ー第十六話ー 繋がり明るい家族の輪 暗がり揺らめく祭りの灯火(前編)
8月15日になった。
旧盆であるこの数日間、この集落は人が多い数日間だった。
集落を出ていった家族が、数多く戻ってきて、立ち変わり入れ替わりと、いろんな車が通っていった。
春先に、大きなスポーツカーを集落の道でこすって泣きを見た集落の住人の孫は、このお盆は、近くの集会所に止めさせてもらい、徒歩で自身の祖父母の家に行ったらしい。
あの時は、孝介の耳にも、バンパーが擦れる音や側溝にタイヤが落ちる音、そして本人の絶え間ない落胆の声を聞いていたので、今回はそれがないなぁと思っていた。
こういうネタを、祖父の英吉が集落内で聞いては、楽しそうに孝介に話すので、正直、不憫で仕方なかった。
この集落に住んでない親族は、その集落の人間にとって、格好の娯楽となる。
孝介は、この日はなるべく早く目を覚ますよう心がけていた。
街から、親や兄弟家族が、何時に来るかわからないからだ。
と言っても、片道最低1時間以上かかる場所なので、朝7時に目を覚めるようにしていた。
ちょうど7時に鳴るスマホをまどろむ中、孝介は止めて、体を反転させた。
「最悪、8時までに居間に移動しないと。流石にベッドのままとか、いらん心配される。」
動く左足をベッドの端から畳に下ろし、ベッドの枕元の縁によりかかり、座るように起き上がった。
この2週間ぐらいで、立ち上がらずに、右足に負担をかけずに、両手と右足で家の中を移動する方法を理解した。これで最低限の生活は出来る事を確認した。
外に行くときは、新たに買い直した折りたたみ式の松葉杖で、全体重を乗せながら移動するようにした。
少なくとも、家の近辺と浜まで、そして近所の商店までは移動ができるようになった。
普通に歩くと、数歩のベッドから居間までの移動をし、座卓に近づき、居間と玄関の間にある引き戸の柱に体を預けた。
これで、左腕で、引き戸を押し開けられれるので、誰が来ても確認ができる。
孝介は、居間から台所に視線を移動させた。
祖父の英吉は、家の中にはいないようだった。
午前8時を過ぎたぐらいになった時、玄関の外側で車のエンジン音がした。
家の前で止まり、人数の多い人の声が聞こえた。
玄関の引き戸がガチャガチャと音がして、開く音がした。
「ただいま~」
大人の男の声が聞こえた。
孝介は左手で、今と玄関の間の引き戸を押し開けた。
「おつかれさ~ん」
最初に到着したのは、上の兄である純介家族だった。
「孝介、そこにおったんかいや。」
「ぉおん、そっちに迎えに行けんの悪いけど。」
「しゃあないわ、動かんもんは仕方ないもんな。」
兄の純介が家の中に入ると、4歳の長男と2歳の長女を抱えた純介の妻が入ってきた。
「孝介さん、こんにちわ。」
「お義姉さん、お久しぶりです。」
「純さんから聞いたけど、体、大丈夫なん?」
「素直に言えば、大丈夫じゃないです。」
「美幸、孝介が大丈夫なわけないやろ。ガンなんやし。」
孝介は苦笑いをし、兄の純介は笑った。純介の妻の美幸は純介を子供を抱えたまま、肘で小突いた。
「慎介、叔父さんに挨拶は?」
兄の純介は、純介の足に隠れるように立っていた子供に促した。
「慎介ぇ~、よう来たな。」
純介の息子の慎介は、純介の足から少しだけ顔をだして、孝介の方を向いて頭を軽く下げた。
「こいつ、1歳に会っとるはずやげんけどな。久しぶりで、顔忘れたか?」
「純兄、とりあえず、玄関に立ちっぱなしもなんやから、早よ、入りまっしね。」
兄の純介は、息子の慎介を押すように家にいれ、妻の美幸は、玄関内の居間との間にある立ち上がりに、娘の紗幸を置いて、玄関から居間へと入った。
「なあ、孝介、じいちゃんは?」
「知らん、起きてから見とらん。」
