ー第二十六話ー 繋ぐ手 広げる手
まだ薄暗い朝に、孝介のスマホにメッセージが入り、ほのかに光った。
目覚めて、孝介はスマホを取ろうと手を伸ばした。
指が引っかかって、床に落ちた。
パキッと音がして、孝介は、諦めた表情をした。
手を伸ばし床に落ちたスマホを取り上げると、画面の下三分の一ぐらいにまっすぐ斜めに亀裂が入ってた。
「しまったな。」
細かい割れがないことを確認して、そのまま使うことにした。
翔太から明け方にメッセージが入っていた。
WEB対策の続きの内容だった。珍しく長文だった。
『ずっとしてるブログとSNSの調子がいい、朝限定販売も順調に受付できてて、そこそこ金になり始めた。
今、漁協のじぃじゃ共が、それを漁協全体で出来んかということを言い出してきた。
俺としてではなく、漁協として売り出していきたいということらしい。
前に孝ちゃんに言われたとおり、じゃあ、協力せえやと言ってるが、なかなか言い訳ばかりで協力しないからいじっかしい。
なので、これから冬に入っていくし、あのじぃじゃ共に渋々協力させる方法を教えて欲しい。
ネットの販売だけじゃなくて、もっと販路も広げたいし、できればブランドにしていきたい。
前に孝ちゃんが言ってた、お前やから買うんや、って状態にしたい。
だから、時間欲しい。どうけ?』
孝介は、じゃあ適当な時に来いや、と返信を打った。
数日後の夕方、翔太は何やら荷物を抱えてやってきた。
その日の午前中に孝介の所に行くと連絡を入れていた。
「打ち合わせすっとは聞いたがな。」
孝介はいつもどおり、座卓のある居間で出迎えた。
「でも、そんなにも、物、持ってくって思っとらんぞ。」
翔太が持ってきたのは、大量の梨だった。
「いやな、うちんとこのかぁか、奥さんの方な、実家がな、高松でブドウと梨を作っとってな、毎年、大量に送ってくるがんやけどな、ブドウはなくなれんけど、梨が余ってな。」
梨の量は、普通店頭でで3箱分ぐらいの量だった。
翔太は居間の座卓に置いた。
「これ分けるってことは、まだ家にあれんな?」
「まだまだある。」
「もう、コンポートにして売ったら?」
「コンポートってなんや?」
孝介はスマホで検索して翔太に見せた。
「梨を煮らんか。」
「ほうや、で、ちゃんと殺菌処理して密封したら売れっぞ。」
「これも通販か?」
「いんや、千里浜とか高浜とか富来の道の駅に連絡して相談しまっしね。商品化とか、農家からの、とかで置いてくれるかもしれんし。」
「ほっけ。それ知らなんだ。」
「ただ、お前んとこのかぁかの実家が高松やろ?やから、高松の道の駅に梨とかブドウとか置いとったら、角が立つさけえ、先に向こうの親に相談してからしまっしね。」
「いや、良いこと聞いた。あんやとう。」
翔太は、ウンウンと頷いて、自分の妻に今のことをメッセージで送った。
「で、本題はこれじゃねえがやろ。」
「ぉん、魚のことや。」
「メッセージ見たけど、まあ、想定どおりに動いとるな。」
孝介は、もう一度、翔太からもらったメッセージを読み直した。
「要は、じぃじゃ共が、翔太ばかり目立ってきたから、ワシ等も入れろ、でも目立ったことしたないし、漁協でやるって形にして、みんなで分け前を受け取ろうってことやな。」
「まあ、ほうや。ぼちぼち目立った金額になってきたからな。」
「ふっ、いじっかしい、じぃじゃ共やわ。」
孝介は、めんどくさそうに頭をかき、翔太はその様子を見てニヤニヤ笑った。
「まあ、他の地域じゃ、何もしたくないけど金は稼いで、俺らによこせって言っとるから、それよりもマシて考えとこうか。」
「前、孝ちゃんに言われたとおり、みんなでしようやってのは、通じとるみたいやし。」
「こん前の時にわかったわ。翔太、思った以上に、集落のばぁば連中に好かれとるがやな。」
「ほぼ孫やしな。」
「それがいいがんや。伝統的にここの集落は、じぃじゃがどんだけ言おうが、ばぁばに頭が上がらんがやし。」
孝介はニヤニヤしながらそういった。
