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ー第十四話ー 乾いた潮風の到来 湿った家族の便り

 祖父の英吉がつけっぱなしにしていっるテレビから、今日、北陸が梅雨明けしたことを知らせていた。

 

 孝介は違和感を覚えて、右足を叩いてみた。

 浮腫が進行してて、叩かれている感覚がなくなってた。

 ベッドで寝転がっているはずなのに、体の一部がどこかに別の所に置かれているような、そんな感覚だった。

 とりあえず、起き上がるのに支障が出る。

 孝介は、同じ重くなってた腰の具合を確認した。

 なんとなく張ってる気がするが、まだ動いた。

 腹部の動きを確認した。

 そちらもまだ動く。

 腰を置いたまま体を、左右にねじれる所まで確認した。

 左足はどうか叩いてみた。

 左足は叩かれた感覚がする。

 右足が、股関節から完全にむくんで動かないと言う感じがわかった。

 室内含めて、松葉杖が必要になることがわかった。


 孝介は、祖父の英吉に右足が浮腫で感覚がなくなってることを伝えた。

 「ほうけ、死んだばぁば用に歩行機、()うておるがんやけど、孝介の背に合わんがんかと思うわ。」

 「家で歩行機なんて使こうたら、畳、やわになるがんないけ。」(家で歩行機なんて使ったら、畳が駄目になるんじゃないか。)

 「やしな、ほんときゃ、今寝まっとるベッドを、居間と玄関に寄せんがやし。ただ、窓からかなり離れっさかい、(くら)なんぞ。」

 (だからな、その時は、今寝てるベッドを、居間と玄関に寄せるし。ただ、窓からかなり離れてるから、暗くなるぞ。)

 孝介は少し考えた。

 「暗くなるんはええわ。コンセントから近ければ、だんない。」(暗くなるのは良いわ。コンセントから近ければ大丈夫)

 孝介にとっては、誰も来ない日はずっとベッドの上にいるので、ベッドからコンセントが近ければ問題なかった。

 ただ、食事もベッドというわけにはいかないので、居間に移動することになる。

 体を自力で動かせる間は問題ないが、不自由になり動かしにくい事も想定しなければいけない。

 現実として、右足が自力で動かせなくなっている。

 体のダルさもあって、畳を這って、床を這って移動するというわけにもいかない。

 第一、孝介自身がまだ寝たきりになりたくなかった。

 「移動する所に板張るってどうなん。例えば・・・」

 孝介は、祖父の英吉に自分が毎日通りそうなルートを示してみた。

 「そっから落ちたら、自分で戻られんけ?」

 「ほっか、こけれんな。」

 「とりあえずや、お前のベッド、もっとこっちにどかそか。」

 そう言うと、祖父の英吉が座卓を支えに立ち上がった。

 孝介の横を通り抜けると、孝介の部屋のベッドをおもむろにバラし始めた。

 