純介家族は、孝介から少し離れた台所側の座卓の面に、固まるように座った。
「納屋も開いとらんかったし、車も全部あったし。どっかの家に行っとらんかいね。」
「せやろうね。まあ、時期に帰ってくんやないが。」
「そやな。ちょっと、飲みもん取ってくるわ。」
兄の純介は、そう言うと立ち上がろうとした。妻の美幸が、はっと純介を見上げた。
「それなら、私が取ってくるよ。」
「なあん、ええよ。紗幸、見とってくれたら。ここに座っときまっしね。」
兄の純介は、そう美幸を制して、台所に歩いていった。
純介から離れた息子の慎介が、美幸の背後を通り、孝介の所に歩いてきた。
「おじちゃん、柱によっかかっとたら、行儀悪いんがんよ。」
純介の妻の美幸が、驚いたように息子の慎介を制しようとしたが、孝介は手を振り笑った。
「いいげん、いいげん。おっちゃんな、今、病気でな、なんかに寄っかからんかったら、起きられんがんやわ。行儀悪いんはごめんな。」
息子の慎介はうんとうなづいた。
「おっちゃんの病気って、うつる病気なん?」
「いんや、伝染らんよ。だから、いま慎介がここにおっても伝染らんし、安心せんか。」
「しんどそうやからな、安心できんげん。」
そういうと、息子の慎介は、孝介の横に座った。
「慎介、そっちに移動したんがんかいや。」
兄の純介が、人数分のコップに冷蔵庫に入っていた冷えたお茶を入れて戻ってきた。
「慎介な、孝介おじちゃんの横におるげん。」
「ほっか、じゃ、ちゃんとおとなししときまっしね。」
兄の純介が元の場所に座り、座卓にコップを置いてみんなに配った。
「でね、純兄。」
孝介が、兄の純介の方を見た。
「なん?」
「なんで、じぃじゃに、ロードスターの、よりによって、RF買わせたん。」
兄の純介が大きく頷いた。
「あ~、あれな~。」
そう言うと、兄の純介は、視線をそらしながらお茶を口に含んだ。
「事はあれや。じぃじゃが、車のローン終わったから、なんか面白いもんないがん?って聞いてきてん。でな、じぃじゃも年なんやし、家、リフォームすりゃええがんやないか、って言うてん。でもな、じぃじゃな、ちょっと不便な家の方が、いいトレーニングになってボケんがやって言うがんやわ。じゃあしゃあねえわ、もう一台車買ったらええがんやないか、って言うてん。そこでなんの車が良いがんやって聞くさかい、街に行く用事が多いんやったら、目立つ車が良いがんやないかって話になってん。」
「で、ロードスターRFを。よりによって赤。」
「をん。目立つやろ。」
「目立ちすぎやろ。しかもこんな田舎で。」
孝介は一連のやり取りを聞いて、ため息をついた。
「じぃじゃ楽しい、俺らも乗れる。一石二鳥。」
「多分、ノリノリで選んだん、純兄やろ。」
「うちんとこで置けん車やし、週一ぐらいにこっち来るやろ。だから月2回ぐらい借りてもバチ当たらんやろ。」
「そいでか。」
「お前も、乗れらよかったんがんにな。」
兄の純介はニヤニヤしながた孝介をみた。
「4~5年前に、スープラでも買っとってくれたらよかったんがんに。そしたら俺も運転できたんに。」
「まあ、次は、じぃじゃにや、慎介とか紗幸の小学校の買ってもらわんなんし、元気にしとってもらわな困るんやわ。」
「確かに、じぃじゃ巻き込むとしたら、そうなるわな。」
そう言うと、孝介と兄の純介は笑った。
純介の息子の慎介が立ち上がって、純介の元に戻った。
「ねえ、とぉと。」
「なん?」
「祐兄ちゃんと拓ちゃん、いつ来らん?」
息子の慎介が、下の兄の洋介家族の到着がいつなのか、純介に聞いた。
「知らんけどな、ちょっと連絡送っとくわ。」
兄の純介は、スマホを取り出し、洋介にメッセージを送った。
その時、玄関で音がした。