「とりあえず、次にすっこととして、漁協で通販、そして、街で店を開く。これを一緒に考えてくれんけ。」
「前も言うとったけど、どういうことなん?」
「目的は魚を売ることや。だから翔太にいわばアイドルになってもらって、通販してもろうてん。」
「ぉん。で今、じぃじゃ等がやる気出しとっし。」
「でな、数人はじぃじゃ等も、動画とかで顔を出してもいいと思うげん。でも、数が多くなっと、見とる方が、誰が誰かわからんなってくる。だからそこは数を絞る。でも協力させな、いかんがや。」
孝介は、座卓をコツコツと叩いた。
「で、実際に店を出して、そこに立たせよう、ってことになるがんやわ。」
「WEBと店と、セットで考えれんな。」
「そうや、セットや。セットじゃないと意味ないげん。」
孝介はそう言うと、翔太の前に自分の手で握りこぶしを作り、肘を曲げて甲を見せた。
「この2つが、WEBと店や。客はこの2つを使って魚を買うがんや。」
「この2つをか。」
「ぉん。ほとんどの人はどっちかやっとるげん。WEBか店舗か。金の問題もあっけど、大体は管理手法の問題になるがんや。」
「どっちかに偏るってことやな?」
「ぉん。みんな人数少ねえし、両方とも回せんげん。でもここ、人数おるやろ。漁協もつかえっし、じぃじゃ等や、ばぁば等もおる。人的問題は解決できとるげん。」
孝介は握りこぶしを振り、翔太に向けてぐいっと突き出した。
「要は誰が、それを管理すっかって話になるげん。漁協のじぃじゃ共にさせてもいいと思うげんけど、多分、回らんと思う。だから、俺がやり方教えっさけえ、翔太がやれん。」
翔太は、わずかに考え込んだ。ほんの数秒だった。
「やらんかったら、始まらんもんな。」
「ブログとSNSと同じや。やらんかったら、始まらん。で、やらんかったら、今までどおりや。」
翔太は軽く頷いた。
「わかった。漁協に持っていって、実行するわ。相談じゃのうて、実行するわ。」
孝介は、ニヤッと笑った。
「今、話おうとったら、絶対に何もせんのは見えとるしな。」
「WEBの方って、どうすらん。」
「そこは、通販サイト使って、やるしかないげん。」
「サイト?」
「ああ、WEBサイト、いわば通販すっためのホームページな。昔はホームページって言うとったもんを、今は、WEBとかWEBサイトとか言うげん。」
「ほうなんや、覚えとこ。」
「通販サイト作るには、通販できるサービスがある所に登録して、使うのが一番早いげん。」
「作らんでもいいがんやな?」
「ぉん、ブログとかSNSとかと同じで、あるもの使うげん。正直それで充分やし。」
「登録したら、サッと使えらん?」
「それがな、他と差別とかすっために、画像の加工とか必要になるがんやわ。」
翔太は、眉をしかめて孝介の顔を見た。
「俺ら、写真とか加工できんぞ。」
「ちょっと前から考えとってんけどな。画像加工できる人、おったらええよな。」
孝介はニヤッとした。
「そんなん、おらん?」
翔太は、ますます眉をしかめた。
「秋祭りの時におうた、室生さん、あの人、WEBデザイナーやって話したやろ?」
「ん・・・孝ちゃんがWEBデザイン教えとるって言うとったのか?」
「ぉん。室生さんに、必要な部分の画像を、ちゃんと依頼して作ってもらうげん。」
翔太は頷きながら聞いていたが、”ちゃんと依頼”でピタッと止まった。
「ちゃんと依頼なんて、したことねえげんけど、大丈夫なんか?」
孝介は不安そうな翔太の顔をみて、頷いた。
「大丈夫。しばらく俺が間に入っし。」
「まあ、孝ちゃんに任せるわ。で、どう連絡とらん。」
「ここには、便利なもんがあってな。」
孝介はスマホのチャットツールtalkWorkを起動させ、室生にメッセージを送った。
翔太は覗き込み、スマホを見た。
「なぁん?それ?」
「talkWorkっていう、メッセージをやり取り出来るサービスや。普通のメールやケータイ番号のメッセージと違って、複数人でチャットできれん。」
「へー、りくつな。」
孝介は、今、翔太と話していた通販サイトの内容を、室生に送信した。
