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ー第四話ー 幼少の浜辺 終の浜辺

 中村孝介は、元々田舎育ちだった。

 

 四人兄弟の三男として産まれ、一時期、能登半島にある母親の実家幸田家に預けられていた。

 一人だけ預けられていた為、集落の人からは『幸田家の跡取りのアンカ』と言われていた。


 孝介はそういう気もなく、親の都合が付けば、また親が生活する街に戻り、兄弟と一緒に生活するものだと思っていた。

 

 孝介の親は、元々日本海側にある地方都市に住んでた。

 父親がそこの生まれ育ちで、母親が能登半島の出身だった。


 兄たちは父親の実家に可愛がられていたけど、孝介の記憶の中では父親の実家に可愛がられた記憶がない。

 大人になってから従弟から聞くには、祖母が孝介の事を可愛くないと思っていたそうだ。

 

 「すっげえくっだらねえ理由だな。ばあちゃん改めて見損なったわ。」


 仲の良い従弟とバカみたいに笑った。


 祖母からは謂れのない嫌われ方をしていても、伯父夫婦や従兄弟とは仲がよく、特に従弟は孝介が幸田の家に預けられている時に、よく伯母が運転する車でやってきていた。

 孝介と同じく地方都市産まれで、町中しか知らない従弟にとっては、海のある漁村は珍しく、互いに楽しい時期を過ごしていた。

 


 都会から新幹線で移動してきた孝介は、乗り換えの為新幹線から降りた。

 見慣れた終着駅だった。


 次は電車に乗り換えて北上する。

 小学生時期に、能登の幸田家に行く為によく一人で乗り換えていた。

 あれから大幅に改築されて、もう小学生の頃の駅舎の面影も無いけれど。



 小学生の頃、数年間、能登の生活だったが、その間月に1回程度、両親のいる家に帰っていた。

 母親は決まって、この駅の改札で孝介が出てくるのを待ってくれていた。


 携帯電話やスマホなどはまだ大人が持つ物とされた時代で、今みたいに、子供でもスマホを持てるものではなかったので、幸田の家を出る時に祖父に電話をしてもらって、そこから一人で向かうという状態だった。


 南へ向かう電車は、海岸線から遠く、常に地平線を眺めていた。

 途中でちらほら見える町並みを毎回見つめながら、途中架線の切り替えで消灯する車内に恐怖した。


 駅につくと、改札に母親が待っていた。

 時々、兄たちがいた。極稀に、父親がいた。



 ”今乗り換えたし、幸田の家に向かうわ”

 今、実家を取り仕切る一番年上の兄にメッセージを打った。

 5分ぐらいして、”そか”と返ってきた。


 いつの間にか自動改札になっていた改札口を通り、ホームに上った。

 簡単に駆け上がれた階段も、足が重い。

 こんなにも階段が長かったか、そう感じてしまった。

 取っ手を手で掴みながら、必死に体に寄せて階段を上がっていった。



 孝介が、能登の幸田の家にいたのは、小学校の間3年間だった。

 中学は、地元の学校に行くことになった。

 祖母が高齢の為、介護施設に入ることになり、伯父が家のことを取り仕切れるようになったからだ。


 その時は、なぜ孝介が幸田の家に3年間住むことになり、そして戻れたかはわからなかった。

 伯父からは、戻ってきた初日に『一人だけ田舎に住ませてしまって、ごめんな。これからはみんな一緒やからな。』と言われた時、孝介は、うん、としか言えなかった。

 あの言葉の意味を理解できたのも、成人してから従弟に教えてもらった後だった。

 

 孝介にとっては、『ただ単に故郷という場所が2つある』だけの意味しか持たないわけだった。


 以後、幸田の家はお盆に行く、と言う生活になった。

 当時、幸田の家がある漁村には、孝介と同じくらいの年代の子供がたくさんいた。

 つまり、3年間、孝介は漁村の友達と遊んでいた。

 

 お盆に帰るたびに、顔を合わせる狭い集落なので、孝介が大学進学のため都会に出るまでは、毎年会っていた。

 あれからお互いいい大人になってるはず。とは到底思えない仲だった。

 お互い、会えば、また子供の時のようにはしゃぐんだろう。



 小さな時に怖がってた架電の切り替えの消灯も、もう特に何も感じなくなってた。

 一時的に外の光が車内に入り込んできて、入り口でスマホを触ってる学生の横顔を、くっきりと映し出した。

 記憶にある電車の走る方向とは、逆に向かって走っていった。

 車窓の左手に流れる地平線とまばらな町並みが、チラチラと視界に入り込んできた。


 記憶の中よりもずっと、家の数が多くなってる気がした。

 十数年も経てば、いくら田舎とはいえ人の数は変わる。

 気がつけば田園風景が、地方都市のベッドタウンになっていた。


 「へえ、変わるもんだな」

 孝介は、感心した。自分が知ってることが全てじゃないと、感心した。



 能登へ行くときは電車だけではなく、駅から長距離バスで行くことがあった。

 駅から母に見送ってもらい、能登の最寄りのターミナルバス停で祖父に迎えに来てもらう。

 

 時々祖父が間に合わなくて、ターミナルで待つこともあった。

 兄と一緒のときには、近くの時計屋に入り、いろんな腕時計を眺めていた。

 「お年玉や貯金で買えるかな。」

 「これなら今買える。」

 どれもこれも、子供の目にはキラキラ輝いて見えた。

 大人になったら、いろんな腕時計をするんだ。

 それが、子供時代の小さな夢だった。


 孝介は、ふと目が覚めた。

 電車を降りてから、コミュニティバスに乗り換えていた。

 もう、十数年も変わりない風景が流れていた。

 バスの中で揺られながら、ウトウト眠ってしまっていたようだった。

 

 バスは、小学校の3年間、孝介一人だけが生活した場所についた。

 

 そして、孝介は色あせたバス停を降りた。

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