ー第二十二話ー 揺れる大地 揺れぬ関係
ガタンと、なにかが倒れた音がした。
頭がフラフラと揺れる感覚がした。
激しくリアルなめまいのようだった。
病気によるものなら、普通なら、ここで上半身が不明になり、激しい頭痛と止まらない吐き気に襲われる。
ただ、今はそれ以上の揺れがあり、体は全部意識とつながってた。
孝介は、今までと、何もかも違うことを感じた。
遠くで、ガラスが石にぶつかって割れたような音がした。
孝介は目を覚ました。
無意識のまま、起き上がろうと身を捩り、ベッドの端を左手でつかもうとした。
その瞬間、孝介はベッドごと浮き上がった。
孝介は確信した。
地震が来た。
それもかなり巨大な地震だ。
孝介の部屋では、柱がギシギシ鳴り、衣装棚が振動に耐えられず倒れた。
「やばい、ベッドが倒れる。」
孝介は安全を確保しようと、両手と左足を使い、ベッドから降りようとした。
その瞬間、ベッドは孝介を乗せたまま、90度回り、大きくスライドした。
部屋の光景が、一気に、孝介の後ろから前へと移動をした。
孝介を乗せたベッドは、一気に部屋の端まで滑っていった。
ベッドは、隣の元々祖母の部屋だった境の、引き戸のふすまの手前で止まった。
激しい横振動は2分ぐらい続いた。
伝統家屋の家の柱と引き戸の引きつるような音が続いた。
揺れが落ち着いたかと思った瞬間、家の外から、地響きと大きな振動が起こった。
大地が割れたような大きな鳴動と振動だった。
『津波は、来るのか。』
孝介はスマホを手に取り、警報の確認をした。
その瞬間、バランスを崩して、ベッドから転げ落ちた。
むくんで言うことが効かない右足が、激しく打ち付けられた。
落ちた衝撃で、孝介の下半身が全く言うことを効かなくなった。
左足はしびれているのがわかった。
回復すれば、動く。
上半身はどこから動くのか。
腕から胸部の上は動いた。
腹部の途中から動く。
外から薄明かりが差し込む部屋の中、孝介は這いずりながら、シーリングライトのリモコンを探した。
孝介の部屋は運良く、ガラスが割れていなかった。
ただ、衣装棚から服が散乱していた。
薄暗がりの部屋の中を這い回って、なにか四角いものを見つけた。
孝介は右手をぐっと伸ばした。
もう少しで届きそうだ、と思った瞬間、孝介の意識が途切れた。
「孝介、大丈夫か?」
祖父の英吉は、うつ伏せで倒れている孝介の背中をゆすった。
「ぁん?大丈夫。多分。」
孝介は意識を取り戻した。
部屋は外からの光を受けて、明るくなっていた。
「じぃじゃ、大丈夫やったんけ?」
「わしんことよりも、お前は大事ないがんけ?地震でベッドから落ちたがんやないんか?」
英吉は激しい剣幕で、孝介に詰め寄った。
「多分、左足動かんかも。」
うつ伏せのままの孝介は、体をよじってみた。
地震の時と、足の感覚が違うことに気づいた。
「孝介、無理すんな。今ん体勢しんどかったら、居間の座椅子まで運んだるさかい。」
「いんや、とりあえず、足がさっきと感覚違ってるから、多分、大丈夫やわ。ただ・・・」
「ただ・・・」
「仰向けに、かやしてくれ。うつ伏せ、しんどい。」
英吉は、そうかとうなづき、孝介を仰向けにした。
「じぃじゃ、あんやと。」
「なぁん、ものかったらすぐ言いまっしね。まだしばらく、居間か台所におっさかい。」
英吉は、孝介の様子を見ながら、居間の方に歩いていった。
孝介は、仰向きで一息ついた。
左足が動くこと、感覚があることを確認できた。
そのまま、スマホを確認しようと、右手を目の前にかざした。
シーリングライトのリモコンだった。
孝介は、3秒ほどシーリングライトのリモコンを見つめ、右隣の床に置き、左手に握ってたスマホを、右手に持ちなおした。
『今揺れたな?? そっち大丈夫か?』
『孝介、無事か? 気がついたら返事くれ、とぉと等にも言うし』
『中村、生きてるか?』
『先輩、すごいでかい地震だったみたいですけど、大丈夫ですか?』
『中村くん、地震大丈夫かい?久しぶりのメールがこれで悪いと思うけど』
スマホには次々と連絡が入っていた。
今朝の能登の地震が、全国トップニュースで取り上げられたらしい。
能登に来てから連絡を取ってなかった、数多くの知り合いから、メッセージが来ていた。
孝介は仰向けのまま返信した。
