき、孝介と夏目と結城でしか理解できない構造になっていた。
そこで、引き渡しを潤滑に進めるために、仕様書の再構成を行うことにした。
夏目はアプリ機能の精査と分類、結城はそれの世界共通化の確認、そして孝介は以上のことを文面にまとめる事を行った。
就職活動がしやすい時代だった為、内定企業はみんな早く見つかったので、順調に作業に着手することができた。
その時から、大学と家との作業の時に、高井が孝介とともに過ごすようになっていった。
最初は、気まぐれでこっちに来ているのだろう、と言う程度で思っていた。
回数を重ねるごとに、高井の孝介に対する対応が他の人のそれとは違っていったことに気づいた。
高井は、何年も孝介のことが好きだった。
高井が夏目と結城にそれを相談した所、『あの堅物を、如何に落とし切るか』という作戦会議になった。
出た結論が、『この作業にかかる時間の、ほぼ全てを孝介のサポートに費やす』ということだった。
高井の行動は早かった。孝介達3人の作業内容を夏目と結城から聞いて、孝介のスケジュールを計算した。そしてそれに合わせて、作業をサポートしながら、生活の部分に深く入り込んでいった。
心理学を少し噛んでいる夏目は、高井にこういった。
「他の人がするとただの迷惑行為。でも中村もわずかならがら千佳ちゃんに好意を持ってる。これは間違いない。たとえ今は友人としてでもね。ならば接触回数を増やして、中村が千佳ちゃんに”ありがとう”って気持ちを沢山持つようにするんだ。会えば会うほど好きになる『ザイアンス効果』の応用だ。」
企みは、孝介の預かりの知らぬ所で着々と進んでいた。
仕様書再構成も大詰めを迎えていた最後の冬、東京は大雪に覆われた。
交通機関が全て止まり、高井は自宅アパートに帰れなくなってしまった。
孝介は、さすがに歩いて帰らせるわけにはいかなかった。
しんしんと都会に降り積もる雪をベランダ窓から眺めて、その寒さをひしっと感じた。
「なあ、泊まっていくか。」
孝介が切り出し、振り返った高井は言葉なく頷いた。
いい大人なので、付き合い始めたとか、告白したとか言うのは無しにしたかった。
どうしても、高井にはつらい思いをさせたくなかった。
冬が溶けるにつけ、次第に、孝介も高井のことが大切になっていった。
社会人になってから、互いに引っ越し近い所で生活を始めた。
そして、なんとなく結婚を意識し始めた頃、同棲を始めた。
いつかとは決めてないけど、いつか結婚すると思っているので、両家の親に孝介と高井は顔を合わせておいた。
このまま順調に結婚できるだろう、二人はそう思っていた。
そういう矢先だった。
孝介にガンが発覚し、進行が早いことと徹底した治療、そして急激に体力が落ちていくと言う事実を突きつけられた。
高井は、これからも変わらず、孝介を支えていく事を宣言した。
だが、孝介は、まだまだ未来がある高井に、自分の病気に付き合わせるわけに行かない、と言った。
お互い、ぼろぼろになるまで、言い合いをした。
互いのことを思って、言い合いをした。
本当に相手が大切だと思ったから、言い合いをした。
そういう日が続いて、高井が泣く泣く折れる形になった。
会社の近所にアパートを借りて、少しづつ引っ越していった。
次第に、二人で住んだ部屋の半分が空白になっていく感覚を、孝介は感じていた。
病気さえなければ、この事実は、孝介に重くのしかかった。
今日は、孝介の家から更に北にある旅館に、3人は予約を取っていた。
荷物と、孝介が3人に持たせたかったお土産を車に載せた。
「じゃあ、俺らは、こっから旅行を続けるわ。」
「暗い道だから、気をつけてな。」
夏目は運転席に、結城は助手席に入った。
高井は、孝介の前に立ち、じっと見つめた。
「ねえ、こーすけ。」
「なんや。」
「別れたこと、まだ後悔してくれてる?」
孝介は、高井の顔をじっと見た。
「・・・病気になったことを、後悔してる。」
高井は、右手で握りこぶしを作って、孝介の左肩口を叩いた。
「そんなの、後悔にならないよ。」
高井はもう一度、右手の握りこぶしで、孝介の右肩口を叩いた。
「そうだな。2人一緒で出来ることもあったかもしれない。でも千佳を、俺の悪くなる現状に、巻き込みたくなかった。」
「わたしな・・・巻き込んでほしかったんだぞ。」
高井は孝介を両腕で軽く押し自分の体を離した。
「私は、この道を、まだまだまだまだ、まっすぐ生きます。だから、辛くなったら連絡頂戴。いつでも、こーすけの方を振り返るから。」
孝介は、言葉なく頷いた。
3人を載せた車は、再びゆっくりと動き出した。
辺りは夕方になっており、車のフォグライトが鈍く光っていた。
「中村、いつでも連絡しろよ。」
運転席の夏目が孝介に声をかけた。
「わかった。お前らも、気をつけて旅行楽しんでこいよ。」
後部座席の高井が、両手をぶんぶん振り続けた。
青い車は、ゆっくり動き、集落の路地から南北に走る国道を、北へ向けて走っていった。
孝介は、ゆっくりとした足取りで、国道まででて、3人を載せた車の姿が見えなくなるまで、音が聞こえなくなるまで、見送った。
左側から強く差し込む夕日が、水を張ったばかりの水田を黄金色に照らしていた。
孝介は持ってきたスマホを構えた。
カメラモードを立ち上げ、写真を撮った。
スマホのディスプレイいっぱいに、いつまでも消えぬ黄金の光景が残った。
翌日、孝介は随分早く起こされた。
スマホの着信音と振動が、いつも以上に大きく聞こえた。
スマホを立ち上げ、確認をした。
夏目からの着信メッセージだった。
無事に到着したことと、一枚の写真が添付されていた。
朝焼けに輝く海辺と、影で黒く彩られた笑顔の高井の姿だった。
孝介は、スマホを伏せて、顔を枕に押し付けた。
疲れた。
大変おまたせしました。
内容はできていたのですが、組み上げるのに時間がかかってました。
孝介の時間はまだまだ続きます。