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ー第二十話ー 歩みを止めない若者 歩みを見守れない老人達

 孝介はベッドに寝たまま、前日、集落に住む小学校の同級生の翔太からの、メッセージを思い出していた。


 翔太に始めさせたブログとSNSは、孝介の希望からすると、まだ順調とは言えなかった。

 ブログはようやく1日500回表示になり、SNSは1000人近くなってきた。

 ただ、開始3ヶ月で、漁や農作業をしながら続けてきた数字としては、順調だった。

 元々、能登の誰も知らない漁村の、特に有名でもない漁師に、誰がアクセスするのかと言う感じだった。

 翔太は、持ち前の明るいキャラを文字にきっちり表現させるようにさせ、翔太の妻の協力も得ながら、漁師から見た生活を、読者やフォロワーに垣間見せる努力を続けた。

 孝介から翔太には、ネットの向こう側の人とは、密度の高い付き合いをするように提案してあった。

 実際に会えないという状態は、いつでも関係性の希薄化に流れてしまう。

 だからこそ、見てる人は、毎日会ってるかのような気分にさせるコンテンツが必要となるのだ。

 翔太はそれを守りつづけ、ブログとSNSを更新し続けた。

 当初、魚の販売については、ダイレクトメッセージで魚が欲しいと言われない限り、こちらから何かを売ろというアプローチをしないよう、孝介に言われていた。

 販売を本格化しようとすると、一定数の魚が必要になってしまう。

 一度在庫を持つと、それが翔太自身のリスクになる。

 そこ在庫を誰が負担するのか、更に、市場に出せる魚をストックすることは出来ないのだ。

 市場以外の売り場の開拓を、いくら漁協の爺様連中から言われたことといえ、少しの失敗でも見せることは、翔太にとって大きなデメリットだった。

 そのため、孝介は依頼があった場合、個別で対応するよう話をした。

 それは、市場に出さない魚を限定とし、普段各家庭に持って買えるものを、半日から一日だけ、翔太が保存しておくというスタイルをとることとした。

 それをひっそりと行わせていたが、お盆終わってから、ブログやSNSで『個別対応可』を書かせた。

 それによって、この半月で数件の依頼を受けた。

 翔太個人としては、お店からの依頼があればなぁと思っていた。

 ただ、それはブログの読者、もしくはSNSのフォロワー次第となるので、翔太の希望通りに行かない。

 現状、翔太と翔太の妻しか動けない事は、孝介は重々承知しているので、大幅に事を大きく出来ないと理解していた。


 「世間的なイメージで言えば、日本海側の海産物は冬がシーズン。だから冬にめがけて、注文を大きくするようにしないとな。」


 孝介はそうつぶやくと、天井を見つめたまま、目を閉じた。


 朝の漁から帰ってきて、午前のブログの更新を終えると、翔太は小さな袋を手に、孝介がいる幸田の家にやってきた。

 「久々に来たけど、聞いた以上に、すっげえことになっとるがいや。」

 「なん話や。」

 「孝ちゃんのベッド置いてる部屋と、柱ん手すりや。」

 居間で座椅子に背中を預けている孝介に促され、翔太は居間に上がった。

 「街に住んでる兄ちゃんが建築の仕事しとってな。やってもろうた。」

 「洋ちゃんか?こん前、久々に、そこで()うたぞ。」

 「いつか?盆か?」

 「なん。先月末。」

 「って、おい。それ、この工事しとる時やがいや。」

 「なぁん、そん時やったんか。忙しそうやったし、お互い挨拶だけやったわ。」

 「そやったんや。」

 孝介はそう言うと、翔太から視線を外し、ニヤッっと笑った。

 「なんか、悪いこと考えとるんやないやろうな。」

 「なん、別に~ぃ。」

 翔太は呆れて笑い、孝介は再び翔太に視線を戻した。


 「で、この前の、メールの事やげんけどな。」

 翔太は、孝介の家に来る前に買ってきた、ペットボトルのサイダーの蓋をひねった。

 孝介も、翔太が持ってきた袋から取り出した、ペットボトルのサイダーをもらい、蓋をひねった。

 「孝ちゃんに言われたとおり、魚欲しい人は、メッセージ送ってくれってして、元々、ウィスウィス(SNS)で、よう絡んどった人に魚送ってあげれたわ。ずっと前から、直販出来んがん、って言われとったから。ただ、こっから先、このままやないやろ?」

 「ぉん。今、翔太が持って帰れる、漁協が売れんやつ、出しとるやろ。でもそれじゃ、翔太だけで終わってまうし、漁協の将来の事業になれんがや。ただ、そこがポイントでな。」

 「ぉん。」

 「翔太が、”能登の漁師のあんちゃん”から”能登の漁師のあんちゃんが、面白いこと言うて、魚も買える”となると、相手のキャラ設定が変わる。」

 「もっと、楽しんでもらえるがんか?」

 「まずは、お前が娯楽として、みんなに楽しんでもらう、そんで、その娯楽として、見てるもんが実は買える。今、ここやな。」

 孝介は、一つ一つ翔太に確認をした。

 翔太は、理解を示すように頷いた。

 「次にやってもらいたいんは、”午前中だけ、SNSで特定の魚の注文を、数件分受ける”って事や。」

 「それ、孝ちゃんが、ずっと反対しとった、在庫を抱えるって話にならんか。」

 「そこでや、いつも売らんやなくて、みんなで引き取る分あるやろ。それを、午前だけ注文を受け付けるんや。」

 「それ、うちの分だけで、足らんくならんか。」

 「しばらくは、うちのじぃじゃにも頼んで、2軒分足させてもらおう。もし売れんかったり余ったりしたら、じぃじゃに渡すか、うちに持ってきて。」

 「幸田のじぃじゃ、OK言うがんか?」

 「今な、俺とじぃじゃのお互い食う量が減ってきとるから、ほとんど急速冷凍して冷凍庫なんやわ。それを時々、街の俺のかぁかんとこに持ってっとるらしい。だから大丈夫や。俺からも言うとく。」

