ー第十九話ー 引いては寄せる土用波 過ぎさる夏の喧騒
『フローリングと手すりの具合はどうや。都合悪かったら調整に行くぞ』
下の兄の洋介から、孝介にメッセージが入った。
お盆が終わってから、洋介は、会社の倉庫を確認して、端材と不使用部材をかき集めた。
あらかた行けそうと判断した時に、洋介は孝介にメッセージを送った。
色違いや型違いになるが、要求は達成できる状態になったと。
孝介は、特に色や形は問題なかったので、ちゃんと工事ができればいいと返答した。
お盆から10日後に、洋介は部材をトラックに積んで、幸田の家に来た。
孝介のベッドのある畳の部屋のフローリングへのリフォームを行い、そして手すりをつける。
手すりは、居間への移動と、玄関だけにした。
孝介は、洋介に車椅子のことを考えるかと言われた時に、車椅子に乗るときには上半身が動かなくなり、多分寝たきりになるだろうと答え、今回のリフォームには考慮しないことに決めた。
車椅子を入れるとなると、本格的なスロープ工事や段差の解消など必要になるので、今の目的にそぐわなかった。
工事は2日と半日で終わった。
洋介は一人で行う予定だったが、洋介の上司である会社の社長に相談した所、一人連れて行っていいことになり、畳の部屋からフローリングへの上貼りを早く終えることが出来た。
今まで畳の大広間だったが、その広さの複雑に色が混ざりあったフローリングの部屋になった。
祖父の英吉は、配色の見事さに感服していた。
手すりも、孝介が全体重かけても大丈夫なように、しっかりと取り付けられていた。
ただ、洋介にはこの手すりに不安がまだ残ってた。
家の構造上、柱に手すりをつけるしかないので、立ち上がりには使えても、移動に使えるか確証が持てなかった。
そこで、一度実際に生活してみて、孝介に感想を聞いて、調整しようという事になった。
ただ、孝介は、ある程度体を動かす環境がいいと思っていたので、丁度いい感じのリフォームだったと感じていた。
孝介は、そのメッセージを浜に降りた時に受け取った。
夏の終りの波打ち際をスマホで撮ろうと、集落の漁港ではなく、少し離れた浜まで歩いていた。
岸壁整備がされていなくて、むき出しの黒々とした岩盤が、波にさられて、さらに深く黒く、デコボコしていた。
このボコボコした岸壁と波打ち際は、多くの魚や貝などが多く住み着いていて、兄たちと来た時は兄たちと一緒に、集落に住んでいた時は集落の友達たちと一緒に、よく遊びに来ていた。
大潮の時に、浜に近づくなと言われながらも釣り道具を持ってきて、潮に沈んでいない岩のてっぺんに座りみんなで釣りをしていた。
元々、微生物が生息しやすい豊かな環境だったので、その地域は元来豊かな漁場だった。母の紗也子が小さい頃に、兄弟や集落の友達とよく来ては、手づかみで魚や貝などをつかまえていたと、孝介は聞いていた。
孝介にとっても、その変わらない岸壁は、格好の遊び場になっていた。
釣り糸を垂らすと、何度も大きな潮が打ち付けて、思わずよろけてしまう状態だったが、すぐに竿に手応えを感じ、ぐっと引くと、いろんな魚が釣れた。
2~3時間も釣りをしていると、持ってきたバケツいっぱいに魚が釣れた。無事に持って帰れる時があれば、バケツごと落としてそのまま流してしまうこともあった。
干潮の時は、岸壁には、岩牡蠣やサザエが、びっしりとくっついていた。
孝介達は、バールや金属の道具を持ってきては、岩に突き立てて、ガリガリ剥がしていた。
一緒にしていた孝介達は、バケツに山盛りに持って帰り、祖父の英吉に非常に怒られた。
翌日、一緒に言ってた友達たちも同じように、親や祖父母に怒られていたらしかった。
それでも、あの岸壁は孝介たちにとって格好の遊び場で、そこで、危なさも楽しさも、いろんな事を学んだ。
普段よりも時間がかかったが、遊び場だった岸壁についた。
真正面に波打ち際、右側に黒々とした岩肌がむき出しになっていた。
そして、左手には、護岸工事でコンクリートとテトラポットの波打ち際になっていた。
小さい頃は、左手から、船の出るスロープになっており、そこもしばらく使われていなかったので、朽ちた漁船が何隻も放置されていた。
キレイに整理された護岸と、昔のままの黒岩の岸壁の境目に立ち、右手の松葉杖にぐっと体重をかけて体を固定した。
左手で、スマホを取り出し、兄の洋介に返事を送った。
『特に、問題ないよ。』
送信ボタンを押すと、孝介はカメラアプリを立ち上げて、黒い岸壁を撮った。
何枚も撮った。
次に、波が打ち寄せて引く黒岩の波打ち際を撮った。
打ち寄せる大量の潮。
砕ける波頭。
一気に引いていった黒岩の艶。
西から差し込む光に照らされ、時には黄金に岩が輝いていた。
それもスマホで撮った。
何枚も何枚も、孝介は写真に撮り続けた。
撮りながら、孝介は立ち止まって、画面を見た。
撮った写真を何回も確かめてみた。
何枚も左手の親指で流しながら、映し出されたこの風景を確認した。
何枚も何十枚も何百枚も撮っただろう後に、ふと手を止め、上を見上げた。
岸壁の上でひときわ目立つ一本の松が立っていた。
その松に、大きな海鳥が止まっていた。
海鳥は、首を数回ゆっくりと振ると、鳥の前方、孝介の左側の海に、まっすぐに落ちていった。
孝介も合わせて鳥を追った。
鳥が飛び込んだ先で、水しぶきが上がった。
水しぶきのまわりで、沢山の魚が飛び跳ねていた。
孝介は、鳥が飛び込んだ海の方により、スマホを構えた。
魚が飛び跳ねる海はとても遠いが、そのまま写真を撮った。
夕日になりかけの太陽がだんだん赤く染まっている海辺で、そのまま写真を撮り続けた。
赤と黒のコントラストがキレイに収まる夕焼けだった。
孝介は、スマホを下に下ろし、視線を足元の波打ち際に向けた。
海面には、大きなクラゲが半透明の膜を張るようにびっしりと詰まっていた。
足元の波打ち際から再び水平線に目を向けると、海面を埋め尽くすクラゲ達が、沈みかけの夕日に向かって、まるで夕日に集まるように、透明で黄色に光を反射しながら、真っ直ぐに伸びていっていた。