室生からの返信は、少し経ってから戻ってきた。
←
『メッセージ見ました。内容はわかったんですが、連絡とかはどうすればいいんですか?』
孝介は、メッセージを確認して、翔太に見せた。
「こういう風に戻ってくる。」
「ほぉん、なるほど。」
「で、このツールに翔太をメンバーに入れて、連絡しあえん。」
「俺んスマホに入っとらんぞいや。」
「教えっし、今、インストールして、ユーザ登録しまっし。」
孝介は、翔太にチャットツールのtalkWorkのユーザー申請メールを送った。
「今メール送ったし、ここからサイトに入って、アプリを入れまっしね。」
「わぁた。」
翔太は、スマホを持ち、じっと見ながら、自分のスマホにアプリを入れた。
→
『talkWorkをインストールさせてますので、それでグループチャット立ち上げます。それでいきましょう。』
←
『わかりました。お待ちしてます。』
翔太は、チャットツールのアプリをインストールして、ユーザー登録を終えた。
「じゃあ、繋げっぞ。」
孝介はそう言うと、talkWorkにグループチャットを立ち上げた。
孝介は、室生と翔太と連絡が取り合えるように設定をして、しばらく、三人で練習のため、チャットをし合った。
翔太は、やり方を大方把握し、今日はここまでにして、家に帰っていった。
『これで、後は翔太達、集落の人達で、回せる。』
孝介は、肩の荷が降りた気がした。
夜になると祖父の英吉が帰ってきた。
孝介は座卓に座ったまま、英吉を出迎えた。
「なんじゃ、こん梨は。」
「翔太からもろうてん。翔太んとこのかぁか、奥さんとこの実家から、もろうたんがやって。」
「どうせえ、いうがいや。」
英吉は、ゆうに100個ぐらいある梨をみて笑った。
「街の、中村の家にやったらどうや。」
「梨か、お前がタルトとか焼いとってくれたらいいがんにな。」
「死んだばぁばやあるまいに、無理なこと言わんといて。」
孝介は、テレビの方を向き直して、ニヤニヤ笑った。
英吉は、今の座卓に置きっぱなしになってる梨を、台所に移動していった。
「でな、じぃじゃ、一つお願いがあれんけど。」
「なんや。」
英吉は、梨を片付け、台所から孝介の方を向いた。
「翔太がやっとる、魚の販売あるやろ?」
「ぉん、やっとるな。」
「あれを漁協で大々的にやるって、聞いてんけどな。」
「ぉん、そうならんか。」
「じぃじゃ、漁協でやっとるじぃじゃ達に、釘刺しといてくれんか?」
英吉は、ピタッと動きを止めて、孝介を見た。
「翔太は、5月からコツコツと個人でやってきてん。漁協のためや思ってな。でも、それを、翔太から取り上げんといて欲しいげんて。」
孝介は、英吉の方に顔を向けた。
「今、あいつ個人に、客やファンがくっついとれん。それを剥がすと、売上なくなんげん。翔太には、これからどうするか、やり方を全部伝えたし、あとは、翔太を先頭に立てて、やってて欲しいげん。魚とるんは、今までどおりやろうけど、魚売らんは今までしたことないがんやし、翔太がその道筋作ってん。じぃじゃ等が、その邪魔せんといて欲しいがんやわ。」
「ワシが、他のじぃじゃ等に、釘刺しとけばいいがんやな。」
「じぃじゃのことやさけえ、俺みたいに角立つように言わんやろうけど、せめて、翔太に協力して、みんなで楽しう魚売ってくれって、言うてくれんけ。」
英吉は。コップにお茶を汲んで、座卓に置いた。
「どこまで効果あるか、わからんけど、言うとくわ。」
「あんやと、じぃじゃ。もしな、他のじぃじゃ等が、それでも納得できんって言うならな。」
孝介は、一度目を閉じた。
「それでも、文句があるってじぃじゃがおっときはな、そん時は、俺の前に連れてきて。俺が、翔太の代わりに説明するわ。この件に関して、あいつに協力できらん、最後になるかもしれんがやし。」
「なんか、遺言みたいやな。」
英吉は、孝介の言葉を聞いて、ニヤッとしてお茶を口に含んだ。
「信心深いじぃじゃ等やから、死にぞこないの言葉の方が聞くやろ。」
孝介は、座椅子に深く深く腰を沈め、ニヤッと笑った。