「おいや、純介ら、来とったんがんかいや。」
祖父の英吉が、外から戻ってきた。
「じぃじいちゃん、こんにちわ。」
「おうおう、慎介、よう来たな。」
慎介が、英吉の足元に寄っていった。英吉が、慎介の頭をなでた。
「じぃじぃ」
美幸の手元で美幸に抱きついていた純介の娘の紗幸が、英吉に手を伸ばした。
「さゆも大きくなったな。」
英吉が紗幸の頭をなでた。
「美幸さんも大事ないか?こんな暑い時に、あんやとな。」
「そんなことないです。みんなこっち来るん、楽しみにしてましたからぁ。」
英吉が軽く頭を下げると、美幸は手を横に振った。
「じぃじゃ、どこ行っとったん?」
孝介が、祖父の英吉の方を向いた。
「墓参りの準備しとったんや。さっき近所に花取りに行っとったんや。」
孝介は玄関の方を覗き込むと、墓に添える花が沢山、バケツにはいって用意されてるのが目に入った。
「ほんでな、純介と美幸さん、持って帰るもんあったら選んでほしいし、納屋まで来とくれんか?」
祖父の英吉に促され、純介と紗幸を抱えた美幸は英吉とともに外に出ていった。
ちょうどその時、外で車のエンジン音がして家の近くで止まった。
突然、家の前がにぎやかになった。
「おい、孝介。そこにおらんかいや。」
玄関から、年のいった男の声がした。
「なんや、とおと、今着いたがんかいね。」
玄関に着いたのは、父の祐介と母の紗也子だった。
「孝介、ベッドに寝取らんでも大丈夫がんかいね。」
母の紗也子が、次いで家に入ってきた。玄関で、美幸から紗幸を受け取り抱っこしていた。
「なぁん。柱に寄っかかっとっし、邪魔ない。」
孝介は、玄関の方を覗き込み、両親を見た。
純介の息子の慎介が、父の祐介の足元に寄り、じぃちゃんじぃちゃんと抱きついていった。
祐介は居間に上がり、寄ってきた慎介を抱き上げ座卓の横に座った。
紗也子も居間に上がり、祐介の隣に座った。
「一応、状態はじぃじゃから聞いとるけど、本当に体、大丈夫なん?」
母の紗也子は孝介の方をじっと見た。
「まあ・・・、右足はむくんで動かんけど、松葉杖できるから、大丈夫。」
母の紗也子は引き続き、心配そうに孝介を見た。
「今、まだ大丈夫やろうけど、先のこと考えて幸田の家を少しリフォームするとか考えたらええがんやないか。」
父の祐介は、孝介に向かってそう聞いた。
「それな。じぃじゃにも、少し相談した。」
「いつすらん。」
「いんや、俺が止めとる。」
祐介は、うん?と唸った。
「なんでや?このままじゃ、生活しづらいやろ。」
孝介は、祐介から軽く視線をそらした。
「どうしようもなくなったら、また相談するつもり。まだ動く体使って生活したいし、そのためには、不便とか全然考えとらん。」
「見てて辛いとか言われんの?」
紗也子がぐっと乗り出してきた。
「言われん。もしかすると、じぃじゃは言わんだけかもしれん。」
孝介は手を動かし、説明した。
「じゃあ、こっちに来るとかないんか?能登で生活じゃなくて。こっちのほうがまだ生活しやすいんやないがんか?」
祐介は孝介に誘いをかけた。
「それもいいげん。俺は幸田の家に居たくて戻って来て、こっちで生活したいげん。」
「こっちの生活でなんか不満があるがんか?」
孝介は少し黙り込んだ。
「不満はない。ただ、中高時代の連中が、ちょくちょく来る理由になるのが、ちょっといじっかしいだけ。」
孝介は、外に視線を移した。
「とりあえず、今の俺の現状はわかっとって、徐々に体が動かんくなってるというのはわかっとる。だから、俺自身はみんなに迷惑かけんよう、ほんで、出来る限り自力で生活してられる、ここの環境を選んでん。」
そう孝介が言うと、祐介はじっと黙り込んだ。
