ー第六話ー 真新しい季節の到来 経る時間と再開
「新年度なので、新しく予算が付きました。6月までにこの企画について、WEB対策できますか?」
孝介はそう言われると、取引先担当者から、進行中の企画書を渡された。
30ページぐらいある企画書をペラペラをめくって、WEB対策に書いてあるページに目を通した。
「わかりました。今回の企画について、WEB側の目標は、人数ですか?金額ですか?」
「中村さんには、人数でお願いしたいと思います。PVと問い合わせと契約と。契約数はこちらの問題でもありますので、中村さんの必達ではありません。」
取引先担当者は、そう言うと、孝介の手元をじっと見た。
孝介はその視線を感じ、企画書を一度閉じた。
「わかりました。詳細については、今週末までにメッセージを送ります。これから先は制作設定と同時進行になりますから、チャットで完了までやり取りしましょう。」
そう言うと、孝介は握手するための手を差し伸べた。
「今年も、引き続きよろしくおねがいします。」
取引先担当者は、にっこり答え、孝介に手を差し伸べた。
孝介は右手を天井に差し伸べたまま、目を覚めた。
「あれ?いつの話だったけ?」
なんとなく記憶にあるやり取りが、いつだったか思い出しながら、差し伸べた右手をベッドに降ろした。
頭のあたりで、何か振動がなった。
スマホに、メッセージが届いてたようだった。
仕事を引き継いだ後輩からだった。
『中村さん、引き継いだ案件について教えて下さい』
それから、長いメッセージが続いていた。
内容は、取引先担当者から受け取った、今年度の企画の進行についての相談だった。
WEB制作と一緒にWEBマーケティングの役目も担っていたため、引き継ぎ資料の確認と合わせてアドバイスが欲しいようだった。
「この内容なら、課長に相談したほうが早いような・・・、まあいいか」
孝介は、その会社の今までの取引内容と今回の内容についての案と、そしてその話なら課長に直接聞いたほうが早いと打って返信した。
少し間を置いてから、もう一通送信した。
『取引先の企画については、マーケティング手法を課長と相談しながら、細かい数字の打ち合わせを、先方とチャットしてリアルタイムでやりとし続けたほうが、ミスが少なくすみます。』
「マーケティングは、相手がいて初めて成立するものだから」
孝介はそうつぶやき、スマホから手を離した。
朝、珍しくすんなりと起き上がれたので、孝介は国道沿いの商店に買い物に行くために外に出た。
集落の小学生が登校の時間だった。
学校が統廃合で遠くなり、町営のスクールバス、もしくはその児童の親の車で送るようになってた。
どうやら、今日は児童がスクールバスに乗り遅れたらしく、親の車で送ってもらうようだった。
児童たちが車に乗り込む時に、親が孝介の方をみて、声を上げた。
「あれ?孝ちゃんやないが?」(あれ?孝ちゃんだよな?)
聞き覚えのある声だった。
「あ~、翔太やったんか~」
「うっわ、ひっさいぶり~」(うわ、ひさしぶり~)
馬場翔太は、孝介の小学校の同級生だった。
能登で暮らさなくなった後でも、毎年盆には必ず会っていた。
家が同じ集落ということもあり、孝介から尋ねたり、翔太から孝介に会いに来たりと高校卒業するまで交流が続いた。
顔を合わせるのは約10年ぶりだった。
翔太が、駆け足で孝介の所に駆け寄ってきた。
「なんや、孝ちゃん、こっち帰っとたんが。」(なんや、孝ちゃん、こっちに帰ってたのか)
「をん、春前から。ってそこ、じぃじゃに聞いとったがやろ。」(うん、春前から、ってそこ、じいちゃんに聞いてただろ)
「ちょっこな。体、たいそないんけ。」(少しな。体、しんどくないのか)
「今ぁ、だんない。今だけ。」(今は大丈夫。今だけ。)
後ろで、子供が車からひょっこり顔を出した。
「とぉと、学校、遅れるぅ。」(お父さん、学校、遅れるよ)
「おらぁ、今、行っから。」
翔太は後ろを向き、子供に返事すると、孝介の方を向いた。
「ちった、送ってくっさけえ。またな。」(ちょっと送ってくるから、またな。)
翔太は車に戻って、子供を送りに車を出した。
10年も経てば、子供も出来るよな。
孝介は、変わってないように見えた集落が、実は少しづつ変わっているのに改めて気付かされた。