ー第十八話ー 繋がり明るい家族の輪 暗がり揺らめく祭りの灯火(後編)
8月15日の夜、盆祭の明かりに照らされた小学校の校舎が、人影に合わせてゆらゆらと揺らめいていた。
いつもは考えられないくらいの多くの人が、小学校の運動場に集まっていた。
校舎と運動場の間は、大きな坂が挟まれていた。
校舎は小高い丘の上に立っていて、その丘の下に広い運動場があった。
運動場の中心に、櫓が組まれ、櫓から運動場の四方に、電灯の提灯が数多くぶら下がっていた。
祭りなので、数軒屋台も出ていた。
業者と思われる屋台が5台と、小学校近所の町内会の出店が2台。
小学校の校舎の丘を横手に、櫓を挟んで向かい合うように並んでいた。
屋台の屋根にも電灯の提灯が吊るされ、集まる人の顔がほのかに照らされていた。
「おい!今着いたがんけ?」
孝介の下の兄の洋介の車から少し離れたところから、孝介の上の兄の純介が声をかけてきた。
「兄、今着いたところや。」
洋介が、純介の所に駆け寄った。
洋介の妻の夏菜子が、子供の祐を自分の足元に寄せて、拓を抱き上げた。
「洋介!子供らと、屋台の方、行っとるで!」
「かな!わぁた!後で、かぁか等と合流しといて!」
夏菜子は、子どもたちを連れて、屋台の方へと歩いていった。
「純兄、他のは?」
孝介が、純介と洋介の所まで寄ってきた。
「あん人らも、屋台か、踊りの輪の中か。」
純介はそう言うと、親指を立てて、櫓の方を差した。
「あ~。洋兄、じぃじゃ、また櫓、登らんかな。」
「知らん、でも太鼓あっしな。多分、実行委員のとこ行って、太鼓の順番待ち言うとるんじゃね?」
洋介は、そう言うと、ニヤッと笑った。
孝介と純介と洋介の三人は、屋台に寄っては離れて、寄っては離れてと、フラフラしていた。
「兄、さっきな、車で孝介が、曾祖母ちゃんの通夜と葬式の時の話しとってん。」
洋介が、純介にさっきの車の中での話をしだした。
「えらい昔の話思い出すな。」
「せやろ。そん時、MSXで、なんかゲームしとってんけど、覚えとる?」
「ゲームなんかしとらんぞ。」
純介にそう言われ、洋介と孝介は純介の顔を見た。
「あん時な、タイピングの画面が立ち上がっとってな、日本語変換で遊んどってん。」
孝介は小首をかしげた。
「なんであんなんゲームやと思っとってんろ。」
「当時、うちにパソコンなかったやろ。スーファミがあったけど、ゲーム買ってもらってなかったな。あん時。」
「純兄、俺らそん時、コンピュータでするもの、イコール、ゲームって思っとったんかな。」
「そうかもしれんな。」
純介がそう答えると、校舎に上がる坂の下で三人は立ち止まった。
「それよりもな、俺な、あん時、曾祖母ちゃんちで飲んだ、コーラの味を鮮明に覚えとってな。」
洋介と孝介は、純介の顔を見合わせた。
「兄、コーラ?」
「ぉん。コーラ。孝介覚えとらんかもしれんけどな、秋祭りん時、前日に幸田の家に行って、そん時に曾祖母ちゃん家、行っとったんよ。」
純介は思い出すように、少し斜め上を見上げた。
「そん時な、曾祖母ちゃんとこのおばちゃん、祖母ちゃんの弟の嫁さん、まあ俺らからしたら、大叔母ちゃんか、当時若かったけど、大叔母ちゃんが冷蔵庫から出して持ってきてくれたコーラを、みんなで飲んでゆっくりしとってん。あの大広間の隅っこでな。」
純介は更に続けた。
「毎年、曾祖母ちゃんとかと一緒にコーラ飲んどってさ、で、あのお通夜の昼ん時もそうやってん。来た人みんな、曾祖母ちゃんが寝てる横を、せわしなく、立ち代わり入れ替わりで出入りして、で、俺ら来て、曾祖母ちゃんの顔一回見たら手持ち無沙汰になるがいや。で、祖母ちゃんとか、かぁかとかは、遺族として挨拶とか準備とかしとるやろ。俺ら三人、隅でぼーっとするしかなかったんや。」
純介は、洋介と孝介の方に顔を向けた。
