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ー第二十四話ー 祭 揺らぐ影 舞う笛の音(前編)

 「翔太、こん前は、うちらんとこの稲も刈っといてもろうとって、あんやとな。」


 祖父の英吉は、遊びに来ていた翔太に、先日の稲刈りの件でお礼を言った。

 「なぁん、いつも、コンバイン貸してもろうとるさけぇ、こんくらいせんかったら、罰当たりますわ。」

 翔太は、軽く答えた。

 翔太はその日、孝介の家に遊びに来ており、ちょうど、孝介と一緒に居間に居た。

 「こっちも、魚の件、お世話になっとりますしお互い様ですわ。」

 翔太は、孝介のアドバイスを受けて、SNSとブログに、朝限定のリアルタイム販売を行い始めた。

 毎日というわけではないが、販売する機会が増えてきた。

 送る時に、そのままではなくて、魚をさばく動画を公開して、切り身にしてから発送をしている。

 そのため、購入していない人にも楽しいコンテンツになり、好評を博しているようだった。

 「魚をさばくだけなんに、この前3000回繰り返されて、フォロワーがドカンと4000人に増えとったんやわ。」

 「他ん人やけど、キャンピング道具のホットサンドメーカーで、料理して人気のある人も居るみたいやな。」

 「じゃあ、他ん田んぼの稲刈りん時に、動画撮ってアップすっかいや。」

 「おい、それしとるローカルヒーローおっぞ。真似になっから、何言われっかわからん。」

 孝介は手を横に振った。

 翔太は、そう聞いて、堂々と胸を張った。

 「いんや、あっちは被りもんやろ?こっちは生身で漁師や。かぶらん。」

 「まあ、コンセプト違うか。止めて悪かった。ガンガンとやろか。」

 孝介は、ここで止めたらあかんな、と思った。

 翔太にとって、一番楽しい時期かもしれない。孝介は色々したらいいとアドバイスした。細かい事を否定することは、いいことではない。むしろ実行して、成功と失敗を繰り返していく事が、翔太にとって重要なことだと、そう思った。

 「まあ、沢山撮って、動画も練習せなんね。」


 「で、練習で思い出したんやけどな。」

 翔太はスマホを取り出し、動画を再生させた。

 「お、獅子舞の練習か。」

 「翔太んとこのあんか(長男)、うまなったがいや。」

 孝介と翔太が動画を見ている後ろから、英吉が覗き込んできた。

 スマホから、周囲の喋り声と合わせて、甲高い笛の音が聞こえてきた。

 赤い烏帽子をかぶり、衣装に沢山の鈴をつけた童子が、獅子と向かい合うという獅子舞だった。

 童子は、赤い衣装と青い衣装と二種類あり、演じる子供の年齢によって分かれていた。

 童子は杖を大きく振り回し、何人もの子供が操る獅子に向かい打つ。

 時より、向かい合い戦うような踊り、時より獅子と近づき絡み合うような踊り、いくつもの複雑な組み合わせが、笛の音と鈴の音、そして演じる子どもたちの足の音で演じられていた。

 「だんだん、様になってきたな。翔太の小さい頃にそっくりやがいや。」

 「いんや、俺、童子ばっかりやったから、獅子やったらあいつの方がうまいかもしれんし。」

 翔太と英吉が動画をみながら感心しあっていた。

 孝介は、正直誰が誰かわからなかった。

 「翔太の子供どれ?」

 「獅子の頭や。」

 翔太はスマホにつかないように、指差した。

 「ほうなんや。」

 「そういや、孝ちゃん、獅子舞せんかったしな。」

 「孝介はさせられんかったんや。わしが言うたさかい。」

 「それでか。3年間、ずっと見とっただけやったから。」

 孝介は、幸田の家に居たときに、小学校の友達たちが、獅子舞の練習をする風景をずっと見ていた。

 小学校の放課後に、神社や踊りを教えてくれる家の前に集まり、夕方日がくれるまでずっと練習していた。

 日が暮れていくのに合わせて、何もかもが朱に染まる、全てが同化してしまうような、そんな没入感をずっと感じていた。

 