 翔太は、少し考え込んだ。

 「んなら、じぃじゃの方は任せるわ。」

 「ぉん、任しといて。で、その午前販売成功させるために、ブログとSNS、もうちょっと頑張らんなんなぁって考えとるんやわ。で、ちょっとスマホ貸してくれ。」

 孝介はそう言うと、翔太のスマホを借りた。


 「・・・あった。次に、これを使(つこ)うて、ネタを増やしてくれ。」

 孝介は、そう言うと、スマホにあるカメラの動画撮影機能と、動画編集機能アプリを、翔太に見せた。

 「翔太、使(つこ)うたことある?」

 翔太は、じっと、スマホの画面を見た。

 「なん、ないな。」

 「これで、動画を撮れん。」

 「どうやって。」

 「簡単や。」

 そう言うと、孝介は、スマホを翔太に向けて構えた。

 「うわ、なにすんがいや。」

 「今、撮っとれん。」

 孝介は数秒とって、解除した。

 「今のが撮れてん。」

 孝介は、翔太にスマホを見せながら、さっきの動画を再生した。

 「ほう、理屈やなぁ。」

 「やろ。あんまし撮りすぎると、スマホ容量がなくなって、大変な事になっから、古いやつから消してかなならんけどな。」

 翔太は、スマホで撮った動画を、何回も再生し直して、感心した。

 「これを、うちんかぁかに、撮ってもらわんなんな。」

 「せや。当面は、売る予定の魚の紹介。しばらくしたら、料理とか、行けりゃ船ん上でも撮りゃええがやし。」

 翔太は、うんうん頷きながら聞いた。

 「この動画撮ったら、ウィスウィスとかにそのまま上げられっし。見る方も、そのまま見れっし。ちなみに、上げたらスマホから消したらいいし。残しときたいやつは、残しときゃいいけど。」

 「注意すること、あらんか?」

 「現状な、2分未満で止めておくこと。それ以上の動画を、ウィスウィスで上げられんげん。」

 「ほぉ~、わぁたわ。」

 翔太は、その場で何回も動画を撮って、確認をした。

 「で、動画の編集どうすらん?」

 「おう、今から、その撮った動画でやってみようか。」

 孝介はそう言うと、翔太を近くに寄せて、動画の編集アプリの使い方を説明した。


 「でな、こうすると、ウィスウィスに動画が上がるげん。」

 孝介は、翔太と編集していた動画を、翔太のSNSアカウントでアップした。

 タイムラインに、翔太の初動画が上がった。

 「わかった、あんやとな。これで、うちんかぁかに話しして、一緒にできるようにするわ。」

 翔太が立ち上がり、玄関まで降りた。

 孝介も、松葉杖で体を立ち上げて、玄関まで降りた。

 「でな、孝ちゃん。」

 「なん?」

 翔太は少し沈んだ表情になった。

 「今は、漁協のじぃじゃ共が、俺のブログやSNSに、ケチつけ始めてきとるげん。」

 孝介は、表情を曇らせた。

 「じぃじゃ等に急かされて、孝ちゃんに協力してもろうてやれとらんに、なんもしとらんじぃじゃ共に文句言われんの、腹立ってな。」

 孝介は、じっと翔太を見た。

 「あのじぃじゃ等、どうしたらいいがんやろうな。」

 孝介は軽く頷いた。

 「次、文句言うてきたら、”じぃじゃ等も、一緒に動画撮ろうか、インターネットデビューや”って言って、やってみることを勧めるわ。絶対に嫌がっし。」

 「おもろいな。やってみるわ。」

 「ほんでな、翔太がやっとることが、金になるの見えだしたら、次、不公平やとか、なんとか騒ぐと思うわ。そん時は、本格的に漁協主導で動かして。」

 「漁協でか。」

 「ぉん。個人やったら、正直、冷凍を発送するとか、チルドで発送するとかが限界や。でもな、やり続ければ、知名度があがる。そうしたら、街にアンテナショップだせたり、飯出せる店できる可能性もでてくるげん。」

 翔太は、孝介の提案に頷いた。

 「ほう、うちん集落の漁港直送とかって、出来るってことか。」

 「そや。例えばやぞ、みんな漁が終わってから、一休みして、街に移動して店を開けれん。居酒屋とかやったら、集落のかぁか等に先に行って準備してもろうて、後で合流とか出来る。」

 「店か、いいなぁ。」

 「”マジで漁師の店”とか、面白いやろ?」

 「なるほどな。」

 「漁引退して、暇持て余しとるじぃじゃ等もおるやろ、それも店に突っ込んで手伝(てった)わせらいいげん。」

 「じぃじゃ等の活用やな。」

 翔太は、孝介の提案にニヤッと笑った。

 「わぁたわ。あんやとな。さっきの件、幸田のじぃじゃによろしく。」

 「ぉん。今晩中に言うとくわ。」

 翔太は、ガラッっと、玄関の引き戸を開けて、家に帰っていった。

 孝介は翔太が見えなくなるまで見送ると、体重をかけて引き戸を閉めた。

 「まだ、もうちょい、暑いな。」


 松葉杖の右脇から背中にかけて、ジトッと、汗でTシャツが張り付いた。

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