「そん時、ちょっと手が空いた祖母ちゃんの弟、大叔父さんが、3人分のコーラを、瓶でな、持ってきてくれて、『夕方になったら、隣の子供帰ってくるっさけえ、それまで、おとなししときまっしね』って渡してくれてん。」
純介は、再び二人から視線を外し前をみた。
「普通のコーラやげんけどな、なんか妙に鮮明に覚えとれん。あれから曾祖母ちゃんち、一回も行っとらんから、まあ、アレが最後になってしまったんやけどな。」
洋介と孝介は、へー、と頷いた。
「秋祭りは、行っとれんけどな。なんで曾祖母ちゃんち、行かんくなってんろ。」
洋介は、純介に尋ねた。
「さあ、知らん。もしかすると、とぉとを色々引きずり回したくない、かぁかの配慮かもしれん。」
「純兄、そんなもんなんかな。」
孝介が、純介に尋ねた。
「本人は、中村の家に嫁いだ身やから、そこはけじめ付けたかったんやろ。個人的にはどんだけでも行けるけど、とぉとがいくら文句も言わんからっていっても、あんまし気にしてもらいとうなかってんろ。」
純介はそう言うと、じっと前の方をみた。
洋介と孝介は、そのまま黙り込んだ。
「でな、洋介、孝介。」
純介は、くっと首を上げて、二人に声をかけた。
「あそこのテントに、コーラが売っとらんが見えれんや。ちょっとコーラ飲みとうなったし、ここで待っとれや。」
純介はそう言うと、二人を置いて、コーラが売ってるテントまで小走りで向かった。
「コーラか。」
「そら、盲点やったわ、洋兄。」
少し待つと、コーラの500ml缶を3本持って、純介が帰ってきた。
「まあ、踊らんまでも、俺らも、祭りの雰囲気、楽しんどこうや。」
純介はそう言うと、満面の笑みを浮かべ、洋介と孝介に、コーラを渡した。
夜も更けると、街明かりがない小学校は、より深い闇が包み込んだ。
運動場の電灯の提灯の明かりが、ゆらゆらと来てる人たちを照らし、幾重にも囲む人の輪は、中心の櫓とともに、ゆらゆらと揺らいでいるようだった。
純介と洋介は、各々の家族が近くを通りかかった時に合流し、気がつけば、孝介一人、小学校の坂の下で佇んでいた。
この田舎にも、こんなにも人や子供がいたんだ思うくらい、運動場は人で溢れかえっている中で、孝介は、目を止めた。
「あ、室生さん。」
孝介の近くに、一人でふらふらと、室生が歩いて通り過ぎようとしていた。
「あ、中村さん。」
室生は、孝介に気づき、振り向いた。
「来てたんですね。盆祭。」
「ええ、同じアパートの家族と一緒に来たんです。」
室生は、濃紺に白抜きの模様の浴衣を着ていた。
「同じアパートに住んでるご家族と。」
「ええ、小学生のお子さんがいらっしゃって、それで、今日お祭りがあるから、一緒にって。」
室生はそう言うと、踊りの輪の方を見た。
「室生さんは、そのご家族を探しに?」
「いえ、ちょっと人混みに疲れたので、休憩したいと、外れてきました。」
室生は、雪駄を履いた足で、ちょこちょこと歩き、孝介の隣に来た。
「仕事、うまく行ってますか。」
「はい、おかげさまで。」
室生は、ちらっと孝介を見た。
「なんとか、ディレクターと、意思疎通が出来るようになりました。」
「そりゃ良かったです。向こうに話が通じないと、仕事進まないですからねえ。」
孝介は、手に持った、中身がまだ入ってるコーラの缶をぐるぐると振った。
「後は、画像の選定と加工ですね。元々チラシが多かったので、人の写真の扱いは慣れているんですが、お客さんが季節系とか風景系とか、やったことないことばかりなので。」
室生はそう言うと、浴衣の裾からスマホを取り出し、櫓の方を撮った。
「あ、もうちょっと上にあがりませんか?」
「なにかあるんですか?」
「そこの坂の途中に、ベンチがあるですよ。コンクリのベンチ。そこからなら、もうちょっと広く撮れるでしょう。」