 「今年の秋祭り、いつやったけ?」

 孝介は、動画を見ながら翔太に尋ねた。

 「次の土曜や。」

 「昔まで日曜やなかったけ?」

 「俺らがガキんころな。どこも仕事が週休二日になったら、日曜休みたいんやとさ。」

 「ほうなんや。」

 「孝ちゃん来るやろ?」

 「誰かに連れてってもらえればな。」

 「俺ら準備あっし、先に行くしな。」

 翔太はそういい、英吉の方を向いた。

 「どうせ、わし、後で行くさけぇ、そん時乗せてくわ。」

 「じぃじゃ、なんか、祭りん準備とかねえが?」

 「なぁん、大体、祭りの準備って、大体、翔太とか現役の連中がするもんやし。わしらジジイのするこっちゃねえわ。」

 英吉はそういい、手を横に振った。

 「うん、なぁんも知らん状態で押し付けられっさけえ、未だに、全体がわからんげんけどな。」

 翔太は、ニヤニヤしながら英吉を見た。

 「そんなこと、わしに言うてもろうても困るがわ。わし、55までずっと船乗って、ここおらんかったしな。それ言うたら、翔太んとこのとぉとに、聞きゃ一番早いがんやろ。」

 英吉は台所から熨斗に包んだ清酒の瓶を2本、英吉の前に置いた。

 「今年の、お前んとこが持ってく分の奉納酒や。あとで持っていきまっし。」

 「毎年、あんやとね。」

 翔太は、英吉から日本酒を受け取り、抱えた。

 「じゃあ、俺、帰っわ。当日は楽しみんしとくまっし。」

 翔太は日本酒を手に持ち、立ち上がり、居間から玄関へ出て家へ帰っていた。

 翔太が帰ってから、孝介は少し考えて、台所の英吉に尋ねた。 

 「じぃじゃ、なんで、俺、獅子舞させんかったん?」

 「獅子舞は、元々、地域で受け継ぐもんやし、いつ出るかわからんお前を入れさせたくなかったんや。こりゃ、お前が幸田の跡取りでもないし、一時的におるという、中村の家への義理立てでもある。だから、入れさせんかったんや。」

 台所の英吉は、振り返らずに答えた。

 「これはな、集落や地区の連中と決めたんやないがんや。わし、一人で決めてん。だから、恨むんやったら、わしを恨んでくれ。」

 英吉は夕飯を持って振り返った。

 「なぁん、俺ぁ、あれは、キレイやったな、って記憶しかないがんやわ。多分アレで良かったんやと思う。」

 そう言うと、孝介は座椅子に深く背を沈めた。


 「で、だれか、一緒に祭りに連れてくのおらんがんか。」

 英吉は、夕飯を食べ終わって、お茶の入った湯呑を差し出し、孝介に聞いた。

 「だれって。」

 「ほい、いつもくる、近所の。」

 「ああ、室生さんか。」

 孝介は、湯呑を受け取ると、口をつけた。

 「あん、ねえさん、今年からやろ?ここ。」

 「みたいね。」

 「見に来る人、多いほうがいいがんやさかい、呼びまっしね。」

 孝介は、黙り込んだ。

 「お前が呼ばんでも、だれか誘うやろし、まあ、好きにしまっしね。」

 英吉は食べ終わった食器を重ね、台所に持っていった。

 孝介は、思い出していた。

 室生は元々七尾に住んでいて、何かの事情で今一人でここに住んでいる。

 アパートの住人同士仲が良く、子供の居る世帯が多いようだ。

 となれば、当然、子供の学校や集落などの人付き合いで知ってるかもしれない。

 だが、それが、声を掛けない理由にならないだろう。

 と、孝介は、チャットツールで、メッセージを送った。


  →

 『今、お手すきですか?』


 すぐにメッセージが返ってきた。

 