ベッドに戻るにしても、居間に行くにしても、若干距離があったので、そのまま返信を打つことにした。
「まあ、このまま全部打てばいいか」
孝介は両手でスマホを持ち、仰向けのまま、返信を返していった。
時間が朝なので、すぐに返事が返ってくることは少なかったが、返してくれた人は、みなその返事に安心してくれたようだった。
居間や台所から、何かしている音が聞こえた。
相当地震で倒れたようで、いろいろと片付けをしているようだった。
電気は来てるようだ。
水道とガスはどうだろうか。
ライフラインが止まると、正直、この集落では生活しにくいだろう。
後で英吉に聞いてみないと、と孝介は思った。
「中村さん、大丈夫ですか?」
室生が、勢いよく引き戸を開けて、幸田家に飛び込んできた。
「大丈夫です。」
孝介は、頭の上にある玄関との間の引き戸に声をかけた。
「中村さん!!」
室生は、孝介の頭上の引き戸を勢いよく開けた。
仰向けになっている孝介と、目が合った。
「あ、大丈夫だったみたいですね。」
「とりあえずは。」
室生は、引き戸と柱を持ったままへたり込んだ。
台所から、祖父の英吉がちょこっと顔を出し、二人を見て、ニヤニヤしていた。
正午ごろになると、祖父の英吉が、家の中をあらかた片付け終わった。
食器類は割れたものが多かったが、この数年、能登半島では大きな地震が続いていたため、予め地震対策をしていたのが功を奏した。
元々部屋に荷物が少なかった孝介の部屋は、服を入れた棚だけで、大きくは、ベッドがスライドした時に出来たフローリングの傷ぐらいだった。
家そのものも、いくつかの礎石のズレ程度で収まった。
激しい横揺れがあったが、最初の縦揺れの際に荷重がかかったままスライドしたらしく、木がずれて落ちることもなかった。
いろんな不幸中の幸いが重なった。
ただ、家全体の細かい点が大丈夫かどうか不安があるため、孝介は英吉の許可をもらって、洋介に確認しに来てもらうようメッセージを入れた。
1週間以内に見に来るとの、返事がすぐに返ってきた。
孝介は、集落の様子を見て回ろうと、外にでた。
まだ建てて新しい翔太の家は大丈夫だった。
孝介は、軽く確認して立ち去ろうとした時に、翔太が孝介の存在に気づき、家から出てきた。
「孝ちゃん、大丈夫やったが?」
「こっちは大事ない。翔太ん家は大丈夫なんけ?」
「こっちゃ、耐震しっかりしとるさけぇ、全然問題ない。それよりも地震の時間、漁で海におったさけぇ、津波が起こるかヒヤヒヤしとった。」
翔太は苦笑いした。
「なぁ、翔太、浜とか大丈夫なんけ?」
「え?孝ちゃん、まだ見に行っとらんがんけ?今、海、大変なことになっとるがんよ。」
孝介はおもわず言葉にならない返事で聞き返した。
「連れてッてや」
翔太は、孝介と一緒に浜に行った。
船が止まってる浜は、20cm程度の高波が打ち付けていて、コンクリの船着き場まで海水が上がったあとがあった。片付けが終わってない所は、ロープが張られ、その中で集落の人達が片付けをしていた。
「お~、幸田んとこの孝介か?!」
「あ、ご無沙汰です!」
集落で小さい頃からの顔見知りの老人が声をかけた。
「幸田の所の、孝介ちゃんかいね!大きなって!」
「あ、オバサン、ご無沙汰です!」
浜で片付けをしてる人が、次々と孝介に声をかけてきた。
孝介の顔が母親の紗也子に似ているため、すぐに気づくようだった。
「孝介!そこの翔太に聞いたと思うけど、崖には近づくなま!ロープ張っとっさかい、すぐに分かっと思うけどな。」
作業中の老人の一人から、改めて教えてもらった。
「どういうことや。」
「ちょっと近づこうか。近づき過ぎれんけどな。」
翔太は孝介を連れ、浜から少し離れた、岩盤むき出しの岩場に向かった。
それは、近づくに連れ、孝介の中の違和感が騒いだ。
コンクリで整備された浜と、岩盤の崖のそばまで近づけれたはずが、その手前でロープが張られていた。
孝介は息を飲んだ。
一本松が生えていた巨大な崖が、波に洗われて凹凸が出来ていた黒い岩場に、落ちていた。
まるで、海から巨大な陸地が生えているように、海にめり込んでいた。
「これ、あの、最後の地響きの原因か。」
孝介は、松葉杖で全体重を支えながら、落下した巨大な岩を見つめていた。
岩の上では、何羽もの海鳥が、地震のすみかを失ったように、岩場の上をぐるぐると回り続けていた。