 「居間と玄関に、数歩で行けるようにしとくか。」

 「コンセントどうすらん?」

 「ああ、あっし、大丈夫や。」

 祖父の英吉が、ベッドをばらして居間と玄関の出入りぐちに近い位置で組み立て直した。

 そして、そのベッドの位置に合わせて、タンスなどの家具も移動した。

 孝介のベッド位置が、今までよりも縁側からぐっと離れて家の中に入り込んだ。

 光の差し込みが弱くなったので、太陽の角度に寄っては暗くなりそうだと感じた。

 「部屋のあかり、紐のんじゃなくて、リモコンの、シーリングライトに変えてくれんけ?」

 「シー・・・なんやそれ?」

 「新しいやつや。ベッドからでも明かりをつけたり消したりしたい。」

 孝介はスマホを触り、シーリングライトを検索した。

 「ああ、わーたわ。普通の電気屋に売っとかいや。」

 「売っとるよ。むしろこれメインやし。」

 祖父の英吉は、スマホのシーリングライトをみながら、うんうんとうなづいた。

 「おらぁ、電気屋に電話しとくさかい、わしゃおらん時でも、入ってもろうて、付けてもろうて。」

 祖父の英吉は、シーリングライトシーリングライト、とつぶやきながら懇意の電気屋に電話をかけ始めた。

 「あ、じぃじゃ、コンセントどこなん?」

 孝介は、最初に解決したかった点を祖父の英吉に聞いた。

 「ぁん?延長コード引っ張ってくっさけぇ、待っとれま。」



 昼が過ぎ、祖父の英吉は、赤いクーペに乗って、どこかへ出かけていった。

 一人残された孝介は、座卓に体を預けながら、無作為に選んだ番組が流れるテレビを眺めていた。

 今はエアコンが効いているので、やや涼しいが、ジメッとした空気感が居間の中にも漂い、涼しいのにジトッとした、微妙な暑さを感じていた。

 孝介は完全に気を抜いていた。

 その時を突いたように、突然スマホが鳴動した。

 孝介は肩から背中にかけてビクッとし、スマホに手を伸ばした。

 

 上の兄である純介からメッセージが入った。

 今から電話しても大丈夫かとのことだった。

 孝介はそのまま電話をかけた。

 「ジュン兄、なん?」

 「おう、大丈夫やったんか。お盆な、みんなでそっち行くし。」

 「わぁーた。じぃじゃに伝えとくわ。」

 「ちょうど、盆祭りの日やろ。とぉととかぁか、わしんとこ、洋介んとこでバラバラに行くし。」

 「せやな。子供おっし、車、まとまれんわな。」

 「ぁあん、まあ、空き地ある程度あってよかったわ、っていつも思うわ。」


 今、孝介の両親と、上の兄の純介家族とm下の兄の洋介家族とは、別々の家に住んでいる。

 ただ、お互いに徒歩で行けるくらいの同じ町内に住んでいるので、お盆に幸田家に来ることは事前に相談をしていた。

 「ねえ、中村の家はいつ行くが?」

 「そっち行く前日に顔を出すわ。まあ、それも近所やし、伯父さんとはいつも()うとるから、気にせんでもええがんやけどな。どっちかと言えば、こっちのメインは盆よりも正月やし。」

 孝介の両親と、純介家族、洋介家族は、大晦日から年明けにかけて、毎年、父の実家である伯父の家に訪れていた。

 孝介も健康な時は、毎年、大晦日から正月にかけては同じように帰省をしていた。

 お盆は、仕事の都合、能登に来れる時と来れない時があった。

 純介と洋介に子供が出来てからは、孝介が病気になった時と重なってしまい、はなかなか会う機会が作れなかった。

 「ジュン兄のとこの二人、俺の事、わかっとるんかな?」

 「下のは初めてやけど、上のは1歳になるかならんかやし、覚えとらんやろ。」

 「うん、あんまし帰っとらんのは、ごめんって思っとる。」

 「この2年ぐらいはしゃあないわ。お前の体のことあるしな。」


 孝介は、病気のことがわかって、家族で一番最初に知らせたのは、上の兄の純介だった。

 孝介の都会への大学行きの際も、純介に相談して決めていた。

 何かしら節目になったら、まず最初に相談したい相手が純介だった。

 病気の進行が良くなるか悪くなるかわからない時に、両方の準備を純介は孝介に勧めた。

 それに合わせて、純介は孝介が会社で引き継ぎなどをしている間に、祖父の英吉に話をし、もしも引っ越ししてきた時の為の環境を整えていた。

 孝介にとって、頼りになる兄だった。

 「でな、孝介、体の具合はどうなん?」

 「・・・うん、今日、右足が動かんくなった。」

 「そか。」

 純介のため息が電話越しに聞こえた気がした。

 「病気の件は、俺らじゃ、どうしょうもならんから。孝介が医者と相談しながらやってくしかないから。」

 純助は、考え込むように、一拍置いた。

 「でもな、出来ることあったら、じぃじゃの手に余るようなことなら、連絡してこいや。中村の伯父さんにも、言うてあるし。」

 「うん、あんやと。」

 孝介は、スマホを耳に当てたまま、頭を深く下げた。

 「とりあえず、しんどいやろうけど、体に気をつけてな。無理すんなや。」

 「うん、わかった。」

 純介から電話が切れた。

 孝介は、表示された会話時間をじっと見て、スマホを座卓に伏せた。

 

 外では、かすかにセミの鳴く声が聞こえた。

 スマホを握ったままの孝介の手が、スマホの熱でジッと汗ばんでいた。

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