 ←

 『作業中ですが、返信できますよ。』

  →

 『あれ?仕事中なら、後にします。』

 ←

 『自分でタイミングみて返事します。メッセージなので大丈夫ですよ。』

  →

 『了解です。で、次の土曜日暇ですか?』

 ←

 『お祭りですか?神社の。』


 孝介は、少し手を止めた。


  →

 『あれ?知ってたんですね。』

 ←

 『同じアパートの家族に聞きました。子供が学校で教えてもらったと。』

  →

 『そのご家族と一緒に行くんですか?』

 ←

 『ご家族は、ご主人が別の地域出身の方らしく、そちらのメンバーとして行くらしく、一緒に行かないです。』

  →

 『どうされるんですか?』


 室生からの返事が少し止まった。


 ←

 『一人だったら、行かないです。』


 孝介は、少し、間を開けた。


  →

 『祖父と行くんですが、一緒に行きませんか?』


 室生からの返事が止まった。


 孝介が眠りに入って、スマホが光った。

 メッセージが1通、届いた。


 ←

 『チャット切れてすみません。次の土曜日、よろしくおねがいします。』


 このメッセージを見たのは、翌朝だった。



 祭りの当日、15時ぐらいには、翔太一家は祭りのある神社に向かっていた。

 夕方になり、海も西日で朱に染まりつつあった。

 「孝介、子供舞が始まるんが17時からや。それに間に合うように行くぞ。」

 「わぁたけど、ちょっと待って。室生さんが来とらん。」

 少し経って、室生が幸田家に到着した。

 「すみません、今来ました。」

 「いらっしゃい、って予定の時間ピッタリ。」

 「そりゃ、すぐそこですからね。家を出て数分ですね。」

 室生は笑った。

 「おい、孝介、室生さん、今から出るから、その車に乗ったって。」

 祖父の英吉は、軽トラの荷台を指差した。

 「じぃじゃ、クラウンじゃねえがんかいや。」

 「神社は農道通って行けんぞ、軽トラじゃねえと、対向車とすれ違えれんやろうが。」

 「まて、俺乗れるか?」

 「なぁん、気にすんな。側面開けて、背中押したっさけえ。」

 孝介は家からでて、軽トラの側面にたどり着いた。

 英吉は、軽トラの荷台の側面を開け、孝介を軽々と持ち上げて、荷台に乗せた。

 「おじいさん、力持ちぃ・・・」

 室生は英吉に感心してしまった。

 「なぁん、こんくらいなら、全然持ち上げられっわ。室生さんも乗って。わし、鍵閉めてくっさけぇ。」

 英吉は室生に促し、家の鍵を閉めに行った。

 室生が乗り込むのを確認すると、英吉は側面を閉じた。

 「揺れっから、気ぃつけまっしね。」

 英吉は、二人にニッコリと微笑んだ。

 「軽トラの荷台なんて、久しぶり。」

 「私も、小学校以来かも。」

 孝介と室生は笑った。

 英吉は、軽トラのクラッチを開け、ギアをニュートラルにして、エンジンをかけた。

 軽く力強い振動が、車全体に広がった。

 英吉はギアをファーストに入れ、クラッチをゆっくりと繋いでいった。

 じんわりと軽トラは動き出した。

 少しスピードに乗ると、ギアをセカンドに入れた。

 車体はグッと前に動き、走りがなめらかになった。

 「中村さん。」

 「なんですか。」

 「クーペと軽トラじゃ、風の感覚違いますね。」

 「あっちは自分で運転で、こっちは誰かの運転だからじゃないですか。」

 「なんか、ドキドキします。」

 室生は、孝介に向かって笑いかけた。

 孝介も釣られて笑った。


 車は農道に入り、神社に向けて進んでいった。

 稲刈りが終わった後の水田には、幾重にも稲のかかったハサが立っていた。


 ハサが西日を浴びて朱に染まり、赤く赤く燃えている長く続く炎の壁のように、孝介たちを神社へと導いていった。

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