「若年性やから、進行が速いらしいんげんけど、それに少しでも抵抗したいって感じやね。多少気が張れる、ここが良いげん。」
「ちょっと、お茶持ってくるわ。お父さん、紗幸持っとって。」
紗也子が、祐介に紗幸を預けて、台所に移動した。
祐介は、慎介と紗幸を抱えたまま、孝介を見た。
「まあ、わかった。そこまで考えとるんやったら、生活に関しては言わんわ。実際、伯父さんからな、孝介の事なんか手伝えれんかって、言われとってんや。」
「なんや?まだ中村家として、俺んガキの頃の事、引きずっとらん?」
「死んだばぁばの事とは言えな、お前一人だけ放り出す事になったがいや。」
孝介は、そういう祐介の言葉に首を横に振った。
「いんや、全然気にしとらん。理由も後で聞いたし、普通に笑うたわ。ダラみてえな理由で、我が孫放り出すばぁばの事なんざ、気にしとっても仕方ない。とぉとには悪いけど。自分のかぁかの事、悪ぅ言うみたいで。」
「あん時な、俺は激しく言うたんや。ばぁばにな。そしたらな『紗也子の面影が消えて、中村家の顔になったら、帰ってくればいいがんや』って言うがんや、頑固にな。」
「それで3年はおもろいわ。」
「お前の顔が中村家の顔になる前に、ばぁばの体のほうが持たんかったようやった。兄貴と俺が中高の時に、俺らのとぉと、お前のじぃじゃな、中村の、が死んでもうて、ほぼあの人が家のこと取り仕切って、ここまでになったってことは、子供として感謝しとる。」
祐介は、孝介の顔を見て、一拍置いた。
「でも、純介、洋介が生まれた時は、素直に喜んどったくせに、孝介が生まれた途端、機嫌が悪ぅなたんが、なんか腹立ってな。それでも子供は成長で、顔が変わるがいや。だから様子見とったんに、突然やあんな事言いだして、お前をこっちにやらなあかんくなった。大喧嘩すらんは、俺の兄貴に止められとったし、できんかったけど、結局ばぁばが施設に入るまでなんも出来んかった。」
「俺はね、3年の事はどうでも良くて、こっちでも知り合いできたし、こっちに住まんかったら、こっちで今おろうなんて思わんかった。多分、病気の今でも都会で生活しとるやろ。好きで出ていったんやし。だから、とぉとは、かぁかも、気にせんでいいげんよ。結局、顔も幸田の顔のままやし。」
台所から紗也子がお茶を持って戻ってきた。
「第一、ちゃんと中学・高校行けたし、大学も行けたし、なんの文句があるって。でも、今こっちで生活しとる事とそれとは、全然別の話やからね。だから、気にせんといて。」
紗也子が、自分の前と祐介の前にお茶を置いて座った。
「まぁ、わかったわ。後ろからお父さんと話しとるの聞こえとったさかい。孝介の好きにしたらええよ。これ以上は、口出さん様にするわ。」
「こっちは、極力、迷惑かけんようにするわ。その分、純兄や洋兄のとこの子供に、手をかけたってや。おじい、おばあとしてや。」
孝介はそう言うと、ずっとぽかんと話に挟まってた純介の子供の慎介と紗幸の方を見た。
玄関の方から、祖父の英吉と兄の純介とその妻の美幸が戻ってきた。
「お義母さん、お祖父さんが、納屋の野菜持って行ってくの選んでって。」
「みゆちゃん、あんやとう。みゆちゃんのとこ、ちゃんとよけたかいね?」
美幸は明るく、はいと返事をした。
「お父さん、ちょっと納屋に行って、貰うて行くもん見てくるわ。」
そう言うと、紗也子は足早に納屋に向かってかけていった。
玄関で紗也子とすれ違った祖父の英吉が、居間に戻ってきた。
「おう、祐介くん、元気しとったかいね。」
「ええ、おかげさまで。義父さんは大事なかったですか?」
「ぜんぜん。多分、みんなん中で一番元気かもな。」
祖父の英吉はそういうと、居間に揃ったみんなの顔をみてニヤッと笑った。
想定以上に長くなったので、中編・後編に続きます。