ー第三話ー 帰路、思い出の家路まで
最初の診断から、1年と2ヶ月が経った。
当初の予定よりも、2ヶ月伸びている。
その間の仕事の引き継ぎ、納品は順調に進んでいった。
懸念だった大型案件は、無事に納品を完了した。新システム稼働をさせ、それは全国ニュースにもなった。
引き継ぎを兼ねて、一緒にディレクションを行ってた後輩にとっては、初めての大きな案件だった。
業界で少し名が知れるようになったはずだ。
手元に抱えていた案件が一段落ついた頃、ついに体が言うことを聞かなくなってきた。
腰と右足が膨らんでるような気がして重かった。
そして、毎月の診察で、覚悟していたことを言われた。
「よくここまで持ちこたえられたと思います。医者として、残り半年ぐらいと言わせていただきます。」
なんとなく思っていた。でも実際に言われるとなかなか心に来るものがあった。
「半年、他の人と比べて早かったですか?」
「殆どの人は、もっと高齢で発病していますので、もっと遅いです。ですが、まだ20代という若さから考えると、長く持ったほうです。」
とりあえず、踏ん張れたということはわかった。
「もし、住む場所を変えるなら、今が最後のチャンスになります。どこかご希望の場所はありますか?そこから通える病院に紹介状を書きます。」
「わかりました。お願いします。」
夜が明けて、体が軽いうちに会社に行った。
出社前に連絡していた上司に、時間を取ってもらった。
「事情は理解した。」
「お手数をおかけします。」
「病気だからしかたない。短いようでもあったが、長い間本当にありがとう。」
めったに頭を下げない上司が、深々と頭を下げた。
「本当は病気の事を聞かされたときは、治るものと思っていた。普通に仕事していつもと同じ様に出社してくれると思ってた。私の目測が甘かった。」
「それは僕にもわかりません。みんなわかりません。ですが、無事に引き継ぎが間に合ってよかったです。」
頭を上げ直した上司に向かって、一息ついて目をじっと見た。
「大卒から今あるのは、課長のおかげです。結果として、後輩も沢山定着させられました。その間沢山飛んだ人はいますが、多分、あの時よりもいい会社になったと思います。そういう会社に居させていただきまして、ありがとうございます。」
上司はずっと肩をたたき、そうかそうか、とつぶやき続けた。
退職願を出したときは、都会に珍しく雪が降る日だった。
実際の退職日は、少しだけ寒さが緩んだ季節になった。
日の時間が少しだけ長くなり、心持ち気持ちが楽になった。
家財道具を引越し業者に引き渡すと、カバンひとつ抱えた。
そして、もう一度、いままで住み慣れた部屋をもう一度見た。
一人には広すぎる部屋だったと改めて思った。
健康だったときは気にもしなかった事が改めて気になった。
「いままでお世話になりました。」
誰もいない部屋に挨拶をした。
シンとした室内に、しずやかに声が鳴り響いた。
そして、もう戻らないこの部屋の鍵を閉めた。