孝介は、校舎までの坂の途中にある、コンクリートのベンチを指差した。
「あ、上がりましょうか。」
室生はそう言うと、すっと坂を上がろうとした。
孝介は松葉杖を持ち直し、体重をかけ直した。
室生は、孝介を見て戻って来て、孝介の腰に手を当てた。
「登りにくいんですね。」
「はは。世話かけます。」
孝介は、室生に押して貰う形になり、コンクリートのベンチの所まで二人で上がった。
「室生さん、ここなら、キレイに撮れるでしょう。」
視野が位置があがって、櫓を中心に広がる、電灯の提灯や映し出された人の輪や屋台が全部見えるようになった。
室生は、再びスマホを構え、写真を撮とうろした。
「室生さん、夜景モードにしてます?」
「オートで撮ってます。」
室生は、構えたスマホを下ろし、孝介の方に体を傾けた。
「こういう時は、いろんなモードで撮ってみると面白いんですよ。」
孝介はそう言うと、少しスマホを操作した。
「例えば、夜景モードで撮ると、光がもっと鮮やかに見えます。ですが、シャッター速度が遅いので、手ブレ注意です。」
「夜景モード。」
室生は、スマホを夜景モードにして、改めて写真を撮った。
「なるほど。」
「他に、蛍光灯モードとか白熱電球モードとか、色々切り替えて同じ写真を撮って見るんです。」
「変にならないんですか?」
「いろんな色の写真を、同じ構図で撮っていくと、例えば、素材として使えるんです。」
室生は感心して聞いた。
「まぁ、フォトショとかで後で変えられるんですけどね。」
孝介はそう言うと、口角を釣り上げて笑った表情をした。
「自分で撮った写真を、デザインの素材に使おうと思って、最近撮り始めまして。やっぱりレンズが外れる、大きなカメラの方がいいんですかね。」
「そんなこともないですよ。最近のスマホ、カメラの性能すごくいいですから。後は、撮り方と加工ですね。とにかく、沢山撮っておいて、損はないと思います。」
「そうですか。」
室生はそう言うと、素早くスマホを孝介の方に向けて、写真を撮った。
「あれ?今、僕、撮ったんですか?」
「人を撮ることって、そんなにないので。」
室生は、撮った孝介の写真を見ながら目を細めて笑って応えた。
「まいったなぁ。」
孝介はそういい、照れくさそうに頭をかいた。
櫓のまわりでは、踊りのわが徐々に止まり始めていた。
運動場にいた人が、少し広がりはじめ、ちらほらと坂に登ってきた。
「なにかあったんですか?」
人の動きが変わり、室生は孝介に尋ねた。
「これから、花火があるんですよ。」
「花火ですか。」
「ええ、この盆祭の最後は、打ち上げ花火で終わるんです。」
孝介は、櫓の奥の方を指差した。
「運動場の向こう側が、川になってて、そこから、ボンって、花火を打ち上げるんです。」
「結構近いですね。」
「近いですよ。なので、花火がドーンと開くのはちょうど真上くらいなんです。」
孝介はそういうと、運動場の奥を差した指を弧を描くように、真上に向けた。
「すごい迫力でしょうね。」
「街やら色んな所の花火大会みてますけど、ここまで近いのは、他ではないですよ。」
人のざわつきが少し収まった辺りで、場内アナウンスが流れた。
そして、花火が打ち上げられた。
派手な連続花火はなく、一発一発、順番に花火が打ち上げられた。
櫓のはるか奥から、火花が着いたとおもったら、しゅっと花火の尾が天空に伸び、運動場の真上で大きく爆発した。
次、次と開く花火が、とても近くて、視界が全部花火で覆い尽くされているようだった。
室生は、我に返って、スマホを取り出し、花火を撮った。
花火が打ち上がる瞬間、夜空一面覆い尽くす花火、そして花火の光で映し出された人々と校舎。
同時に、花火で明るく浮き上がった、孝介の夜空を見上げる横顔を、写真に収めた。