表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/30

ー第十九話ー 引いては寄せる土用波 過ぎさる夏の喧騒

 『フローリングと手すりの具合はどうや。都合悪かったら調整に行くぞ』

 下の兄の洋介から、孝介にメッセージが入った。


 お盆が終わってから、洋介は、会社の倉庫を確認して、端材と不使用部材をかき集めた。

 あらかた行けそうと判断した時に、洋介は孝介にメッセージを送った。

 色違いや型違いになるが、要求は達成できる状態になったと。

 孝介は、特に色や形は問題なかったので、ちゃんと工事ができればいいと返答した。

 お盆から10日後に、洋介は部材をトラックに積んで、幸田の家に来た。

 孝介のベッドのある畳の部屋のフローリングへのリフォームを行い、そして手すりをつける。

 手すりは、居間への移動と、玄関だけにした。

 孝介は、洋介に車椅子のことを考えるかと言われた時に、車椅子に乗るときには上半身が動かなくなり、多分寝たきりになるだろうと答え、今回のリフォームには考慮しないことに決めた。

 車椅子を入れるとなると、本格的なスロープ工事や段差の解消など必要になるので、今の目的にそぐわなかった。

 工事は2日と半日で終わった。

 洋介は一人で行う予定だったが、洋介の上司である会社の社長に相談した所、一人連れて行っていいことになり、畳の部屋からフローリングへの上貼りを早く終えることが出来た。

 今まで畳の大広間だったが、その広さの複雑に色が混ざりあったフローリングの部屋になった。

 祖父の英吉は、配色の見事さに感服していた。

 手すりも、孝介が全体重かけても大丈夫なように、しっかりと取り付けられていた。

 ただ、洋介にはこの手すりに不安がまだ残ってた。

 家の構造上、柱に手すりをつけるしかないので、立ち上がりには使えても、移動に使えるか確証が持てなかった。

 そこで、一度実際に生活してみて、孝介に感想を聞いて、調整しようという事になった。

 ただ、孝介は、ある程度体を動かす環境がいいと思っていたので、丁度いい感じのリフォームだったと感じていた。


 孝介は、そのメッセージを浜に降りた時に受け取った。

 夏の終りの波打ち際をスマホで撮ろうと、集落の漁港ではなく、少し離れた浜まで歩いていた。

 岸壁整備がされていなくて、むき出しの黒々とした岩盤が、波にさられて、さらに深く黒く、デコボコしていた。

 このボコボコした岸壁と波打ち際は、多くの魚や貝などが多く住み着いていて、兄たちと来た時は兄たちと一緒に、集落に住んでいた時は集落の友達たちと一緒に、よく遊びに来ていた。

 大潮の時に、浜に近づくなと言われながらも釣り道具を持ってきて、潮に沈んでいない岩のてっぺんに座りみんなで釣りをしていた。

 元々、微生物が生息しやすい豊かな環境だったので、その地域は元来豊かな漁場だった。母の紗也子が小さい頃に、兄弟や集落の友達とよく来ては、手づかみで魚や貝などをつかまえていたと、孝介は聞いていた。

 孝介にとっても、その変わらない岸壁は、格好の遊び場になっていた。

 釣り糸を垂らすと、何度も大きな潮が打ち付けて、思わずよろけてしまう状態だったが、すぐに竿に手応えを感じ、ぐっと引くと、いろんな魚が釣れた。

 2~3時間も釣りをしていると、持ってきたバケツいっぱいに魚が釣れた。無事に持って帰れる時があれば、バケツごと落としてそのまま流してしまうこともあった。

 干潮の時は、岸壁には、岩牡蠣やサザエが、びっしりとくっついていた。

 孝介達は、バールや金属の道具を持ってきては、岩に突き立てて、ガリガリ剥がしていた。

 一緒にしていた孝介達は、バケツに山盛りに持って帰り、祖父の英吉に非常に怒られた。

 翌日、一緒に言ってた友達たちも同じように、親や祖父母に怒られていたらしかった。

 それでも、あの岸壁は孝介たちにとって格好の遊び場で、そこで、危なさも楽しさも、いろんな事を学んだ。


  普段よりも時間がかかったが、遊び場だった岸壁についた。

 真正面に波打ち際、右側に黒々とした岩肌がむき出しになっていた。

 そして、左手には、護岸工事でコンクリートとテトラポットの波打ち際になっていた。

 小さい頃は、左手から、船の出るスロープになっており、そこもしばらく使われていなかったので、朽ちた漁船が何隻も放置されていた。

 キレイに整理された護岸と、昔のままの黒岩の岸壁の境目に立ち、右手の松葉杖にぐっと体重をかけて体を固定した。

 左手で、スマホを取り出し、兄の洋介に返事を送った。


 『特に、問題ないよ。』


 送信ボタンを押すと、孝介はカメラアプリを立ち上げて、黒い岸壁を撮った。

 何枚も撮った。

 次に、波が打ち寄せて引く黒岩の波打ち際を撮った。

 打ち寄せる大量の潮。

 砕ける波頭。

 一気に引いていった黒岩の艶。

 西から差し込む光に照らされ、時には黄金に岩が輝いていた。

 それもスマホで撮った。

 何枚も何枚も、孝介は写真に撮り続けた。

 撮りながら、孝介は立ち止まって、画面を見た。

 撮った写真を何回も確かめてみた。

 何枚も左手の親指で流しながら、映し出されたこの風景を確認した。


 何枚も何十枚も何百枚も撮っただろう後に、ふと手を止め、上を見上げた。

 岸壁の上でひときわ目立つ一本の松が立っていた。

 その松に、大きな海鳥が止まっていた。

 海鳥は、首を数回ゆっくりと振ると、鳥の前方、孝介の左側の海に、まっすぐに落ちていった。

 孝介も合わせて鳥を追った。

 鳥が飛び込んだ先で、水しぶきが上がった。

 水しぶきのまわりで、沢山の魚が飛び跳ねていた。


 孝介は、鳥が飛び込んだ海の方により、スマホを構えた。

 魚が飛び跳ねる海はとても遠いが、そのまま写真を撮った。

 夕日になりかけの太陽がだんだん赤く染まっている海辺で、そのまま写真を撮り続けた。

 赤と黒のコントラストがキレイに収まる夕焼けだった。

 孝介は、スマホを下に下ろし、視線を足元の波打ち際に向けた。

 海面には、大きなクラゲが半透明の膜を張るようにびっしりと詰まっていた。


 足元の波打ち際から再び水平線に目を向けると、海面を埋め尽くすクラゲ達が、沈みかけの夕日に向かって、まるで夕日に集まるように、透明で黄色に光を反射しながら、真っ直ぐに伸びていっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